ルイズが赤い弓兵を召喚
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Normal End
彼が。
彼こそが『正義の味方』
ただ一つの信念だけをその身に宿し。
恥じることも、誇ることも、得るものさえ無かった人生の、その果てに。
だけど、いったい誰が彼を嗤うことなど出来るだろう。
「彼は『多くの人々の命を守る』利益の為に引き金を引いた。結果的には、誰も救っていない」
救いたかったのは誰で、救われたかったのは誰だったのだろう。
本人さえ忘れてしまったのかも知れない『彼』の思い。
何を美しいと感じ、何を尊いと信じたのか。
だから、その生き方に涙した。
『正義の味方』が感じるそれは、私と何も変わらなかったから。
――――――――――――
「私がアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
そんなこといきなり言われても信じられないでしょ。
確かに、高貴さ溢れる金髪美青年がそんなに真剣な顔で何か言ったら黒も白になるかもしれないけれど。
手紙を渡すよう促す彼に、目を向け問う。
「本当に、ウェールズ様なのですか?」
彼の周りにいる、彼の部下だろう人たちに囲まれながらもちゃんと聞けた私に拍手を!
「疑われるのは当然だね。では証拠を見せよう」
そう言って、ウェールズ様(仮)は、指に付けている指輪を私に見せる。
「これはアルビオン王家に伝わる『風のルビー』だ。君が今握りしめている『水のルビー』に近づければ、きっとそれが証明となろう」
わわっ!
いつの間にか思いっきり掴んでた。
汗で色褪せたりしないでしょうね?
――――――――――――
「大変失礼致しました」
二つの宝石は共鳴し合い、綺麗に輝きました。
――――――――――――
手紙が手元にないとのことで、ニューカッスル城とやらまで共に赴くことになった。
「お初に御目にかかる。彼女のサーヴァント『アーチャー』と言う。以後、お見知り置きを。皇太子殿」
「おお!まさか人の形をした精霊が使い魔とは!」
違いますよ。
ただの口うるさい皮肉屋ですよ。
それに流石に二度目だと驚かないわよアーチャー。
――――――――――――
「喜べ、硫黄だ! 硫黄!」
ニューカッスル城へ到着後、大勢の出迎えを受けた殿下が『戦利品』を皆に伝えている。
殿下も、集う人々も一様に嬉しそうに声を上げ、笑っている。
「これだけあれば、王家の誇りと名誉を叛徒どもに示しつつ、敗北することが出来るだろう!」
え?敗北?
つまりそれって……
「死ぬ気なのだろう」
アーチャーから声がかかる。
その声には何の感情も窺えない。
でも、どうして。
私には理解出来ない。
どうして彼らは笑っていられるのか分からない。
「ルイズ。何を感じているのかは分かるが、取り敢えずは任務を続行したまえ。誓ったのだろう?」
!
そうだった。
手紙を回収しないと。
――――――――――――
「これが件の手紙だ」
そう言って殿下が取り出した手紙は、随分くたびれているようだった。
まるで何度も何度もその手に取って読み返したように。
「この通り、確かに返却した」
「ありがとうございます」
これで取り敢えずひと段落。
でも、私には言いたい事がある。
「殿下。王軍に勝ち目は無いのでしょうか」
「ない」
即答。
最早訪れる結果に議論の余地さえない、と。
「無いんだ。大使殿。我が軍は三百、敵軍は五万。我々にできることは、勇猛果敢な死に様を、連中に見せることだけなんだ」
「亡命を」
「何だって?」
「亡命なされませ、殿下!私達と共に、トリステインに参りましょう!」
私がそう言うと、困った様な、でもどこか嬉しそうに彼は首を横に振った。
「出来ない」
短い返答は、ただ拒否を。
明確な意思だけがそこにあった。
「殿下!きっと!姫様からの手紙には、きっとあったはずです。亡命を勧めるお言葉が!」
「ルイズ」
ワルドは黙ってて!
「ありがとう。可愛い大使殿」
にこりと微笑むと、彼はそれ以上このことで語るつもりはないというように、大きく息を吐いた。
「さあ、もうパーティーの時間だ。君達は明日、戦いが始まる前にフネで送り届ける予定だ。ぜひ、今日は参加して行ってくれ。我が勇敢な仲間達も、きっと喜ぶ」
――――――――――――
私のこの思いは間違いなのだろうか。
明日には勝てぬ戦いがある。
死が決まっているのに、笑う彼等が理解出来ない。
愛する人が生きて欲しいと願うのに、死を選ぶ事が理解出来ない。
悲しむ姫様を思うと、手紙を読んでいた時の殿下を思うと、この結末に納得出来ない。
「アーチャー」
「何かな」
いつもと変わらぬこの使い魔はいったいどう思っているのだろう。
「教えて」
「私に思うところは、ない」
「教えてよ。だって貴方は『正義の味方』、みんなが憧れる『英雄』なんしょう!? こんなことだって経験があるんじゃないの!?」
ああ最悪だ。
なんで私は自分の使い魔に八つ当たりなんかしているのだろう。
アーチャーは少し驚いた顔をした後、小さく笑った様だった。
「どちらもその通り。確かに私はソレだったのだろう。もう、余り覚えてはいないのだがね」
怒った風もなく、アーチャーは静かに語る。
「だがマスター、誰が私をそう呼ぼうと。オレは『正義の味方』であっても、決して『英雄』なんかではなかったさ」
いったい何を。
アーチャーは、少なくとも私から視たら、十分『英雄』であったというのに。
その言葉には、謙遜も自嘲も、否、何の感情も含まれていない。
ただ事実を述べているようだった。
「私の過去を覗いたのなら分かるだろう。正義の味方とは、絶対の裁定者。何かを、誰かを想うなぞ、あってはならない。それが答えだ」
「いいか、ルイズ。『英雄』は人を救う者。『正義の味方』は人を殺す物。この身は、守れた事はあったとしても、救えた事など一度もない。私は、正しく『正義の味方』だった」
「まあしかし、私が守っていたのは人だったのか理想だったのか。最期を視たなら、判断は容易だろう?」
ならば、アーチャーにとって私の疑問の答えは一つだ。
アーチャーは、けれど困った顔をしながら続ける。
「だがそれはかつての『私』の話。今、私は君に仕えるただの使い魔にすぎない」
それは一つの選択肢。
右手に宿る、最後のチカラ。
でもそれは……。
「マスター。私の『今まで』を気にする必要はない。彼は既に死んだ身。その生き方に罰せられる罪が有るのなら、それは彼だけの物であり、裁かれた結果もあるだろう」
「そういうわけだ。幸いまだ時間はある。どうしたいのか、じっくり考えてみるといい。定まらないのなら、余りお勧めは出来ないが、流されるのもいいだろう。なに。どんな障害があろうと、御命令とあらば私がなんとかするさ」
ご主人様を守るのが、使い魔の仕事だろう?
そう言って、彼は姿を消した。
疑問に対する答えは出ない。
でも、一つ気がついてしまった。
こんな話、するべきでは無かったのかもしれない。
『英雄』は人を救う者だと、アーチャーは言った。
でもきっと、其処には言葉が足りないんだ。
そう、『英雄』はどんな時だって『自身の意思で』人を救う者。
最早摩耗した彼にとって、こんな選択肢などきっと意味はない。
その上で、私のためにわざわざこんな話をしたのだろう。
なんてお人好し。
そうであるからあの『理想』を抱いたのか、『理想』が彼をそうしたのか。
私に分かる術はない。
だけど。
「本当に、バカ……」
これは、掛け値なしの真実だろう。
――――――――――――
「おはよう、マスター」
「おはよ、アーチャー」
そういえば、とアーチャーが続ける。
「誰が言っていたか。自分以外の誰かを救いたいと望むなら、せめて笑って救いに行けと。共有するのは苦でなく楽を。マスターにとっても、そうであるといいものだな」
こいつは。
変なところで気を遣い過ぎだ。
お人好し過ぎて上手く生きて行けるのか心配になる。
あ、もう死んでいたっけ。
――――――――――――
「結婚式?」
「ああ。僕と君の」
ワルドの言葉は聞き間違いでは無いらしい。
急に連れられ来てみると、ウェールズ皇太子を前に、彼から出て来た言葉が「結婚しよう」である。
ちょっと待て。
「ごめんなさい、ワルド。少なくとも今、私は誰とも結婚するつもりはないの」
そこから先はあっという間だったように思える。
ワルドのしつこい求婚を跳ね除けると、急に変貌した彼は驚くべき事実を口にしたのだ。
彼がこの旅に同行した真の目的は三つ。
一つは私が持つという特別なチカラ。
一つは私が回収した手紙。
そして最後に……。
ワルドが素早く杖を抜き、殿下に向ける。
彼についた呼び名は『閃光』。
その名に恥じぬ速度で詠唱を済ませ発動した魔法は
「生憎だが、この程度の魔術は効かなくてね」
実体化したアーチャーに当たり霧散した。
「さようならだ、子爵」
一閃。
アーチャーは躊躇いも慈悲も無く、裏切り者の首を刎ねた。
「ルイズには思うところがあるかもしれんが、経験上、この手の輩は生かしておくと面倒になることが多いのでね」
え、あ、うん。
ちょっと待って。
今私吐きそうなの。
「怪我はないな?皇太子殿」
「あ、ああ。お陰で擦り傷一つないよ」
耐えるのよ私。
ここで戻したら私の心に傷がつく。
「しかし良かったなマスター。ワルドによれば、君には特別なチカラが有るらしいぞ。私の元居た場所なら、標本にされるかもしれなかったな」
くつくつ笑う使い魔。
もしかしてそれ、私に気を遣ってるつもりなんだろうか。
どこに笑える要素があったのよ。
あとその『良かった』ってのはチカラの方のことよね?
――――――――――――
「そう言えばあんた、魔力は大丈夫なの?私今全く疲れたりして無いんだけど」
あの後。
私達はここから脱出する為フネに向かっている。
余り時間が無いらしいので、案内見送りは遠慮した。
「問題ない。以前私が言った事を覚えているか?学院ではだるくなったりしないだろう、と」
ハイハイ覚えてますよ。
「ゴーレムを倒した時の余剰魔力でちょっとした礼装を作ったんだ。大気にある極微量の魔力や、君達メイジが無意識のうちに放出している魔力を吸収し蓄える、非常にエコな物を。学院には多くのメイジがいるから都合がいい」
エコって何?
「どれくらい?」
「最低限の戦闘なら可能な程度まで蓄えている」
あれ?
でもどうやって今は魔力補給してるわけ?
私そのレイソウなんてもの知らな
「君の荷物の中にいれてある」
一言言いなさいっての!
なんて言っている間に到着。
「うそ……」
ああなんてこと。
「フネが壊れて、いや、壊されているな。考えられるとすれば」
ワルドしかいませんよね。
でもこれじゃあ。
「マスター」
「黙って」
「もう反乱軍との戦闘が始まる」
「黙りなさい」
「ルイズ」
「嫌よ!私はあんたのご主人様なの。だから……」
アーチャーにこの戦いを覆すことが出来るのか、私には分からない。
でもそんなことは二の次三の次だ。
令呪を使ってまで、彼に続きをさせたくない。
それは昨日考えた、一つの思い。
彼が示した選択肢に対する答え。
何よりこいつは私の使い魔。
手放したりなんてしないしできない。
「まったく。こんなところで頑固さを発揮されても困るのだがね」
珍しく本気で困っているらしいアーチャーは、腕を組み目を閉じた。
ズウゥゥン……!
音と、小さな揺れがする。
どうやら反乱軍からの砲撃があったらしい。
「ルイズ」
「嫌」
アーチャーの一言が、私の決意を打ち砕く。
「私は、自分で君との契約を断つことができるんだ」
選択肢は、無くなった。
――――――――――――
「皆武器は持ったか! 今から我らは突撃を開始する!その死に様で以て我らの誇りを」
「お待ちください、殿下」
ウェールズ皇太子が発する檄を止める。
「君達!どうしてここに!?」
「フネが壊されていました。既に、私達にも退路はありません」
一本前へ踏み出す。
「殿下、アーチャーの参戦をお許しください」
「な、何を言うのだ。彼は君の使い魔。トリステインに属する者。そんな彼が参戦すれば、奴らにトリステイン進行の大義名分を与えることになる。第一これは既に勝敗が決まった戦。君達を巻き込む訳にはいかないよ。彼らはいずれ此処に来よう。トリステインの貴族と言えば、殺される事は」
「殿下。アーチャーは、参戦する時には既に、私の使い魔ではなくなっています。加えてアーチャーは未だ、殆どその存在を知られていません。問題は、ありません」
私は参加しない。
「しかし……」
「勝てる」
アーチャーの宣言は、何処か厳かに。
「マスターの命令とあらば、この程度の差、私が覆して見せよう」
「そんな馬鹿な!」
そう、いまアーチャーは言ったのだ。
五万の差を一人で埋めると。
アーチャーが歩き出す。
「ではマスター。命令を」
こちらをちらりとも見ずに。
その大きな背中は、ただそれだけを待つ。
そうだ。
私は命じなければ。
このお人好しに。
命令は、つまり死と別れを。
駄目だ泣くな。
前を見ろ。
私の明確な意思で、こいつを戦場に送り出せ!!
「アーチャー。あんたの全力で、この戦いに勝利を」
右手が熱を持ち、最後の繋がりが消える。
「これは……!?」
アーチャーの威圧感に、周りが慄く。
「では、期待に答えるとしよう」
そうしてアーチャーが何かを唄う。
あれ?
膝を付く。怠い。どうして。
私は最後まで見届けなくてはならないのに。
他の誰でもない、引き金を引いた私が。
ああ、目が開かない。
音が遠い。
クスリ、と。
アーチャーが笑った気がした。
――――――――――――
“I am the bone of my sword.”
何処か懐かしい戦場の音に寂しさを覚える。
分かっている。
何時だって、どこにだって争いはある。
“Unknown to Death.Nor known to Life.”
けれど、今この世界が、少女の平穏を乱すなら。
“■■■―――unlimited blade works.”
その世界には、暫しご退場頂くとしよう!
――――――――――――
大気に火花が、下には赤い大地が、空に無数の歯車が、大地の上には数えるのも億劫な剣群が。
この時、ハルケギニアと言う世界の一部は、そこから切り離された。
固有結界『unlimited blade works』
特別なチカラを持たない一人の男が、生涯をかけて辿り着いた到達点。
世界を侵す大禁呪。
城へ砲撃していたフネも、乗り込もうとしていた兵も、死へ走ろうとしていた者達も、城さえも。
例外など許されない。
全てを此処に。
今の彼だからできる、いずれ死に行く一を救うこの戦い。
かつて『彼』が願い、しかし決して許されなかった、その想い。
正しく英雄と呼べるはずのそれ。
惜しむらくは、今の彼には結局――
男の右手が上がる。
この世界に、王はただ一人。
剣は王の命により、大地を離れ空に浮かぶ。
敵の混乱も味方の困惑も関係ない。
王は剣を鍛ち、剣が人を討つ。
そうして奇跡は成った。
――――――――――――
「アーチャー殿」
ウェールズからの出た声は、自身が思うより小さかった。
目の前の赤い外套の男は、宣言の通り、事を成した。
あれほど感じた力強さは既になく、よく見ると、足下から少しずつ消えて行っているようだった。
いったい何を言えばいいのだろう。
だが彼に時間が無いのなら。
「彼女に、何か伝えることは?」
「ない」
彼は振り向くこともせず、それだけ言うと、光る砂のように散っていった。
残されたのは三百と一人。
これからはきっと大変になる。
でも今は、冥福を祈ろう。
ただ主人の為に在った、一人の使い魔に。
――――――――――――
夢を見た。
どんな夢だったのか、目が覚めると大概思い出せない。
今日だって同じ。
でも。
遠く響く剣の音。
それだけは、耳に良く残る。
ああ、あのお人好しは。
きっと、今も何処かで――
後書き
駆け足END。
ありがとうございました。
裏設定
アーチャーが作った礼装はアゾット剣(改良)。
ルイズは生涯それをお守りとして持ち続けたとか。
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