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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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8.それは男のロマン

 
 ヘスティア・ファミリアの朝食は、さほど明るいものではなかった。
 その原因は、話題の内容にある。

「結局、ノルエンデ崩落の件はロキ・ファミリアの面々の報告次第となった訳か」
「うん。個人的にロキは嫌いなんだけど……今回ばかりは助かったかな。癪だけど」
「神様、よっぽど嫌いなんですね……苦虫噛み潰したような顔してますよ?ほら、笑顔笑顔!」
「ああ、ベル君成分に癒されるぅ~………今だけはあの貧乳の顔を忘れられるぅ~………」

 ベルにほおずりしてベル成分を補充するヘスティアに、2人は苦笑いした。なお、リングアベルも時々ハグを受けているので別に羨ましがったりはしていない。………時々豊満なバストの柔らかさに意志が揺らぐ時があるが、彼女なりのコミュニケーションだと割り切っている。

 ちなみに、目の保養になるので敢えてリングアベルは触れていないが、ヘスティアの服はちょっと信じられないくらい扇情的だ。何というか………布と紐?なんでもあの服を作ったのはこの町から遠くに住む仕立て屋らしいのだが、是非その仕立て屋と一晩語り明かしたいと思うリングアベルだった。

 閑話休題。

 結局、あの空に立ち上った光の事を知ってる神はいなかった。
 というより、ヘスティアと同じようにあの光に嫌な気配を感じた神がごく一部しかいなかった。大半の神が、あれを「単に空が光っただけだ。きっと天界で暇を持て余した誰かが何かしたんだろう」程度にしか感じていなかった。

 誰も気にしていない。危機感を覚えている神がいない。
 その状況が、どうしようもなく不安を煽る。
 だが、流石に誰も状況を把握していない事態に危機感を覚えたのか、一部の神々が光の調査について臨時の会合を開いた。ヘスティアも顔を見せたが――そこに広がっていたのは、醜い(はかりごと)の世界だった。

『ノルエンデ地方という事は、カルディスラ王国の土地か。ギリギリで正教圏内だな。放置してよいのではないか?』
『いいや、あの国は中道的で勢力争いに興味がない。そんな国ならここいらで恩を売って我々の勢力圏に引き込みたいな。恩恵という甘い蜜を知ればこちらに着くさ』
『しかし、態々神が赴くほどの事態か?辺境の村がどうなろうとどうでもいいだろう』
『馬鹿者が!唯でさえ周辺国はエタルニアにばかり尻尾を振って、便乗した正教がつけあがるばかりではないか!クリスタルなどという忌まわしい物の加護を求める愚民共をこれ以上増やしてなるものか!』
『左様!たかが石ころに我等神々が立場を奪われるなど、断じてあってはならん!!何が人の意志だ……地上の民は元はといえば我らが生み出した被造物ではないか!!』
『その恩も忘れて人のみで生きるなどと、思い上がりも甚だしい!!今すぐカルディスラに調査隊を送るのだ!エタルニアの飛行船が辿り着くより前にな!!真に仕えるべき主が誰なのか、はっきりさせてやろう!!』
『ふん、それこそ杞憂と言うものだ。クリスタルごときで我らの立場が動いてなるものか!取るに足らぬ連中の世話など、それこそ取るに足らぬ連中に任せておけばよい。私は嫌だぞ、ファミリアを派遣するなど。お前らで勝手にやっておれ!』
『ワタクシも興味ございませんわ……もう帰ってよろしいかしら?今日は髪の手入れがまだですの』

 誰も、ノルエンデに住まっていた無辜の民の心配などしていない。
 そこにあるのは、自尊心ばかりが膨れ上がった神々が如何に正教に対抗するか、あるいはしないのかを延々と語っているだけだった。

 結局、余りにも建設性のない会議にしびれを切らしたロキが「ウチらが行くわ。誰か文句あるか?」と威圧的に叫び、ロキ・ファミリアがノルエンデ調査に向かう事が決定した。ロキ・ファミリアはオラリオ内でもトップクラスの実力者が揃っているし、アンチ・クリスタリズム思想こそないものの余計な真似をするような神でもない。腹の探り合いをやっていた他の神々にとっては都合のいい神でもあった。
 ロキ自身、あの光が気にかかっていたのだろう。その日のうちにロキ・ファミリアはオラリオを立ってカルディスラに向かった。

「ま、それは君たちが気にしてもあまり意味のないことだ。………今日こそは、無理しないようにね。君たちの身に何かがあったら、ボクは今度こそ立ち直れなくなっちゃうよ」
「はいっ!一歩ずつ堅実に行きます!」
「同じ轍を踏む訳にはいかんからな。任せておけ!」
「うむ!良い返事だ!!………あ、ボクはちょっと用事があって何日か教会を空けるからその辺も含めてよろしく!」
「あれ?どこか行くんですか?」
「ふむ………察するに、ガネーシャ・ファミリアの開く『神の宴』という奴に参加するのか?」
「え、何でそれを………ああ、日記かい?」
「プラス、女性との会話で聞いた」

 前髪を指でなぞりながらフッと笑うリングアベル。Dの日記帳には本当に色んなことが書いてあるな、とヘスティアは感心した。まぁ、ノルエンデに関する事は鵜呑みに出来ないかもしれないが、それにしても彼は日記帳にずいぶん助けられてると見える。
 今の所ベルにはその存在をちゃんと知らせていないが、もう少し様子を見よう。未来の情報など多くの人間に知らせるべきことではない。特に押しに弱そうなベルはすぐにボロが出るだろう。いつかは話すが、もう少し成長してからにしたい。
 ベルは事情が掴めないのか不思議そうに首をかしげている。
 
「日記……?って、先輩が時々読んでるアレですか?時間が空いたらいつもパラパラめくってますよね」
「ああ、そのアレだ。そのうち教えるさ。構わないか、女神ヘスティア?」
「ん………そうだねぇ。ベル君がレベル2に達したら考えるってことでどう?」
「本当ですか!?よーし、頑張るぞ!!………もちろん無理しない範囲で!」

 その言葉がおかしくて、三人は笑った。
 そして食事を終えた後は、それぞれのやるべきことへ向かっていく。

 ヘスティアはファミリアの為に今できることを。
 ベルはさらなる高みへと登ることを。
 そしてリングアベルは――その日は珍しく、女性ではなく男性に用があった。



 = =



 オラリオの東にある安い宿を見上げ、リングアベルは懐かしそうに眼を細めた。
 この町で意識を取り戻した際に、最初に見たのがこの宿の天井だった。ここを出てから2週間ほどしか経っていないのに、随分懐かしく感じる
 戸を開けると、カランカラン、と耳に心地よい鐘が鳴った。

「らっしゃい!……お?おめぇまた来たのか!何度来たってもうタダ飯は食わせてやんねぇぞ!」

 入るなり飛んできた容赦のない声に、苦笑いしながらリングアベルは返す。

「おいおい、俺がそこまで卑しい男に見えるか?ファミリアに入ってからツケの食事代、宿代その他諸々しっかりと払った筈だ。それに今ではどちらかというと奢るほうだ。……無論、女性にな!」
「がはははは!女好きは全く変わってねえな!正直ウチの娘を口説いてたのを見つけた時はダイダロス通りにでも置き去りにしてやろうかと思ったぜ!」
「そこは美人の娘を自慢するべきだろう?お父さん?」
「その呼び方をするんじゃねえ!………で、記憶は戻ったか?」
「いいや、さっぱりさ。それより、今日は謝らなきゃならんことがあるんだ」

 リングアベルは、懐に仕舞っていたそれを出す。
 布にくるまれた棒状のものをカウンターに置き、布を外した。
 主人は最初は何事かと訝しがっていたが、中身を見てそれが自身の見覚えのあるものだと気付いたようだ。

「こりゃあ……おめぇに渡した槍か。見事にへし折れてやがるな」
「すまない。この前タチの悪い魔物に襲われてな………遺憾ながら、折れてしまった」

 ミノタウロスに放った必殺の一撃の反動で折れたこの槍は、元冒険者だったこの宿の主人から貰った代物だった。記憶喪失で困っていたリングアベルをあっけらかんと引き入れ、金もないのに温かい食事をおごってくれたこの主人に、リングアベルは今も恩を感じている。
 だからこそ、彼のお古である槍を折ってしまったことはきっちり謝りたかったのだ。
 主人は懐かしむようにその槍を眺め、顎に指を当てた。

「そうか、折っちまったか………強かったか、これを折った相手は?」
「ああ、いかつくて無駄にデカくてむさくるしい奴だったよ。後輩を守る為とはいえ無茶してしまった」
「はん……おめぇも立派な冒険者になっちまったな。少しばかり羨ましいぜ」
「それは、どういう意味だろうか?」

 リングアベルとしてはひょっとしたら怒られるかもしれないという意識は持っていた。だが、主人は怒るどころか羨ましいという言葉を発した。その理由が分からなかった。
 主人はその質問に、過去を回帰するような遠い目で答える。

「剣ってのは相手に近づいて斬らなきゃならねぇ。だが、魔物に近づくってのは怖ぇもんだ。だから俺はより近付かなくていい槍にした。………それでもへっぴり腰が治らなくてな?結局レベルは1のまま、素質がねえからってファミリアを抜けちまったよ。………俺はな、この槍に無茶すらさせてやれなかったんだ」
「本懐を遂げる事の出来なかった槍か……まるで実らなかった恋のように哀しい謂れだ」
「へっ、失恋か。……『英雄』って言葉に恋して戦ってたことを考えりゃ、失恋ってのも間違いじゃねえな」
「俺なら恋する相手は美女にするが、強さと名声もまた女性を惹きつけるステイタスの一種か……」
「おい、今真面目な話だぞ。こんな時まで女の話たぁ、おめぇも筋金入りだな……」

 怒るでもなくがははは、と笑った主人は、少し待っていろと告げて宿の奥へと歩いていった。
 数分後、主人は布にくるまれた二つの武器を抱えて戻ってきた。

「ずっと冒険者時代の名残で捨てられなかったんだが……使い潰された槍を見て決心がついた。おめぇ、こいつらも使ってやってくれんか?」
「これは……剣に槍か?」

 主人は槍をカウンターに置き、鞘に収まった剣をリングアベルの方へ投げ出した。
 差し出された剣を鞘から抜く。ギルドの支給する剣よりは幾分か上等な剣なようで、光を反射する輝きが眼に眩しかった。恐らくはかなり磨きこまれているのだろう。

「片方は無銘のブロードソードだ。駆け出しの頃に使ってたが、値段の割には悪くない切れ味だし手入れも欠かしてねぇ。もう一本はお前に渡したのより一回り上質な槍だ。先端は安物だがミスリル鋼で作られてる………へっ、安月給で無理して買ったもんだぜ。今じゃ宝の持ち腐れだ」
「主人……本当に俺が貰っていいのか?貴方にとっては古女房みたいなものだろう。そうでなければ使わない武器などとっくに売っている筈だ」
「へっ………俺はもう妻子持ちだ。うちの娘はやれんが、こいつらをお前に託す」

 冗談めかして笑った主人は、不意に真剣な目をした。

「おめぇの噂は聞いてる。アスタリスク持ちだとか、バグベアーを瞬殺しただとか………だがそんなこたぁどうでもいいんだ。俺は、あのボロ槍を真剣に使いこなしてキッチリ戦って見せたおめぇの漢気を知って決めた」

 槍を掴んだ拳が、リングアベルの胸に当たる。
 剣を腰に差して槍を手に取ると、主人はニカッと笑って槍を手放した。
 その笑顔は見ていて実に清々しく、まるでやるべきことをやり遂げたように屈託がなかった。

「俺の未練がましい冒険心……俺の求めた浪漫を、おめぇが探してこい。その剣と槍で女の一人でも救って英雄になってみせなッ!!……それがこいつらの為でもあるしな」

 リングアベルは槍の感触を確かめ、弄ぶように回す。前のスピアよりもずっしりとした重みがあり、その分の威力と頑丈さを感じさせる。槍もまたピカピカに磨きこまれていた。見ているだけで主人がどれほど向きに未練を持っていたのかが伝わってくる。
 この槍に込められた冒険への熱意、剣に込められた夢への無念。一人の男が冒険者として全てを賭けたその名残が、掌の上で燻っている。自分も冒険がしたいんだと言わんばかりに。

 ならば――ここで受け取らないのは男じゃない。

「ロマン、それは男の魂が求める至高なもの………ヘスティア・ファミリアが一人、リングアベル!!主人の情熱と無念はしかと受け取った!!」
「おう!……行ってこい!だが、絶対に死ぬな!次はその槍でスピアを折った難敵をぶちのめして俺の所まで報告に来いやッ!!」

 背中を押されたリングアベルは、手を上げてそれに応えると宿を出ていった。

 夢を追う男、リングアベル。
 その背中は、一人の冒険者の夢を背負って一回り大きく、そして逞しくなっていた。
  
 

 
後書き
最近主人公であるリングアベルの出番が少ないというゆゆしき事態が発生していたので、今回は最後までリングアベルたっぷりです。
が、次回からは主人公5号ことティズのストーリー。
(1号リングアベル、2号ベル、3号アニエス、4号イデアです) 
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