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三人の神父

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4部分:第四章


第四章

「それができませんでした」
「その結果ですか」
「おそらくは。これからもでしょう」
 グレゴリオは予言をしたつもりではなかった。しかしこの言葉は予言になってしまった。第二次世界大戦でもユーゴスラビアが分裂してからも彼等は同じだった。やはり互いに憎しみ合い殺し合ってきた。チトーは自らへの批判は許したが民族運動だけは何があっても許さずあくまで弾圧し続けた。それと同時に民族間の融和、とりわけ婚姻を推し進めた。かつては『五つの民族が仲良く暮らす国』とまで呼ばれていた。オリンピックで彼等は仲良く様々な色の服を着て肩を組んでいた。それは最早うたかたの中に消え去ってしまった。そのオリンピックで彼等が笑顔でいた場所も廃墟に成り果てた。彼等が失ったものは全てであり残ったのは憎悪だけだった。他には何も残らなかった。彼の言葉は無慈悲な予言になってしまったのだ。
「少しでもそれを和らげられたらいいのですが」
「その為に私達は来たのですが」
「しかし」
 グレゴリオはまた顔を暗くさせる。
「この何もない場所で何ができるでしょうか」
「グレゴリオさん」
 ベネヴィクトはあまりにも沈む彼に対して思わず声をかけた。
「あまりそうして項垂れられても」
「わかってはいます」
 やはり項垂れて答える。
「わかってはいますが。しかし」
「まずは教会に行きましょう」
 彼はそうグレゴリオに述べた。
「それから。そこで働いて」
「そうですね。そうすれば少し考えも変わるでしょうし」
 僚友の言葉に頷くことにした。まだ辺りを見回す。
「それにしても困りましたね」
「どうしましたか?」
「教会が見当たりません」
 困った顔でこう述べてきた。
「何処にあるのでしょうか。そろそろかなと思うのですが」
「そういえば」
 その言葉にベネヴィクトも気付く。
「見当たりませんね。同じような建物ばかりで」
「この街にあるのは確かなのです」
 怪訝な顔でまたベネヴィクトに答える。
「しかし。それがないのは」
「何故でしょうか」
「どちらにしろ。辿り着かないことには」
 浮かない顔になってきた。あまり見ていていい顔ではない。その顔で辺りを見回しているがやはり誰にも会えない。そのことでも途方に暮れてしまう。
「人もいませんし」
「まさか誰もいないというのはないですよね」
 ベネヴィクトは不安げな顔でグレゴリオに問うた。
「幾ら何でも」
「それは流石にないと思います」
 グレゴリオもそう返す。
「確かに戦乱はありましたがそれなら」
「家々も破壊され尽くしている筈ですし」
 見ればどの家も奇麗なものである。何も妙なところはない。彼等はそれを見てもおかしいと思っていたのだ。それなのにどうして人がいないのか。今この街はさながらゴーストタウンであった。いや、ゴーストタウンそのものであった。
「ではどうして」
「お待ち下さい」
 ここで一軒の居酒屋に気付いた。
「あそこでお話を聞いてみますか」
「そうですね。お腹も空いてきたことですし」
 ベネヴィクトはここで俗世的なことを口にしてきた。
「中に誰かがおられればですが」
「おられることを祈りましょう」
 グレゴリオもいささか悲観的にこう言う。
「それでは」
「ええ」
 こうして二人は店に向かった。扉は開いていた。従って店の中も薄暗いながらちゃんと机や椅子があった。そこには一人の老婆がいた。
「お坊さんですか」
「はい」
「そうですが」
 二人は店の隅で蹲るようにして座っている老婆に挨拶をして述べてきた。
「ワインと食べ物を頂きたいのですが」
「宜しいでしょうか」
「ええ、いいですよ」
 老婆はその言葉にゆっくりと頷いてきた。そうして一旦立ち上がり店の奥からハムと黒パン、そして赤ワインを出してきた。それを店のテーブルの一つに座る二人に出してきた。
「粗末なものですが」
「いえ、有り難い神の御恵みです」
「喜んで受け取らせて頂きます」
 二人の信仰はかなり真面目なのものだった。だからここに来るまででもかなり悩んでいたのだ。今もその信仰を述べた。そうして食事をはじめた。
 食事をしながら。さりげなく老婆に問うた。
「ところでお婆さん」
 問うたのはベネヴィクトであった。あらかじめ学んでいたたどたどしさの残るクロアチア語で老婆に声をかける。
「ここの街に教会があった筈ですが」
「ああ、カトリックのですね」
「そうです。それは何処にあるでしょうか」
 ワインを飲んだ後で問う。そのうえで返事を待つ。
「この街にありますよね」
「ええ、あります」
 老婆はその言葉に頷いてきた。二人はそれを聞いてまずは安堵した。
「この店を左に曲がってまっすぐに行くと暫くして右手に大きな十字架の教会が」
「あるのですね」
「そうです。ただ」
 ここで老婆は顔を暗くさせてきた。
「ただ?何か」
「お坊さん方はどうしてここに来られたのですか?こんな何もない街に」
「それが神に与えられた仕事だからです」
 今度はグレゴリオが答えてきた。
「その教会で務めるようにと。それで」
「来られたのですね」
「はい」
 グレゴリオは老婆の言葉に静かに答えてきた。
「その通りです。それで来たのですが」
「そうだったのですか。それは」
 感心したような言葉ではなかった。苦労を哀れむこうな言葉であった。
「あそこへ行かれるとは」
「何かあるのですか?」
 老婆の口調のその微妙な響きに気付いたベネヴィクトは彼女に問うた。
「教会に」
「あるのです、それが」
 老婆は今度は疲れ切ったような声を出してきた。その声で二人に述べるのだった。
 
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