ONE PIECE《エピソードオブ・アンカー》
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episode15
海の上の監獄、インペルダウン。
その入口には囚人服を身に纏った1人の魚人がいた。
ジンベエの七武海加入により、恩赦で自由の身となったのだ。
タイヨウの海賊団の船員の中で海軍に捕らえられたのは1人。そう...。アーロンである。
アーロンの表情は暗く、とても喜んでいるとは思えない。しまいには、船長となったジンベエに『人間の狗』と蔑んだ。
彼にとって、人間は敵であり下等な生き物である。七武海に入ったということは、その下等な生き物の仲間......いや、下に付いたということ。それが許せなかった。
アンカーとの1件を聞き、彼女の顔の傷を目の当たりにして怒りが増した。
ジンベエの正拳突きを顔面に喰らい吹き飛ばされたアンカーの傷は深く、右の眼窩(がんか)を骨折。それに伴って右目の視力は低下し、ほとんど見えない状態になっていた。
光が当たると痛みが生じるため、右目は大きめの眼帯で覆われていた。
様々な怒りの要素から、アーロンが船を降りるのは目に見えていた。感謝などするはずもない。むしろ、憎んでさえいた。
「アンタの部下になりゃ“安全圏”なんだろうが、俺はごめんだぜ。フィッシャー・タイガーは死んだんだ! 俺は元の“アーロン一味”に戻る!! 同胞たちも連れていく。文句は言わせねエ!!」
「アーロン!!」
「兄貴。アンカーを傷付けたこと...許さねえからなッ!」
「ぐっ......」
それ以上は何も語らず、アーロンは船に乗り込んだ。
甲板で待っていたアンカーの肩を抱き、船尾へと場所を移す。
アンカーを見つめる表情は穏やかで、先程までジンベエに向かって啖呵を切っていたとは思えないほどだ。
「おかえり、アーロン」
「ああ。...傷は痛まねェか?」
「平気」
「...そうか」
久しぶりに見たアーロンの穏やかな表情に疑問を抱き、アンカーは不思議そうに首を傾げた。彼女がその表情を見たのは片手で数える程度しか無いが、全体的に違和感があると気付いたためだ。
アーロンに「どうした」と声を掛けられ、アンカーは違和感を声に出す。
「なんか...優しい...?」
「ああ?」
「違うな...。あ、緊張してる?」
「ッ! ああ!?」
アーロンの想像していなかった反応に、アンカーは思わずケラケラと笑い出した。
その笑顔に怒る気も失せた様子で、振りかぶった手でワシャワシャと頭を掻きまくった。実のところ、緊張していたのは本当で、本人も久しぶり過ぎて気付いてはいなかったのだ。
しだいに2人で笑い合い、ぽつりぽつりと話を弾ませた。
話はタイヨウの海賊団を抜けた後の予定まで広がったが、アンカーが急に黙り込む。
具合を悪くしたのかとアーロンが顔を覗き込むが、顔色は悪くない。
「アーロン。僕も、緊張してたみたい...」
そう話すアンカーの小さな手が小刻みに震える。
アンカー自身も気付いておらず、無意識に緊張していることを押し隠していた。笑い合い、話が弾むにつれて緊張は解け、それを押さえていたものもなくなったために起きたのが手の震えだった。
震えを止めるために何度も指を折り曲げる。震えが治まったのと同時に、何かを思い出したようにアーロンの顔を見つめた。
アーロンは小声で驚愕の声を上げながらも、彼女の言葉を待つ。
「......った。...会いたかったよ、アーロン」
「......ッ!」
長い間触れられなかった肌。さらりと風に映える髪。宝石のような黄緑色の瞳。彼は瞬間的に、それら全てを手に入れたいと思った。
胸の中で苦しそうに「アーロン」と聞こえて、ようやく自分がアンカーを抱きしめていたことに気付く。
慌てて体を離し、その場に座り込んで顔を隠す。
頭の中では、自身を叱咤する言葉が繰り返し響き、溢れる気持ちを必死に抑え込んだ。
「悪ぃ...」
「うん、大丈夫」
アンカーの特別な感情を微塵も感じさせない笑顔に、アーロンは落胆しつつ苦笑する。
アーロンは再び、アンカーとの温度差を実感したのだった。
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