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赤い林檎

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4部分:第四章


第四章

 そして次に林檎の味を思い出した。それは。
「甘いな」
 その甘さもだった。
「甘い。林檎はとにかくある」
 戦争中も戦後もこれだけはあった。とにかく林檎はあったのだ。
 今も闇市の店には林檎がうず高く積まれている。彼の目にもそれは見えている。
 しかしこの時はそれで終わりだった。こう思ってだ。
「林檎なんてカレーにはな」
 入れるものではないと思うのだった。それだけだった。
 この時彼はカレーについてよく知らないところがあった。カレーに入れるのは肉と野菜だけだと思っていたのだ。だからこれで終わったのだ。 
 しかしだった。また別の日に昼食を食べていた。それは店の売り物でもある残飯カレーをだ。それを兄弟三人で食べていた。
「あれ、今日のカレーは」
「ああ、そうだな」
「随分と美味いな」
 三人で食べながら言い合うのだった。
「この味何だ?」
「肉はそんなに大したことないのにな」
「只の鶏肉しかないぜ」
 アメリカ軍といえば牛肉だがこの時の残飯には入っていなかった。入っているのは鶏肉だけだった。しかしそれでも随分と美味かったのである。
「何か味に深みがあってな」
「だよな」
「甘さもあるな」
 守がここで言った。
「何かな」
「この甘さって」
「何なんだ?」
 三人で車座になって空き箱の上に座りながら食べつつ言い合うのだった。
「砂糖でも蜂蜜もでないし」
「何なんだ?」
「これは」
 食べながら考える顔になる彼等だった。だがここで崇は自分のカレーの中に入っているあるものに気付いたのである。それは何かというと。
「おい、これは」
「何だ?」
「崇兄貴、何かあったのかい?」
「これ見ろよ」
 言いながら弟達にアメリカ軍から貰った古いスプーンでそれをすくって見せる。見ればそれは野菜ではなく白っぽいジャガイモにも似たものだった。
「これな」
「んっ!?それは」
「まさか」
「ああ、林檎だ」
 そうなのだった。カレーの中にそれが入っていたのである。
「アメリカ軍の残飯の中に入っていたやつだな」
「それだったのか」
「それが入っていたのか」
「つまりこれの甘さだったんだよ」
 ここでこのことがわかったのだった。
「林檎のな」
「そうだったんだ、それのか」
「それの甘さだったんだ」
「これ、使えるな」
 崇はにやりとわらって弟達に述べた。
「それもかなりな」
「っていうとこれをカレーに?」
「カレーに入れるっていうのか」
 守と進は兄の言葉の意味をすぐに察した。
「それでか」
「それで味をもっとよくして」
「売れるぞ、これは」
 彼はそのことを確信していた。
「いいな、林檎入れるぞ」
「それで兄貴」 
 進が彼に問うてきた。
 
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