赤い林檎

第三章

「それじゃあ」
「よし、じゃあな」
　こうして彼はその残飯カレーの店で働くことになった。兄弟三人で経営して進が米やカレーの具の残飯を調達し守が調理をする。崇は宣伝と二人のフォロー、それと算盤勘定だった。
　その中でふと。彼は言うのだった。
「何だからな」
「どうしたんだよ、兄貴」
「一体」
　その彼に対して進と守が声をかけてきた。進も今は店にいて調理を手伝っている。三人は実際のところそれぞれの仕事を手伝い合っていた。三人共実によく似た顔と大きさである。
「カレーまずいかい？」
「失敗したか？」
「いや、美味いんだけれどな」
　それは言う彼だった。残飯はアメリカ軍から調達してきたものでそれなりに品はいい。しかし彼はそれに対して言うのであった。
「美味いことは美味いさ」
「何か足りないっていうのか」
「それか」
「ああ、そうだ」
　まさにそれだというのだった。
「その足りないのは時々足りてるしそうじゃない時もあるな」
「足りてたりそうじゃない？」
「何だそりゃ」
　二人の弟は長兄のその言葉に首を傾げた。彼の言葉の意味がわからないままその商売道具を作り続けている。崇は米を炊いている。
「それが何なのかよくわからないんだよ、俺にも」
「わからないっていうのか」
「兄貴自身も」
「ああ。何だろうな」
　また言う彼だった。
「この味はな」
「味はかい」
「足りない時もあるのか」
「甘さか？」
　ここで彼は言った。
「甘さなのか？」
「甘さか」
「今そんなの言ってもな」
　弟達は甘さと言われて顔を顰めさせた。食べるものすらないのだ。それで甘さと言われてもだった。どうにもならない話だった。
「ちょっとなあ」
「だよな」
「今店は結構繁盛してるしな」
　これは事実だった。崇が最初に思っていたよりもだ。それで食べられるし大変な御時世の中で楽しく生きている。その時のことを話すのだった。
「それで甘さが加わればな」
「味がもっとよくなるのか」
「俺達のカレーが」
「そう思うんだがな」
　考えながら仕事をする彼だった。
「どうだろうな」
「それをしようにも何もないぜ」
「砂糖も蜂蜜もな」
　弟達は困った顔になっていた。とにかく何もないのが今なのだ。
「諦めるしかないだろ」
「ないものは仕方ないさ」
「そうか。しかし」
　弟達に言われてもそれでも思う彼だった。
「何だろうな。できる気もするしな」
「やれる範囲でやるしかないじゃないか」
「米頼んだよ」
　彼は自分達のカレーについて考えていた。何があって何が足りないのか。考えれば考える程わからなくなる。そんな中で闇市の中にいた。
　闇市の中では人が行き交いそうしてまたあの曲がかかっていた。
　赤い林檎の歌だった。それを聞くとだった。
「またこの曲か」
　こればかり聴いているな、と思ったのだった。しかしだった。
「林檎か」
　その林檎のことに気付いたのだった。