或る短かな後日談
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幕間 二
全ての鍵は私の中に。全ての元凶、禍根、過ち。それを再び目覚めさせる為の鍵は、壊すための鍵は。私の体に埋め込まれた。
彼女等は未だにこの鍵を探し。ネクロマンシー技術の結晶、嘗ての軍。その中核を成した装置――彼等は技術者等ではなく、その装置こそをネクロマンサーとそう呼んだ。アンデッドの設計、製造、全ての情報を詰め込めるだけ詰め込んだ巨大な装置。全ての機器へ、他の装置へと命令を送る、製造施設の脳に当たるそれ。操作するために必要な鍵はこの、元は装置の一部であった、機械の体に埋め込まれていて。備え付けられた飛行能力、機動性。思考能力、判断力。緊急時には装置から離脱、キーを抱いたまま逃避し、敵国の手中を逃れた上部へと渡す――場合によっては破壊まで。最後の判断は、過去の私に委ねられた。
「バルキリーさん。帰っていますの?」
結局。私を呼ぶ声の、その作り手――現在、ネクロマンサーを称する彼女の持つ力によって。拡大した自我自我次元接触、引き起こされる超感覚的知覚――ESPによって行われた強引なアクセスによる操作、過剰なアンデッド生産。機器の暴走、狂わされたシステム。そんな中にあっても、いや、そんな状況だったからか。作動しない脱出システム、私の体が、装置から抜け出ることは無いまま。役割一つ果たせず。私がこの世界に身を晒したのは、大戦の後。全てが終わってしまった後で。
私を呼んだ、彼女の元へ。足の無い体、浮遊する体。体を浮かせられるだけの、最低限の出力で――加減を誤まり。思うよりも強く押し出される感覚に戸惑いながら、其処へと向かう。
今の私に残ったのは、冷たい体と、植えつけられた情報、知識。元と比べれば、随分と鈍ったようにも感じる思考。纏わり付く感情はノイズにも似て情報を覆い、靄を掛からせ。私の考えは、欠片、粒となって霧散して。湧き出し絡みつくノイズに振り回されている。
それが。心地良いのもまた、否定しようの無い事実で。
「帰還した。キメラの容態は」
「ええ、大丈夫でしょう。損傷が激しかったので大変でしたけれど……」
現ネクロマンサーさえ知らなかった私の体を見つけ出したのは、黒い髪、死人と思えぬほどに整った容貌をした彼女で。限定的な力を持ったネクロマンサー、彼女からまた、限定的な――簡単なアンデッドの製造、指揮しか行えない程度の――クイーンと名乗るそのサヴァントによって装置から摘出され、起動し……そのまま、私は彼女に付いた。ネクロマンサーは、私に興味など――彼女が作ったサヴァントである、クイーンにさえ――関心を向けず。作り出した、二体のドールだけを見ていて。それどころか。今や、私やクイーンのような、確たる自我を持つ存在……サヴァント達を排除しようとさえしていて。私は兎も角、クイーンや、キメラ、ネメシスに至るまで。自我のあるもの、考える力を持つ者。裏切る可能性があれば、全て。切捨て、処分し、捨て去ろうとしていて。
「クイーン。彼女等が城へ侵入した。ネメシスが迎撃に当たる」
「……そう、ですか」
所詮は、鍵の無いままに行う死体操作術。嘗ての軍が備えたそれには及ばない――あくまで限定的な力。その上、アンデッドの製造を行うたび、彼女はその超常の力に頼らざるを得ず。使うたびに傷付く力。肉体でもなく、精神でもなく。それは彼女の自我そのものを蝕んでいき……やがて壊れる運命にあって。それでも彼女は、ネクロマンサーは。その技術を捨てる事無く。今この場所、他のネクロマンサーによる侵攻の可能性も限りなく少ないこの地においては、絶対の力を振りかざし。対立した彼の国も既に亡く。
元は、ESPを行使することなくアンデッドの製造を行うために。そして、確たる自我を持った存在を生み出すために。クイーンを作り出したのだろうと。事実、彼女が与えられた余りに限定的なネクロマンシー技術はネクロマンサーを助け。そして、会話の相手、生活を共にする存在として。対等に近い存在として扱われた、と。
クイーンは語り。死体操作術と共に彼女が得た傲慢さは、その優しさを塗り潰したと締め括る。本来のネクロマンサーは、クイーンよりも優しい人なのだと……私の知らぬネクロマンサーの過去、クイーンの語るその姿が、私には想像が出来なくて。
「……無事に戻って来れるでしょうか」
「心配する必要は無い。彼女はそう判断を違えない。引き際を見極める」
「けれど、もし……いえ、こんなこと、言っても仕方ないですわね」
目の前に居る彼女は、死人にしては振れ幅の広い感情を持っている。姿にせよ、心にせよ。ネクロマンサーの寵愛を一身に受けて生み出された――そして、放られた。彼女に哀れみさえ感じてしまい。しかし。
自身の判断。感情。思想を以って行動する彼女を。哀れむことなど出来はしないと、浮かんだ思いを放って捨てる。
「最悪の場合、私が救援に当たる。心配する必要はない」
「でも、それだとバルキリーさんまで……」
「私は下手を打たない」
彼女の表情、目元は髪に隠れ、はっきりと見えないとは言え。酷く整ったその顔は、不安に彩られていて。
そんな顔さえ。染める思いは、負の感情。心を傷付け、軋ませるそれであると、知っていながらも。知っていながらも、その顔は。
とても。とても、綺麗で。
「……私は、下手を打たない。彼女を連れて、私もまた無事に帰還する――私が出る幕も無いかもしれない。誰も傷付きはしない」
だからか。全てが不確定だというのに。こうして、約束など。彼女が浮かべた笑顔、その笑顔が見たくて。彼女の望むように、彼女が求めるようにと、感情任せな行動に走り。否。
私は。彼女の望む物を。私の意思で、隠していて。
彼女は。ネクロマンサーと同じ鍵を、私の持つ鍵を探し続けている。
彼女は鍵を使って、装置の破壊を。自壊機能の作動による、全ての破壊を望んでいて。あの装置が有るから……死体操作術があるから、道を違えてしまったのだと。狂気に侵されてしまったのだと。
母と仰ぐ、彼女の目を覚まさせるには。自我が壊れるその前に、装置を壊すしか無いのだと。
「……クイーン」
不安を残しながらも。綻んだ頬、浮かべた笑み。それは、出来るかどうかも知れない約束。私の言葉を。信じた上で浮かべた笑顔で。
言うべきなのだろう。私の中にあることを。装置の鍵、彼女等の探す装置のキー。私が持っていることを。
しかし。伝えようと。伝えなければならないのだと。口を開けど。
「なんでしょう、バルキリーさん」
鍵を抜けば。私は、私のこの自我は。消えてしまうこと。本来の役目、作られた理由。終えた私は、その場で記憶を消去されて。そして、機能を停止すること。再びキーを差し込んだとしても、もう。其処にいるのは、きっと、今の私ではない。同一の自我と接続しても、失われた記憶は蘇りなどせず。私は居なくなるのだと。
私は。私は、彼女から。
離れたくなんて。
「……なんでも、ない」
伝えなければならない言葉を。紡ぎかけた言葉を飲み込む。
私は、未だ。言葉を。彼女の求めるその言葉を。
伝えることが、出来ないままで。
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