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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
  開戦は歓声とともに

遠ざかっていく盟友のちっぽけな背中を眺めながら、レンはやっとリラとミナに合流した。ずっとあの宿敵(シノン)と話をしていたからか、二人の目つきはいくらか剣呑なものとなりつつあった。

いや、これが本来の彼女らの眼なのだろう。いや、それも否だ。このドームに集結する名うてのプレイヤー達すべてが、このバレット・オブ・バレッツに己の全てを賭けてやって来ている。エンジンがかかってくるのも無理はない話だ。

「遅いわよ」

「ごめんごめん。ちょっと昔やってたMMOの仲間と話し込んじゃって」

ユウキが持ち前の人懐っこい笑顔で対応するが、それでも二人の――――とくにリラの表情は一向に晴れない。単純に値踏みするような視線で、レンの背後越しにボックス席にて水色の髪を有する少女と話している全身黒尽くめの少年を舐る。

「アイツ……強いの?」

「……さぁ」

とぼけたレンの口調にフン!と音高く鼻を鳴らし、双子の強気なほうは荒々しくつま先をドーム中央に向けた。

天頂部に敷設された、巨大な多面ホロパネルに映し出される大会開始までのタイムリミットはこうしている間にも着々と数字を減らしていて、その数はもう五分を切っていた。気のせいか、床や柱、壁を構成する鋼板や金網を低く震わせているメタル系のBGMのテンポも、どこか速くなっているような錯覚を受ける。

さらに、壁際のテーブルや鉄柱の傍らにたむろしていた多くのシルエットの中の何人かも、ちらほらと中央に集まってきていた。おそらく開幕の瞬間を派手派手しい己の声で彩ろうとする気概のいい連中なのだろう。

最初にここに入った時の出来事が出来事だっただけに、目につくプレイヤーすべてが敵に見えていたが、やはりそこはゲーム。いつまでも限界以上の緊張感が保てる奴などいない。

その様を軽く見まわし、ゆるく息を吐いた後小さく肩の隆起を下げる少年を横目で見ながら、ユウキが口を開いた。

「ねえねえ、この後ってどうすればいいの?何かするの?」

「あのカウントダウンがゼロになったら、ここにいるエントリー者は全員、どっかにいる予選第一回戦の相手と二人だけのバトルフィールドに自動転送されんのよ」

面倒くさげに言う割に、案外丁寧に教えてくれるリラの言葉を引き継ぐように、ミナが口を開く。

「フィールドは一キロ四方の正方形(スクエア)、地形タイプや天候、時間はランダムだよ。入ったプレイヤーはお互いに最低五百メートル離れた場所からスタートして、決着したらこの待機エリアに、敗者は一階ホールに転送させられるの」

後半部分でちらりと二人の瞳に悔しげな色が浮かんだのは、おそらく前回の大会であのシノンという狙撃手(スナイパー)にコテンパンにされて敗者が送られるというホールに戻らされた苦々しい記憶からだろうか。

「負けても武装のランダムドロップはなし。勝ったとして、その時点で次の対戦者の試合が終わってりゃすぐに二回戦がスタートして、終わってなければそれまで待機。一ブロックはだいたい五回ぐらい勝てば決勝進出で本戦への出場権がブン取れるのよ」

手を振りながら流暢に説明を述べてくれるリラに、二人して頷きを返しながら、ユウキはゆるく小首を傾げた。

「決勝進出で本戦出場権を得られるの?」

「う、うん。だから、ブロックごとに二人ずつ本戦に出場できることになるの」

ふんふん、と少年が小動物のように鼻筋を上下させていると、突然、ドーム内に控えめに流れていたBGMがフェードアウトし、代わりに荒々しいエレキギターによるファンファーレが轟いた。続けて、甘い響きの合成音声が、数百人の頭上に大音量で響き渡った。

『大変長らくお待たせしました。ただ今より、第三回バレット・オブ・バレッツ予選トーナメントを開始いたします』

お、始まった、と呟きながら、少女達はその見た目に似つかわしくない獰猛な笑みを口元に刻み付けた。それはどこか、獲物を穂影から付け狙う野生の獣を連想させる。

『エントリーされたプレイヤーの皆様は、カウントダウン終了後に、予選第一回戦のフィールドマップに自動転送されます』

幸運をお祈りします、という締めとともにアナウンスの合成音声が途切れるとほぼ同時、ドーム内いっぱいに盛大な拍手と歓声が沸き起こる。カタタタッという自動銃の作動音や、甲高いレーザーの発射音が続き、天井に向けて色とりどりの光がまるで花火のように打ち上げられる。

喧噪の中、リラとミナは互いに視線を交わしあい、拳を軽く打ち合わせた。

「ここまで世話したんだ。ぜーッたい決勝まで行って本戦まで来るのよ!」

「………………」

「う、うん!」

何も言わないレンに代わり、ユウキは返事をした。

グッと拳を突き出してくる双子に自らも拳を突き出したのも束の間――――

レンとユウキ、リラとミナの仮想体(アバター)を青い光の柱が包み、たちまち視界の全てを覆い尽くした。










転送された先は、暗闇の中に浮かぶ一枚の六角形(ヘクス)パネルの上だった。

目の前には薄赤いホロウインドウがあり、上部に【Lenhoh VS 天峨】と大きく表示されている。名前にアルファベットしか使えなかったSAOとは異なり、GGOは日本語OKらしい。難しい漢字だが、恐らくテンガと読むのであろう対戦相手の名前に、無論見覚えはない。そしてウインドウ下部には、【準備時間:残り58秒 フィールド:荒廃した巨大都市】という文字列。

おそらく、指定されたフィールドに適合する装備を整えるための準備時間として一分間が与えられているのだろうが、予備の武装も、マップの知識も持ち合わせていない少年にはあまり意味がない。

軽く視線を下に向け、レンは己の手中に収まっている無骨な鉄の塊を眺めた。

イサカM37。

それがレンの唯一の銃の名だ。

銃種(カテゴリ)散弾銃(ショットガン)。12ゲージと呼ばれる散弾を計五発撃てるらしい。だが、そこまでは普通のショットガンなのだが、少年の持つイサカの大きな特徴はそこではない。

軽いのだ。弾丸の重量を無視した場合の総重量2.3キログラム。しかも少年の持つモデルは銃身を短く切り落とした(ソードオフ)という型だ。ブラッシュアップされた銃身は、その重量をさらに軽くしているだろう。

そんな、世界で最も軽いと言われているイサカに冠せられた通称は《フェザーライト》

ハンドガン一つで眉をひそめるくらいの貧弱さをあらわにしてしまったレンにとっては、ここが威力と装備可能重量の最大限の譲歩だった。

右手でメニュー・ウインドウを呼び出し、ALOのものとよく似ている装備ウインドウの武器欄に、主武装として《イサカM37》の名前があるのを確認する。副武装の銃器は持ち合わせない。これ以上重量が増せば、レンの持ち味である速度を殺しかねないからだ。しかし、お守り感覚としてはカーゴパンツのベルト部に引っかけている革製の(シース)に収まっているマットブラックのサバイバルナイフが上げられるだろうが、飛び道具である銃相手にどこまで通用するのかは完全な未知数。

そこまでを確認した少年は再び視線を上げ、残り時間のデジタル表示がのろのろと減少していく様をぼんやりと眺めた。

脳裏に浮かぶのは、つい先刻拳を交わしあった二人の少女達の姿。

あの時、思わず――――思わず、思ってしまった。

目の前に存在し、話をしている《モノ》は、敵か、味方か。どっちなのだろう、と。

勿論、今この瞬間はまず間違いなく味方なのだろう。同じ戦場を文字通り駆け抜けた戦友という意味で。

無論、本戦の最中に顔を見合わせたら敵なのだろう。悪意の入る余地ない純然たる好敵手という意味で。

少年が思案するのは、シゲクニ老から頼まれた件込みの問題である。

すなわち、死銃という悪意のフィルター。

この少女達の今までの言動が真実の姿だと、彼女達以外の誰が証明できるだろう。これまでの気質から推し量れるリラ達の人柄は決して悪いものではない。しかしそれは、あくまで死銃云々のフィルターを通さないものであり、通した場合この二人であってもレンは信用しない。

つまるところ、少年の信用を勝ち得ているのは、傍らにいる《絶剣》と呼ばれた少女ただ一人である。そしてそれは、あの《黒の剣士》と呼ばれる少年すらも除外される。

少年の猜疑心は、"そのレベル"まで膨れ上がっていた。

今現在、少年の心の中には二匹の《鬼》が棲んでいる。

《鬼》とは、負の意思の塊。人という種の醜い部分が結集、凝縮したものだ。過去、アインクラッドに現出した《災禍の鎧》も、そういった《鬼》と、心意が引き起こす最奥の禁忌である《融合現象》が合わさった奇跡というものだろう。

そしてレンの中に棲まう鬼達も、件の災禍の鎧から生まれたものだ。オリジナルと同じくレベルの攻撃力と精神感応力を持つ彼らを、そのちっぽけな体躯に押し込めた少年の心は極めて"正しく"歪んでいた。

それは奇しくも、ユウキが恐れていた事とほぼ同義だった。

明るい場所から急に暗い場所に出ると、とっさに夜目が効かないように。

一年もの時間は、少年から抵抗の二文字を薄れさせていた。鬼を抑えきれていない。災禍の鎧(オリジナル)の災禍たる側面を覆い隠していたベールが剥がれ落ちようとしていた。

そのことを、圧倒的な危機を、少年は冷静に自覚していた。

自覚していて、それでも止める手段がない。一度下がってしまった抵抗力を、昨日今日で上げる方法など今の少年の知りえる範囲ではないのだから。

ゆっくりと、しかし確実に――――

狂っていく。

重い溜息をゆるゆると吐き出した少年は、あと装備忘れの防具類がないかざっとメニューを一瞥したレンだが、そこにある一点を見つめて凍ったように時を止めた。

蒼玉(サファイア)のような輝きを放つ双瞳が見開かれ、桜色の唇は咄嗟に何を言っていいのか解からないとでもいうように小さく開閉されるが、そこからは何の応えも聞こえない。

震える指先が、おそるおそるという風にウインドウの表面をタップする。

ポーン、と。

軽い電子音が暗闇の中に響き渡り、少年の耳朶を叩く。

嘘……だろ、というちっぽけな呟きは、残り時間がゼロになったことで生じた、再度の転送エフェクトが掻き消した。 
 

 
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「よーやく!よーやく始まるな!」
なべさん「そこまで目を輝かさなくても…」
レン「でもまだ予選かぁ…本ちゃん行くのはいつになることやら」
なべさん「大丈夫!予選は割とサクサク行くから!」
レン「割と?」
なべさん「……割と」
レン「……はい!自作キャラ、感想を送ってきてください!」
――To be continued―― 
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