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悪来

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4部分:第四章


第四章

 その彼のところに張繍の部下達が近付く。表面上は穏やかにだ。
「典偉殿、典偉殿」
「宜しいでしょうか」
「何ですかな」
 彼は彼等の言葉に対して応える。しかしその間も立ちそのうえ武装を解いてはいない。
「差し入れを持って来ました」
「さあ、どうぞ」
 こう言ってその酒を差し出す。大きな壺に満ちている。
「酒ですか」
「はい、そうです」
「典偉殿が飲めると御聞きしていますので」
「確かに」 
 典偉は彼等に対しても実直な声で答えた。
「私は酒は好きです」
「ならばどうぞ」
「是非」
「宜しいのですか?」
 彼等に対して問う。酒をもらえることに少し後ろめたさを感じているようである。問うその目にそれが浮かび出ている。
「頂いても」
「何、余りましたので」
「遠慮なさらずに」
 ここでもその心の中のものを隠して告げる彼等であった。
「ですからどうぞ」
「御飲み下さい」
「わかり申した」
 典偉はその武骨な声で彼等に答えた。
「それでは。喜んで」
「お好きなだけどうぞ」
「まだありますので」
 彼等はその胸の中の謀を押し隠してそのうえで彼に酒を飲ませた。程なくして彼は眠ってしまい動きを止めた。しかし彼は何と立ったまま眠っていたのだった。
「眠っているのか?」
「間違いない」
 彼等は遠くからその彼を見ながら言い合った。もう暗くなっている。
「寝ている。間違いなくな」
「馬でも眠らせられるだけの薬だぞ」
 薬を使うように張繍に進言したその者の言葉だ。
「それで効かない筈がない」
「そうか。それなら大丈夫か」
「絶対にな」
 こう言い合いそれぞれ武器を手に屋敷に近寄る。典偉が気付いたその時には時既に遅しになっていた。
「むっ、これは!?」
「典偉殿!」
 曹操の甥である曹安民が屋敷の中から飛び出てきた。やはり彼の顔もまた叔父によく似ている。
「この騒ぎは一体」
「屋敷の周りから聞こえてきます」
 典偉にはこの声がよく聞こえていた。曹安民にもだ。
「しかもこれは」
「はい」
 曹安民は彼の言葉に頷く。
「敵の声ですな」
「すると張繍は」
 彼等はすぐに今何が起こっているのか悟った。今屋敷を取り囲んでいるその唸り声を聞いてだ。戦場を潜り抜けてきたからこそわかることだった。
「裏切ったのか」
「おそらくは」
 こう曹安民に述べた。
「そして安民殿」
 彼は言ってきた。
「ここは拙者にお任せを」
「馬鹿な、御覧下さい」
 曹安民は今の典偉の言葉を聞いてすぐに目の前の道を指差した。
 もうそこには無数の松明が見えていた。幾つあるのかざっと見ただけではわからない。彼等はその無数の松明を今見ていたのだ。
「あれだけの数を御一人では」
「何、安心めされい」 
 だが彼は言うのだった。
「拙者ならば一人でここを防いでみせます」
「典偉殿・・・・・・」
「して安民様」
 前を見据えながら彼に言ってきた。
「殿を御願いします」
「叔父上を」
「そうです。曹昂様がおられますな」
「はい」
 従兄弟は曹操の側にいる。彼の護衛も兼ねているのだ。
「御二人で。殿を安全な場所に」
「それでは」
「お逃げ下さい」
 彼はまた告げた。
「今のうちに。さあ」
「典偉殿・・・・・・」
「敵は待ってはくれませんぞ」
 これ以上は言おうとしなかった。言えなかった。何故なら敵達はもう目の前まで迫っていたからだ。ざっと見ただけで百人は超えていた。
 
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