悪来
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3部分:第三章
第三章
「普段からわしの護衛をしておるのだからな」
「それが私の役目ですので」
何でもないといった言葉であった。
「それはお気遣いなく」
「よいのか」
「むしろ是非共」
またこう言って申し出てきた。
「御願いします。私もまた」
「ふむ。そうか」
「それで宜しいでしょうか」
「わかった。ではついて来るがいい」
曹操は遂に折れた。そうして彼の同行を許した。
「昂と共にな。わしと共にだ」
「有り難き御言葉」
こうして彼は曹操達と共にその琴の音が何処からか聴こえてくるのか探しに向かった。そうしてある屋敷に辿り着いた。そこに入ると中には一人の美女がいた。
彼女は張繍の縁者だった。彼の叔父であり直接の主でもあった張済の妻であった。張済は既に知んでいるが彼女はまだ誰のものでもなかった。曹操はそれを知ると毎晩彼女のいるこの屋敷に入りその琴を聴いた。その際常に曹昂、そして典偉は共にいた。彼は常に曹操を守りその側にいるのだった。
だがこのことが他ならぬ張繍の耳に入った。決して本心から曹操に降っていたわけではない彼はこの話を耳にして怒りを覚えずにはいらさなかった。そしてその怒りのまま周りの者達に対して問うのだった。
「このことについてどう思うか」
「曹操が張済様の奥方だった方のところに毎夜通っていることですね」
「そうだ、それだ」
怒りに満ちた声でまた周りの者に対して告げた。
「我が一族の縁者に手をつけるなぞ。厚かましいにも程がある」
「全くです」
「これを屈辱と呼ばずして何と言いましょうか」
周りの者達も怒りを隠せない。主の血筋の者に手をつけられたとあっては彼等にしても屈辱に他ならない、そういうことであった。
「ではすぐに曹操を討ちましょう」
「兵を夫人の下に」
「しかしだ」
だがここで。張繍の顔に戸惑いの色が浮かんだ。そのうえで言うのだった。
「曹操の側には息子の曹昂が常にいる」
「あの若者がですか」
「それだけではない」
さらに言い加えてきた。
「あの典偉がいる」
「悪来と呼ばれたあの男がですね」
「あの剛の者が」
「あの者は強い」
彼もこのことはよく知っていた。
「あの呂布の軍勢を退けたこともある」
「はい」
「その力は曹操の家臣の中でも屈指だ。あの者がいるのだ」
「それでは殿」
ここで一人の男が出て来て彼に告げた。
「典偉に酒を差し入れましょう」
「あの者は幾ら飲んでも酔いはせぬぞ」
「勿論ただの酒ではありません」
張繍の言葉に対してすぐに返してきた。
「酒に薬を入れておくのです」
「それで眠らせるのだな」
「そうです。これならば如何でしょうか」
「ふむ。どんな虎も眠ってしまえばどうということはない」
話を聞いた張繍はその案を聞いてからこう述べた。
「眠ってしまえばな」
「それでは」
「うむ。すぐに薬を入れた酒を差し入れよ」
張繍の決断は早かった。
「そしてあの男を眠らせた上で曹操をだ」
「わかりました。それでは」
「曹操よ。あの世で知れ」
彼は酷薄な笑みを浮かべながら呟いた。
「女は高くつくものだとな」
この言葉と共に彼等は動いた。すぐに典偉に酒が差し出される。彼は夫人の屋敷の門のところに立っていた。鎧兜に身を包み両手にはあの戟がそれぞれある。何時でも戦えるのがわかる。
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