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3部分:第三章
第三章
「ですから」
「そうだな」
そしてそれを見抜けぬまま頷く春申君だった。
「そなたを王に献上する」
「まことですね」
「まことだ。そしてその子が王となる」
これは最早自然の流れだった。
「そして私の身も守られる」
「その通りです」
女はにこやかに笑っていた。しかしその裏にあるものはこの時の彼には見えていなかった。彼はもう若い頃とは違っていたのだった。
こうして女は王に献上された。王は女を寵愛し程なくして男が生まれた。これにより女は后となった勧めたのはやはり春申君だった。
王が彼の言葉を聞かない筈がなかった。そうして彼の勧め通りそのまま子は太子となった。全ては彼の思うままに見えた。
だがそうではなかった。李園は外戚となり権勢を得た。そうして国政にも携わるようになり怪しい者達を集めるようになっていたのである。
そんな中でのことだった。春申君に対して食客の一人が会いたいと言ってきたのだ。
それは朱英という男だった。彼はまずこう主に告げるのだった。
「この世のことですが」
「この世がどうかされたのか?」
「思いがけぬ幸せが訪れたり思いがけぬ不幸が襲ったりするものですな」
「確かに」
このことは春申君にもわかった。
「この辺りは何時来るかまことにわからないものですな」
「そして今は戦乱の世であります」
その激しさは楚にも及んでいる。誰も知らないことではない。
「明日をも知れません」
「それもまたその通りです」
また頷く春申君であった。
「だからこそ世の中は難しいものですな」
「そうした時代にあっては一つ重要なことがあります」
そしてここで朱英の言葉が強いものになった。
「吉凶を左右できる者を側に置くことです」
「吉凶をか」
「そうです。まずはです」
彼はさらに春申君に話してきた。
「思いがけぬ幸せのことですが」
「それは一体何ですかな?」
「貴方様のことですが」
他ならぬ彼のことだと告げるのだった。
「楚の宰相となって二十五年になりますね」
「はい」
もうそれだけの歳月が経ていた。彼が楚を支え秦を防いでいると言ってよかった。
「名目は宰相ですがそれ以上のものがあります」
このことを彼もよく知っているのだった。
「今王は重病にあられます。若し亡くなれば」
「太子が王になられますな」
「その通りです」
朱英はその太子が春申君の子であることは知らない。しかしその母が彼が王に献上し后にも勧めたことも太子にするように王に勧めたことも知っていた。
「そうすれば貴方様はさらに上にあがられます」
まだ上があるというのである。
「そう、幼い王の代わりに国政に当たられるでしょう」
「そうなるのですね」
「これは王になったも同然のこと」
また告げる朱英であった。
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