口では言っても
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4部分:第四章
第四章
「そのうえで楽しんで飲むのならいいのだ」
「それならばですか」
「そうでなければ飲んではいけない」
真面目な顔で妻に語る。
「決してな」
「では神を忘れては害毒になるのですね」
「如何にも」
今は真面目な顔で語る。
「その通りだよ」
「そして神を忘れなければ」
「友人になるのだよ」
「そういうことですか」
「そう。だから今の私は飲んでいいのだよ」
満面の笑顔に戻ってまた飲み干した。そこでまた妻によって注がれる。語るその顔はもう赤らんできていた。酔いが回っているのは明らかだった。
「どんどんな」
「それはいいのですけれど」
「んっ!?」
「あまり飲まれるのもどうかと」
「安心するのだ、私の心は常に神と共にある」
「そうではなくてですね」
妻は夫に対して言うのであった。
「御身体が」
「完全に潰れるまで飲みはしないから安心せよ」
「左様ですか」
「そうだ。あと一杯で止めておこう」
ここでやっとハムを少し食べるのであった。
「これでな」
「わかりました」
この場はこれで終わった。ところがある日。ルターは難しい顔で椅子に座って己の足を見ていたのであった。
「どうかされましたか?」
「ううむ」
その難しい顔で妻に応える。
「少しな」
「少し?」
「痛むな、足の指の付け根が」
こう言うのである。
「これはひょっとしたら」
「痛風ですか」
妻はここでこの病気の名前を出してきた。
「ひょっとして」
「おそらくな」
ルターもまた妻のその言葉に頷いた。
「見れば腫れている」
「ですから言ったのですよ」
妻は呆れた顔で夫に告げた。
「ビールを飲み過ぎてはと」
「ううむ、これか」
今ようやく妻の言葉の意味に気付いたルターであった。
「こうなるのか」
「やはりビールは害毒なのでは?」
妻もここでこのことを言うのだった。
「痛風になるのですから」
「いやいや、そうではない」
しかしまだ彼はこう主張した。
「そうではないのだよ、これが」
「ですが実際に」
「それはそれこれはこれだ」
詭弁に聞こえるがルターはあくまで正面から突き破る男なのでそうではない。今もただ正面から突き進み述べている言葉である。
「これは当然のことだ」
「当然のこと?」
「わしの不摂生への神の戒めだ」
「戒めですか」
「そうだ。やはり飲み過ぎはよくない」
自分でもこれは言うのであった。
「それはその通りだ」
「ですから誘惑に負けて」
「節制すればいいだけだ」
どうしてもこう言うのだった。
「ただ。それだけだ」
「ではこれからも飲まれるのですか?」
「節度を守ってな」
これがルターの考えであった。
「これからもな。そうしよう」
「やれやれ」
妻はルターがビールをまだ飲むと聞いて嘆息するのだった。
「足がさらに痛んでも知りませんよ」
「そこまでは飲まないから安心してくれ。ビールは友達だ」
害毒とまで罵りながらもこうも言ってビールを愛するルターであった。それは痛風になっても変わらない。それは彼とても同じであるのだった。
口では言っても 完
2009・12・11
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