ソードアート・オンライン 瑠璃色を持つ者たち
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第五話 第一層フロアボス攻略戦
前書き
どうもお久しぶりです。はらずしです!
かなり時間開いちゃいましたが、第五話更新です。
ちょっと(?)長いですが、どうぞ!
翌日、ボス戦へと向かう一団の集合時間およそ五分前。
彼らは一様に高揚していた。高揚せずにはいられなかった。ほとんど強制的に。
そうでもしないと死への恐怖からこの場を立ち去ってしまいそうで。そうなれば、《最前線》から遠ざかってしまいそうで。
脅迫による高揚が場を支配する中、盾無しソードマンキリトは少し離れた位置で深いため息をこぼしていた。
「遅い……」
「彼、まだ来ないの?」
「俺に聞かないでくれ。連絡手段もないんだ」
「……そう」
事務的なフェンサーの質問の声には、ほんの少しばかり憤りが感じられる。昨夜キリトがやらかした事態も関係ありそうだが、それを考えるとまた細剣が飛んできそうだ。
時間に厳しいタイプなのかなぁ、と内心ボヤいていると、不意に肩をトントンと叩かれた。
「…………?」
背後を振り向くが誰もいない。というか、背後なんてほぼ壁だ。横から叩かれたのではないかと辺りを見回すが、やはり周りに人数が増えた気配はない。
「どうしたの?」
「いや、今肩を叩かれたような……」
「気のせいでしょ。誰も近寄ってきてないし」
事実、余り物パーティーであるキリトたちに近寄ってきたのはディアベルただ一人にしてそれっきり誰も近寄ってこない。
キバオウが一度こちらを睨んでいたのには気がついたが、話す気はないらしい。
好漢な雰囲気のエギルはパーティーメンバーと談笑に耽っている。その他諸々のプレイヤーたちも、自分のパーティーでおしゃべりに興じているのみだ。
ならさっき肩を叩いたのは誰なのか。まさか、幽霊的なアレなのか。
そんな思考を、キリトは頭を振って否定する。
ここはデジタルの世界だ。そんなオカルトなことあるわけない。
だが、ナニカを感じる。しかし、モンスターから発せられるようなものではない。これは、人間の愉快そうな視線ーーー?
「ワァッ!」
「キャァ!!」
「おわぁっ!?」
いきなり聞こえた大声に、キリトとアスナは悲鳴をあげる。
とりわけ、アスナは後ろから聞こえたせいか飛び上がりそうになっていた。
そのアスナの背後にいたのは、昨日ちょっとやらかしたリュウヤだった。
「アッハッハ!どうだ?驚いたーーーストップストップ!嬢ちゃん柄から手を離ぎゃぁぁ!?」
「あなたは!こんな時に!何をやってるの!?」
驚きに悲鳴をあげてしまった羞恥心と危うく遅刻仕掛けるほど到着が遅かったことに対する憤怒によって、アスナの流星のような突きがリュウヤを見舞う。ほぼ全力攻撃だった。相手はプレイヤーなのに。
「まままま待てってぇ!キリトさんこいつ止めてぇぇ!!!??」
「………」
「キリトさん!!??無視ですかぁぁ!?」
リュウヤのヘルプにキリトは返事をせずに呆然としていた。
アスナの怒り様にでも、リュウヤの態度にでもない。
(いったいーーーどこから現れた……!?)
リュウヤの突然の出現に驚愕する。キリトの索敵スキルはこの場に集まる中でも群を抜いていると自負している。
そのキリトでさえ看破できなかったのは今までにアルゴただ一人だった。
アルゴでさえ、気をつけなければキリトに看破されるであろうと警戒はしている。
だというのに。
熟練度上げのため、大抵索敵スキルを使っているキリトは、先ほども索敵スキルを行使していた。
それなのにリュウヤの接近に反応もしなかった。
(リュウヤの隠密スキルの熟練度は、いったいどれほどなんだ……)
「ねえキリトさぁぁん!!?聞いてるのっ?お願いだから助けてぇぇぇ!?」
「自業自得よっ!」
「………俺も自業自得だと思うな」
「そ、そんな殺生なぁぁ!?」
ディアベルが出立の合図を送るまでの五分間、リュウヤはアスナの刺突攻撃をいなし続けていた。
「よし、みんないるよな?」
レイドリーダーであるディアベルの確認に全員が黙って頷く。先ほど出る前に、士気をあげるためか大声で叫んでいたが、さすがにダンジョン内でするわけにはいかない。
いかないのだがーーー。
「だぁかぁらぁ、俺はね、お二人さんの緊張を解いてやろうと思ってやったのよ?少しは感謝してーーーまてまてっ!さすがにここで攻撃するなよ!?俺、死ぬっ!」
「勝手に死ねっ!」
「嬢ちゃん、言っていいことと悪いことあるの分かってる!?」
「お、落ち着けって!あと大声だすな!ここダンジョンだぞ!?」
後方で、一人は喚き、一人はレイピアを手に取り、一人は両者に割って入っている。
「なにやってんだ?」「お気楽だなあ、おい」「やれやれ〜」「静かにしねえとモンスター寄ってくるぞ」
それを見守るーーー介入などしないーーープレイヤーたちは厳粛な空気から一変、少しだけ弛緩した空気を感じていた。
気を張りつめすぎて逆にミスをするのは常識。
リュウヤたちのおかげで気持ちを軽くできた。そこまで計算しての行動なら、リュウヤは相当キレる軍師だ。
だが、そんなこと一ミリたりともなかった。
「あなた、絶対イタズラ心でやったでしょう!?」
「な、なんでバレた!?」
「……ここで死ぬか、ボス戦中に死ぬかどっちか選びなさい」
「それ二つに一つですけど!?しかもどっちも嬢ちゃんが殺る気だろ!?」
「当たり前じゃない」
「そんな普通に言うなぁ!」
結論、ただのバカである。
そんな彼らを見てレイドリーダーは笑いをこらえるように肩を小刻みに震わせそっぽを向いていた。
やりとりがひと段落し、ディアベルも落ち着いたところで、全員が気を引き締め直した。
「さて、もういいかな?ーーー行くぞっ!」
全員の顔を見回し、満足気に頷くとディアベルは扉を開いた。
開けて見えたボス部屋は広かった。どのフロアよりも広いのは確かだが、《ボス部屋》という情報からの錯覚か、現実的な広さより倍は広く感じられる。
皆がごくりと喉を鳴らしていると、壁際にある松明がボッ、ボッ、ボッ、と順に火を灯し始める。全てが灯った瞬間、部屋全体が明るくなり、玉座に座るボスが立ち上がる。
《インファング・ザ・コボルトロード》
騎士ディアベルが、愛剣を振り下ろす。
それとともに盛大な鬨の声を部屋に響かせながら、雪崩のようにボスへと立ち向かっていく。
第一層フロアボス戦の開始だ。
自分が抱いていた評価を改めなければならない。
アスナはそう思わざるを得なかった。
ボス戦が開始してからどれだけの時間が経っただろうか。分からないが、ボスを相手にする全プレイヤーの士気が高いのは変わらない。
それだけでも、アスナは素直にすごいと思った。相手は第一層のフロアボス。たった一度のミスが自らを死に至らしめるという状況下において、彼らはそれをものともせずダメージを加え、攻撃をいなし、防御する。
皆の剣技は見事だ。誰もがこの城で戦い抜いてきた猛者だというのが分かる。
しかし、そんな彼らすら凌駕する存在が二人。
アスナは目の前にいる《センチネル》へ《リニアー》の一撃を加えると「スイッチ」と叫んだ。
「スイッチ」
それを聞いた一人のプレイヤーが、同じく言葉を口にし、アスナと入れ替わる。
怯んだ《センチネル》に流れるような動きでトドメをさし、ポリゴンへと還るのを見向きもせず剣を振る剣士は、狙いを次の《センチネル》へと変えていた。
ーーー強い。
単純にそう思えるほど洗練された動き。まるで淀みのない徹底された効率的かつ効果的な一撃。
彼の動作一つとってもこの中の全プレイヤーで群を抜いている。
そんな彼に勝るとも劣らない異彩を放つ男が一人。
「そ〜らよっとぉ!」
たった一人で《センチネル》をポリゴンに還すおちゃらけたプレイヤー。
皆が引き締まった表情を見せる中、唯一ヘラヘラとしている男はしかし、アスナの隣にいる剣士と同等の実力者だった。
《圏内》では一切の装備をつけていなかったが、やはりかなりの軽装だった。アスナと同じく見ただけでわかる回避型の防御スタイル装備。藍色のジャケットに黒のパンツ。インナーは紺色と、冷色を好むらしい。単純に性能でえらんでいるかもしれないが。
剣はキリトと同じ。なのに、使い方がまるで違う。
キリトは一撃重視なのに対して、リュウヤは連撃重視だ。
ソードスキルは使わず、研ぎ澄まされた剣さばきでモンスターを圧倒。手数で敵を黙らせる。
ソードスキルを使うのは止めの一撃くらいだ。
加えて彼の回避能力もまた凄まじい。ほぼ紙一重で敵の攻撃を躱し続け、その間にも少量ながらダメージを与えている。
《圏内》で自分の剣技が全て躱されたのはこのせいか、とアスナは得心する。
「うぉっし、次行くぜ〜」
「もうちょい緊張感持てよ」
「うわひっでえな。これでも多少は緊張してるんだけど」
「うそつけ」
「いや、ほんと」
と軽口が飛ぶくらいに彼らは余裕そうだった。
自分は、そこまで強くない。
強くないし、強くない。
次元が違う。
けれどーーーいつかその境地へ。ボス戦でさえ余裕を持てる力をこの手に。
他でもない自分に誓い、アスナは叫ぶ。
「次、来るよ!」
《インファング》の三本目のゲージが削り切られる直前、リュウヤは離れた位置にいる二人の会話を耳にした。
戦闘中に加え今のリュウヤと彼らの距離では普通ならば聞こえない。しかしリュウヤはスキルの恩恵によって不可能を可能にしていた。
「ーーー汚い立ち回りでボスのLA取りまくっとった盾無しソードマンの話をなぁ!」
「な…………」
(LA……ロサンゼルスじゃねえよな、うん)
ゲーム世界のどこにロサンゼルスがあるんだ、というよりロサンゼルスを取るなんて言葉は戦争などでしか使われない。
ふざけた思考を切り捨て、真面目に思考の歯車を動かし始める。
(ボスのラストアタックボーナスか。まあ〜欲しいわな)
通常のモンスターから得られるLAとはわけが違う。この《ソードアート・オンライン》というゲームの中で、ただ一つしかないユニークアイテムだ。
となれば必然、レア度は高いわ性能も段違い。手に入れているかいないかで大きな差を広げてしまう。
(ベータ時代か……その時のキリトをあのベーター嫌いのキバオウが知るわけもねえから、誰かに聞いたんだよな)
そうなると、今度は「なら誰が」という疑問が浮かぶ。
その前に消化できるものもあるのを忘れてはいけない。
(確かキバオウはキリトのアニブレ買い取ろうとしてたよなぁ……。もし仮にLAを取らせないためと考えりゃ、アニブレにあの金額を提示する理由には納得がいく)
(だが、それをキバオウが考えて実行するか?…………いや、ないな。あいつはそこまで頭の回るようなやつじゃない)
事実、彼が頭の回転がいいのならば、会議の時ベーターを吊るし上げようとはしない。あれは誰にもメリットのないただの自己満足でしかない。
(とすっとブレーンがいるはずだ。キリトのベータ時代を知っていて、キリトにLAを取らせたくない、キバオウが素直に指示を聞くような人物…………)
一瞬、思考が停止するが、すぐに再起する。
(ベータ時代を知っているかどうかは知らんけど、それを省けば一人いるよな)
つい、とリュウヤはある一点に視線を向ける。
そこにいるのは、レイドを率いて指揮をとるディアベル。
彼が一番黒に近い。もしこのボス戦が無事終了し、次のボス戦でまたレイドを率いることになるのはディアベルだ。
彼もこのことを傲慢でも意識過剰でもなく事実として認めているはずだ。
ならば、レイドリーダーとして、長を務める者として威厳を保たなければならない。リーダーシップや指揮力だけでない威厳を。
そこで打ってつけなのがボスのラストアタックボーナス。
これならば、目に見えるもので威厳を感じさせることが可能だ。ラストアタックをした行動そのもの、それに付随する実力。その二つを一度に示すことができる。
「さすが《騎士》、裏も裏でちゃっかりしてんなあ」
侮蔑でなく、純粋に尊敬の念をこめてつぶやく。
確かに私利私欲の全てを排除し、利益だけを追求するのならばディアベルがボスのドロップ品を獲得した方が理に適っている。
(俺も欲しかったんだけどなあ……ま、こんな状況でそんなワガママ言ってらんねえし)
一つの疑問を消化仕切ったところで、リュウヤは剣を構える。ディアベルに、ラストアタックボーナスを献上するがために。
だが、その決意は虚しくも霧散することになる。
リュウヤが思考回路を戦闘モードへとシフトしたその時、ボスの体力ゲージがようやく残り一本を切った。
ここからパターンが変わって、いっそう気を引き締めボスに攻撃しなければならない。
しかし、ディアベルの指示は予想外だった。
「よし!みんな一旦下がれ!俺がやる!」
リュウヤには意外だった指示は、他のプレイヤーにはそうではなかったらしい。全員少し後退し、ディアベルの次なる指令が来るまで待機している。
それを満足気に見たディアベルは一人果敢にボスへと走り出す。
当然、リュウヤは舌打ちした。
「バカ野郎……!そいつは勇敢な騎士じゃねえ、無謀な市民だ!」
届かない叱咤を口にしつつ、リュウヤは全力でディアベルへ追いつこうとする。無論彼の無謀極まりない愚かな挑戦を止める、もしくはサポートするためだ。
ディアベルに追走しようとしているリュウヤの後ろから、キリトの声がーーー叫びが聞こえた。
「ダメだ!全力で後ろに跳べーーーッ!!」
(チッ……クソッタレ!!)
本気で持ちうる敏捷力を全開にしてディアベルに手を伸ばす。
ギリギリ届いた彼の服を掴み、ディアベルを引っ張るのではなく自分をディアベルに寄せ、彼の脚を思いっきり払う。
(後ろじゃ間に合わん……!)
せめて横へと跳ぼうとした瞬間、タルワールーーーいや野太刀がリュウヤとディアベルを襲う。
軌道は水平ーーーギリギリのところで被弾を回避。
次の攻撃が来る前に逃げなければーーー動かない。
しまった、と思った時にはもう遅かった。リュウヤの足払いのせいで《転倒状態》になったディアベルに、それにつられて同じく《転倒状態》に陥ったリュウヤ。
死を覚悟する場面で、ディアベルが動いた。
「助かった。ここからはオレがやる!」
「バカ野郎!今立つんじゃーーー!」
本格的な《転倒状態》に陥ってしまっているリュウヤより、軽い症状で済んだディアベルはすぐに立ち上がりボスの次なるソードスキルを相殺しようと彼もまたソードスキルを起ちあげる。
「やめろディアベル!モーションを起こすなっ!!」
「チーーーックショウがっ!!」
吠える二人の声は騎士と王のソードスキルによって霞んでいく。
ディアベルの一撃は、確かに相殺とはいかなくとも軌道を変えられ、止めにはならなかった。しかし、王は間髪いれず最悪のソードスキルを起ちあげる。
スキル硬直により動けないディアベルに、容赦なく上下の斬撃、一泊溜めての突きを叩きこむ。
騎士の体を包む赤いエフェクトが消え去っていき、そしてついには彼の体を青いポリゴンへと変えて四散した。
ーーーボスを倒してくれ。
そう言葉を残して。
(ディアベルが……死んだ)
純然なる事実を叩きつけられる。
死んだ?
死んだ
何が?
人が
誰が?
騎士が
騎士?
レイドリーダーだ
レイドリーダー?
指揮官だ
指揮官?
青髪のプレイヤーだ
それって、誰?
ーーーディアベル。
最高の指揮官で、己を顧みず他者を案じた心やさしきレイドリーダー。
のちにトップギルドを作るであろう人材が、目の前で死んだ。
いや、ディアベルが死んだことが言いたいんじゃない。
“目の前”で、人が死んだ。
人が、死んだ。
ーーーはぁぁぁ………。
剣を取れ
恐怖を捨てろ
意思を持て
震えを抑えろ
覚悟を決めろ
こいつをーーー殺すために
「ああああああああああァァァァァ!!」
固まっていた全プレイヤーが、リュウヤの自身への叱咤の咆哮で我に帰った。
気づけば、叫んだ者はすでに単身でボスを相手に奮闘している。
たった一人でボスへ挑むのはほぼ自殺に等しい行為。パーティープレイの危険値など軽くしのぐリスキーな行動は、しかし彼の命を取るには至らなかった。
ボスの野太刀がリュウヤを襲う。鋭く早い刀の太刀筋はしかし、リュウヤの全力の位置が気でベクトルを反転させられる。
ありえないほどの瞬発力。
ディレイに陥ったボスに、彼は笑みを浮かべて攻撃に移る。ボスの体力ゲージがみるみる減っていく。
ありえないほどの攻撃力。
まるで予知しているかのごとく、紙一重でボスの攻撃を躱し続ける。
ありえないほどの回避力。
たった一人でボスを相手取るリュウヤは、怒りや憎しみで戦っているようには見えない。
ましてや冷静な判断で、時間を稼ごうとして暴挙に出ているようにも見えない。
彼は、ただ目の前の敵を殺そうと狂っていた。
「……私もいく。パートナーだから」
キリトが剣を構えなおし突撃しようとしたその時、アスナが隣に並んだ。
本当は下がっていてくれと言うつもりだった。結果如何によっては華麗な剣技を見せるフェンサーの命をこの場で失いかねない。
「……分かった、行くぞ」
だがキリトの放った言葉は思っていることと反対の言葉だった。
彼女の瞳がこう語っていたのだ。
「行かせてくれ」と。
覚悟を決めた二人はリュウヤの加勢に入る。
だが二人は、彼に接近してからあることに気づいてしまった。
「ハアアああああァァァァァ!!」
リュウヤの剣が三本の軌跡を描き《インファング》の体を刻んでいく。
その動きはまるでシステムアシストに頼って動いているように見えるほど素早い動きだ。
対しコボルトの王は必殺に値するソードスキルの一切を封じ込まれていた。
まるで未来視しているかのように、モーションを起ちあげる直前にノックバックが起きるほどの強攻撃を浴びせられ、ディアベルへ放った一撃を最後にソードスキルを発動できていない。
これだけを見れば、彼だけで《インファング・ザ・コボルトロード》を仕留めることができるのではないかと思えてくる。
しかし、現実はそう甘くなかった。
パーティーメンバーにだけ見えるリュウヤの体力ゲージ。
残量ーーー十分の一。
すなわち、死の直前。
そう、彼らが気づいたのはリュウヤの《異常性》。
ソードスキルを使わせていないとは言え、通常攻撃は致命傷になりうる攻撃以外は避けようともせず逆に攻撃を加えている。
まるで死兵ーーーいや、その表現ですら生ぬるいだろう。
死兵は死を理解して、実感して戦う。
しかし彼は違う。死を理解していない。
もっと言えば、死という現象そのものを知っていないように感じる。
まるで機械。感情を共わない人の形を模した部品の集合体。
なにが彼をそこまでに駆り立てるのか。
想像すらできないが、今それを考えていても仕方ない。
キリトは剣戟が止んだ刹那を狙ってリュウヤへ駆け寄り、背中をつかんで強引に後ろへやった。
「スイッチだリュウヤ。あんたは休んでろ」
「……」
「リュウヤ?」
「ったりまえだろ。これ以上俺にやらせんな。死ぬわ」
「死にたくないならこんなことするなよな」
「アホぬかせ。誰もボスに突っ込まねえからLA取るチャンスだと思ったんだよ。お前のせいで取り損ねることになったけどな」
「だからって一人で立ち向かえるなんてあんたすごいよ」
「はっはっは、だろ?俺ってば最強。……そんなことより、目の前のボス倒してこいや。もう体力も少ない。仕留めれなかったら俺がLA取るぞ」
「冗談だろ?」
不敵な笑みを浮かべて、キリトはボスへと突っ込んでいく。それに追随するのはもちろんアスナ。
ボスの体力はもはや残りカスのようなもの。負ける気がしなかった。
そしてリュウヤもまたボス戦の幕が降りるのを感じた。
五分後、キリトのソードスキルの一撃により《インファング・ザ・コボルトロード》はポリゴンの散りとなって消えた。
「なんでだよ!」
その一言から始まった。
祝勝ムードが一転、断罪の場へと変わったのは。
一視点のみから見れば、ディアベルのパーティーメンバーたちの言うことはごもっともと言えるだろう。
ボスが使うスキルを知っていたなら教えておいてくれればよかったじゃないかと。
だがしかし、ボスを倒したキリトはこう言える。スキル変更があることに気づいたのはついさっきだと。
けれどキリトはそう言わなかった。たとえ言ったとしても相手の激情を煽るだけだからだ。
だから彼はあえて泥をかぶった。
《ビーター》という名をつけられて。
「ーーーってことだよ」
「ああ、そゆこと」
キリトが姿を消した直後のこと。
斧を担いだエギルに話を聞いていたリュウヤは納得したというように頷く。
エギルがリュウヤに先ほどのあらましを教えていたのは、リュウヤが「どゆこと?」と言い出したからだ。
ふんふん、としきりにうなずいているリュウヤの隣でアスナは少々の怒りを孕んだ声で彼に問うた。
「あなた、さっきのが分からなかったの?」
理解しなかったお前はバカなのか、言外にそう告げるアスナ。加えてこうも言っているのだ。
キバオウの暴論を捌いたあなたが分からないわけないでしょうと。
だからリュウヤは答えた。
「俺は、最低だからな♪」
「だから、あんなやつもうレイドに入れなければいいんだよ!!」
「そうだそうだ!ディアベルさんを犠牲にしてまでLA取りに行くやつなんか信用ならない!」
わーわーと怒号が飛び交うボス部屋。
キリトが立ち去ってから、この後どうするかの議論をしていたはずなのに、いつの間にか誰が悪い悪くないといった責任の押し付け合いになっていた。
「おーい、俺もちょっと発言いいか?」
そんな中、特に大きな声でもないのにその場の全員を振り向かせたのはリュウヤだ。
昨日の前科があるため何を言いだすか分からないといった風に身構えるプレイヤーたちに苦笑しながら言った。
「能無しどもがまともに使えない言葉使って会議の真似事とか、滑稽だな」
ピシッ、空気が裂けた。
リュウヤに言わせれば「会議の真似事」をしていたプレイヤーたちは、一斉に不満を彼に向けた。
「そうそう、そうやって人に感情ぶつけて自分は何も悪くないとか考えてんだろ?お前ら。それが滑稽だっつってんだって」
やれやれと言わんばかりに首を振る。
それに対して一人のプレイヤーが反論する。
「俺たちの何が悪いって言うんだ!言ってみろよ!」
「え?言っちゃっていいの?泣いても知らないよ?」
相手の反応に挑発すると、彼らはふざけんな、調子こいてんじゃねえよ、などと暴言を吐きまくったが、リュウヤはそれらを一切無視し、しょうがないと言った風に口を開いた。
「第一に、お前らのディアベルへの依存が度を超えていたこと。誰だよ『ディアベルさんの指揮力は最高だ』っつったの。誰でもミスはある。それはディアベルも例外じゃないってこと忘れてたのはお前らだろ」
暴言を吐く者が減っていく。
「それに発展して第二。依存しすぎたせいで、あの“バカ”の無謀極まりない指令に誰も反論しなかった」
部屋から一人の声しか聞こえなくなる。
「ほら、これでお分かりか?ディアベルを殺したのはあの《ビーター》でもボスでもない。お前らだってのが」
暴言を吐いていたプレイヤー全員がぐっと息を詰まらせリュウヤを睨む。
「ほらほら怒んないの、ガキじゃあるまいし。なんならあの《ビーター》の方が大人だね」
全員が頭にハテナを浮かべているとリュウヤは挑発するように笑みを浮かべる。
「指揮官が死んでも撤退しないで最後までボスと渡り合った。それに対してどうだ、お前らは。ディアベルに依存しすぎたせいで腰抜かしてもはやお荷物でしかないクズに成り下がってたてめえらに、あの《ビーター》を責める権利があるとでも思ってんのか?」
大方筋は通っている、とアスナは思った。
もしキリトがいなければ、ボスにトドメをさせる者はおらず、いたずらに死者を増やすだけだった。
あの体たらくではそう思わざるを得ない。
しかし、それはキリトが《ビーター》というヒール役を演じていた、と分かっているもののみがたどり着ける真実である。
「そ、そんなこと言って、本当はお前もビーターなんだろっ!」
「そうだそうだ!罪を軽くしたいだけじゃないのか!」
だから当然、こういう反論が出てくる。
しかし、これに屈するリュウヤではない。
「喚くな」
たった一言。口から溢れでるように放ったつぶやきだった。
その声は、その表情は、この世界初の情報屋を営むアルゴでさえポーカーフェイスを崩してしまった冷圧。
受け止めきれるはずもなく、彼らは一瞬にして口を噤んだ。
「えらいえらい、ちゃんと静かになったな。で、質問だが、俺がビーターだって言う証拠は?」
だがそれも刹那の時間。コロッと態度が変わり、まるで“犬の躾けがうまくいった”時のような笑みを浮かべる。
コロコロと変わる彼の態度についていけない彼らは混乱しそうになるが、ある一人が吠えた。
「お、お前、ボスと戦ってたじゃんか。それってボスのスキル分かってたってことだろ!」
そういえばそうだな、という声が上がり始める。やはり彼は罪を軽くしたいただのビーターなのかーーー
「だから?」
もはやその一言だけで反論の声を押し黙らせる。
「それさ、状況証拠だろ?んなもんあてになんのか、あ?物的証拠は、どこにあるかって聞いてんだよ、俺はさ」
訊いているのに訊いていない。何も言わせる気がないのか、苛立ちによる威圧なのか。
「ほら、俺が《ビーター》だなんて証拠はどこにもない。他になんか言いたい奴は?」
無論、誰もいない。言えるはずがない。
「そんじゃ結論だ。お前らにあいつを責める権利なんてない。ここでピーチクパーチクほざいてる暇があるなら、とっととこっから出て結果を伝えるべきだろ」
しぃん、と部屋が静まる。誰も声を出そうとはしない。リュウヤもまた言いたいことを言い終えたのか、言葉を発さず、身を翻して次層への階段へと向かい始めた。
だがそれに待ったをかけるプレイヤーが一人。
「お前、さっきから言いたい放題言ってくれやがったが、そういうお前はどうなんだよ。ああ!?」
それはここにいる全てのプレイヤーの総意だった。
誰かが口にしてくれるのを待っていたのだ。
抑えきれなかったプレイヤーは大声で怒りをぶつける。
それに対し、リュウヤは半身だけ振り向いた。
「俺、なんも悪くないじゃん」
逆になぜそんなことを聞かれるのか分からないといったように。
「だって、俺ディアベル助けに行ったし。てめえらが腰抜かしてる間、囮だってしてやったじゃん。どこが悪いの?俺、分かんないなぁ」
自分は“善”でお前らが“悪”だと言うように。
「だからお前らにはない権利だって持ってる。《ビーター》をとことん責める権利がさ。ほら、お前らの分まで責めて責めて責め続けてやるから気にすんな」
さもお前らのやれないことを“やってやる”と言いたげに。
「そんじゃな〜」
再度身を翻し、手をひらつかせながら階段をのぼっていく。
キリトを遥かに上回るヘイトをその身に受けながら。
奇しくも、気づかないうちにアスナはリュウヤと同じ言葉を口にした。
「最ッ低……!」
「よっ、少年。黄昏てんのかい?」
「……リュウヤ、か」
第二層の景色を見つめながらうずくまっているキリトにリュウヤは明るく話しかけた。
「おお……こりゃ絶景ですな〜」
「……」
「これ独り占めとか、さすがは《ビーター》さん。やること違うねぇ」
「……!」
思いっきり、胸に剣が刺さる。今一番気にしている単語をなんの躊躇もなく嫌味に使ってくる。少しはデリカシーを持って欲しかった。
ふるふると湧き上がる怒りを拳に集中させていると、肩にポン、と優しく手が置かれた。
「大丈夫、気にすんな。お前一人が抱え込むようなもんじゃね〜よ」
手は大きかった。肩に置かれているだけだというのに、全身でその大きくて暖かいぬくもりを感じられた。
それは父性のぬくもり。
母性では感じられない、力強く、かっこいいぬくもり。
父を持つ子が、親父の背中を見て育つのは、親父のカッコよさに惹きつけられるからだ。
そんな年長者の心遣いがキリトの仮想の体に染み渡る。視界がぼやけてきた。ほとんど泣きそうだ。
「それに俺も案外ヘイト稼いできたからなぁ。これで仲間だ」
はっはっは、となぜか誇らしげに胸を張って笑うリュウヤ。
それがおかしくて、つられてキリトも笑った。
ひとしきり笑ったところで、リュウヤは親指を立てて言った。
「心配すんな。お前が孤独になるのはもう決められた定めだろうけど、いつか必ず、お前の心を癒してくれる奴が現れる」
元気でな、と告げてリュウヤは一足早く主街区へと向かっていった。
キリトは思い出す。今日一日の彼の表情を。
時に笑い、時にふざけ、時に叫び、時に怒り。
一貫しない彼の感情表現や口調。
そして、無理やりスイッチをした時のーーー機械のように冷たい瞳。
一体、彼はその胸の内になにを抱いているのか。
キリトは彼の背中を、彼が見えなくなるまで見続けていた。
後書き
さていかがでしたでしょうか。
いつもの約二倍のボリュームでお届けしました今回のお話、
書いてる自分も多いなぁと思った次第です。
さて、次回はまたアルゴさんとのお話です。
端的に言えばオリジナル回です、はい。
リュウヤもといリュウ兵との会話をお楽しみに。
それではまたお会いしましょう。
See you !
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