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刀術

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5部分:第五章


第五章

「よいな。そして生きよ」
「生きる為にも」
「剣を取るのじゃ。よいな」
「わかりました」
 そしてだ。竹千代もだ。
 雪斎の言葉に頷き。そのうえでだ。
 木刀を構えなおして。そうして言った。
「生きます。是非共」
「そうせよ。死ぬのは何時でもできる」
 何時しかだ。雪斎は笑みになっていた。その笑みでだ。
 彼もまた剣を構えてだった。本格的な稽古に入った。
 それが徳川家康が幼い、竹千代だった頃の話だ。そうしてだ。
 彼が大御所になってもだ。暇があると剣を握り振ったり突いていた。その彼にだ。
 家臣達はだ。こう言うのだった。
「今日も精が出ますな」
「刀がお好きですか」
「好きではない」
 それはないと言う家康だった。
「ましてや最初は得意ではなかったしのう」
「剣がですか」
「そうだったのですか」
 家康は既に免許皆伝である。しかしそれでもなのだ。
 彼はそれは好きではないとだ。こう家臣達に言うのである。
 それを聞いてだ。家臣達はいぶかしむ顔で述べた。
「大御所の刀は見事ですが」
「それでもなのですか」
「そうじゃ。得意ではなかった」
 まずはこう言ってであった。さらに。
「そして好きではない」
「今もですか」
「そうでしたか」
「しかしじゃ」
 それでもだとだ。ここで家康は言った。
「生きる為にはじゃ」
「剣は必要ですか」
「そうだというのですか」
「だからですか」
「剣の腕を極められましたか」
「生きていればそれだけ」
 さらにだった。家康は。
 かつてのことを思い出してだ。そして言う言葉は。
「花も見られるではないか」
「花もですか」
「生きていれば」
「見るのじゃ」
 剣を振るう腕を一旦止めてだ。そうしてだ。 
 家臣達に周囲を見回す様に言う。それを受けてだ。
 彼等もその周りを見る。駿府の庭には。
 様々な花が咲いている。とりわけだ。
 梅の花が咲いている。紅も白もある。
 その梅達をだ。家康も見ながらだ。
 そのうえでだ。彼等にさらに話した。
「生きていればこうした花達も見られるのじゃ」
「だからですか」
「生きて花を見る為にもですか」
「剣を身に着けるべきですか」
「そういうことじゃ。生きていればこそ」
 何時しかだ。家康の顔は。
「花も見られるのじゃ」
「そして生きる為には剣を身に着ける」
「そういうことになりますな」
「そういうことじゃ。さて」
 まただ。家康は木刀を構え。そしてだった。
 素振りをし突きを入れる。そうして年老いても尚だ。剣を磨くのだった。生きて今咲き誇っている花達をこれからも見る為に。


刀術   完


                  2011・9・4
 
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