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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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故郷

 
前書き
ゼミや就活で忙しいですが、気長にやっていきます。

マキナ&シャロン回 

 
~~Side of ネロ~~

墓場での出来事の後、私達はシャロンの自宅へ招かれた。彼女の家はレンガで作られた西洋風の一軒家で、中はリビングや応接間のある一階と、寝室や倉庫がある地下の二層になっていた。
暖炉の前にしゃがんだシャロンは、近くの桶に入れてあった少し黒ずんだ結晶を一つ掴むと、ぽいっと暖炉の中に放り込んだ。少しすると暖炉から小さな炎が起こり、家の中の空気がじんわりと温かくなってくる。今の時期は初冬だから外の寒さで身体が冷えていて、この温かさがとても気持ち良い。

「アクーナでは古くなったり不純物の混じった魔導結晶を日常生活にこうやって使っている。新鮮で純度の高い結晶の方が内包してる力も多いけど、そっちは次元世界の人達がいっぱい持って行っちゃうから貴重なの」

「良質な結晶はほとんどクリアカンが独占しているのか……。それでアクーナは節約で劣化した物を使っていると。それって不平等じゃないか?」

「そうかもしれない。だけど彼らの基準を超えない結晶は捨てられるから、それを私達は有効活用しているに過ぎない。量も結構あるから困窮はしていないし、暮らすだけなら十分手に入る。儲けたい人にとっては別だけど、アクーナの民にそういう人はいないから」

「だが元々魔導結晶やレアメタルはこの世界の物だろう? 何の配当もしないで勝手に持っていかれて、お前達はそれでいいのか?」

「私達が持っててもあまり使い道がないもの。どうせなら有効に使ってくれた方が良いと思う」

シャロンの言い分を聞いていると、アクーナの民はすべからく欲が薄いように感じる。それに甘んじて、この世界の物資を何の遠慮もなく持っていく管理局。彼らとの関わりが強い私やユーノは、彼女達に申し訳ない気持ちを抱いてしまった。兄様は兄様で難しげな表情で何か考えておられるようだが、私には察する事が出来なかった。

『魔導結晶って、次元世界だとどんな風に使われてるんだっけ?』

「来る途中でも説明したと思うけど、デバイスのコアや魔力を増加して操作する部品に使われてるよ。あ、そういえばもう一つ、次元航行艦の魔導炉の燃料にもなってるんだとか」

「魔導結晶のエネルギー変換効率は他の物質のはるか上を行くんだ。反物質程ではないけど、それに近いぐらい……。地球の発電効率で表すならば、原子力発電所の倍ぐらいと言えばわかりやすいと思う」

「ふむ、ほぼノーリスクかつ少量で原子力以上のエネルギーが供給されるとは……大量消費文明の人間から見れば喉から手が出る程欲しくて仕方ないだろう。この話で分かる通り、多くの魔導師や管理局にとって必要不可欠な物質らしいな」

『何だか……次元世界の人達ばかり得してる気がする』

このマキナの一言は同意できる。シャロン達現地人が何も言わないからって、管理世界だろうと好き放題していい訳じゃない。そもそもここは闇の書の一件が起きるまでは管理外世界だったのに、今の植民地扱いには遺憾の意を覚える。

こうなった原因である私が言えた事でもないが……。

「私達の暮らしさえ壊さなければ、管理局がどこで何をしてようとどうでも良いの。それより日も暮れたから、夕飯の支度をするね」

そう言って話を切ったシャロンは台所に行き、既にある程度作って用意していた小鉢を手早く並べてから、魚介類のダシや身がふんだんに使われた鍋料理を持ってきてくれた。私と兄様、マキナが調査団に加わった事はシャロンも最初は知らなかったはずなのに、十分な量を用意してある鍋料理を見て、私は主はやてが口を酸っぱくして、言っておられた事を思い出した。
“料理は常に多く作るべし”と。急な来客があるかもしれないし、多く求められるかもしれない。そんな時にもう無いでは、もてなしの心が足りないとか何とか……。初めて聞いた時は話半分だったのだが、今こうしてもてなされる側になってみると、シャロンのもてなしの心がとても嬉しく感じられた。

「……そういえばシャロン、おまえはマキナを初めての友達と言ったが、そもそも二人は最初どういう出会いをしたのだ?」

『それは私も知りたい。色々あって私は記憶が失われてるから、聞いたら思い出すきっかけにもなるかもしれない』

「期待してる所すまないけど、私達の出会いは特別大した事は無い、ごくありふれたものだよ。昔からアクーナは小さい街だったから、近くの遊び場で一緒に何かしている内に同じ街に住む者同士で自然と仲良くなっていた。当時、他にもいた同年代の皆もそんな感じで仲を深めていってね……ここは街全体が家族のようなものなんだ」

「そうだったんだ……僕もスクライアの集落を思い出すなぁ。あそこも皆が力を合わせて暮らしてるから、家族みたいな感じなんだよね。あ、じゃあ明日、シャロンのようなマキナの知り合いに挨拶しに行かない? 遺跡探索は別に急ぎじゃないんだから、再会を優先した方が良いと思うし」

「ううん、その必要は無い。再会はもう済んでるから……」

ユーノの気遣いに首を振り、シャロンは沈痛な表情で俯いた。この後の内容に、私はもう大体気付いた。それに勘の鋭い兄様はとっくに察しているだろう。いくら時が経とうと、罪は決して消えないという事を。

「あの大破壊で、私とマキナ以外の子供は全員死んでしまった。だから継ぐ者もいなくて、アクーナは私の代を最後にいずれ滅ぶ運命なんだ」

「全員……!? そんな……なんといえばいいか……わ、私は……」

「謝らないで。今更あなた一人に謝られた所で、過去は何も変わらないし、変えられない。もう変えられないんだ……」

『シャロン………』

「そんな訳だから真っ先に、あの慰霊碑に眠ってる皆にマキナを会わせたかった。皆……きっとマキナが帰ってきた事を喜んでくれてる。私はそう思いたい……」

この街の子供唯一の生き残りであるシャロンは、生き残ったが故にマキナとは別の意味で過酷な日々を送ってきたのか。来る時に感じた彼女の孤独感は、友人を全て失った事で培ってしまったものに違いない。そして彼女にこんな悲しみを抱かせたのは……私だ。
主はやてや騎士達と共に償うと決めたはずなのに、こうしてまざまざと過去の過ちによって歪められた人生を目の当たりにすると、どうしても抑え様の無い罪悪感が湧き上がって来る。私は……シャロンやマキナ、この街の人達にどう償えばいいのだろうか……?

「……そ、そういえば昔のマキナってどんな子だったのか、シャロンはどれぐらい覚えてるの?」

気まずくなった空気を変えようと、ユーノが他の話題を提供した。彼の意図を察したシャロンは空気を読んで、少し天を仰いで思い出しながら話してくれた。

「昔のマキナは、普通の人から見ればちょっと変わった子だったかもしれない。ある日、皆で絵を描いた事があって、子供だから下手なのは当然だけど子供なりに風景画とか人物画とかでそれぞれ味のある物が出来たんだ。ちなみに私は高台からアクーナの街を描いたよ」

「それは……想像するだけで微笑ましい光景だね」

「それでマキナが描いた絵は、明らかに独特な物だった。もうあまりに独特過ぎて言葉じゃ説明しにくいけど、実物があるから見てみる?」

『え、実物が残っているの?』

「大破壊の後に残骸を片付けてたら何枚か残ってたから、一応まとめておいたんだ」

そう言ってシャロンは立ち上がると、戸棚から一つのケースを持ってきた。蓋を開けると角の所が少し破れたり焼け焦げたり、はたまたテープで繋ぎ合わせたのもあるが、子供らしい絵が描かれた紙が何枚も入っていた。大事な思い出の証であるそれを見て悲しみを誘われるものの、その中からシャロンは一枚の絵を取り出して私達に見える様に掲げる。私達は興味をそそられるまま、それを目の当たりにするのだが……見た瞬間、言葉に詰まった。

三角形や四角形を組み合わせたような、凄まじく理解力が必要な絵だった。これ、子供が描ける絵じゃないと思うよ……。

「こ、これは……確かキュビズムという画法だったか? 予想のはるか斜め上を行かれたぞ、おい……」

「独特過ぎて僕には何が描かれてるのか、ちょっとわからないや……」

「多分……人じゃないかな? ベルカにもこんな絵が存在していた記憶があるから、何となくしかわからないけど」

「私も実はこれが何の絵なのかわからないんだ。一応聞いてみた事はあるんだけど、内緒って言われてそれっきりだから」

『あ~何となく思い出したよ。これ絵を描いてるシャロンの姿を描いた奴だ』

『はぁっ!?』

「驚いたよ。これ、私だったんだ……」

流石のシャロンも、見ているとSAN値が削がれそうなこの絵が自分をモデルにしていたという事実を知って、苦笑いをしていた。まぁ……気持ちはわかる。肖像画や写実画ならともかく、こういった絵で描かれると、描かれた側としてはどう反応して良いのかわからなくてもおかしくない。

「しかし、この絵は俺達がおいそれと評価して良いモノじゃないぞ。多分、その業界では凄い評価をされる絵だ……」

「もしかしてマキナって、実は美術系に才能があったりする?」

『昔の自分が描いた絵を皆が見てると思うと、何だか恥ずかしくなってくるね。色んな所がまだまだ未熟だからなぁ、こことかそことか』

「わ、私にはどこが未熟なのかすら全然わからないのだが……。本当、世界は広いものだと思い知らされたよ……」

「夜天の管制人格ですら、キュビズムはまだ理解出来ていないんだね。これは面白い事を知った」

まぁそんなこんなでマキナの意外な事実を知り、先程までの重い空気は一蹴出来たので、食事を再開した。魚の切り身にダシが染みて、程よい柔らかさに舌つづみを打っていると……、

ポンッ。

「?」

軽い破裂音がしたと思ったら、兄様が箸で掴んでいた切り身を、見た目がテスタロッサに似た小さくて青い何かがパクッと咥えたように見えた。すぐさまポンッと音を立てて姿を消したのだが、あれは一体……?

「あ、あの、兄様? 今のは……」

「何の事だ?」

「え? いや、たった今兄様の箸に……」

「疲れて幻でも見たんじゃないか? 別に何も無かったぞ」

「はぁ……兄様が仰るのであれば、そういう事にします……」

あまりにも一瞬の出来事だったので自分でも自信が持てず、兄様が何も言わないという事は本当に幻覚だったのかもしれない。さっきの事もあるのでこれ以上空気を悪くしたくないし、あまり追求する必要はないかな。

色んな事を話しながら夕飯を食べ終えた私達は、拠点となる地下の寝室に案内された。探索の間はそこで寝泊まりする訳だから、持ってきた荷物を拡げて探索に必要なものだけを荷物にしまい直す作業を行う。

「魔法が関わらなかったら、マキナは今頃芸術家の卵になっていたかもしれないのか」

『ん~どうだろ? 芸術家の道に進むかどうかなんて、今となっちゃわからないよ。それに今から進む可能性だって無きにしも非ずだし』

「芸術家かぁ……もしマキナが芸術家の道に進むなら僕は応援するよ」

「だけど水を差すようで悪いが、万年人手不足を宣言している管理局がAAランクのリンカーコアを持つマキナを放置するとは限らないと思う。いわく付きとはいえ、魔力の高い人間は次元世界全体でも貴重だから……」

「いくら管理局でも戦力を手に入れたいがために、人の選択肢を勝手に奪ったりはしないはず……。一応避難所は用意しているのだが、それにしても……アクーナはいずれ滅ぶ、か。過疎化の極み……と言うより、未来を担う命が失われたのが原因か」

「僕は闇の書の脅威は知識だけなら知ってたけど、こうして当事者達の話を聞くとやるせない気持ちになりますね……」

「一度失ってしまったものは元通りにならない、それを今日一日で深く思い知らされた。シャロンの話を聞いてから、罪悪感で身が裂けそうだよ……」

『私……もっとシャロンの気持ちを知りたい。彼女の心を支えられるようになりたい。辛い時に傍に居られなかったから、これからは一緒に歩めるようになりたい……』

「アレクトロ社の施設でマキナも大変な目に遭ってきたというのに、そんな事を言えるとは……後悔してばかりの私と違ってマキナは強いな」

『そうでもないよ、私はただ単に幼馴染みの力になりたいだけ。それにこの気持ちはサバタ様が教えてくれた心だよ』

「俺が?」

『うん……覚えてる? “大切な奴らが笑顔でいること”……SEED摘出手術の前に、サバタ様が戦う理由としてこの言葉を教えてくれた。私、衝撃を受けたんだ……。サバタ様は決して崇高な目的で戦ってるんじゃない、ただひたすら自分のやりたいようにして皆を守ってる。正義や法、贖罪のように周りや自分を納得させる理由を付けないと動けない人じゃない。偽りなく自分の心のままに動いているから、私はサバタ様の姿に惹かれたんだ』

「あの時の事か。まさかそこまで深く受け止めていたとは……まぁいい。少々買いかぶり過ぎだと思うが……要するにマキナは今、シャロンと友としてこれからの時を共に生きたいと考えているんだな?」

『はい。11年前の事件で別れてしまった私達だけど、色々あってこうして再会出来たから、沈みきってしまったシャロンの心に太陽を取り戻したい。シャロンは幼馴染みで、私の大切な友達だから……彼女に本当の笑顔を取り戻してあげたいんだ』

「そうか……」

マキナの決意を聞き届けた兄様は、軽く息を吐いた後、どこか安心したような表情を見せた。ポンッとマキナの頭に手を置き、目線を合わせると兄様は真摯な眼で告げる。

「それならマキナの思う通りにやると良い。おまえが決めた事なら、最後までやり遂げろ」

『はい!』

「ついでに言っておくが、俺達は最低限しか手を貸さんぞ」

『はい!…………はい?』

「え? に、兄様?」

「最低限しか手を貸さないって、どうしてですか、サバタさん?」

突然の宣告に私達は思わず呆然とし、兄様にその旨を尋ねる。シャロンの心を救いたい気持ちは皆共通しているはずなのに、あえて突き放すような言い方をした兄様には一体どういう意図があるのだろうか?

「おまえ達には少し心苦しいかもしれないが、これはマキナが自分でやろうと思った事だ。だからマキナが自らの力で為し遂げるべきであって、外野は必要以上におせっかいを焼くべきじゃない」

「あ~なるほど……そういう事でしたか。要するに合コンで例えるなら場を整えるまでが僕達の役目で、付き合えるまで仲を深めていくのは当人達の努力という事ですね。わかりますわかります」

「あの、ユーノ……なぜ合コンで例えたんだい……? だけどユーノの言った事はまさにその通りだね。11年前の事があるから私では無理だし、ユーノは遺跡調査の協力者として見られている。そもそも次元世界出身だと、この世界を傷つけた関係から溝がどうしても生まれてしまう。兄様は世紀末世界出身だから少し特殊だけど……現状、心に染みついた孤独からシャロンを救えるのは、幼馴染みのマキナだけだから」

『……みたいだね。厳しいけど、サバタ様は私とシャロンの事をちゃんと考えてこう言ってくれたんだ。教えてくれてありがとう、皆。私……頑張るよ』

兄様の意図を把握して、マキナは気合の入った握り拳を固める。それにしても兄様は時折父親のように振る舞う事があるが、それは両親を失った主はやてに親代わりの愛情を注いだ感覚がそうさせているのかもしれない。

「さっきシャロンは、少し外でやる事があると言って家を出た。丁度良いから二人だけで話したい事があるなら、追い掛けてみたらどうだ?」

『わかった、行ってみるよサバタ様!』

そう言うなり、マキナは家を飛び出していった。その姿を見送った兄様は、シーツを整えたベッドに横たわり身体を休めた。先程の件があるから兄様は座して待つ、という姿勢を貫くつもりのようだ。

「……気になるなら行けばいいぞ、ネロ。俺は別に手を出すなとは言っていないのだからな」

「僕はまだ明日の作業が残ってるからここに残るね。でもリインフォースは行って来たらどうだい? 多分何もしないでいるよりは良いと思うよ」

「……わかりました。では私も行ってまいります」

二人に背中を押された事で私はマキナを追い、屋外に出る。夜の冷たい風が頬を撫でるが、鍋料理で温まった身体には丁度良い涼しさだった。ただ、マキナはシャロンの所へ行った訳だが、そもそもシャロンはどこに向かったのだろうか?

「La~♪♪」

ん? この声はシャロンの? 聞こえてくる方向は、音の響きからして高台からのようだ。街を見渡せる高台の方へ誘われるように歩いていくと、そこでマキナが見守る中、川のせせらぎのように安らぎを覚える声で綺麗な旋律の歌を歌っているシャロンの姿があった。

「……美しいな。まるで心が洗われるようだ……」

思わず呟いた感想だが、驚いた事にそれに返事をする者がいた。

「そうでしょうな、リインフォースさん」

「ふぇ!? あ、村長さんでしたか。驚いてすみません……しかしどうしてこちらに?」

「あの子のコンサートの特等席なんですよ、ここは。家で聞くのも悪くありませんが、ここならアクーナの光景を見ながらゆっくり聞けますからな」

「ああ、そうだったんですか……」

「街の大人達もこの“鎮魂歌”を聞いては故人を慈しみ、明日も何とか生きていく力をもらっています。シャロンの歌が無ければ、11年前、我々は生きる力が湧かずに全員自害していた事でしょう。それほどまでアクーナの民にとって彼女の歌は価値があるもので、彼女の命は我々の“生きる意思”そのものなんです」

「生きる意思……」

「一月ほど前、エレンさんという名の方から直接、闇の書の事情を懇切丁寧に教えてもらいました。呪縛に囚われている間、あなたも多くの苦しみを味わってきた事でしょう。しかしその呪いから解き放たれた事で、今度は過去の罪で苦しんでいる。暴走で殺めてしまった命にどう償えばいいのかわからずにいる。……違いますか?」

「あ、合っています。どうして……そこまでわかるんですか?」

「わかると言いますか……正直に申しますと、ほとんどエレンさんからの受け売りなんです。彼女曰く“あなたは私に似ている”からだそうで……」

似ている……か。言われてみれば確かにその通りだな。エレンの過去は兄様の話に出て来たから、よく知っている。エレンは魔女の力の暴走によって、故郷を破壊してしまった。私は闇の書の防衛プログラムの暴走によって、多くの犠牲を招いてしまった。どちらも自らの意思では無いにも関わらず、大きな悲劇を引き起こした。だからこそエレンは私の考えている事がわかるのだろう……彼女もかつて同じ気持ちを抱いていたのだから。

「もうおわかりでしょうが、この街には未来を担う若者が彼女以外にいません。遠からず滅びの時を迎えます」

「はい……その事はシャロンからも聞かされました。その原因を招いてしまった私としては、あなた方に対して申し訳ない気持ちでいっぱいです」

「そうですか……でしたらアクーナの民を代表して、私からお願いしたい事がございます。我々がいなくなった後も孤独に取り残されない様に、シャロンに新たな居場所を用意してあげて欲しいのです。彼女は復讐も戦いも望まず、故人を常に想い続ける優しい子ですけど、それが逆にあの子をこの地に縛り付けてしまっているのではないかとも思います。我々の事は構いません、ですがシャロンを過去の束縛から解放してあげて下さい……もう自由に生きても良いのだと教えてやって下さい」

「そんな……そんな悲しい事を仰らないで下さい、村長さん。あなた方がいなくなってしまったら、シャロンだけでなくせっかく帰ってきたマキナまで耐え難い悲しみを背負う事になります。それに私も……ですからその話を受ける訳にはいきません」

これ以上……私のせいで犠牲が増えるのは嫌だから。兄様に呪いを押し付けたも同然の私が言うのもおこがましいが、だからこそもう嫌なのだ。兄様は皆には何も言わず、全ての闇を背負っていくつもりだ。事実を知る者には口外しないように……最期までありのまま接する事が出来るように。それが兄様の生き様だった。
今の私は兄様程の強い意志は持っていないが、主はやてと共に過去の罪を償う道を決意した。兄様に救われた身だからこそ、この命を世界に還元していきたいのだ。だけど………いや、あまり余計な言葉を並べるのは無用か。
私は……罪滅ぼしをしたいだけ、自分のせいで人の命が潰えるのが嫌なだけなんだ。だから生き残ったアクーナの民の姿を見て私は大きな喜びと同時に、安堵の気持ちを抱いたのだ。そして……礼を言いたかった。

――――生きててくれてありがとう、と。

だけど私には、それを言う資格が無い。まだこの手は、誰かの血で濡れたままなのだから。

「そうですか……わかりました。確かにあなた方もこの先色々大変でしょうからね、この話は無かった事にしましょう」

「すみません、ご期待に添えなくて……」

「いえ、こちらこそいきなりこんな話を持ち込んでしまって申し訳ありませんでした」

お互いに何だか気落ちしてしまいそうだが、そこはシャロンの歌が気力を分けてくれたおかげで、変に落ち込むような事にはならなかった。その後もシャロンは何曲か歌い、私達の心に心地よい音色を伝えてくれた。

「~♪」

最後にシャロンが歌ったのは“勝利の歌”という名前の曲で、友との再会がいつか来ると信じていたシャロンの気持ちが伝わってきた。聞いていると胸の奥から力が湧き上がってくるだけでなく、何かやり切った気持ちを抱ける良い曲だった。

「ところで心の楽園とはグラビア本なんですか……?」

「ま、そういう曲ですから気にしなくて良いんじゃないですか」

ともあれコンサートが終わり、村長さんは自宅へ戻っていった。街の明かりも次々と消えていき、辺りを静寂と夜の闇が包んでいく。

『すごく上手かったよ、シャロン。もういっそ歌手にでもなったら?』

「それはちょっと遠慮しとくよ。私はあまり目立つ場所は苦手だから」

『そっか、少し残念かな。シャロンが歌手になったらファンクラブでも立ち上げてたかもね。それで私がファンクラブ会長って感じでさ』

「そこまで言ってくれると私も少し嬉しい。でもこれは趣味の範囲だから、本気で目指している人達には及ばないよ。それに私はこの街から離れたくない、だって外の世界は奪う事が大好きな人しかいないんでしょう? 家族を、友を、マキナを奪って傷つける……そんな人達しかいないのなら、外に出る意味は無い。ここにいればこれ以上傷つかずに済む……マキナもそう思うよね?」

『……かもしれない。私にとってアクーナは“いつか帰るところ”……だからシャロンが迎え入れてくれたのは嬉しかった。とても……とっても嬉しかったよ。きっとここにいれば、ずっと望んでいた平穏な生活が出来るんだろうね』

「そうだよ。マキナの両親に責任を擦り付け、娘のあなたに関係ない咎を背負わせ、声を奪い、痛みを与える薬を投与してきた人達がいる次元世界に、長い間耐えてきたあなたが戻る必要なんて無い。もう休んでいいの……」

『だね、私も休みたいと思った事は何度もある。なんで私がこんな目に遭わなくちゃならないのって、運命を呪った事もある。世界は決して平等じゃない、誰かが幸福を味わえば、別の誰かが不幸を味わっている。それはきっと覆せない摂理なんだろう……。だけどそれに抗っている人がいた。闇の中でも足掻き続けて、運命を乗り越えた人がいた』

「それって……マキナを助けてくれた人の事?」

『そう……私を闇の牢獄から連れ出してくれた人。彼もまた人生を歪められて、多くの苦労を味わってきた人だった。でもあの人はどんな時も諦めなかった。心のままに戦い抜き、常人には出来ない多くの事を成し遂げてきた。その背中に私を始めとした、多くの人達が魅せ付けられた。彼の姿を見て、自分の在り方を見つめ直す人がいた。彼のような心を持ちたいと、皆が憧れた。それで思ったんだ……彼のおかげで救われた私には何が出来るんだろうって』

「だからって次元世界や管理局が関わる必要は無い。平穏な生活を取り戻して、幸せな姿を見せる事、救った命には価値があったと見せる事も恩返しになるはずだよ。何も選択肢を自分から限定する必要は無い、魔法とかをわざわざ使う理由も無いよね」

『まぁ確かに、魔法はあくまで手段であって目的や生き甲斐にしちゃいけない。そもそも私は管理局とか聖王教会とかに恭順は誓ってないよ。単に自分の意思でやりたい事をやるだけ。そのために次元世界を利用する事はあるけど、私は……自分の意思で生きたい。誰かの意思に操られるつもりは微塵も無い、二度と……自由は手放さない!』

「…………なんで? やっと帰って来てくれたのに、マキナはまたいなくなっちゃうの? どうして……ずっと待ってたのに、誰も友達がいなくなって寂しかったのに、あなたは私の所からまた離れてしまうの……? 嫌だ……いやだぁ……! もう私を独りにしないで……! お願いだから……おねがいだからぁ……!」

『そんな事は無いよ、シャロン。私はもうあなたを独りになんてしない。ちゃんと一緒にいるから、不安に思わなくても大丈夫だよ。うん、大丈夫、大丈夫だ……』

マキナは声を出せないため、二人の会話はシャロンのものしか聞き取れなかったのだが……シャロンも決して強い人間ではない事がちゃんと伝わってきた。彼女は孤独に対して人一倍恐怖を抱き、親しい人間が離れる事を恐れている。その有り様は……今の主はやてとあまりに似ていた。

「無力だな、私は。悲劇を生み出す事は出来ても、世界を破壊する程の力があったとしても、私には他者の悲しみを癒す事は出来ない。出来る事があるとすれば、罪を後世に残さないことぐらいか……」

罪は当人が背負うべきもの、本当なら主はやてが背負うべきではないのだ。主は優しいから騎士達を受け入れてくれたが、優し過ぎるが故に傷つきやすく、儚い。巻き込まれただけ……選ばれただけなのに、主はやてが闇の書の罪を背負うのは、どうしても不条理を感じる。兄様の事もそうだ、本来なら私が全ての罪と闇を背負うべきなんだ……。なのに……。

「二人が……皆が救おうとしてくれるから、もう“死”を背負えないじゃないか……」

その呟きは誰にも聞かれる事無く、闇の中に流れていった。









ヴェルザンディ遺跡。アクーナの民にとって先祖代々から伝えられてきた神聖な遺跡で、大破壊から彼らの身を守った“避難所(ヘイブン)”でもある。彼ら曰く、入り口は常時開いており、避難所として使っている広間までは何事もなく普通に行けるが、最深部に行こうとすると罠や仕掛けが豊富で今まで挑んで帰ってきた者はいないのだとか。

「そういう訳で貴重な遺跡を破壊する訳にもいかず、調べようにも調査団を幾度となく壊滅させてきたトラップの群を前にして、管理局はこれまで手をこまねいていたそうだよ」

「最初は核シェルターかと思ったが、罠だらけと聞くと夢幻街を思い出すな……。しかし管理局の調査団を何度も全滅させてきたとは、中々厄介な仕掛けが用意されているみたいだ」

『というかそんな所にユーノを送った辺り、管理局も結構腹黒いね。でもこういうダンジョンってむしろ攻略のし甲斐があるよね』

「クリアしたら何かレアアイテムや強力な装備でも手に入るのかな?」

「私達も深く潜った事は無いから、罠の内容とか詳しく知らないの。でもアクーナの民は“ヴェルザンディ遺跡は生きている”と先祖から言い伝えられている。生半可な覚悟で挑んだら、遺跡に喰われるから気を付けて」

シャロンの忠告も聞き、覚悟を決めた私達は結晶群の中に築かれた遺跡へと足を踏み入れた。避難所として使われていたという所から、広間までは何事もなく余裕でたどり着けた。そこまでは私達も警戒せず気楽に進めたが、広間の奥の部屋にあった昇降機で地下に降りてからが本番であった。

「周囲の雰囲気が変わった。ここから凶悪なトラップが待ち受けているだろうから、皆気を付けてね? 大声を出したり、怪しいものに触れたりしちゃ駄目だからね? 出来るだけ静かにするんだよ?」

遺跡探索の経験が多いユーノの指摘に、理解を示した私達は頷く。ぽうっと明かりが灯る中、ユーノは言葉を続ける。

「この明かりは遺跡の機構が作動した影響かもね。それにしても古代から避難所として使われた性質から、ここは古代人にとって元からそういう施設として作られたのかもしれない。……いや、むしろ何か大事な物を隠すためにあえてこういう構造にしたのか? う~ん、誘い込むにしては光量が強い。これじゃあ部屋の中は十分見渡せ……いや、あえてそうする事で油断を誘ってるのかな? ところでこの様式、これは古代ベルカ関係の遺跡でも見られた造形だ。つまりここは古代ベルカの人間の手が加わっている訳だけど、そもそも元管理外世界にベルカの手が入っている事自体が驚きだ。ハッ……もしやベルカはミッドが把握していない他の世界にも介入していたのか!? という事は管理外世界に存在している他の遺跡にも、実はベルカの技術が使われている可能性だってある! もしそうならあまり解析されていない古代ベルカの歴史も紐解ける確率が一気に高まる! もしかしたら僕達の常識を覆す発見だってあるかもしれない! いいねいいねぇ! 最高だねぇ! 僕の知識欲や探求心がそそられる!」

『………』

「あれ、皆なんで無言なんだい? やれやれ、遺跡というのはこうやって意見を述べ合う事で、未知のトラップに対する警戒も出来るんだよ? それに終始無言で進んだら流石に集中力も持続しにくくなるし、僕達の信頼関係や連携も上手く構築できなかったりするよ。だからこうやって会話をしてコミュニケーションを計るのはコミュニティでやっていく上で必要な事だし、何より互いの事も知る良い機会なんだ。それに遺跡の調査というのはすぐに正解が出ないからこそ、皆で答えを探していくのが面白いのであって、一人で調査結果を結論付けたら信憑性が薄くなるんだ。そりゃそうさ、一人で調べて一人で結果を出しても、それって正しいの? って思われて当然だもの。まぁ全人類の浪漫とも言って良い遺跡にこうして入った以上、皆それぞれ何か考察しているに違いないとは思うけど、あまり内側に秘めないでもっとぶつけ合うべきだよ。ほらほら、どんどん意見を出してみてよ?」

ぶつけ合うべき? 君がそう言うなら言わせてもらうよ、ユーノ。

「さっき静かにしろと言ったのはおまえだろう!」

『言いだしっぺが自分から注意した事をあまりに清々しい速さでぶっちぎらないでよ、全く!』

「やれやれ、君は自分の言った言葉をすぐ忘れるのかい? いくら私でも流石にどうかと思うよ、それは」

「なんか遺跡バカが来てしまったみたいだね。こんな人と一緒で私、ちゃんと外に帰れるの……?」

やはりというか当然というか、全員ユーノの暴走に対して憤りを抱いていた。こんなんで本当にこの遺跡を攻略出来るのだろうか……?

カチッ。

『あ』

ユーノが音を立てて沈む床を踏み、一同に冷たい汗が流れる。妙に力がこもった表情でこちらに振り向いたユーノは一言。

「……やっちゃったフモ☆」

「獣ォオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

流石の兄様も半ギレでユーノを以前の呼び名で叫んだ。しかしユーノ、いくら何でも今の場面でボケるのはマズいと思う。そして次の瞬間、私達が通ってきた道の上から巨大なトゲ付鉄球が山のように降り注いできた。アレ、当たったらライフゲージは一瞬で無くなる即死レベルだろうなぁ……なんて思ってる場合ではない!!

「走れ!!!」

言われずとも私達は全速力で後ろからドカドカ振って来る鉄球に押し潰されない様に走る。だがそのせいでまた他のトラップ床を踏んでしまい、今度はそこに爆弾が降ってきた。咄嗟に頭を抱えてダイブし、爆発をやり過ごす。

「チッ、本当に夢幻街じゃないか、ここ!! 全員、トラップ床に全神経を注げ!!」

「シャロン、マキナ、二人とも無事かい!?」

「な、何とか……。今ほど体力が多くて良かったと思った事は無いよ」

『ユーノ、ちょっと本気で反省して!!』

「ご、ごめんなさぁああああい!!!」

こうして、私達の遺跡探究は初っ端から波乱万丈に満ち溢れる結果となってしまった。管理局でも攻略した者がいないと言われるこのダンジョンを、果たして私達は無事に生き残れるのか? そして最深部へたどり着けるのか? 最深部にたどり着けた時、そこには何があるのか? 答えは私達の行動次第でわかる……。

「ぎゃああああ!!! 床が爆発したぁあああ!!!!?」

「こっちくんなユーノ! 今のおまえは歩くトラップ発動機だ!!」

うん、なんか阿鼻叫喚になってて、もう帰りたくなってきたよ。

 
 

 
後書き
勝利の歌:MGS4のリザルト画面で流れる曲。歌詞の転載は駄目なので、このような形になりました。
ヴェルザンディ遺跡:モデルはサバタが言う通り夢幻街。ただこちらはランダムダンジョンでは無く、いくつか特殊な仕掛けを用意している。最深部にたどり着いた時、物語は大きく動きます。

ちなみに蒼空の塔だと空飛んで終わりな感じがします。白銀の騎士もそんな事をされたら困惑しますよね。
 
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