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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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第三三話 インダストリアル・エヴォリューション

「さて貴官らの旧友が温まったところで本題に入ろう。」

 甲斐、唯依、忠亮の三人の会話がひと段落ついた処で真壁助六郎が本題に切り出す。

「ああ、そうだな。唯依、頼めるか?」
「はっ!」

 傍らに在る唯依に相当と活きのいい声が返ってくる。

「まず、この計画の要点は長らく続く戦火による熟練衛士の減少による国防力の低下を防ぐというのが主目的として存在します。
 そこで、緊急時における安全防御策を重点に置くべきという結論に到達しました。戦闘状態と一言に言ってしまえば其れまでですが、人間の意識からすると戦闘状態とは緊急状態に他なりません。
 その際の程度の差はあれ緊張(パニック)の中にある衛士の人的過誤(ヒューマンエラー)を抑え、衛士と機体のマッチングを高める事でそれに対応するというのがこのシステムの設計思想(コンセプト)となります。」


 試験前に聞かせた内容そのままを口にする唯依、通常であれば兵士の訓練の頻度や濃度を上げる事でパニックになりにくい精神を鍛え上げるのだが、速成カリキュラム下ではそれは望めない。
 如何に衛士の技量を効率よく高める手法が生まれようが精神の練度までは効率よくとは行かないのだ。

 そこで衛士がパニック状態でも扱えるシステムを構築する、ある意味では逆転の発想。そしてこの場合、熟練衛士であっても転換訓練を完了した場合更なる戦闘力向上が見込めるという二重のメリットがある。

 人間工学に基づいたマシンインターフェースの開発による人間と機械の高度な組み合わせは素人を一人前に、一人前を達人に、達人を更なる高みへと引き上げる可能性を秘めているのだ。

「所感ですが、操作の大幅な効率上昇により衛士の能力が最大限発揮されるシステムとなっていると感じました。」
「このシステムの開発には熟練衛士の馴染みやすさも考慮するため、唯依にも協力してもらっている。
 本来ならば新人衛士のデータを取りたいところなのだが、あいにくと卵とはいえ貴重な衛士一人を丸ごと実験に投するのは許可が下り無くてな……そこで選ばれたのは清十郎、お前だ。」

 唯依の解説を引き継いだ忠亮が清十郎を見た。

「しょ、小官ですか……?」
「ああ、お前は斯衛出身とはいえ速成カリキュラムと少ない実戦経験。まだ既存の戦術機に馴染み切っていないだろ。
 だからこそお前のデータは有用だ。そして甲斐、今井と云った練達の衛士のデータもこのシステムの完成には必要となる。
 ―――本来ならば俺が其方を代行するのだが、生憎この体だ。監督しか出来ん。」

 つまり両極端の二種類のデータが必要だという忠亮。
 本音を言えばこのシステム開発は自身の剣術の技量を100%戦術機にも活用可能な操縦システムを目指している。

 しかし、それだけではダメなのだ。
 エースの搭乗を前提としたシステムではダメなのだ。誰が扱っても一定の成果を引き出せるそういうシステムで無いと……唯依を守れない。

 唯依との未来を生きるには国家存続は必要不可欠。
 故に日本という国の未来を切り開く路を拓かねばならない。

 その為にはすべての状況に対応可能な兵士を育成するのでは意味がない。
 他人の技量を充てにする戦術なんぞ下策。さらに兵器デザイナーは人間を侮っても、過信してもダメだ。

 戦国の乱世に於いて騎馬よりも足軽と槍を使った歩兵戦術が主流となったように、どんな人間が扱っても一定の能力を確保可能。そういう仕組みを作らねばならない。

 其れが衛士としての路を断たれた男が辿り着いた戦闘設計思想なのだ。


「システムの特徴として網膜投影と感覚欺瞞を用いた空間タッチパネルを採用しコンソール類を省略があげられます。これにより操作の簡易化と視認性向上による確実性それに部品点数削減によるコストダウンを見込めるでしょう。
 そして、操縦席全体が機体速度に応じて姿勢を変えることで衛士に掛かるGに対しリアルタイムで最適化されることで衛士の負担軽減を行います。」

「なるほど、新任衛士の肉体面が追い付けていない場合と直感的に正しい操縦が分かるようにする仕組みというわけですか。
 そして、それはそのまま熟練衛士にとっても軽減された負担分、より高い能力を発揮できる―――!」


 通常、衛士としての路を断たれた者はその経験を生かすべく、教導官や指揮官オペレーター、戦術研究などの就く。
 自らが搭乗していた兵器種の改良に従事するのは珍しい、事主導となればほぼ皆無だ。

 強いて例外を上げるのなら、F-15・F-16で機動性エネルギー理論とHi-Lowミックスを打ち立てたジョン・ボイドが該当するくらいか。
 この二機種がアメリカ軍と対BETAの中核を成しているのは疑いようのない事実。

 之はその再現でもある。

(五摂家が一つ斑鳩家が主、斑鳩崇継。若くして当主を任せられるのも当然とも言うべき見事な采配……人を動かす才は摂家の主全員の中でも飛びぬけているという訳か。)

 唯依の説明を聞きつつ、この人事を配した斑鳩崇継の先見の明に戦慄と軽い興奮を覚える清十郎。
 目の前の蒼を纏う、元は黒だった青年も紛うことなき傑物だが、二人はタイプが違う。

 二人が揃う事でまだ見ぬ大きな変革が起きる予感があった。



「操縦桿も変わっているようですね。」
「HOTAS概念と人間工学を推し進めてな、右の操縦桿で機体の上下左右に前後、即旋回すべてを操作できるように設計を見直した。
 そして左の操縦桿で機体のモーションを選択、右操縦桿による入力とをコンピュータが統合、機体のより柔軟な入力と挙動を可能と出来るようになっている。」

 シミュレータをのぞき込む今井少尉に忠亮が答える。

 HOTAS概念、それは戦闘で頻用する機能をコントロールスティックに集約し手元の操作のみで素早く使用を可能とする設計思想である。
 戦術機もこの構想に沿って設計はされているが如何せん、操縦システムとしては航空機の流れを汲んでいる為、近接戦闘に対応するには不十分というのが忠亮の見地だった。

 そして、従来であれば歩行・ジェット・ロケット、などの切り替えスロットル入力と機体状態をコンピュータが統括判断しての自動切り替えとなっていた。
 それを前後の歩行・走行を操縦桿に写し、スロットルは完全に跳躍ユニットの制御に移されている。

 コンピュータの判断に一任させていたのを衛士の脳の機能振り分けに任せることで加減という曖昧な判断基準をどの指で操作するか、という明確な判断基準に切り替えているのだ。

 之は衛士が機体状態を認識しつつの操作をする際に下手に自動化を押しし進めた結果、逆に認識を複雑にしてしまっていたからだ。
 また操縦桿に追加されたスティックにより、機体の上下も操縦桿に振り分けられた為、より細かい立体機動―――従来が上下左右に限定されがちだった機動に前後の概念を付与することに成功していた。

「また、機体モーションも衛士が予めいくつかの連携パターンを設定することが可能にしてある、これによって単発の斬撃ではなく連携した斬撃……つまり、剣術における技の使用を可能とした。」

「……!それはすごいね。」

 恐らく、この中で一番己に近しい価値観を持つ甲斐が驚きを表す。
 現在の戦術機は単一モーションごとに硬直時間が発生している。それは剣術の胆である斬撃の連携……即ち技の使用を阻害していた。
 之は剣術の経験が深い者にとっては恐ろしく歯がゆいのだ。

 それを解決するシステム。しかも衛士が此処に予めカスタマイズ可能としてある。
 それは画一的な、単純としか言えなかった近接戦闘に複雑な個による個の連携、そして個性という概念を付与する画期的ともいえるシステムだった。


「如何せん俺は剣術しか取り柄が無くてな、射撃に関してのモーション等の戦術構築は君の協力を得たい、今井少尉。」
「私…ですか?」

 急に振られたことで目を丸くする今井智絵少尉。近接・遠距離問わず彼女はガンファイトのエキスパート、ガンシリンガーとして有名だ。
 その射撃のプロとしての見地を期待していた。

「俺も射撃にはそれなりの造詣はあるが達人の思考には到達出来ていない。このシステムの本懐は達人の技量を普遍化させることにある。
 射撃と白兵、それぞれに特化した衛士と経験の浅い衛士の三者が必要とされた理由がそこにある。」

 元々この計画に際し忠亮が要求した衛士の条件はその三者であった。
 この三者の条件はただ衛士として優秀ならばそれでいいというある意味では大雑把であったこれまでの開発計画に背いた人事。
 当然、その求める真意を理解できず眉を顰める者も居た。そういった無能共を一々説得しているだけの猶予はない。

 そこで手っ取り早く、警護小隊として集める事で即効性を求めた。実に理解のある上司でやりやすい。


「しかし、私よりももっと射撃技量の高い衛士は多いと思いますが……」
「君でなくては駄目だ。ただ技量が高くても達人とは言えない。
 そして、近距離特化した衛士との密な連携が出来る射撃特化型衛士で達人の域に達しているのは斯衛を含めた日本衛士すべての中で君だけだ。」

「私だけにしか出来ないこと……分かりました。この仕儀、謹んでお受けいたします。」

 お前でなくては駄目だ。其処まで言われれば悪い気はしない。
 疑念が消える。
 彼を活かすために積み上げてきたものが必要だと言われた。近接戦が最重視される斯衛の中であって白い目で見られてきた努力が認められたのだ。
 それに反する意味はなかった。


「よろしく頼む。」
「はっ!」

 忠亮の言葉に活きよいよく答える智恵、そのポニーテルが合わせて揺れていた。
 そしてそんな二人を見る視線があった。


「~~~~っ……」
「篁中尉?」

「あ、すまない。真壁中尉なにか疑問があったのか?」

 不意に呼びかけられ我に返る唯依。どこか靄の掛かったような感触が胸に宿る。
 それは酷く不快で、鈍い痛みにも似た感触だった。


「いえ、とくには……どこかご様子がおかしかったようなので。」
「……すまない心配をかけた。何でもないんだ。」

「はぁ……ならいいのですが。」

 今一つ納得しきれない様子の清十郎。
 なんだか嫌だった、忠亮とほかの子女が話をしているのを見た瞬間そんな痴劣な感情が胸を占めた。

 しかし、その感情をどうしたらいいのか。その術を唯依は知りはしなかった。
 
 

 
後書き
退役するF-4の代替えとして、アメリカ軍で退役秒読みのF-18Cレガシーホーネット中古で購入し改修して実戦配備なんて計画はどうでしょうね?
(不知火Ⅱ型を配備する場合、結局F-4に搭乗していた衛士が乗る機体が無くなって中に浮いてしまうから。)

これに関してはアンケートを行ってるので良ければご参加ください
http://www.akatsuki-novels.com/manage/surveies/view/111 
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