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失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】

作者:月下美人
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第二十五話「初デート 前編」

 
前書き

 皆様お久しぶりです。
 つぶやきにも記載しましたが、また活動を再開することにしました。
 更新は相変わらず亀になりますが、またお付き合いいただければと思います。
 

 


「――さて、一応プランというものを考えてきたのだが、任せてもらってもいいか?」


 エストとの初デート。当然ノープランで出向いたわけではない。


 乏しい知識を使いデートプランというのを練ってみたのだ。


 この世界には前世でのインターネットといったものは存在しない。情報の入手方法は本や口コミなどと限られているのだ。


 つくづく手軽に情報を入手でき、なおかつ様々なジャンルが存在していたネットというものの有り難味を思い知った次第だ。


 ちなみに今回のデートプランは定番かつ無難の「映画 → 食事 → 買い物 →見晴らしよい展望台」といったルートだ。


 定番ということはその分失敗する確立も少ないということ。変に冒険心を出して後悔するより手堅く行こうと思う。


「はい。リシャルトにお任せします」


 いつもの無表情で頷いたエストは急にそわそわし始めた。


 きょろきょろと辺りに視線を彷徨わせると小さくキュッと袖を掴んでくる。


 その可愛らしい仕草に否応なしに胸が高鳴った。


「い、行きましょうリシャルト」



「あ、ああ……」


 お互い少しギクシャクしながらも歩き出す。


 初めは変な空気で会話も少なかったが、歩くにつれて段々といつもの調子を取り戻しっていった。


「ところでリシャルト。えいがというのは何ですか?」


「ん? 映画を知らないのか。そうだな……紙芝居を映像化したものというべきか。まあ見てみればわかる」


「そうですか。楽しみです」


 無表情ながらどこかワクワクした雰囲気を醸し出すエスト。


 そんな彼女に小さく微笑み、俺たちは映画館へと向かった。





   †                    †                    †





「なにか希望はあるか?」


 映画館はショッピングモールの二階に位置していた。


 現在上映されている映画はアクション系が二つに恋愛系が二つ、ミステリー系が一つだ。


 ジーっと広告を見つめているエストに尋ねると、彼女は白魚のような指を差した。


「これがいいです」


「なになに……天使の花嫁? 恋愛系か」


 天使が青年を翼で包み込む姿が描かれていた。


 悲恋ものだろうか。


「じゃあこれにするか」


 チケットを購入。ついでにこういう映画館の醍醐味であるパンフレットも購入。


「リシャルト、エストはポップコーンが食べたいです」


「おっ、いいな。じゃあなにか飲み物も買うか」


 ポップコーンのMサイズを二つと、コーラとオレンジジュースを購入する。次の上映まで後十分少々か。


 早めに席を確保する。席は後部席の真ん中辺りだ。


 場内の客入りはそこそこだ。やはりというか、恋愛系だからカップルが多いようだ。


 女性客、男性客、カップルが大体四:一:五くらいか。


 映画館独特の雰囲気に隣の席からわくわくそわそわした気配が漏れている。


(無表情だけど目が雄弁に語っているんだよな……)


 まあそれも不思議と可愛く見えるが。


 ブザーが鳴り照明が落とされていく。巨大なスクリーンに流れる映画の広告集を前にエストの目は早くも釘づけになっていた。


 映画の内容は不治の病に犯され余命一年と告げられた青年と、神様の命で下界していた天使との物語だ。


 前世で色んな小説や漫画を読んできた俺にとってはありふれた設定だが、それでも深く作りこまれていて純粋に楽しめる。


 そして、肝心なエストだが――。


『リチャード。あなたはこのままただ無為に残りの生を使うというの?』


『ミーシェ……。だけど、だけど僕……うぅっ』


『もう、あなたって相変わらず泣き虫なのね。いいわ。泣き止むまでこうしてあげる。だからお願い、残りの人生がたったの一年でも、生きて……精一杯生きて』


『でも、でも……! 僕はあと一年したら、君をおいて逝ってしまう……っ! それが死ぬより怖いんだ』


「リチャード、可哀想そうです……」


 すっかり物語りに引き込まれて感情移入してらっしゃいました。


 表情を変えず、しかし目を若干潤ませながら食い入るように画面を見つめている。


 その右手は止まることなく、ポップコーンを口に運びながら。


『もうそんなこと考えてたの? バカね。私あなたを独りにさせるわけないじゃない』


『え?』


『あなたが向こうに逝っても寂しくないように私もついていってあげる。向こうに逝っても一緒よ』


『ミーシェ……』


「女ですね、ミーシェ……」


 ヒョイ、パク。ヒョイ、パク。ヒョイ、パク。チュー。


「……」


 ヒョイ、パク。ヒョイ、パク。ヒョイ、パク。チュー。


 ポップコーンを食べ、オレンジジュースを飲み、またポップコーンを食べる。


 リズムよく一定のペースを刻むエストを尻目に見ていると、なんだか画面より隣の様子が段々気になってくる。


 結局、エストに気を取られた俺は終盤の内容がすっかり頭から抜け落ちてしまった。





   †                    †                    †





「えいがというのは凄いですねリシャルト」


「楽しめたか?」


「はい。エストは大変満足です」


「それはよかった」


 映画を見終わった俺たちはとある飲食店に来ている。時間も丁度いいことだしここで昼食にするつもりだ。


 もちろん、なんの考えも無しに入ったわけではない。事前調査は万全である。


 実はここ『俺の店』は今学院で話題の店だ。オーナー兼料理人である店主は大柄な体躯にスキンヘッドという厳つい風貌をしている。


 そしてこの店主、菓子作りに関しては超一流。一部の王族がお忍びで来店されることからその実力は伺えるだろう。


 所見の客には必ず怯えられるとのことだが、そんな厳つい大男ともいえる店主がちまちまと繊細な菓子作りをする様が反ってギャップがあるらしく、続々とリピーターを作っているらしい。


 ちなみにこれらのソースはリンスレットの専属メイドであるキャロルである。この情報と引き換えに今度食事を奢ることになってしまったが。


 店内はそこそこの広さだ。四人掛けのテーブル席が五つに二人賭けの席が六つ。


 客入りも多く、店内は女性の声で賑わっていた。


「いらっしゃいませ~☆ あっ、リシャルト君じゃない!」


「ん? たしかキミは隣の教室の……」


「ミンキーメイキーよ! ミンちゃんって呼んでね、お・に・い・ちゃ・ん☆」


「おにいちゃん?」


 可愛らしいウェイトレス姿でやってきたのはパブル教室の生徒だった。ここでバイトをしていたのか。


 席に案内してもらいメニューを受け取ると、よく分からない単語が飛び出してきた。


 キミは俺の妹ではないはずだが……。


「あれ? もしかしてリシャルト君、まだ学院の噂聞いてない?」


「噂? なんのことだ?」


「あちゃー。それじゃあアタシが今ここで言うわけにはいかないかな。そのほうが面白そうだし☆」


「よくわからんが、その噂とやらが今の呼び方に関連しているんだな?」


「それは、ひ・み・つ☆ まあでもユッキーを助けてくれてありがとね!」


 じゃあ決まったら呼んでね~、と言い残してぴゅーっと風のように去っていった。

 
「何だったのでしょうか?」


「さあ?」


 お互い首を傾げた。


 とりあえずメニューを決めよう。メニューには軽食からガッツリ系の食事、デザート類が載っている。


 割合としては三:二:五といった感じだ。


「リシャルトはどうしますか?」


「そうだな……、俺はこの『俺のBLTサンド』と『漢の丸ごとオレンジジュース』にするか。エストは決まったか?」


「エストはこれにします」


「夢あふれる楽園ランチ? お子様ランチのようなものか。飲み物は俺のと同じね」


 メニューに書かれている見本のスケッチにはお子様ランチのそれが描かれている。


 早速、店員を呼ぶ。


「はいはーい! 決まったかな~☆」


「俺のBLTサンドと夢あふれる楽園ランチ、それと漢のオレンジジュースを二つで」


「BLTサンドとお子様ランチ、オレンジジュースが二つね。すぐ持ってくるからちょっと待っててね☆」


「ああ」


 そしてオーダーを頼んでから数分も経たずしてやってきた。


「お待たせ~☆」


「早っ!」


 あまりの早さに思わず突っ込んでしまった。


 ウェイトレスは胸を張って自慢げに言う。


「うちは早い、安い、美味いがモットーだから!」


 どこの居酒屋だそのキャッチフレーズ。


「ゆっくりしていってね☆」


 きゃぴんっ、とウインクを一つ残し去っていく。


 なんだか一緒にいると色々と疲れる女の子だった。


「いただきますしましょう、リシャルト」


「そうだな。じゃあ、いただきます」


『俺のBLTサンド』はどこにでもあるBLTサンドだ。ただ男性向けに作っているのか少し大きめで、俺にとっては丁度いいサイズだ。


 対してエストが頼んだ『夢あふれる楽園ランチ』も特筆するようのない普通のお子様ランチだ。


 チャーハンの小山にエビフライ、ハンバーグ、フライドポテト、サラダ、食後のプリン。ちゃんと山の頂には旗が突き刺さっている。


「これがお子様ランチですか。エストはお子様ではありませんが、これには心躍る何かがあります」


「お気に召したようで」


 目をキラキラと輝かせるエスト。その姿はどこからどうみても立派なお子様だ。


「美味しいです」


「よかったな」


 美味しそうにパクパクとご飯を運ぶ姿に胸がほっこりした。

 
 

 
後書き

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