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正々堂々と

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5部分:第五章


第五章

 そして弓が消えてから。彼は黄忠に問うのだった。
「何故でござるか」
「今の弓を外したことですな」
「左様、貴殿の腕ならそれがしを傷つけることができた」
 仕留めることができなくともだというのだった。
「そのうえで刃と刃の戦に入ることもできた筈。それを何故」
「昨日のことの返礼でござる」
 それであると。黄忠は話すのだった。
「だからこそでござる」
「昨日の」
「左様、それがしは昨日落馬しましたな」
「確かに」
「しかし貴殿はその時それがしを討たなかった」
 このことを話すのであった。
「それは何故でござるか」
「武人として相手の窮地を斬ることはしませぬ」
 だからだとだ。関羽は言うのであった。
「だからこそでござる」
「それと同じことです。それがしもまた」
「武人として」
「貴殿に対して正々堂々と戦いたい」
 こう関羽に告げる。
「その為でござる」
「では弓ではなく」
「はい。刃と刃で」
 戦うというのだった。
「それで如何でござろう」
「わかり申した。それならば」
「今より」
 両者は互いに得物を握り構えた。そうしてであった。
 再び激しい一騎打ちに入る。これが彼等であった。
 この長沙での戦いの後黄忠は劉備の下に入り彼の将として活躍することになる。その位は関羽と同列であった。何故加わり日の浅い彼がそこまで取り立てられたのか。心ある者はこう言うのだった。
「それだけの方だからだ」
「だからこそ」
「そこまでなった」
「そういうことか」
「その通りだ。関羽は見事だが」
 彼はまず関羽を讃えた。
「黄忠もまた見事」
「その武人としての心がか」
「立派なのだな」
「そういうことだ。武人はかくあるべし」
 彼は言った。
「あの二人はそれを示したということだ」
 中国の三国時代にある話だ。武人の心はこの時代にあったものだが今もその心は知られている。関羽も黄忠も最早この世にはいない。しかしその示したものは残っている。そのことは間違いない。願わくばこの心が何時までも人にあらんことをと思うのは人として当然のことであろう。


正々堂々と   完


                   2010・12・6
 
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