謎の美食家
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4部分:第四章
第四章
客は実際にカウンターに座り新聞を読んでいく。するとだ。
新聞の写真にだ。あの顔があった。
「んっ!?この顔は」
その写真を見てすぐに店の端に顔をやる。すると。
そこに同じ顔があった。全く同じ顔だ。ただ写真の方は白い軍服で店にいるのは労働者の服だ。違うのは服装だけである。
客はそれを見ていぶかしむ。どうして新聞にあの謎の客がいるのかとだ。
「何だ?あの爺さん有名人か?」
この店の者達も字は読めなくても新聞がどういうものかはわかっている。だからこその言葉だった。
「ひょっとして」
いぶかしみながら字を何とか読んでみる。するとだ。
首相だのそんな言葉があった。しかも写真の下にもだ。首相と書いてあった。しかもその名前までもがだ。丁寧に書いてあったのであった。
「ってことはだ」
客はだ。ここでわかったのだ。謎の客の正体が。
思わず声をあげそうになった。しかしであった。
「黙っていることだ」
何時の間にかだ。その謎の客が彼のところに来てだ。こう告げてきたのである。
「わしのことはだ」
「けれどあんたここに」
「だから黙っていることだ」
男の声が実にドスが効いている。明らかに効かしてきていた。
「いいな」
「わかったよ。それじゃあ」
「言わなくていい時は黙っている」
これがその男の言葉だった。
「うまくやるコツだ」
「コツなのかい」
「それを言っておこう」
「それはわかったんだけれどな」
若い客はいぶかしむながらその客にこう返した。
「けれどな」
「けれど。今度は何だ」
「またどうしてなんだい?」
その客に怪訝な顔で問う。
「こんなしがない店に来て。あんただったらもっと立派なものをたらふく食えるだろうに」
「料理は違う」
「違うって?」
「美味いものはそこに何があるかだ」
それだとだ。謎の客は話すのであった。
「何かがだ」
「何かって何がだよ」
「その作る人間の心だな。それに雰囲気だ」
「その二つかい」
「この見せには両方ある」
その心と雰囲気がだというのだ。
「だからいい」
「そういうことかい」
「そういうことだ。これからもここに来るからな」
これは確かだというのである。
「では。わしのことはくれぐれもだ」
「わかったよ。言わないよ」
「言わなければいい。では楽しくやるか」
「ああ、そうするか」
若い客も彼の言葉に笑って応えた。そうして共にビールに質素だが心のある御馳走、それに賑やかな雰囲気を楽しむのであった。
歴史書にはこうある。プロイセン、ドイツ帝国の首相であるビスマルクはかなりの大食漢であったと。牡蠣を百個以上、ゆで卵を十個以上食べたことがありハンバーグが大好物だったという。そして美味ならばどんな国の、それこそドイツの宿敵フランスの酒であるシャンパンも愛していたという。その彼にまつわる話は色々とある。この話もそれであると言われているが真実はわからない。だがベルリンの下町には今もこの話が残っている。
謎の美食家 完
2010・12・24
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