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2部分:第二章
第二章
「話には聞いていたが」
「まさか本当だったとはな」
「ああ。あれは象か?」
王の側にいる二人の女のうちの一人を指差しての言葉だった。
「あれは」
「あの外見では子供が怖がるぞ」
「全くだ」
随分と酷い言い方だった。しかしそれでも彼等は言葉を続ける。しかも王の側にはもう一人いるのだ。そのもう一人についても話される。
「もう一人もな」
「案山子か?」
そのあまりのひょろ長さを見て言うのだった。
「変に痩せているな」
「随分滑稽だな」
「二人揃えば余計にな」
「全く。随分変わっている」
皆こう言い合う。誰もが顔を顰めさせているのはこれだけではなかった。
「しかも奥方はおられないな」
「まだ幽閉しているのか?」
「どうもそうらしいぞ」
実はこの二人は王の妻ではないのだ。所謂愛人である。彼は何故かこの二人を愛人にしていて常に側に置いているのだ。これがイギリス国民には甚だ不人気だったのだ。少し前にチャールズ一世という稀代の好色な王がいたせいで美人を見るには馴れていることもあったが。
「まだな」
「不倫でか」
「そう、それだ」
この王は王妃を連れてはいなかった。美人の妃だったが彼はその妃を嫌い冷遇していた。その彼女がとあるスウェーデン貴族に誘惑されたことが発覚すると彼は妃をすぐに幽閉したのである。自分の息子にまで批判されたが彼はそんなことを気にもせずそれどころかその息子を離縁してしまった程なのだ。
「それで相変わらずらしいな」
「自分が悪いじゃないのか?」
「それ言ったら下手したら打ち首らしいぞ」
「やれやれ。困った王様が来たらしいな」
イギリス国民の偽らざる感想であった。
「変なのが来たよ」
「何かと変な王様が多い国だな、我が国は」
「全くだ」
言いながら王と二人の愛人を不機嫌な顔で見ている。この王は実際に政治にはまるで関わらず二人の愛人達と遊んで暮らしているだけだった。愛人の一人がバブル騒動に関わっているという疑惑が起こりその一連の騒動の処理の為に第一大蔵卿、今で言う首相が誕生したりするが彼にとっては全く興味のないことであった。何しろ英語が話せないので公務を積極的に使用とは全くしなかったのだ。
それどころかイギリスにいることすら少なかった。ハノーヴァーに滞在することが多くそれがかえってイギリス国民の不興を買っていたのだ。
「あの人は一体何人なんだ?」
「だからドイツ人なんだろ」
こうまで言われる始末だった。しかも我が子との中はさらに悪くなる一方でそれもまたイギリス人の不興の種になっていたのである。
「今度も嫌がらせらしいぞ」
「よくやるな、全く」
「絶縁したり幽閉したり」
この息子は太子になっていた。その太子が妻の肩を持っていたので随分と冷たい仕打ちを与えていたのである。それはかなりのものだったのだ。
「いい加減王様も許せばいいのに」
「そもそもだ」
彼等はここでいつも王を批判するのであった。
「あれだろ?王様があんな変な愛人二人ばかり相手にするからだろ」
「誰だってそう思うよな」
「そうだよ。御妃様っていえばだ」
ソフィー=ドロテアである。彼女は絶世の美女とまで呼ばれていた。ところがこの王はその美女をまるで相手にせずあえてその愛人二人といつも一緒にいたのだ。王妃は何とイギリスにすら入っておらずドイツに幽閉されたきりであったのだ。しかもそれが長年に渡っていた。
「あんな仕打ちされたら誰だって不倫するだろ」
「そもそも不倫って普通にあるだろ」
「そうだよな。それこそその辺りにな」
そういった話が何処にでもあるのは何時の時代でも同じである。イギリス王家でもこれまでも幾らでもあったししかもこの王以降も多々あった。しかしこの王はそれへの処罰があまりにも冷酷であったのだ。だからイギリス国民も彼を陰で批判しているのである。
「何十年も幽閉してな」
「幾ら何でもやり過ぎだろ」
「何考えてるんだ?」
「あんなの二人も連れてな」
「本当に変な王様だよ」
「全くだ」
こんな有様だった。王は相変わらずイギリスにはあまりおらずドイツにばかりいてしかもその愛人二人と遊び続けていた。太子は周りの者達もイギリス国民も顔を顰めさせる程の仕打ちを受け続け王妃も幽閉されたきりであった。そして遂に幽閉が三十二年の長きに渡ったその時。王妃は遂に死の床についた。
「王妃様が危ないらしいな」
「で、王様は相変わらずか」
「ああ、相変わらずだ」
イギリス国民はここでまた王に呆れるのであった。
「今もイギリスにはおられないらしいぞ」
「政治は全部政府と議会がやってるしな」
「一体何の為の王様なんだ?」
「だからいればいいんだろ」
これはまさにその通りだった。立憲君主制の中でも最も近代的と言われる象徴王制だが当時は一般的とは言えないものであったのだ。だから彼等は王が政治を見ないのを不快に思っていたのだ。
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