観化堂の隊長
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
7部分:第七章
第七章
「そうです。その全員がです」
「警部に助けられたと」
「こうして私達はこの地に帰って来ることができました」
語るその目も言葉も温かいものだった。
「本当にね」
「それでですね」
また玲子が尋ねる。
「警部さんは」
「ここに祭られているということは」
僕はふと気付いた。神になるということはつまりだ。
「まさか」
「はい。亡くなられました」
やはりそうだった。そうでなければ祭られたりはしない。関羽にしろ岳飛にしろ死んだからこそ、また非業の死だからこそ祭られるようになったのである。こうしたことはおおむね世界の何処でも同じだと思う。人はその最後にこそ深い感銘を受けるものだからだ。
「私達を助けてくれた後で」
「左様でしたか」
「最後まで御立派でした」
馬さんの声が泣いていた。涙は目には流れていないが心に流れていた。
「最後の最後まで。潔く」
「そうだったんですか」
「最後まで」
「私達はその警部のことを忘れたくはありませんでした」
馬さん達の真心だった。
「だからこそ。ここに」
「祭られているのですね」
「その通りです。だからこそです」
「そうだったんですか」
「それで」
ここで僕達は完全にわかった。どうして馬さんがここに僕達を案内したのかを。
「それで僕達をここに」
「日本人として」
「私は。日本人でした」
馬さんはまたこのことを僕達に言ってくれた。
「日本人として戦いました。そして日本人に助けてもらいました」
「日本人に」
「日本は。お好きですか?」
僕達に顔を向けて尋ねてきた。
「日本は。如何でしょうか」
「ええ、まあ僕も」
「私も」
「日本人ですし」
「やっぱり」
答えは一応僕達の中でも決まっていたしはっきりしていた。そういうことだった。
「好きです」
「あまり深くはないかも知れませんが」
「そうですか。それはいいことです」
馬さんは僕達の今の言葉を聞いて静かに、けれど嬉しそうに頷いてくれた。
「では。警部のことを忘れないで下さい」
「ええ、それは」
「絶対に」
僕達もそのことを馬さんに誓った。忘れられるものじゃなかった。
「忘れませんから」
「こんな素晴らしい人がいたなんて」
「私は。生きている限り警部のことを教え伝えていきます」
それが馬さんの誓いだった。
「警部に助けて頂いた御恩の為にも」
「馬さん・・・・・・」
「そこまでされるんですか」
「宜しければ日本に帰られたならば」
「ええ」
「警部のことをお伝え下さい」
僕達に対して今度はこのことを御願いしてくれた。
「どうか。そして日本人が持っている素晴らしさのことを」
「わかりました。何があっても」
「伝えます」
「はい、それだけは御願いします」
何時しか僕達に顔を向けての言葉になっていた。
「何があっても」
「私達も」
僕達もまたこのことを誓い合った。僕達が知らなかった日本人のことを皆に伝えることを。今度の台湾への旅はただ台湾に来ただけじゃなかった。日本にも来た旅になっていたのだった。
約束した僕達に。馬さんはまたその笑顔を向けて声をかけてきた。
「それでですね」
「ええ」
「何ですか?」
「これが終わったらですけれど」
話は次に移っていた。
「何処に行かれますか?」
「ええと、まあいい時間ですね」
「お昼なんかは」
「それでしたら飲茶なんかどうですか?」
にこやかに笑って勧めてきてくれた。
「飲茶は。また一ついいお店を見つけまして」
「あっ、いいですね」
「それじゃあ」
「勿論麺もありますよ」
これは欠かせなかった。やっぱり中華といえば麺だった。
「豚を使ったね」
「豚ですか」
「いいですね」
「昨日は海鮮でしたよね」
「御存知だったんですか」
「顔に書いてありましたから」
笑顔で僕達に言ってきた。
「だからですよ」
「そうだったんですか」
「はい。ですから今日は豚を」
また提案してきた。
「どうかと思いまして。如何ですか」
「そうですね。それじゃあ」
「それで御願いします」
「豚足なんかもありますしね。では」
「行きますか」
「そのお店に」
僕達は笑顔で勧化堂を後にした。広枝警部のことを思いながら。警部は今もそこにいる。日本人の誇りをそこに残して。静かに山の中にいるのだ。そのことを思うと台湾、そして日本のことがいとおしくてたまらない。日本に帰って来た今もそう思ってやまない。
観化堂の隊長 完
2008・11・7
ページ上へ戻る