友の救い方
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第二章
「それでは生きている意味がない」
「だからか」
「歯を抜くなぞ論外だ」
「虫歯もそのままか」
「仕方ない」
それが不眠症の原因だとしてもとだ、ビスマルクは言ってだった。
友人との狩りをはじめた、狩りは楽しくビスマルクも不眠症のことを忘れられた。だがその最中にだった。
不意に友人の姿が見えなくなった、ビスマルクは森の中で友人の従者達に対して問うた。
「彼は何処だ」
「先程あちらに行かれました」
従者の一人が森の東の方を指差してビスマルクの問いに答えた。
「それから」
「あちらか、まずいな」
「まずいといいますと」
「あちらには沼がある」
だからだというのだ。
「それもかなり深いな」
「底なし沼ですか」
「そうだ」
まさにその沼があるというのだ。
「だからだ、あそこに行ったのならな」
「旦那様は危ういですか」
「すぐに行くとしよう」
ビスマルクは従者に告げた。
「いいな、今からだ」
「わかりました」
友人の従者も応えてだ、そのうえで。
一行は森の東の方に向かった、すると猟犬達が騒ぎだし。
沼のところに行くとだ、その友人がだ。
沼に落ちていた、その前で彼の猟犬達が心配そうに見ていた。友人はビスマルク達を見付けると沼の中から言ってきた。
「大変なことになった」
「旦那様、沼に落ちられたのですか」
「そうだ、見ての通りだ」
彼は申し訳ない顔で己の従者に答えた。
「無様なことになった」
「すぐにお助けします」
「お待ち下さい」
「いや、待て」
従者達が主を救おうとしたところでだ、ビスマルクがすっと前に出てだった。
彼等を制してだ、こう言った。
「私がやろう」
「ビスマルク様がですか」
「旦那様をお救い下さるのですか」
「君達が動く必要はない」
その重厚な声での言葉だ。
「ことは焦ってはならない」
「冷静にですか」
「ことを進めるべきですか」
「そうだ、私に全てを任せるのだ」
こう言って彼等を制してだった。
「ここはな」
「ビスマルク卿が仰るのなら」
「それなら」
従者達も異論はなかった、それで友人の従者達もビスマルクの従者達もここは動きを止めた。それは猟犬達もだった。
皆ビスマルクの動きを注視した、ビスマルクは沼に沈んでいく友人の前に来た。そのうえでこう彼に言った。
「友よ、その沼は底なし沼だ」
「だからこそ何とかして欲しい」
友人は自分の前に来たビスマルクに切実な声で言った。
「ここは」
「そうだな、しかし底なし沼だ」
ビスマルクはまたこのことを彼に言った。
「若し私が手を貸せばだ」
「どうなるというのだ」
「君を助けようとする、しかし君の重みで私も沼に落ちてしまう」
「君のその体格でもか」
背も高く堂々とした体格のビスマルクへの言葉だ。
「そうなるというのか」
「おそらく。私は寝不足であまり力が出ない」
それで、というのだ。
「私もまた底なし沼に落ちてしまう、しかしだ」
「しかし?」
「私はドイツにとって必要な人物だ」
その政治に携わる者として、というのだ。ビスマルクには絶対の自負があった。自分こそドイツを支えて動かしている者だとだ。だからこそのその自負をここでも言ったのだ。
「ここで死ぬ訳にはいかない」
「ではどうするのだ」
友人は彼に沈みつつ問うた。
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