扇の香り

「それでなのです」
「夫人もご存知ですか」
「はい」
　そうだというのだ。
「非常にお奇麗な方ですね」
「そうですね、それでなのですが」
「お会いしたいと」
「おわかりになられるのですか」
「おや、そうでしたか」
　タレーランは男爵の顔、特に目を見て察していたがこのことも言わなかった。
「それでは」
「何処におられるでしょうか」
「この宮殿の中の」
「はい、一体」
「鏡の間がお好きですね」
　ベルサイユ宮殿の中のだ、その部屋がというのだ。
「そして夜の舞踏会においては」
「よく出席されていますか」
「舞踏と音楽がお好きな方で」
　タレーランは男爵にこのことも話した。
「よく来られています」
「そうなのですか」
「ですからそうした場に行かれれば」
「夫人にもですね」
「お会い出来ます」
　そうなれるというのだ。
「ですから」
「わかりました、夜の舞踏会か」
「鏡の間に」
「行って来ます」
　男爵はその目を輝かせてタレーランに答えた。
「そしてマダムとお話してきます」
「ではその様に」
「はい」
　こうしてだった、宮殿のその夜の舞踏会に出席した。するとそこにだった。
　夫人がいた、男爵は彼女を見つけるとすぐにだった。舞踏会のその人ごみの中を必死に通り抜けてだった。
　夫人の前に出た、その彼にだった。
　夫人は微笑んでだ、彼女の方から言って来た。
「ムッシュも今宵の」
「いえ、舞踏会には出ましたが」　
　それ以上にとだ、男爵は夫人のその目を見て言うのだった。
「マダムにお会いしたくて」
「来られたのですね」
「宜しいでしょうか」
「私などで宜しいですか？」
　夫人は微笑みのままだ、男爵の問いにすぐには答えずこう返した。
「本当に」
「はい、是非共」
「そうですか、では共に踊りましょう」
　夫人は自分から手を差し出してだ、男爵に言った。
「今宵は。そして」
「それからもですね」
「お願いします。私にはやっかむ相手もいませんし」
「そうなのですか」
「はい、夫人といいますが」
　それでもというのだ。
「今は一人です」
「では」
「主人は結婚した時に四十離れていました」
　寄贈社会ではままある、歳がかなり離れた相手との婚姻はだ。貴族の婚姻は家と家のそれなので望まぬ相手や年齢的に不釣り合いな相手との結婚は常だったのだ。とはいっても男爵はまだ未婚ではあるが。
「ですから」
「左様ですか」
「はい、そうした相手もいませんので」
「では、です」
「今宵は宜しくお願いします」
　夫人は微笑みのまま男爵に言うのだった。
「そして出来れば」
「これからもですね」
「はい、お願いします」
「それでは」　
　こうしてだった、男爵は夫人との交際をはじめた。その中でだった。