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リリカルなのは~優しき狂王~

作者:レスト
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2ndA‘s編
  第十八話~立つは誰がために~

 
前書き
お久しぶりです。m(_ _)m

前回、エピローグ的な物を書くと言いましたが、まとめたら軽く二万字越えそうだったので、きりの良いところで一旦切りました。
……それでも一万字に届きそうな文章って一体(-.-;)

気を取り直して本編どうぞ 

 


 守るために力を欲した。


 だが、その力がすべてを失う引き金となり、自身の無力さを噛み締めた。


 それは時代が過ぎても変わらない。


 他人から押し付けられた力を得たところで守れたものはほんのひと握りだ。


 何処まで行っても“力”は何かを失う引き金にしかなりえない。


 それでも救おうと足掻き続ける彼は本当に無力なのか?




衛星軌道上・アースラ・ブリッジ


 数時間前まで、コンソールを叩く音とオペレーターの声が飛び交い、嫌でも焦燥感を生み出していたこの場所も今は必要最低限の音しか存在しない。
 主にその音を鳴らしているのは艦長席に座るリンディとオペレーター席に座るエイミィの二人である。そもそも今のブリッジにはこの二人しかいないのだから、音が少ないのは当たり前であった。
 先の防衛プログラムであるナハトヴァールを、クロノのプラン通りにアースラに装備されたアルカンシェルで消滅させてから半日以上が経っていた。
 戦闘についてもそうであるが、ナハトヴァールがどれだけ地球に影響を及ぼしたかの調査など、やるべきことはまだまだあるのだが、リンカーコア強奪事件からずっと緊張状態を続けていた一同はほんの束の間ではあるが休息の時間を過ごしていた。

「ふぅ……」

 艦長席に座るリンディが思わずといった風にため息をつく。
 彼女は今、今回の事件についての報告書を作成していた。いつもであれば、ある程度の時間があれば纏められるその作業はしかし、今は難航していた。

(どこまで書けばいいのかしら?)

 今回の事件、解決のために事件の核心をほぼ正確に把握しているのは今のところ一人しかいないのだ。もちろんアースラにいる今回の事件を担当した局員たちもある程度の事情を把握している。
 何故なら先の戦闘後、あくまで形式上ではあるが投降を受け入れた守護騎士達から事情聴取を行うことができたのだから。
 特に彼女たちはあくまで蒐集は自分たちの意思であり、八神はやては偶然主として選ばれただけの被害者であり、ナハトヴァールを夜天の書から切り離す一助を行った貢献者であると強く主張してきていた。

(……受け入れないでしょうね、彼女たちの言う通りの少女であるのであれば)

 既に目を通した事情聴取の報告書に再び目を向けながら、そんなことを思い始めるリンディであった。
 話を戻すと、今回の事件の本当の意味での立役者であり、防衛プログラムと大立ち回りを演じた魔導師、ライ・ランペルージからの聴取を未だに取れていないこと。更に彼のことを何処まで書いていいのか今の彼女には判断ができないのだ。
 前者の理由は戦闘後に墜ちた彼を回収し治療を行ったのはいいが、それ以降彼が目を未だに覚ましていないことにあった。しかも、治療を終えた今でも峠を越えたとはいえ、予断を許さない状態であることに変わりはなく、よしんば今すぐに目を覚ましたとしてもすぐに聴取を行える状態ではないのだ。
 そして後者は、下手に彼のことを報告することで、本局の上層部に自身を含めた今回の事件に関わった人間全てを危険視させてしまうのではないかという懸念があるためだ。

「…………」

 また吐きそうになったため息を飲み込み、コンソール横の小テーブルに手を伸ばす。伸ばした先には彼女愛用の湯呑と急須、そして角砂糖とミルクをそれぞれ入れた瓶があった。その内の湯呑を掴むと彼女はそのままそれを口に付け、傾ける。

「…………?」

 しかし、どれだけ傾けてもご希望の飲料が口に到達しない。
 それを不思議に思った彼女は、そこで初めて湯呑が空であることに気付いた。一旦湯呑をテーブルに戻し、今度は急須を軽く持ち上げる。

「…………はぁ」

 その軽さから、急須の方も中身が空であることを知った彼女は今度こそため息を吐いた。



アースラ・一室


 アースラ内の一室。窓のないその部屋には今、足元が見える程度の最低限の明かりしか点っていないため、暗さ以外には冷たさや重さを感じさせた。光源となっているのは、その部屋に設置された医療用ベッドに横たわる患者の心電図をリアルタイムで映し出すモニターである。
 明かり以外にその部屋を満たすのは、心電図を映し出すモニターがグラフに合わせて流す機械音声と患者である横たわっている男性の規則的な息遣いのみだ。
 時間の流れが曖昧になりそうなその空間内で、横たわっている患者は先の戦闘で墜落し、収容されたライ・ランペルージその人であった。
 今でこそ静謐な部屋で安静にできているライであったが、彼が収容された直後はてんやわんやであった。
 不参加を表明した筈の彼が、特大の砲撃魔法が放たれる直前に目標へ突撃し、障壁を抜いていこうとし、全てを抜くことこそできなかったが、片腕を犠牲にナハトヴァールのコアの位置情報を取得。最終的にはぎりぎり離脱が間に合うが、魔力の枯渇と身体的疲労と損傷により墜落。これだけで騒がれるには十分なのだが、今回の戦闘により彼が被った怪我の具合が明らかとなった事が、周りの人間を更に焦らせる原因となる。
 途中でシャマルからの応急処置を受けたとは言え、人型と戦闘した際に空いた腹部の風穴から始まり、特攻まがいの攻撃により負った裂傷。極めつけはそれを負った状態で受けた衝撃による全身打撲と片腕の切断、それに伴う既存の傷の深刻化である。医者に言わせれば「なんで生きていられるのでしょうね?」いう有様である。
 科学技術の医療のみであれば完全にさじを投げられていたであろうその怪我は、魔法と言うデタラメが存在しやっと治療が行えるというレベルであった。
 その為、投降してきたシャマルも加わり、アースラの医療班総出でライの治療に当たることとなり、一時的ではあるが戦闘中のブリッジ以上に騒がしくなる医務室であったのだ。
 付け加えるのであれば、全力を尽くしたのは医療班のみではない。技術部の方でも一時期騒然となった。
 その原因は彼のデバイスである蒼月とパラディンである。二機は一時的に管理局側が回収していた。本来であれば携帯者の許可なく預かることは違法であるのだが、二機とも損傷が激しかったことにより修理が必要であることと、一応ライが管理局員であると主張していたため二機のデバイスは管理局の備品の一部であるという拡大解釈を行うことで合法的に預かっているのだ。
 しかし、二機のデバイスには当然のようにシステムにプロテクトが掛けられており、無理に解こうとしたところ逆にハッキングを仕掛けられることになってしまう。普段であればある程度の防壁を持っているアースラのセキュリティなのだが、蒼月とパラディンの基準としている相手の技術レベルが問題となった。
 二機のセイフティとして機能している逆ハッキング機能であるが、それを使用したのはただ一度のみであるのだが、その一度の相手が良くも悪くも大物すぎた。その相手はこの次元世界の約十年後の管理局本局のセキュリティを無効化し、ほぼ独自の技術を確立させるにまで至った“あの”ジェイル・スカリエッティなのだ。そして異世界の技術を使用しているとは言え、そんな彼に回線を遮断させることでしか対抗できなかった二機が本気で逆ハックをかけてしまえばどうなるのか。
 後日、二機は語る。「「本気を出せばもう少しで全て掌握できた」」と。
 もちろん、制圧目的ではないため即座にハッキングの手を緩め、今は大人しく沈黙を保っている二機であるのだが、そんなことを露と知らない技術部は今も戦々恐々としていたりする。
 そんなある意味で戦場以上の山場を超えたライ達であった。

「……………ぅぁ?」

 掠れた音が漏れる。
 発生源は部屋にいるライの口から。本来なら治療のために使用された麻酔によりあと数時間は意識が戻る見立てはなかったのだが、ブリタニアで行われていた人体実験によりある程度の薬物に対する耐性ができてしまっていたライは、そんな医者の見立てをあざ笑うかのように意識を戻す。

(…………暗い)

 意識が戻り一番初めの思考は今現在自身のいる部屋に対する感想であった。

「ん…………ぅん?」

 起きたばかりではっきりしない意識の中で、とにかく部屋の明かりをつけようと起き上がろうと試みる。しかし、身体を起こそうと身をよじるが、うまく体を動かすことができずに困惑の声を漏らすしかできない。
 体を締め付けられている感覚から包帯が巻かれているのはわかるが、それだけで動けなくなるのはおかしいと考えたライは、仰向けのまま身体の感覚を確かめていく。
 足を軽く動かす。脛の辺りがひどく痛むが膝を曲げることができる。

「?……ぁ」

 次に胴体を確かめようと、自身にかけられているシーツをまくろうとしてその違和感に気付く。

(左腕は…………)

 自身の離脱の為に切り捨てた今はない箇所に視線を向けようとするが、体勢的に難しかった為にまずは起き上がることを優先した。

「ん…………っぅ」

 体を横に倒し、自身が乗っているベッドの淵に座るようにして体を起こす。

「はぁ……はぁ……」

 たったそれだけの動作に身体の節々が痛みという悲鳴を上げ、まるでフルマラソンをした後のように息が上がる。
 それでもなんとかバランスをとり、座った状態を維持すると自身の体を視覚的に確認していく。

「…………うわ」

 思わずと言った風に呆れた声が漏れた。
 身体の大半は包帯を巻かれ、今皮膚が見えるのは顔の一部と脚の先ぐらいでそれ以外は真っ白。そして残った右腕で頭を触るとそこにも包帯が巻かれていた。しかも所々にうっすらと血が滲んでおり、見た目がひどく痛々しい。
 下着こそ履かされてはいたが、身体のほとんどの部分を包帯とガーゼで覆われておりある種の服のようになっている。
 そんなぼろぼろになった自身に呆れながらも、辺りに視線を向けると自身が着ていたアッシュフォード学園の制服のスラックスとYシャツが綺麗に折りたたまれて置いてあるのを見つける。ベッドの傍に置かれたそれに手を伸ばし、のそのそと、しかし今できる最速の速さでそれを身につける。

「蒼月とパラディンは…………ない、か」

 片腕の着衣に四苦八苦しながらもスラックスはしっかり履くことができたが、Yシャツは腕を通しただけになった。
 そして着衣という重労働を終えたライは、手でスラックスのポケットを、そして視線で部屋に備え付けの机を軽く捜索し自身のデバイスが無い事を確認する。
 そこでライは自分にしかできない捜索方法を行い始める。

「…………っ」

 蒼月とパラディンという存在をCの世界経由で認識し、それを把握する。この方法はゆりかごで彼がクアットロを探し出したのと同じ要領だ。ただ今回は、ライと二機自体がCの世界を通して強い繋がりが存在しているため、あの時よりも簡単に見つけることができる。
 しかし二機の補助がない為、ノイズのような痛みが走るがそれは歯を食いしばり耐える。
 その痛みに耐えながら把握を続けると、二機が今アースラのシステムに接続されていることを知る。
 それを一瞬訝しんだが、とにかく現状を知りたいライはある秘匿回線をつなげる。
 念話に近いそれはCの世界の繋がりを持っているからこそできる手段で、今現在最も信用できる秘匿手段であった。

『聞こえる?』

『『マスター』』

 返事は即座に帰ってくる。そのことから、ハードはともかくソフトの方での損傷は少ないと分かったライは一応の安堵の息を吐いた。

『今起きたのだけど、あの後はどうなった?』

 その質問に二機は丁寧に答えていく。
 まず、ナハトヴァールのコアは作戦通りに消滅させることができたこと。そしてその後、ライを含めた自分たちがアースラに収容されたこと。ライは治療をされ、自分たちは中身を覗かれそうになったため逆ハックを行ったこと。
 特に穴もなく、そして解りやすい説明は、貧血気味なライの思考でも十分な理解をさせることが出来ていた。

『……治療はアースラの医療班が?』

『はい。ですが、この世界のシャマル様も参加されました』

 ライの中での気がかりを質問すると、正確にその意図を察した蒼月が最善の回答を寄越してくる。

『そう…………』

 質疑応答を終えたライは達成感とそれに伴う虚脱感を覚えていた。
 取り敢えずこの世界に来た目的を、自身がCの世界を匂わせる痕跡を必要以上に残す事なく終えることができたのだから。
 だから、次に蒼月がしてきた報告にライは一瞬でも浮かれた自身を嫌悪した。

『…………マスター、このままではリインフォース様は消失します』



アースラ・食堂


「消える?夜天の書が?」

 人気の少ない食堂にその声はよく響いた。
 声を発したクロノは報告してきた民間協力者であるユーノ・スクライアに、視線で事情を話すことを促す。
 ユーノ・スクライアは発掘を生業とする部族の出身で、今回の事件では無限書庫という文字通り無限と思える程の情報の文献保管所で夜天の書の仕組みや歴史を調べていた。

「夜天の書の闇、防衛プログラムであるナハトヴァール消滅した。それは確かだけど、あれはあくまで出力されたデバイスでしかない」

「――――」

 ユーノの言葉を頭の中で反復させ、理解を得ようとし、ある結論に辿り着く。

「つまり、夜天の書の中にはまだナハトヴァールのバックアップが残っているのか?」

 そのクロノの言葉に頷きを返すユーノ。そこには悔しさと申し訳なさで沈みきった彼の泣きそうな顔があった。

「……修復は?」

 残酷なことを聞いていると言うことを自覚しつつも、聞くべきことは聞かなければならないと割り切り彼は尋ねる。

「破損は深刻な部分まで至っているようで、残念だけど夜天の書の原型の設計図でもない限り修復はできない。このままだと近い将来再び夜天の書は闇の書に戻ってしまう」

「……じゃあ、彼女たちは」

「……うん。それを当人たちも望んでいる」

 言葉にするのは躊躇われたのか、結論を言葉にしなくてもクロノは理解した。
 つまりは、これ以上の悲劇を生み出さないためにも、夜天の書を破棄することをヴォルケンリッターと管制人格であるリインフォースが望んでいるということだ。
 それは夜天の書の一部である彼女たちの消滅とイコールで結ばれていた。

「いえ、私たちだけは残るんです」

 重い空気の中新しい声が響いた。



アースラ・一室

『現出していたナハトヴァールを切り離した際、ヴォルケンリッターのプログラムも独立するように切り離したということらしいです』

『…………つまり、消えるのは夜天の書というストレージデバイスと――――』

『『…………』』

「…………リインフォース」

 最後の言葉は思考ではなく言葉として漏れた。
 ライは知らずの内に俯いていた。助けることができたと勘違いした末、後は自分が消えるだけで全てが終わると思ったが故に。
 現実はどこまでもライを打ちのめす。

「…………っ」

 歯を食いしばり、足に喝を入れ立ち上がる。緩慢な動きではあるが、確かな足取りで部屋から出ていこうとするライ。

『蒼月、アースラの人のこない一室にリインフォースとシャマルさんを呼んでくれ。パラディンは僕にそこまでのナビゲートを。人目につかないように』

 頭がなんとか肉体を動かそうと命令を発し続ける中、思考の一部は二機のデバイスに新しい命令を発していた。

『何をする気ですか、マスター?』

「ひどく残酷な悪あがき」

 ライは自身に刻み付けるようにそう口にする。
 そして丁度それを口にすると同時に部屋の自動ドアが開く。通路の光がライを照らし出す。必要最低限の明かりではない、乳白色の光に目がくらむ。その為、瞬きをしながら入口の壁に寄りかかるようにして目が慣れるのを待つ。

「あ」

 そして視界がはっきりすると、部屋の前に設置されているベンチに二人の少女がいることに初めて気付く。
 それは肩を預け合うようにして座り寝ているなのはとフェイトであった。二人の膝にはそれぞれいつぞや二人にかけたマフラーと学生服の上着が綺麗に畳まれた状態で置かれていた。ライが起きた時に返そうと待っていて、二人はそのまま寝てしまったのだろうと見て察することができるような状態であった。

(いつ起きるかも分からなかったろうに)

 ライは二人が自分を待っていてくれたことの嬉しさから自然と口元が緩んでいくのを感じた。
 ふらつきながらも二人に近づいたライは、上着を肩にかけるように着る。そして片腕で苦労しながらもマフラーを広げ、毛布のように二人にかけてやる。

「ありがとう」

 そして最後に二人の頭をそっと撫で、感謝の言葉を送ると二人を起こさないようにライはその場を後にした。
 これが、ライにとってこの世界の高町なのはとフェイト・テスタロッサとの最後の邂逅。これ以降、彼女たちはライの姿を見ることはなくなるのだが、二人が家族――――特に兄と呼ばれる存在に頭を撫でられた時、二人共首を傾げ「何か違う」と言うようになり、シスコン二人の心を打ち砕くことになるのだが、これは完全に余談である。



アースラ・通路


「――ぁっ、――ぁっ、ケホッ……はぁ」

 ボロボロの身体は引きずられるようにして進む。既に自立歩行を諦め、壁に体を擦るようになりながらも一歩一歩を踏みしめていく。
 途中傷が開いたのか、掠れた血が壁を汚しちょっとしたホラーな景色となってしまっているが、それについては気にしなくても大丈夫なように“なっている”為、ライは一心不乱に足を動かすことに集中する。
 目的の部屋まで残り数ブロック。距離的に言えば二十メートルも無いぐらいだ。
 そして今のライにとって難所である十字路に差し掛かる。壁が途切れているため、必然的に自立歩行を支えなしで歩かなければならないのだ。

「ふぅ……ふぅ……っ」

 息を整える。そして喪失した片腕分のバランスを調節しながら足を進ませていく。たった三メートル程の横断であったが、それでもライは慎重に行く。
 そして壁に寄りかかれそうになれる程の距離となったとき、最後の最後でライは気を抜いてしまった。

「!」

 壁に寄りかかろうとするとここまで来るのに流した汗と、滲んでいた血が壁と身体の摩擦を減らし、ライの体を傾けていく。
 もちろん、今のライにそれを堪えきるだけの体力はなく、そのまま派手な音を立てて床にダイブした。

「――――っつぁ」

 視界がチカチカし、痛みに耐えるため反射的に胎児のように体を丸める。

「――――――…………ふぅ、ふぅ、ふぅ」

 痛みが引くのを待ち、また壁伝いに体を起き上がらせる。先ほどより視界がボヤけるが、目的地までのルートは既に頭に入っているため、壁沿いに向かえば問題ない。
 だがそれも、あくまで『誰にも見つからない』という前提条件があってこそであるが。

「なにを……しているの……」

 背後からの声に心臓が鷲掴みにされた気分であった。
 未だ立ち上がることができず、体を壁に寄りかけて座らせるので精一杯であったライはゆっくりと背中を壁に預け振り返る。
 そこには呆然としたようにこちらを見ているリンディ・ハラオウンの姿があった。

「答えなさい!何を――――」

「時間がない」

 死にかけの状態でまだ何かをしようとするライに対して、リンディは怒鳴りつけるように問いただそうとする。だが、被せるように返ってきた言葉は彼女にとって納得できるようなものではなかった。
 しかも、こともあろうにライはそれを十分な返答とみなしたのか、再び目的地の方に進もうとし始めたのだ。既に立つことは諦めたのか、残った右腕に力を込め這うようにして進もうとする姿はどこか狂気じみたものを感じさせる。
 その姿に一瞬呆けそうになるが、彼女はすぐさま思考を切り替えライの傍に近づきしゃがみ込む。

「待ちなさい!これ以上は本当に死んでしまうわ」

 止められるとは思わないが、肩を掴むリンディ。すると嘘の様に簡単にライの進行が止まる。その手応えの軽さにゾッとする。
 先の戦闘であれほどの戦闘をこなした魔導師が、女の細腕一本で簡単に止められる程に弱りきっているのだ。その感触で今目の前にいる一人の人間の命がどれほど危険なのか嫌でも理解させられた。

「時間がない」

 止められたことで、再度リンディの方に目を向けるライ。そしてうわ言のように発した言葉にリンディは既にライが正気を失っていると疑った。

「何を――――」

「僕にも、リインフォースにも」

 その言葉を聞き、リンディは息を呑む。
 理解できてしまったのだ。リンディはライと出会う前にクロノから報告を受けていた。その内容は夜天の書と管制人格の完全消滅。そしてその内容を知っていたからこそ、今のライの言葉の意味を正確に汲み取ることが出来ていた。
 そして、その上でリンディはライと言う存在に恐怖を抱く。この際、何故今まで寝ていたはずの彼がリインフォースのことを知っているのかは置いておいて、自身が死んでしまうかどうかの瀬戸際で尚、彼女を救おうとあがこうとするライの姿はどこか強迫観念じみていると。

「どうして」

 呆然とした呟きをこぼした彼女に目の焦点を合わせることができたのか、ライはやっと自分のすぐ真横に彼女がいることを理解する。
 そのことで自分が危険な状態であることを改めて理解できたライは数秒黙り、考え込む。そしてある結論にたどり着いたのか、徐ろに右腕にまいている包帯を口で器用に解いていく。

「何をして――――!」

 いきなりの彼の行動に、制止の声をあげようとしたリンディであったが、全てを言い切る前にその言葉を飲み込み、逆に手を口に当てて声が漏れるのを押さえ込もうとする。

「これが僕の時間が残り少ない理由です」

 淀みなく出てきたその言葉を全て理解できる訳もなく、彼女は“それ”を凝視する。

「透け……ている」

 絞り出すようにして出てきた彼女の言葉にライは頷きで返した。
 彼女の言ったとおり、ライの右腕は寿命を迎えた電灯が明滅するように不安定に透け始めていた。

「事情は全て話します」

 ライの言葉にハッとするように、彼女の視線はライの方に戻った。

「だから、僕を連れて行ってください」

 赤い鳥が羽ばたくことはなかった。




 
 

 
後書き

と言う訳で、次回こそライが消えるところまでです。
エピローグになるかはわかりません!

一つ読者の方にお聞きしたいのですが、Vivid編に入るにあたりライがある組織を立ち上げることになります。(騎士団ではない)
それにあたりライの同僚若しくは部下を入れなければならないのですが、そのキャラを別作品(主にとあるRPG)のものを入れるかどうか迷っています。その辺り読者の方どういうふうにお考えになるかお聞きしたいのですが、忌憚なきご意見をいただければなと思います。

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