傾城
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2部分:第二章
第二章
「ただ。この者の美はです」
「この世のものではありませぬ」
「百万の花もこれ程ではありますまい」
「この娘に勝る美といいますと」
「とても」
「惜しくもなった」
呉王のところに送るのがだ。越王は惜しくなったとさえ言った。
しかしすぐにだ。表情をあらため剣呑なものにさせてだ。王はこうも言った。
「いや、むしろ」
「むしろ」
「むしろといいますと」
「だからこそ呉王に送るべきだ」
こう言葉を言い換えたのだ。
「この娘、人の美ではない」
「だからですか」
「それでだと仰るのですね」
「そうだ。あまりにも美し過ぎる」
西施のその美をだ。実際にその目で見ての言葉だった。
「越にいてはだ」
「この国にいてはですか」
「越はこの娘の美に魅せられ危うくなるだろう」
そうなるのではないかとだ。王は話すのだった。
「私もだ。心を奪われてしまう」
「確かに。我等もです」
「これ程までの娘だと」
「そうなります」
「この娘の美は危うい美だ」
王はこう言ってだ。西施の美を矛を見る様にして話していく。
「国を滅ぼす。だからこそだ」
「越に置かずにですか」
「呉に送るべきですか」
「是非そうする」
王は断を下した。
「わかったな」
「はい、それでは」
「すぐに」
「呉はこれで滅んだ」
越王は西施を見ながら話す。
「それが今決まったのだ」
呉の滅亡、そして越の勝利を確信したのだ。王はそのうえで西施を呉に送った。彼女は程なくして呉王の前に出されたのだった。
西施を見てすぐだった。呉王はだ。
彼女に魅せられだ。昼も夜も共にいるようになった。
次第に政を見ることもなくなりだ。それどころか西施の言うままにだ。
宮殿を建て贅を極める様になった。その有様を見てだ。
呉の臣下の者達は危惧を覚えずにはいられなかった。そしてこう言うのだった。
「これでは夏や商と同じだ」
「今呉は滅びようとしている」
「まだ越や楚がいるというのに」
呉と越の対立はだ。最早誰もが知っていることだった。
そして呉の敵は越だけではないのだ。西の楚もだ。楚は呉に敗れ大きな傷を負ったがそれでもだ。その強さは天下随一と言ってよかった。
そうした国々が外にあり中では王が西施に溺れている。その有様を見てだ。
彼等は呉の行く末に危惧を覚えた。それでだ。
王に常に進言した。西施を遠ざけよと。だが。
王は後宮に篭もり西施に溺れ続けている。それではどうしようもなかった。その中で呉随一の臣である伍子胥が遂に王の前に強引に出てだ。こう言うのであった。
「どうかあの娘をです」
「西施をか」
「はい、遠ざけられるよう」
まさにだ。このことを進言したのだ。
「何があろうとも」
「その様なことできるものか」
王は彼のその言葉を一蹴した。
「わしはあの娘を手放さぬ」
「ですが王よ。あの娘の言葉で呉は」
「何が言いたい」
「滅びようとしています」
まさにだ。直言だった。伍子胥はあえて言ったのだ。
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