| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

傾城

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

1部分:第一章


第一章

                            傾城
 越にだ。一人の美女がいた。
 その名を西施という。西施は擦れ違うと誰もが振り向いてしまう、そうした美女だった。
 ただそこにあるだけで華があす、それが彼女だった。
 普通ならばそれだけだった。貴族の妻になるなり王の宮殿に迎えられるなりしてだ。華やかな一生を送ることができただろう。しかしだった。
 この時越はだ。隣国の呉といがみ合っていた。一度呉に徹底的に敗れ越王自ら呉王の臣下になる様な腰の低い態度を見せてだ。何とか助かった。
 しかし越は呉に対する復讐の念を忘れずだ。機会を探っていた。その機会があれば必ず呉を滅ぼす、そう決めて国力を蓄えていた。
 実際に越は優れた人材を集め兵を養っていた。その力は侮れないものになっていっていた。そしてその中においてであったのだ。
 越王勾践はその西施の話を聞いた。そしてだ。臣下からこう言われたのだった。
「これはまさに夏や商と同じです」
「同じというのか」
「はい、夏も商も女によって滅んでいます」
 夏も商、即ち殷もだ。王が美女に溺れその言葉に惑わされ暴政を敷いたことで国を傾けた。彼は越王にこのことを話すのだった。
「だからです」
「その美女を呉王にか」
「はい、献上されてはどうでしょうか」
「そしてだな」
「はい、そしてです」
 王に進言するだ。その目が光った。
 その光った目でだ。彼は話すのだった。
「呉王を惑わせましょう」
「わかった。ではその美女は何というのだ」
「西施といいます」
 彼女の名前が王に告げられた。
「そういいます」
「そうか。西施か」
 その名を聞いてだ。王はだ。 
 目を少し動かしてからだ。こう述べるのだった。
「不思議なものだな」
「不思議とは」
「といいますと」
「私はその名を今はじめて聞いた」
 王が話すのはこのことからだった。
「だが。それでもだ」
「それでもですか」
「その名前を完全に覚えた」
 そうだというのだ。彼女のその名をだ。
「最初に聞いただけでな」
「それはまたどうしてでしょうか」
「おそらくその西施はそこまでのことを為す女なのだろう」
 だからだというのだ。
「おそらくそれでだ」
「それでなのですか」
「何はともあれ一度会おう」
 王はこう臣下達に述べた。
「そして実際に呉王の下に送るべきか決める」
「わかりました。それでは」
「その様に」
 こうしてだった。王はその西施と会うことになった。程なくして彼女は越王の宮殿に連れて来られ王の前に出た。彼女のその姿を見てだ。
 王は思わず息を飲んだ。そうしてこう周囲に話した。
「これ程までとは思わなかった」
「真に。これは」
「これ程までの美女は見たことがありませぬ」
「越にもいたのですね」
「この世ならぬ美を持つ女が」
「私は現の世にいるのか」
 王は恍惚としてだ。こうまで言った。
「それとも夢の中にいるのか」
「いえ、現です」
「我等もまた現の世にいます」
「それは確かです」
 臣下の者達がそれは確かだと王に告げる。
 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧