紋章
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1部分:第一章
第一章
紋章
それは昼の世界の話であっただろうか、それとも夜の世界の話であっただろうか。その狭間にある夕暮れの世界での話であったかも知れない。確かなことはわかってはいない。
書には残ってはいない。ただ人々の話には残っている。幻想の世界の話である。
赤い太陽が砂漠の彼方に消えようとしている果てしない空虚な大地、そこにある崩れた神殿の遺跡。かつては神々が祭られていたであろうこの廃墟の側に二人の女がやって来た。
一人は赤い、いや薄紫の髪に日に焼けた赤い肌、そして白と赤の服を身に纏っている。剣とズボンの服装から彼女が戦士であるとわかる。美少年にも見える精悍な顔の右の頬に何やら紋章が描かれているが髪の毛に隠れよくは見えない。その髪は短いが紋章を隠すには充分なものであった。
その隣には豊かで膝まである黄金色の髪の少女がいた。青く丈は長いが所々が露出している青い服に頭からその服と同じ色のヴェールを羽織っている。その肌はまるで象牙の様に白く、月夜の幻想を思わせる美しい顔には切れ長の青い目があった。今その二人が馬に乗り廃墟を歩いていた。
「そろそろ日が暮れるわね」
「そうね」
赤い戦士は青い服の少女に対して頷いた。二人は一頭の馬に乗っていた。戦士の少女が手綱を握っていた。
「どうするの?グルド」
青い少女は赤い戦士に尋ねた。
「今日はもう休む?」
「ここでかしら」
グルドと名を呼ばれた少女はそれを受けて廃墟に目を向けた。
「ええ。これ以上進んでも当分砂漠しかないようだし」
「休むのはここだと言いたいのね」
「私はそう思うけれど」
「わかったわ、ビルキース」
グルドはその言葉に従うことにした。
「今日はここで休みましょう。それでいいわね」
「ええ」
ビルギースと呼ばれた青い少女は頷いた。こうして二人はこの廃墟にて休むことになった。
「それなら」
まずはグルドが馬から降りた。風の様に軽やかな動きであった。
「ここで一休みね」
「ええ」
次にビルギースも降りた。彼女の動きは羽根の様に穏やかなものであった。
二人はそのまま馬を引いて廃墟の物陰に向かう。そして丁度よい場所に辿り着くとそこに腰を下ろした。そしてビルギースが
魔法で火を出したのであった。
「食べ物、持ってる?」
「ええ」
グルドがビルギースの言葉に頷いた。そして服の下から干し肉を出してきた。
「これと。あとナツメヤシ」
「鞍にもあったわよね」
ビルギースは側にいる馬の鞍を見て言った。
「確かチーズが」
「あとパンとね」
「何だ、結構あるじゃない」
「チーズとパンは置いておく?」
「そうね」
ビルギースはその言葉に頷いた。
「明日は砂漠を越えなくちゃいけないし。置いておきましょう」
「お水もね。程々にしといた方がいいよね」
「そうね、お水も」
そう言いながら鞍にある水袋を見た。
「大切に置いておきましょう」
「砂漠を出たら大きな街があったわよね」
「カリフのおられる街よね」
今二人がいる国はカリフが治めているのである。温厚で慈悲深いカリフだと言われているが本人に会ったことはないので
確かなことはわからない。
「そこに行けば。また食べ物が手に入るね」
「ええ。それに仕事も」
「仕事、かあ」
グルドはそれを聞いて顔を見上げた。
「最近安い仕事ばかりだから。大きな仕事がしたいわね」
「キャラバンの警護とかじゃ嫌なの?」
「あたしはいいけれどあんたが困るんじゃないの?」
グルドはビルギースに顔を向けて言った。
「スケベな親父に囲まれるから」
「そんなの気にはならないわ」
ビルギースはその整った顔に優雅な笑みを浮かべて言葉を返した。象牙色の顔が次第に深くなっていく夜の闇の中に映っていた。
「グルドがいつも一緒だから」
「あたしは別に何もしていないわよ」
グルドはスッと笑ってそれに応えた。
「いつも。ビルギースに助けてもらってるし」
「そうかしら。グルドの剣がないと私なんてとっくに」
「あたしだってさ。ビルギースの魔法がないと」
二人は互いにそう言って褒め合っていた。そして干し肉とナツメヤシを食べながら夜を過ごしていた。そのままうとうとと眠り
に入ろうとしていた時に火がゆらりと揺れた。
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