ダンジョンに復讐を求めるの間違っているだろうか
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恋慕萌芽
「ねぇ~、何て言う名前なの?」
無表情に戻って、黙々と歩くデイドラの後ろを少女が、駄々をこねる子供のように同じ問いを繰り返しながら、ピッタリとついて歩いていた。
少女は、ふさふさとしたショートと同じ栗色の大きくくりっとした瞳に胡麻を思わせる小さな鼻という可憐でありながら、童顔を絵に書いたような目鼻立ちで、背丈もそれを裏切らない高さ。
そんな愛らしい見た目は冒険者を呑み込むダンジョンには場違いで、違和感しか覚えない。
「……………………………………」
そんな少女に話し掛けられているデイドラは終始無言を貫いている。
彼の振る舞いは、意図的というよりかは、実際に少女がいない、または少女とは隔絶された世界にいるようなそれだった。
「ねぇ~、何で無視するのっ?」
デイドラのにべもない態度についに業を煮やした少女がデイドラを早歩きで追い抜き、進路を阻むように、彼の前で仁王立ちになった。
存在を認めないように無視をしていたデイドラはこの時になってようやく立ち止まり少女を真っすぐに見据えた。
だが、少女を見るデイドラの目は人を見るそれというよりかは、路傍の石を見るようなそれだった。
にも拘わらず、少女は自分に反応を見せてくれたことに機嫌をよくしたのか、無邪気な笑みを浮かべると、
「で、何て言う名前なの?」
と訊いた。
「……………………………………デイドラ・ヴィオルデ」
その笑みを無言でしばらく見詰めた末に、どんな心境の変化か、デイドラは小さく唇を動かした。
「デイドラって言うんだね。私はリズ・ロズナエル。リズって呼んでね」
「訊いていない」
嬉しさを隠しきれず、満面の笑みを浮かべるリズににべもなくデイドラは言う。
「訊かれなくても礼儀だから言うのは当然なんだよ」
だが、リズはめげる様子を全く見せることなくニコニコしながら答える。
「それで、種族は…………ヒューマン?」
「にしか見えないと思うが」
「だよね。ヒューマンだよね。じゃあ、私は何に見える?」
刺のある言い草がまるで聞こえていない、というか脳内で瞬時にプラスな言葉に置き換えているかのようにめげる様子を見せないリズにデイドラは閉口を禁じ得なかった。
「………………都合の悪いことは三秒で忘れる女」
「ぶぶーっ。残念、ハズレー。――ていうかっ!それ種族じゃないしっ!!それにさっきから何気に馬鹿にしているよねっ!!」
リズは、だんっと地面を踏み付けると、ぷんすかと怒りをあらわにした。
「しているつもりはないが、そう聞こえるならお前に(自分が馬鹿であることに)思い当たる節があるということだと思うが」
「うっ………………だ、だけど、負けないっ!!見てて、きっと驚くからっ!」
デイドラの冷たい言葉に沈みかけるも、自分を鼓舞するようにがしっと拳を作ると、情熱の炎を燈した瞳を閉じて、力みはじめた。
デイドラはリズが目を瞑ったのを確認すると、力むリズの横を、音を立てず、通り抜けようとした。
が、唐突に眼前に現れた半透明な薄緑色の膜のようなものに阻まれ、思いがけず目を丸くしてたたらを踏んだ。
「ねっ、驚いたでしょ?」
目を開いてそれを見たリズは、デイドラが自分を置いて去ろうとしていたことなど露知らず、得意げに言った。
そのリズの背中から、一見すると蝶のような半透明の丸みを帯びた一対の羽が伸びていた。
羽は一定間隔で、放つ光を強めたり弱めたりしていて、その中を人魂のように青く淡い光の塊が幾つも律動している。
デイドラはそんな幻想的とも言える光景に瞳視し、無意識に手を伸ばしていた。
「ちょ、ちょっとぉ、くすぐったいよ~」
デイドラに羽を摘まれて、リズはくすぐったそうに身をよじらせる。
「……すまない」
それにはっとしてデイドラは我知らず伸ばしていた手を引っ込めた。
「感覚があるのか?」
「うんっ、あるよ。繋がっているようには見ないけれど、実は繋がっているんだよ」
と、リズが言う通り、羽は直接背から伸びているわけではなく、目に見えない糸で釣り下げられているように、背から少し離れたところで浮いている。
「精霊、なのか?」
デイドラは驚きを隠せない声音で言った。
精霊とは、神に最も近しいと言われる種族で、天変地異を引き起こせば、森に泉を作る。
その存在はお伽話に頻出し、英雄を数多く勝利に導いている。
そんな雲の上のような存在を、幼い頃に読み聞かされたお伽話で精霊の存在を知っていたデイドラは信じられないと思いながらも、その名を口にしていた。
「ぶぶー、惜しいけどハズレー」
と、そんなデイドラとは対極的に、寡黙だったデイドラが自ら疑問を口にするようになったことに見るからに気分をよくしたリズは、顔の前で両腕を交差させて×印を作ると、陽気な声で言って、言葉を続けた。
「私は精霊とヒューマンのハーフなのっ!」
リズは胸当ての上からでもわかるほどに標高の低い双丘を張って言うと、
「これは私の主神だけが知ってる秘密なんだよっ」
と、おどけた笑顔で付け加えた。
「…………そうか」
興味が醒めた――いや詳しく言えば、疑問が解消されたことで、彼を密かに駆り立てていた探究心が霧散し、静まった心で見れば、その真実が自分にとって取るに足らないことことだとわかり、興味が醒めた――デイドラは、リズを数瞬見詰めてから答えると、横を通り抜けようとした。
「もうちょっと驚いてよ!反応薄すぎるよっ!精霊だよっ!!お伽話によく出てくるあれだよっ!?」
だが、再び進路を阻むように立ちはだかったリズに足を止められる。
「それが、どうした」
そのリズに冷眼とともに容赦のない冷淡な言葉を放った。
「えっ?」
「お前が精霊のハーフだったとして俺に何の利益がある?」
「えっ、いや、その…………ち、力になれるよ?」
「力、か……………………」
デイドラはリズの言葉を反復するようにつぶやくと
「…………上」
とおもむろに言った。
「上…………?」
まるで脈絡のない言葉に小首を傾げるものの、リズは言葉の意味を汲み取って見上げた。
「わわぁっ!!」
見上げた天井に張り付いていたのは全長がデイドラほどもあるヤモリのモンスター『ダンジョン・リザード』。
リズが見上げたと同時に襲い掛かっていたが、リズとの間に突然現れた二つの白刃に自ら刺されにいくかのように串刺しになった。
へたれ込んで、膝上丈のフリルのスカートの中身を――レギンスを身につけているとは言え――無防備に曝すリズの前で、デイドラが頭上に突き出した二本の短刀にダンジョン・リザードは刺さっていた。
「注意散漫、反応速度の鈍さ、対応手段のつたなさ。どれをとっても冒険者とは思えない。お前は本当に冒険者なのか?」
腰を抜かしてへたれ込むリズを見下ろして、デイドラは問う。
「冒険者だよ、一応」
自分があられもない姿だとわかり、赤面しながら立ち上がると、取り繕うようにスカートについた埃を払って、答えた。
「なら、やめるべきだ。お前は致命的に冒険者に向いていない」
リズにデイドラはオブラートに包むことなく苦言を浴びせた。
「へぇっ?」
その言葉にリズは言葉を失い、茫然自失の態となった。
そんなリズを余所に、デイドラは切り払うように水平に短刀を振ってダンジョンリザードの遺骸から抜くと、今度は光芒を残すほどの速さで振り下ろし、血糊を払ってから左右の腰につけている鞘にそれぞれ収め、
「お前には、死ねば悲しむ者がいるだろう」
と、だけ言い残し、リズに背を向けて歩き出した。
「えっ…………あっ、ちょっと、何でまた置いていくの~」
リズはその言葉に我に返ると、いつかのようにあたふたとデイドラの後を追った――デイドラの口にした、まるで自分には命を落としても悲しんでくれる者がいないと言っているかのような言葉を頭に響かせながら。
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