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ミョッルニル

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5部分:第五章


第五章

「トールだ」
「アース神族のトール神ですね」
「そうだ」
 また堂々と答えるのだった。
「招きに応じてやって来た。主のゲイルレズはいるか」
「旦那様はまだです」
「!?おかしいですね」
 ここでシャールヴィは顔を曇らせたのだった。
「招いたというのに主が不在なんて」
「シャールヴィ」
 だがここでロキが彼に囁いてきた。
「ロキ様」
「今は静かに見ていることだ」
「静かにですか」
「そうだ。すぐにわかる」
 そして今度はこう言うのだった。
「すぐにな。今度は何があるのかな」
「じゃあゲイルレズはもう」
「おそらくな。しかもだ」
「しかも?」
「あ奴だけではないだろうな」
 館を見据えつつシャールヴィにまた囁いてみせた。
「巨人の兵士達も多くいるぞ。現にこの兵士は前にここで囚われていた時は見ていない」
「それじゃあやっぱり」
「またすぐに仕掛けて来る」
 語るその目が光っていた。
「必ずな」
「間違いなく、か」
「そうだ。だからトールよ」
 ロキはあからさまに警戒する目でトールを見つつ言葉を続けてみせる。あからさまかつ明らかに危険なものを察しているその目での言葉でだ。
「まだミョッルニルは出せないにしろ注意はしておくのだな」
「そうだな。ここは御前の言う通りにしよう」
「少なくとも御前には悪いことは言わないさ」
 さりげない言葉だったが真実の言葉だった。
「それはわかっておいてくれ」
「うむ。では行くぞ」
「はい」
 今度はシャールヴィがトールの言葉に頷いた。彼が先頭になりその後ろに二人の神が続く。この並びで門に行き挨拶をする。三人が案内されたのは山羊小屋だった。ロキは小屋に入り枯れ草の中に寝そべる山羊達を見つつ顔を顰めさせていた。小屋は非常に汚れ匂いもきつい。およそ客、しかも神々を案内するにはあまりにも失礼な場所であるのは明らかであった。彼が顔を顰めさせているのはだからである。
「まさかこんなところに案内するとはな
「?どうかしたのか」
 顔を顰めさせるロキに対してトールは平気なものであった。見ればシャールヴィもだ。
「ここが」
「何も感じないのか」
「いいことではないか」
 トールは平気な顔でロキに言葉を返すだけだった。あちこちが壊れている粗末な小屋の中にあっても至って平気な顔をしているのである。
「山羊小屋とは。気が利いている」
「気が利いている!?」
「山羊だぞ」
 首を傾げさせるロキに対して陽気な声をかけてみせた。
「有り難いではないか。違うか」
「!?ああ、そうか」
 ここでロキはようやく気付いたのだった。
「そうだったな。御前にとってはそうだ」
「山羊はいい」
 トールは満足そうに微笑んで言う。
「俺は山羊達の場所にいれば落ち着く。だから何の不安もない」
「そうだったな。御前はそうだな」
 ロキの顔も落ち着いたものになっていた・その顔でまたトールに述べる。
「山羊は御前の獣だからな」
「そういうことだ。さて」
 ここでトールは部屋の中央に椅子を見つけた。古い小屋の中にあるとは思えないかなり頑丈そうな大きな椅子であった。トールが乗るのに相応しいものであると言えた。
「少し休むとするか。少し疲れたしな」
「そうだな。ではシャールヴィ」
「はい」
 ここでロキはシャールヴィに声をかけた。彼もそれに応える。
「わし等も休むか。椅子を出すぞ」
「ありがとうございます」
 ロキは魔術で二つの椅子を出しシャールヴィと共に座った。二人が座るともうトールは既にその大きく頑丈な椅子に座っていた。しかしここで異変が起こったのだった。
「むっ、これは」
「奴等また」
 トールとロキは同じものを見てそれぞれ声をあげたのだった。
「仕掛けて来たか。だがこれはどういうことだ」
「ロキ様、これは一体」
 シャールヴィも同じものを見ていた。驚きを隠せない顔でロキに問う。
「どういうことですか!?魔術でしょうか」
「間違いない」
 ロキは今目の前で起こっているものを見つつ彼に答える。見ればトールが座っているその椅子が自然と宙にあがっていた。そしてそのまま天井に向かっていたのだ。
「奴等、このままトールを天井にぶつけて殺すつもりだな」
「まさかここでも仕掛けて来るなんて」
「やはりな」
 ここではシャールヴィとロキの差が出た。策略を苦手とするトールの従者と歴戦の策略家で神々きっての悪戯者である炎の神の差が。
「だがどうやって仕掛けているのだ」
「わかりませんか?」
「トール、まずは踏ん張れ」
 咄嗟にトールにこう伝えるのだった。
「今はな。いいな」
「うむ、わかった!」
 トールもそれに応える。そしてすんでのところで天井に両手をついた。それでまずは踏ん張り危機を脱したのであった。
 しかしまだ突き上げは来ている。トールはその自慢の怪力で踏ん張ってはいる。しかし危ないのもた事実で油断はできなかった。
 
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