ミョッルニル
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1部分:第一章
第一章
ミョッルニル
はじまりはいつものことであった。雷神トールは呆れたような顔で目の前にいるロキを見ていた。当のロキはその整った顔を悪びれずに平然とさせていた。
「またか」
「ああ、まただよ」
赤い髪に同じく赤い髭で顔中を覆った大柄な身体で逞しい両腕を組んでいる。そのトールに対して長身の優男で陰のある美男子のロキが述べているのだった。
「悪いか?」
「悪いに決まっている」
憮然とした顔でロキに答える。今二人はトールの館であるスルーズヴァンガルのトールの間にいた。そこで向かい合って話をしているのである。
「また巨人に捕まったとはな」
「連中もものの道理がわかっていない」
「御前が言うな」
トールはすぐにロキに言葉を返した。
「どうせ御前がその巨人の屋敷にでも入り込んで悪戯をしようとしたのだろう」
「わかるか?」
「いつものことだからな」
またトールは言う。
「わからない筈がない」
「それもそうだな」
「しかしだ」
ここでトールはまたロキに言ってきた。やはりトールは腕を組んだままでロキは悪びれた様子もない。そんな有様で話を続けていた。
「ゲイルレズだったか」
「うむ、そいつだ」
「そいつは言っていたのだな。俺に屋敷に来て欲しいと」
「そうだ、わしに対して言ったのだ」
ロキはその時のことをここではありのままトールに対して述べた。
「わしを三ヶ月の間飲まず食わずにさせてな。御前を呼んでくれと」
「三ヶ月か。暫く姿を見ないと思っていれば」
「死ぬかと思ったぞ」
ロキは真顔で述べた。ここではいささか芝居が入っている。
「わしが神でなければ死んでいた」
「一度死んで性根を入れ替えたらどうだ?」
トールの言葉も実に辛辣だった。
「いつもその様なことばかりしているから報いがあったのだ」
「やれやれ、手厳しいな」
「自業自得だ。それにしてもだ」
ここでトールは話を戻してきた。
「ただ呼ぶだけか?」
「いや、一つ条件を付け加えてきた」
ロキはトールにまた真顔で述べてきた。
「あんたはミョッルニルと力帯を持って来ては駄目だそうだ」
「何っ、その二つをか」
「ああ、そうなんだ」
そのことをトールに伝えたのだった。
「客として呼ぶからという理由でな」
「それは嘘ではないのか?」
「ああ、やっぱりわかるか」
「俺でもわかるぞ」
よく単純な神だと言われるトールだ。仲の悪いオーディンなぞはいつもこう言って馬鹿にしている。トールもこのことは自覚していてあえて言うのだった。
「どうせ俺を招き入れて殺すつもりだろうな」
「わかるか」
「だから俺でもわかる」
トールは答えた。憮然とした顔のままで。
「この程度のことはな。しかし客として招くのだな」
「一応はそう言っていたぞ」
ロキは述べた。
「あんたを恐れているな。しかしトールよ」
「何だ?」
「あんたは絶対にその申し出を受けるな」
このことをトールに対して確認するのだった。
「あんたの性格ならな」
「そうだな。それはな」
トールはこのことを否定しなかった。憮然としてであるがはっきりと頷いてみせたのだった。
「そのつもりだ。招きに応じるのが俺の性分だ」
「そうだよな。ましてや武器なしでも巨人の国に入ることができるな」
「俺を愚弄するのか?」
馬鹿だのそう言われることは平気だが勇気がないといった類の言葉には反発を覚えるトールだった。今のロキの言葉にはカチンときたのだった。
「そんなことはない」
「では行くな」
「絶対に行く。ミョッルニルと力帯をなしでな」
「本当にいいんだな、それで」
「俺はオーディンとは違う」
はっきりとオーディンの名前を出した。なお彼の妹のフリッグはオーディンの正妻だ。
「約束は絶対に守る。あんな男とは違う」
「よし、じゃあ話は決まりだな」
ロキはトールの話をここまで聞いて楽しそうに笑って述べた。
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