少年少女の戦極時代・アフター
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After23 嘆きを振り切り
月花はアームズをドラゴンフルーツからヒマワリに換装し、羽根が羽ばたくに任せて進んでいた。
――“ジュグロンデョ”は寄り添った者に勝利を与える存在だとフェムシンムたちは言った。
今だけはその習いに感謝した。
舞が光実のもとに戻る前に教えてくれた。
“あなたの翼が紘汰のいる場所を知ってる”
確かに“あの時”の“勝者”は紘汰だったが、まさかヒマワリフェザーにナビ機能まで付いているとは思わなかった。
今の月花は、自らの背中と足の3対の翼に任せるまま、紘汰のもとへ運ばれている状態だ。
どれくらい翔けただろう。
少しずつ、光の粒が視えてきた。
(あそこに紘汰くんがいる?)
応えるようにヒマワリフェザーは、今はまだ小さな光へと羽ばたいていく。
月花はヒマワリフェザーに加速をかけようとして、がくん、と停止させられた。
『え?』
ふり返った。月花の足を低級インベスが下から掴んでいた。
インベスは1体ではない上に、大中小と様々なサイズがあった。
共通しているのは、どのインベスも、まるで月花が地獄に垂らされた蜘蛛の糸のように、まとわりつき、放そうとしないことだ。
まとわりつくインベスはどれも凶暴だった。
ライドウェアを裂かれ、アームズを砕かれ、鋼鉄の花びらの羽根をむしられていく。
――ナゼ?
『え?』
――ドウシテ?
聞こえたのは確かに人語だった。
(まさか、ここにいるのって、全部オーバーマインド!?)
ワタシタチハ同ジナノニ
同ジ地球人ナノニ
外見ガ怪物ニナッタダケナノニ
ドウシテ、コンナコトニ、ナラナケレバ、イケナイノ
帰リタイ
帰シテ
地球ヘ
ワタシタチノ青イ星ヘ
それらは月花に群がるインベス――地球人たちの嘆きであり、恨みであり、哀願だった。
『あなた、たち』
想像してしまった。咲が何も知らずヘルヘイムの果実を食べ、インベスになって、故郷どころか地球からさえ連れ去られ、バケモノの姿で異星で生きろと言われたら。
『ごめんなさい』
――人間のままでいられて、ごめんなさい。
――地球で生きていける身の上で、ごめんなさい。
『ごめんなさい。それでも、あたしは――紘汰くんを助けに行くッッ!!』
月花はヒマワリフェザー三対を全て硬化した刃にし、群がるインベスを尽く斬り捨てた。
剥がれて無力化されたインベスもいれば、爆散して落ちていくインベスもいた。
自分の体に群がる敵を斬るのだから、当然、自身にもダメージはある。
(まだ生きてる。みんながくれたパワーがある限り、あたしは墜ちたりなんかしない)
羽根をもがれ、鎧を砕かれても、室井咲はまだそう信じることができた。
ボロボロの羽根を無理やり羽ばたかせ、月花はついに光の源へ辿り着いた。
ぼんやりとだが明るいその場所で、ヘルヘイムの植物の蔓を繭のように全身に巻きつけて眠る、紘汰のもとへ。
『紘汰くん――』
月花は、“はじまりの男”の姿をした紘汰に浮かび寄る。
紘汰の心臓の上には、地球でロード・デュークがバロンに使った、対インベスの矢が刺さっていた。
白いライドウェアが裂けた掌で、直接、紘汰の両頬に触れた。――温かい。
咲は変身を解いた。
ずっと憧れだった紘汰に最も近い蔓に、そっと手と頭を寄せてから。
唇を、紘汰のそれに寄せる。あと3センチで互いの唇が触れ合う。
だが、これ以上は近づかず、咲は紘汰の胸に刺さる矢を掴んだ。
「おはよう。紘汰くん」
矢を引き抜き、紘汰に向けるキモチを全て詰め込んだ言葉を、告げた。
紘汰を守るように抱え込んでいた蔓が、弾け飛んだ。
顔を上げる。
咲が見守る前で、葛葉紘汰はゆっくりと両の瞼を開いた。
咲に焦点を合わせた紘汰は、微笑み、胸板に置かれた咲の両手を上から包んだ。
「……ずっと視てたよ。舞とヘキサちゃんを通して。咲ちゃんがどんだけ頑張って俺たちのとこへ来てくれたか」
胸に身を寄せていた咲を、紘汰は柔らかく抱き寄せた。
「ありがとう」
咲もまた紘汰の背中に両腕を回した。
「逢いたかった」
「うん」
「逢いたかったの。ずっと。逢えないと、ずっと、紘汰くんとの思い出が全部さびしいままで終わっちゃうと思ったの」
「うん」
「でも、がんばった。がんばって、笑って、いろんな人と一緒に過ごしてきて。がんばったんだよ」
「うん。えらかったな」
互いに少し体を離し、抱き合ったまま向き合った。
紘汰のやわらかいオッドアイに映る咲は、泣き笑いだった。
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