山本太郎左衛門の話
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6部分:第六章
第六章
「化け物も意地悪なことをするわい」
腹は立たなかった。苦笑するだけであった。とりあえずは置いてあったぼた餅を食った。甘いものはあまり好きではないがとりあえずはこれで腹は満たした。
満足して居間に戻ると棚が開いていた。やはり覚えはない。
「またか」
そう呟き横になった。そして何が起こるか見守った。
棚の中には鼻紙が置かれている。不意にそれが何枚か舞い上がった。
「ほう」
そしてそれがひらひらと舞い飛ぶ。まるで蝶の様に宙を舞っていた。
それが暫く続いた。やがて全て床に落ちて動かなくなった。
「終わりか」
平太郎はそれを見届けると用心したままそこで寝入った。壁に背をもたれ刀を抱いたまま寝た。
次の日に昨日のことを話すと人々はやけがわからないといった顔をした。少なくとも狐狸や霊の仕業ではないだろうとは思ったがそれ以上はわからなかった。
「物の怪かのう」
それが一番有り得ることかと思われた。だが確証はない。
やはり話はまとまらず夕暮れになると皆帰った。そして平太郎はやはり一人で妖怪を待つのであった。
「これで五日目か」
今日も出て来るだろうと思っていた。何やらそう感じるものがある。問題は何が来るか、何が起こるか、であった。
その途端に来た。木履が食事をしている平太郎のところに飛び込んで来たのだ。
「早いな」
そう思ったらそれが自然に歩き出した。まるで妖術の様であった。
「ほう、これはこうれは」
食事を食べ終えそれを見る。面白いので酒を出してきて飲みながら見物した。
木履はやがてそのまま歩いて何処かへ去った。これまでのことからこれで終わりだとは思わなかった。
「次の余興は何じゃ」
彼は酒を飲みながら今ここにいるであろう何者かに問うた。
「もっと面白い余興がいいぞ」
すると今度は大きな石が部屋に来た。のっそり、のっそりとした動きである。
「ふむ」
見ればその石は無数の足が生えていた。その足は何と人間の指であった。しかもその関節の部分に目まであった。
「これは面白い。普通の石でないとは」
石は平太郎の側に来たかと思うとすぐに離れた。まるで蟹の様な動きである。
石は苔の匂いを撒き散らしながら部屋中をカサコソと動き出した。ついさっきまではゆっくりとした動きであったのにかなり速くなっている。
「どうやら物の怪も話がわかるようじゃな」
彼は酒を口にしながら言った。
「よいぞよいぞ、どんどん来るがいい。そしてわしを楽しませてくれ」
雷が落ちた様な音がして部屋が明るくなる。そして地震が起こった様に揺れる。だが平太郎はそれを楽しみつつ酒を飲んだ。もう彼にとっては慣れたこととなりつつあった。
次の日は中々来なかった。酒も飲み干してしまい少し寂しくなった。
「今日は誰じゃ!?」
問うてみた。やはり答えはない。そもそも答えなぞ期待してはいなかったが反応がないのはやはり寂しい。
終わったとは思わなかった。とりあえず様子を探った。
「ふむう」
気配はない。とりあえず休もうとしたその時であった。
不意に何かが壊れる音がした。庭の方だ。
「あっちか」
そこには壁はない。竹の柵である。これは朝顔を絡み付かせる為であった。
「何が来たか」
平太郎は玄関に向かいながらそう考えていた。恐怖はなかった。何故か期待があった。
庭に来るとそこは真っ暗闇であった。何もなかった。
「音だけか」
しかしそれは早合点であった。立ち去ろうとした彼の首筋に生暖かい風が吹いてきた。
「来たか」
後ろを振り向く。やはりそこにいた。
それは巨大な醜い老婆の顔であった。大きさは二畳程であろうか。その顔は平太郎を見てニヤニヤと無気味な笑みを浮かべていた。
「大首か」
彼はその妖怪の名を知っていた。とりあえず聞いているのは髪に触れてはいけないということだ。話によると髪に触れると病になるという。
「さて」
見たところここにいるだけで害はない。だが鬱陶しくて仕方がない。
「退くがいい」
彼は小柄を出してそれで眉間を突いた。だがそれでも大首はニタニタと笑っていた。やはりあやかしだけあってこれ位では何ともないようだ。
「どうしたものか」
彼は考えたがどうにもならない。刀で突いても結果は同じだと読めていた。
ならば何をしても仕方がない。小柄はそのままに寝室に帰った。そしてやはり壁を背にして眠った。
「少しは寝転がって休みたいのう」
そう思っても相手は化け物である。用心にこしたことはない。彼は用心の為にそうして眠った。とりあえずは今夜は少しでも多く眠れそうなのが救いであった。
朝になった。目を醒ました彼は昨夜大首がいた場所に向かった。やはり大首は消えていた。
そのかわりに小柄が宙に浮いていた。彼が前に来るとポトリと落ちた。
「昨夜の物の怪の忘れ物かのう」
彼は小柄を手にして笑った。そしてそれを鞘に収めると家の中に戻った。
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