魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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空白期 中学編 27 「とある騎士の想い」
今日あたしはアースラを訪れている。これといって任務は入っていないのだが、1日でも訓練を怠れば勘が鈍ってしまう。そのため訓練室を使わせてもらいに来たのだ。
地球のほうでやるのは何ていうか気が引けるからな。
まあシグナムがやってるみてぇに木刀とかでやる分には問題ねぇんだろうけど、あたしが木刀振ってもあんま意味ねぇしな。騎士ではあるけど剣は使わねぇし。
「いまさら頼んだあたしから言うのもなんだけどよ、本当に今日良かったのか?」
「都合が悪かったら付き合ってないさ」
あたしの問いに返事をしてきたのは、あたしの中でも最も付き合いのある人物ショウだ。出会った頃はそこまで身長は変わらなかったのに、今ではすっかり見上げなければならない。
「ん、どうかしたか?」
「いや別に……何でもねぇよ」
何でもないと言ったが、それなりに付き合いがあるせいか内心を読まれたらしく、ショウはあたしの頭を優しく何度か叩いてきた。
見た目はこちらのほうが下ではあるが、子供扱いされるのは少々癪に障る。とはいえ、はやてと同様に昔からショウとはこんな関係だったりする。
任務がない時は一緒にアイスを食べに行ったことだって何度もあるし、まあ人前でなければ子供扱いというか妹のように扱われるのも悪くねぇかな。
そんなことを考えているうちに訓練室に到着する。前もって使わせてもらう時間帯を伝えていたおかげか、訓練室には誰もいなかった。
「さっそく始めても構わねぇか?」
「ああ」
あたしはグラーフアイゼンを起動して騎士服を纏う。室内の奥のほうに進み、ある程度距離が出来たところで振り返った。
……何か話してやがんな。
ショウの相棒であり、リインの姉貴分のデバイスであるファラこと、ファントムブラスター・ブレイブが肩を落としている。人間らしいデバイスだけにあれでは訓練に支障が出るのではないかと考えた矢先、あることが脳裏を過ぎった。
そういやここに来る前に何か言ってやがったな。確か……リインに昔のファラのほうが良いって言われたんだっけ。まあ最近のあいつはセイバーみてぇに堅苦しい感じだったからな。気持ちとしては分からなくもねぇ。
だがあたしもリインの姉としてちゃんと振る舞おうって気持ちがある。ファラだってちゃんとしようとしてあんな感じになってたわけだから悪いとは言えねぇ。とはいえ、相手によって距離感や話し方が違ってくるのは仕方ねぇことだ。自力でどうにかしてもらうしかねぇよな。
「おい、大丈夫なのかよ?」
「ふふふ、大丈夫だよ。結構ストレスでもあったし、もう堅苦しいのはやめることにしたから」
「お、おぉそうか……」
ファラって確かデバイスだよな……何であんな怖い笑顔が出来るんだ。そのへんの人間よりもずっと人間らしく思えてきたんだが。
などと思っているうちにショウはファラを起動し、黒のバリアジャケットを纏う。手には漆黒に輝く長剣化したファラが握られている。
黒衣の魔導師……いや、ショウのスタイルからして魔導剣士って言うほうが合ってるか。まあベルカの魔法も使えるわけだから、はやてみてぇに魔導騎士でも良い気もすっけど。
ショウと初めて戦闘を行ったのはあの事件のとき。お互いに願いは同じでも刃を交えることになってしまった。事件の終盤にあたしはショウに悪魔といった言葉を使ってしまい、関係は崩れてしまうかとも思った時期もある。
だが……現実はこうして気軽に会話して偶に一緒に訓練したり買い物に行ったりしている。あたしにとってかけがえのない絆は今でも存在しているのだ。この絆はこの先もずっと……。
――なんて考えてる場合じゃねぇよな。
今のショウは過去のショウとは違う。天才でもなく何か飛び抜けたものを持っているわけでもねぇが、色んな奴にコツとかを教わって魔法全体の熟練度を高めてきた奴だ。それは技術者としての道を進み始めてからも変わらない。
「…………」
ショウは剣を下段で構えて緩く立っている。初撃は下方向からの弱攻撃……と読めるが、今回は別に近接戦闘オンリーの模擬戦じゃねぇ。魔力弾をぶっ放してくる可能性は充分にある。
ったく……ある意味なのはやフェイト、シグナム達とやるより厄介な相手だぜ。あいつらは自分の長所を活かしたスタイルで戦うから予想もしやすいが、ショウは近距離から遠距離までこなしやがる。
本来、一般の魔導師相手で近接戦ならベルカの騎士であるあたしに軍配が上がる。だがショウはシグナムとまともにやりあえるほどの剣の達人だ。ベルカ式の魔法も使えるため、近接戦でも有利に立つのは難しい。
またあたしは射撃戦も出来なくはねぇけど、魔法体系的にベルカよりミッド式のほうが有利だ。つまり、保有魔力量くらいしか有利に立てていないことになる。
だからといって長期戦に持ち込むのも趣味じゃねぇ……何とか懐に潜り込んでデケェ一撃を叩き込んでやる。まずは
「行くぜ!」
鉄球を4発設置し、それをアイゼンで強打して撃ち出す。あたしの中距離誘導型射撃魔法《シュワルベフリーゲン》だ。
上下左右から襲い掛かり、中央に集まるように着弾しようとした矢先、ショウの姿が一気に大きくなる。今日までのトレーニングで鍛えられた身体能力に魔法による身体強化を行っての踏み込み、そこにフェイト仕込みの超高速魔法を合わせてきたのだろう。特化した魔法は持ってねぇが、こんな風に組み合わせられると非常に厄介だ。
「シッ……」
全く力感を感じさせないが強烈な威力を感じさせる魔力を帯びた斬撃が向かってくる。だけどこの展開はあたしの予想通りだ。
――一撃の重みなら負けねぇんだよ!
アイゼンを下方から一気に振り抜くと、漆黒の長剣と激突し火花と轟音を撒き散らす。あちらの剣は片手用にしては重たいが、こっちのアイゼンだってハンマー型のデバイスだ。それにこっちは両手で振ってんだから押し負けるようなことはねぇ。
その証拠にあたしはアイゼンを完全に振り抜くことに成功し、ファラを空高く打ち上げた。
剣が無くなれば近接戦闘はこちらが有利になる。この隙を逃すつもりはねぇ、と思いながら素早く体勢を整えアイゼンを再度振る――
「なっ……!?」
――その直前、ショウは回避行動ではなく腰を落として距離を測るように右手を前に出していた。腰あたりに据えられた左手には魔力が集約されている。
やべっ、誘い込まれた。
冷静に考えれば、先ほどくらいの衝突でファラを弾き飛ばせるわけがない。ショウがわざと弾き飛ばされたように振る舞ったのだ。追撃を行うであろうあたしに攻撃を行うために。
「せあ!」
気合の声と共に漆黒の突きがあたしの胴体目掛けて放たれる。アルフやザフィーラといった格闘を行う人物から訓練を受けていただけに付け焼刃の一撃じゃない。
回避やアイゼンを使った防御は間に合わない。そのためあたしは反射的に胴付近に防御魔法を展開する。間一髪のタイミングで割り込ませることに成功したが、スピードを優先したため強度が低くヒビが入ってしまう。
ショウは元から今の一撃が決まるとは思っていなかったのか、素早く回転すると3連続の蹴りを放ってきた。2撃目で防御魔法が壊れてしまい、懐ががら空きになる。そこに3撃目が見事にヒットし、あたしは後方に吹き飛ばされた。
「こ……のやろう!」
思いっきり蹴り入れやがって、と文句を言う暇はなかった。落下してきたファラを掴んだショウがすでに追撃を仕掛けてきていたからだ。
刀身に纏っていた漆黒の魔力が弾けて灼熱の炎と化す。確か体術と剣術の合わせ技《メテオフォール》だったか。即座にあたしはアイゼンを両手で持って受け止める。
「――ちっ」
思わず舌打ちが出るほど馬鹿げた重さを感じさせる一撃だ。片手でこの重さだとすれば、両手で振ればいったいどれほどのものになるのだろうか。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃねぇ。
あたしはあえて受けきることをやめ、体を回転させながら徐々に受け流す。この場から通り過ぎようとするショウに、先ほどのお返しと言わんばかりに背中目掛けてアイゼンを振った。だがショウは即座に地面を蹴って空中で前回転すると、アイゼンの一撃をファラで受け止めやがった。
「け……今のくらい喰らっとけよな」
「お前の一撃は重いんだ。そう易々ともらうわけにはいかないだろ」
一撃の重さを評価してもらえるというのは嬉しいことではあるが、直撃をもらってくれないのにはストレスが溜まる。今のように防御魔法ではなく剣で防がれればなおさら。
「そうかよ。けどあんまし直接防いでるとバキって折れちまうかもしれないぜ」
「おいおい、こいつは俺と一緒にあらゆるテストを行ってるんだ。云わば最先端の技術の結晶、そう易々と壊れたりはしないさ」
確かにファラは最先端のデバイスだろう。だが最先端の技術が全てにおいて優れているわけじゃない。
ショウ達がやっているのはまだ確立されていない技術……テスト段階のものがほとんどだ。強度といった部分はそこまでないだろうが、カートリッジシステムといったものに関してはあたし達が使っているものよりも危険があるかもしれない。
けど誰かがやらないといけないことだろうし、ショウ達が自分から選んだ道……ショウ達の戦いなんだ。ならあたしがどうこう言うことじゃねぇ。
何より……ショウには覚悟がある。
なのはが墜ちた時、ショウは自分自身を責めていた。なのはが弱音を吐いたことがあったのに、エースでもそういうこと言うんだなとプレッシャーを与えるようなことを言ってしまったと。
誰もなのはを止めることができなかったのが現実なだけにショウを責める人間はいなかった。
けどショウは、今では何事もないように振る舞っているが……きっと心の中ではずっと責任のようなものを感じてるはず。
だってあたしも……あの日、なのはを守れなかったことを後悔している。だけど過去は変えることができない。だから……絶対同じことは繰り返させはしねぇ。あいつのことはあたしが守るんだ。
あたしと似た想いをショウも持ってるに違いない。だってなのはが墜ちてすぐ……あたしは聞いてしまったんだ。
『何で……何でいつも守れないんだ。……父さん達の時も……プレシアの時も……リインフォースの時も。…………今回はあのときちゃんとあいつの気持ちを考えていたなら止められたはずなんだ。どうしていつも俺は……』
あたしが覗き込んだ時、ショウははやてに抱き締められてた。でも声からしてきっと泣いてたと思う。これを知っているのは、おそらくあたしとショウの傍に居たはやてだけのはずだ。
ショウがテストマスターや技術者としてデバイスの進化に貢献し、それによってみんなを助けようとすること。戦場に赴く仕事をしているわけでもないのに、今でもずっと魔導師としての訓練を続けているのはそれが関係している。
ショウは……あたしにとって大切な奴なんだ。愛想が悪いときもあるけど優しくて、どんなことがあっても目を背けずに前に進もうとする凄い奴なんだ。泣いてる姿は見たくねぇ……だからもっともっと強くなる。大切な奴らを守れるくらいに強く……。
「そうかよ、けどあたしとアイゼンの一撃は強烈だかんな。油断したら知らねぇぞ」
「お前を含めて油断できる相手は俺の身近にはいないだろ。凡人の俺は常に全力じゃないとすぐにやられる」
「ベルカの騎士と渡り合える奴のどこが凡人だよ」
と言ったものの本当は分かってる。習得している魔法のランクで言えば、ショウはあたしらよりも劣っている。そういう点で自分のことを凡人だと称するのも理解している。
けどショウは強い。
今までに才能という言葉を使うことはあっても、それを逃げ道に使ったことはなかった。地道にコツコツと訓練を重ねて今の強さを手に入れたんだ。もしもショウの強さを……努力を軽んじるような奴が居たらあたしは許さねぇ。
「あんましそんなこと言ってると恨み買うぞ」
「身近にエース級がたくさんいれば言いたくもなるさ」
「ならお前もそれくらいの魔導師になればいいじゃねぇか」
「無理難題を言ってくれるな。というか、俺は技術者なんだが?」
「お前なら魔導師としても充分通用すると思うけどな。つうか、今でもそれだけの力量があんだ。使わないのは宝の持ち腐れだろ……ま、あたしらのほうが上だから別に問題ねぇけどな。……んじゃ、そろそろ行くぜ!」
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