美しき異形達
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第四十八話 薊の師その一
美しき異形達
第四十八話 薊の師
薊達は朝早く孤児院を出た、まだ七時にもなっていない。
まだ日の光は淡く暑くはない、潮風の香りはするが。
その潮風の香り漂う朝の中でだ、薊は一行を街中に案内していた。そこは住宅街だった。
その中を歩きつつだ、裕香は薊に尋ねた。
「この近くなのね」
「ああ、学校の前にあるんだよ」
そこが薊の師匠のいる場所だというのだ。
「お師匠さんのお家はな」
「そこが道場なのね」
「道場もあるけれど」
「他にもなの」
「ああ、お師匠さん老師とも呼ぶ時あるけれどさ」
ここは中国風だった。
「あの人本職は散髪屋さんなんだよ」
「そうなの」
「元々華僑でさ」
中国から来た人だ、世界中にいるが東南アジアでは最も多い。
「散髪が出来るから日本に移住出来たらしいんだよ」
「ご先祖様が?」
「ああ、何かな」
ここで薊が言うことはというと。
「昔中国から日本への移民って特別な技術が必要だったらしいんだよ」
「散髪とか」
「あと料理とかな」
「それでその人のご先祖様は散髪が出来て」
「それで代々お店やってるんだよ」
「そうなのね」
「それで本職は、なんだよ」
散髪屋だというのだ。
「息子さんは横須賀中央の商店街で結構大きなヘアーサロンやってるよ」
「散髪屋さんじゃなくて」
「ヘアーサロンなんだよ」
こちらだというのだ。
「もうな、あともうお師匠さん日本国籍だから」
「日本人なのね」
「そうなんだよ、王さんと一緒でさ」
王貞治である、福岡ソフトバンクホークスの監督を務めていた現役時代は八百六十八本のホームランを打った大選手だった、今はホークスのゼネラルマネージャーとしてフロントにおりその手腕を発揮している。
「国籍はもうこっちだよ」
「ああ、王さんね」
「あの人も華僑出身だしな」
「そういえばそうなのよね」
向日葵も王さんの話に入って来た。
「あの人ルーツは中国なのよね」
「台湾だったよな、最初の国籍」
「中華民国よ」
「だったよな」
「ずっと国籍はあっちだったのよ、あの人も」
「なんだよな、実は」
「日本刀で素振りしてたけれどね」
荒川コーチとの一本足打法の特訓だ、ここから不世出のバッターになったのだ。
「あの人台湾の人だったのよね」
「そうそう、ただな」
「ただ?」
「あたし王さんにはさ」
薊はここえこうも言ったのだった。
「嫌いじゃないけれどいい記憶ないな」
「あれっ、ソフトバンクの監督なのに」
「何か交流戦横浜ホークスに負けまくってるからな」
だからだというのだ。
「あまりな」
「いい記憶ないのね」
「何か。本当に冴えないな」
薊は歩きつつ腕を組んでぼやくのだった。
「ベイスターズは」
「クライマックス出たのは」
「ないよ」
一言での返答だった。
「何それって世界だよ」
「辛いわね」
「ったくよ、今度の優勝は何時だよ」
こうも言う薊だった。
「昨日も負けたしな」
「阪神にね」
菊はこのことを上機嫌で言った。
「いや、サヨナラよかったわね」
「逆転サヨナラホームランか」
薊は朝からぼやいていた、それが顔にも出ている。
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