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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~

作者:月神
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空白期 中学編 26 「深夜の贈り物」

「…………ん?」

 不意に聞こえた扉を叩く音に俺は意識を向けられた。返事をすると静かに扉が開き、眠そうに目元を擦るディアーチェが入ってくる。

「どうかしたか?」
「どうかしたって……もう0時を回っておるのだぞ」
「え……?」

 時間を確認してみると、確かに0時を回ったところだった。自分の部屋に篭ったのが21時過ぎだったので3時間ほど研究のことに熱中していたことになる。

「あぁもうこんな時間か」
「気づいておらんかったのか……貴様までレーネ殿のようになれるのは困るぞ」
「それは問題ない」

 あの人のレベルはもはや異常と呼べるものだからだ。数時間くらいの集中ならできるが、さすがに2桁になってくると難しいだろう。徹夜も1日くらいはできないことはないだろうが、間違いなくやることが終われば死んだように眠るだろう。

「なら良いが……明日が休みだからといってあまり夜更かしするでないぞ」
「ああ、もう少ししたら寝るよ」
「うむ……では我は寝るからな」

 そう言ってディアーチェは小さなあくびを漏らしながら俺の部屋から出て行った。明日が休みなので別に昼まで寝たとしても問題はない。別に俺のことを気にする必要はなかったのだが、相変わらず面倒見が良い奴だ。

「……何だか急に疲れてきたな」

 集中が切れたことで一気に疲労が来たのだろうか。ディアーチェにもう少しと言ったが、今の頭で考えても良いものは浮かんでこない気がする。またこのままベッドに入れば心地良く寝られそうだ。この案を実行するのがベストかもしれない。
 そう思った俺は手早く片付けを済ませると部屋の電気を消してベッドの中に入り込んだ。この眠気ならば5分もせずに意識を手放すことができそうだ。

「………………ん?」

 意識を手放したと思った直後、かすかな振動音が聞こえ覚醒する。振動するものなんて今の俺の部屋にはケータイくらいしかない。振動している時間からしてメールではなく電話と思われる。
 ――こんな夜中にいったい誰なんだ?
 気持ちよく寝れそうだっただけに負の感情が芽生えてしまう。とはいえ、夜中に電話してくるあたりよほどの急用なのだろう。
 ケータイを手に取ると画面には『シュテル・スタークス』と表示されている。義母さんが当分帰れそうにないといった電話かと思ったが、シュテルということは違うだろう。
 俺の記憶が正しければ、明日何かしらのテストを行う予定はなかったはずだ。シュテルは接する時はあれだが、この時間に電話してくるような真似はしない奴だ。急遽予定を繰り上げることにでもなったのだろうか。

「もしもし」
『……こんな夜分遅くにすみません。起こしてしまいましたか?』
「いや、ちょうど寝ようとベッドに入るところだったよ」

 実際は違うのだが、聞こえてきたシュテルの声には申し訳なさや罪悪感が感じられただけに、ここで本当のことを言うのは悪手だろう。

『そうですか……それはすみませんでした。では良い夢を』
「良い夢をって、何か用事があったから電話してきたんじゃないのか?」
『それはそうですが……私用で掛けただけなので。あと1コールして出なければもういいとも思っていましたし気にしないでください』

 0時過ぎに私用で電話してくるような奴じゃないって分かってるだけに逆に気になるんだが。

「私用でも何でもいいからとりあえず言ってみろよ。このままじゃ逆に気になって寝れん」
『……分かりました。……今から会えませんか?』
「は?」

 思わず口に出てしまった。でも仕方がないだろう。シュテルは昔のように俺の家に住んでいるわけでもないし、なのは達の家に泊まっているわけでもない。魔法世界に居ると考えると、会うにしてもそれなりの時間が掛かってしまう。

『すみません、このような時間なのに不躾なことを言ってしまって。今のは忘れてください』
「いやだから待てって。今お前どこにいるんだ?」
『それは……』

 シュテルの口にした場所は魔法世界ではなく、ここから歩いて10分ほどの場所にある小さな公園だった。カーテンを開けて外を見てみると、夕方まで降っていた雪はすっかり姿を消して月が顔を出している。この明るさならば懐中電灯の類は必要なさそうだ。

「シュテル、今からそっちに行くから待ってろ」

 返事がきたのを確認した俺はすかさず電話を切って着替えを始める。
 まったく……こんな夜中に電話してくるくらいなら直接ここに来ればいいだろうに。何で風除けもない公園なんかにいるんだ。今はまだ2月なんだぞ。
 寒空の下で待っていると考えるだけで急がなければならないという気持ちが溢れてくる。ディアーチェに一言声を掛けようかとも思ったが、先ほどの様子からして今はすでに夢の中だろう。静かに外に出た俺は玄関の鍵を閉めると、シュテルの待つ公園に向かって走り始めた。

「さむ……」

 口から出る息は白く、肌に触れる冷気は刺すような刺激を与えてくる。また時間帯が時間帯だけに一部の大人に見つかればややこしいことになるだろう。下手をすれば学校生活に支障が出るかもしれない。
 だが今の俺は魔法世界で生きることを決めている。多少学校生活に支障が出たとしても構いはしない。移り住む時期が早まれば友人達には何か言われるかもしれないが、学校よりもシュテルのほうが大切なのだ。
 接していて面倒に思えることもあるが、あいつはいつも俺の味方で居てくれた。挫けそうになったときは支えてくれた。間違った道を選ぼうとしたときは本気で怒ってくれた。俺にとってあいつは……大切なパートナーなんだ。
 そんな奴が夜中に会いたいと言ってきたのだ。無下にするわけにはいかないだろう。
 それに普段感情を表に出すことが少ないだけに、もしかすると深刻な悩みがあったのかもしれない。そのことに気づいてやれてなかったとすれば、俺はパートナー失格だ。けれどこうして電話してきたということは頼ってくれているということだ。何かしらの力になってやらなければ本当にパートナー失格になる。

「はぁ……はぁ……」

 ろくなウォーミングなしで寒空の下を走ってきたせいか、大した距離を走ったわけでもないのに息が上がってしまった。まあここに来るまで肉離れのような症状は起きなかったこと、何より誰にも会わなかったことは幸福だろう。
 公園の中に入り進んでいくと、中央にある小さな噴水のところにひとつの影があった。淡い赤色のマフラーに白いコート、茶色のスカートにブーツとオシャレな格好をしている人物の顔は、俺の知るシュテルのものに間違いない。
 いつもならばあちらも俺の存在に気づきそうな距離ではあったのだが、考え事でもしているのかこちらに意識を向けようとはしない。
 歩いて近づいていくとようやくこちらに顔を向けてきた。それと同時に俺はある違和感を覚えたが、すぐにその正体に気が付く。

「こんばんわ、急な呼び出しに応じてもらって感謝しています」
「そこまで言われることでもないと思うんだが……眼鏡はどうした?」
「あぁ気にしないでください。今日はなくてもあなたの顔が良く見えますから」

 まあ見えるだろうな……いつもより距離を縮めて話してるわけだから。
 つまり今のシュテルは普段の距離ならば俺の顔が良く見えてないということになる。何で眼鏡を掛けてこなかったんだと言いたくもなる。が、聞いている話では多少悪いだけとのことなので、眼鏡がなくても問題がないといえばないのだろう。

「それで俺に何の用なんだ?」
「それはですね……あなたにこれを渡したかっただけなんです」

 シュテルが差し出してきたのは緑色の紙で綺麗に包装された拳大ほどの何かだった。このへんでは見たことがないものだけに、おそらく彼女が自分で作ったものと思われる。

「ん? 俺、お前に何かしたか?」
「ふふ、やれやれですね。今日が何の日かお忘れですか?」
「今日? 今日は……あ」

 今日は2月13日、いやすでに0時を回っているので2月14日だ。この日は世間で言うところのバレンタイン。それを考えると、シュテルが渡そうとしているものはチョコレートということになる。

「チョコレートか?」
「はい。日頃の感謝の気持ちを込めて……受け取ってもらえますか?」
「それはまあ……断る理由もないし」

 正直な話、俺は毎年のように異性からチョコレートはもらっている。なのは達からは今シュテルが言ったように日頃の感謝云々という意味合いで、はやてはそこに女の意地を掛けた勝負のような感情が混じってきたりするのだが、まあそこは置いておくことにする。それにしても

「別にこんな時間に渡さなくてもよかったんじゃないか?」
「あなたは毎年のように他の方からもチョコをもらいますからね。誰よりも先に渡しておきたかったんです」
「え……」

 ま、待て……それはつまり…………そういうことなのか?
 と思った矢先、シュテルが口元が緩む。それを隠すように手を当てながら彼女は話し始める。

「ふふ、冗談ですよ。本気にしないでください」
「――っ、お前な……いや、お前相手に勘違いした俺が悪いか」
「その言い方は何だか癪に触りますね。ちなみに何故このような時間に渡そうとしたのかというと、実は今日1日予定が入ってましてこの時間じゃないと渡せそうになかったからです」
「あのな……だったら後日でもいいだろ」

 今からあっちに戻って朝から仕事だとすると相当ハードな1日になるぞ。お前はいつからそんなにバカになったんだ。

「後日ではいけません。バレンタインにチョコを渡さなければ、ホワイトデーにお返しがもらえないではないですか」
「いやいや、14日以降に渡されたとしてもバレンタインのチョコだって言えばお返しはやるから。ホワイトデー前日とかだとさすがに保障できないというか、バレンタインのチョコじゃないだろって話になるが」
「そんな話は聞いていません。私の睡眠時間を返してください」

 聞かれてもないし、別に初めてのバレンタインでもないんだから言わなくても分かるだろ。俺に八つ当たりをするな。というか、状況的に俺が八つ当たりする立場だろ。睡眠時間を奪われたのは俺のほうなんだから。
 そのような感じに言い返そうとした瞬間、シュテルの顔はどこか曇っているように見えた。笑っているようにも見えるのだが、感じれるものは寂しさのようなものに近い。

「シュテル?」
「……いえ何でもありません。ただ……最近ふと思うんですよ。私もディアーチェのような選択をしていたなら……あなたやなのは達と楽しい時間を今以上に過ごせていたんじゃないかと。ひとりで何かを黙々とするのは好きでしたし、得意だと思っていたのですが」

 いつからこんな風になってしまったんでしょうね。
 そんな風に感じ取れる表情をシュテルは俺に向けてきた。いったい俺はどのような反応をすればいいのだろう。
 シュテルの知能からすれば学校に編入することは充分に可能だろう。だがシュテルは技術者として何年も前から本格的に仕事をしている。仕事量を考えると学校に通うには厳しいのが現実だ。
 お前の人生なんだからお前の好きなように生きればいい。そう言えれば楽だ。けれどシュテルはすでに一人前として扱われ、彼女も途中で投げ出すような性格はしていない。俺がここで何か言ったとしても、おそらく彼女が選ぶ道は変わらないだろう。

「すみません、このようなことを言っても困らせるだけですよね。今のは忘れてください」
「……お前がそういうならそうするよ。ただ……困ったこととかがあれば気軽に頼れよ。俺はお前のパートナーなんだから」
「それは新手の告白ですか?」
「お前な……」
「小粋なジョークですよ。あなたの今の言葉、とても嬉しかったです。……ショウ、あなたをパートナーに持てて私は幸せです」

 月明かりに照らされるシュテルの穏やかな笑みは、とても幻想的で綺麗だった。
 それに普段が普段なだけに今のように率直に気持ちを言われると凄く恥ずかしくなってきてしまう。鏡がないので確認はできないが、顔が赤くなっている可能性が高い。
 と思った矢先、頬にひんやりとしたものが触れた。何事かと思ったが、シュテルが自分の手を俺の頬に添えてきたようだ。

「顔が赤くなってますよ。照れてるんですか?」
「寒いからだ……用が終わったんならもう帰れ。手もこんなに冷えてるし、朝には仕事があるんだろ」
「そうですね、これで風邪でも引いてしまったら皆さんにご迷惑を掛けてしまいますし……今日はありがとうございました。では……良い夢を」
「ああ……そっちもな」


 
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