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雷神の女装

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4部分:第四章


第四章

「結局のところはな」
「そうだな。ミョッルニルさえ戻れば」
 トールは言う。
「この宮殿にいる巨人共は一人残らずミョッルニルにより砕かれる」
「もうそのつもりなんだな」
「そうでなくて何なんだ」
 彼はきっぱりと言い切って見せた。廊下を進みながら。
「ミョッルニルは何の為にある?」
「巨人を倒す為だな」
「冠婚葬祭の清めの為でもあるがな。やはりそれだ」
「そうか。それじゃあ」
「機会があれば動くぞ」
 彼は言う。
「その時は動いていいな」
「その時には何も言わないさ」
 ロキもそれはいいとした。
「好きにやればいいさ」
「御前は何もしないのか」
「わしが動いたらかえって邪魔だろ?」
 ロキは笑ってトールに対して告げた。
「違うか?」
「まあそうだな」
 トールもそれは認めるのだった。彼は基本的に一人で戦う主義だ。だからそれはいいとしたのだ。
「それはな」
「そういうことだな。わしは頭脳労働に徹するとしよう」
「うむ。ではな」
 こうして役割も分担させいざ婚礼の場に挑む。婚礼の場は宮殿の大広間で行われそこには巨人族の名だたる王や英雄達が集まっていた。その中には言うまでもなく主賓であるスリムもいたのだった。彼は着飾りその場にいた。テーブルの上には山海の珍味や美酒がうず高く積まれていた。その御馳走や客達を前にしてスリムは如何にも好色そうな顔で二人に声をかけてきたのであった。
「おお、よく来られた」
「本当にフレイヤが来るとはな」
「まさかとは思ったが」
 彼等にとっては流石にそうなるとは思わないことだった。まさかフレイヤが来るとは思わなかったのだ。
「フレイヤの後ろにいるのは」
「やけに美人だが」
「侍女です」
 ロキはにこやかに笑って巨人達に答えた。
「フレイヤ様についてこちらに来ました」
「そうなのか」
「はい、ですから御安心下さい」
「ふむ、フレイヤもいいがな」
 彼等はロキの美貌にも惚れ惚れしていたのだった。やはり彼等も好色そうな笑みを浮かべてロキを見ていた。ロキの正体に気付くことなく。
「では早速祝宴としよう」
 スリムが一同に告げた。こうして二人も花嫁の席とその横につき祝宴となった。ここでトールが化けているフレイヤは驚くべき行動に出た。
 何と牡牛を一頭丸ごと、鮭八尾、それに蜜酒を三樽瞬く間にたいらげてしまったのだ。巨人といえどこれは驚くべきことだった。スリムも目を皿のようにさせて驚いていた。
「何ということだ」
 驚きは声にもはっきりと出ていた。
「わしはこんなに飲んで食った花嫁を見たことはないぞ」
(ふむ。この程度ならな)
 本来ならこれでばれるところだがロキは冷静だった。トールの大食と大酒はよく知っていたのでここは簡単に言い繕うのだった。
「フレイヤ様はですね」
「うむ、フレイヤは」
 スリムはロキの言葉を聞くのだった。既にここで彼の術中にはまっていた。
「貴方様を恋焦がれて八日の間殆ど何も召し上がっていなかったのです」
「わしにか」
「はい、そうです」
 そう述べると共ににこやかに笑ってしなを作ってみせる。好色な巨人達に合わせてのことだ。
「だからなのですよ」
「そうか。ではそれではな」
 スリムはその饒舌をすっかり信じ込んだ。そのうえ気までよくさせた。それで今度はとールのヴェールをあげて顔を覗き込もうとした。だがその瞬間に広大と言ってもいい広間の端まで引いたのであった。怯えきった顔と共に。
「どうした!?」
「何があった!」
「み、見よ!」
 スリムは腰を抜かしつつ驚愕の声でとールが化けているフレイヤを指差しつつ同胞達に告げた。
「花嫁の目を!」
「!?フレイヤの目をか」
「そうだ、まるで雷がほとぼしり出ているような」
(まあ当然だな)
 ロキは彼の言葉を聞いて至極当然のことと納得した。
(雷神なのだからな)
「どういうことなのだ」
「フレイヤ様はですね」
 ここでまたロキは言うのだった。スリムに対して。
「貴方様のことをお慕いして」
「わしをか」
 また同じ流れだった。だが彼はロキのその言葉を信じるのだった。
「そうです。八日の間まるで寝ておられないのです」
「左様であったか」
「ですから目がそうなるのも当然」
 こう言い繕うのだった。
「御安心を」
「わかった。それではな」
「はい、それでは」
「ではスリムよ」
「そろそろではないか?」
 巨人達がここでスリムに声をかけてきた。
「うむ、そうだな。祝言をな」
 スリムもそれに頷いた。
「では早速ミョッルニルをここへ」
「はい」
 スリムの家臣がそれに応える。
「それではその様に」
「うむ、頼むぞ」
 こうしてミョッルニルが持って来られた。それを見たとールの目の色が変わるがロキがそっと止めた。
 
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