雷神の女装
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2部分:第二章
第二章
「そんなことはな」
「しかし向こうは本当にフレイヤを差し出さなければ納得せんぞ」
ロキは真顔を装ってこう言うのだった。
「絶対にな」
「しかし。ミョッルニル自体を奪われている」
トールは難しい顔になってこのことを述べた。
「巨人共を素手で倒してやってもいいのだがな」
「ああ、それには及ばぬさ」
ロキはここで笑みを作って言ってみせた。
「そこまではな。することはない」
「そこまでというとロキ」
実はトールとロキは長い付き合いだ。一緒に旅をしたことも何度かある。案外馬の合う二人であるのだ。
「今回も何か知恵があるのだな」
「わしの頭が御前さんを困らせたことがあるかい?」
「あるではないか」
トールは嘘はつかない。だからここでもきっぱりと言い切った。
「何度も俺に悪戯をしてくれたな。女房の髪の毛を全部刈り取ったこともあったしな」
「ほんの出来心だ、忘れてくれ」
「まあいい。それでだ」
トールはまた言う。
「その策とは何なのだ?」
「うむ、向こうはフレイヤでなければ納得せぬ」
「そうだな」
これはよくわかる。トールもロキの言葉に身を乗り出して頷く。
「それだけは確かだ」
「だからだ。フレイヤを連れて行くのだよ」
「それはできないのだろう?」
トールはいぶかしむ顔でロキに言い返した。
「それは。俺と御前が連れて行けるものか?怒り狂ったフレイヤを」
「いや、無理だ。まあ話を聞け」
「うむ」
「フレイヤに化けていくのだよ」
「フレイヤに化ける」
「そう。つまりはだ」
ここでロキの顔が楽しげに笑う。そのうえでトールに対して言ってきた。
「トール、あんたがな」
「俺が?」
「フレイヤになるんだよ」
「俺がフレイヤに!?」
こう言われても何のことかわからない。最初は首を傾げるばかりだった。
「言っておくが俺は変身だのそうした術は心得ておらんぞ」
「だからだ。変身するのではないんだよ」
ロキはそれは断る。
「つまりだ」
「うむ、つまりは」
また身を乗り出してロキの話を聞く。
「トール、あんたがな」
「俺が」
「女装して行くのだよ」
「何だと・・・・・・!!」
それを聞いた瞬間だった。雷が激しく落ちた。しかも何十と。トールの館の内外に落ち轟音を轟かせたのであった。
「馬鹿なことを言え!」
その落雷の音に負けない大きさで怒鳴った。
「この俺が女装だと。ふざけるのも大概にしろ!」
「おいおい、わしはふざけてはいないぞ」
ロキもさる者である。彼もまた神の一人でありしかも悪戯を得意としてそれで何度もトールを怒らせているわけではない。こうした事態にも慣れている。それで平然としてトールを宥めつつ彼に言うのであった。
「これは策略なのだよ」
「策だというのか」
「そうだ。だからフレイヤでなければ駄目なのだ」
「うむ、それはな」
さっきから何度も話していることなのでこれはわかる。
「だからこそ御前さんが化けてだ」
「フレイヤに化けてだな」
「安心しろ、向こうはフレイヤの顔を知らない。いや、知っていてもヴェールで顔を隠すからわかりはしないさ」
「ヴェールでか」
「花嫁に化けるのだよ」
ロキはこう言う。
「これならばこちらの姿はわからないしそのうえ怪しまれない。どうだ?」
「そうだな。言われてみればな」
「そしてわしが侍女になってついて行こう」
ロキは同行することも言った。これは彼のトールへの友情めいた感情から来た言葉だがそれと共にこれから起こる楽しい出来事を是非側で見たいという気持ちも会ったからだ。こうしたところはやはりトリックスターであった。
「わしは女にも変われる」
「そうだったな。御前の変身はな」
彼は何でも姿を変えることができる。変身の術では神々随一なのだ。
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