井戸の中
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1部分:第一章
第一章
井戸の中
ブラックヴィレッジは古い街である。大陸西部の諸国家においてとりわけ古い街であり先の魔道大戦で崩壊した伝説の都エターデルの上に築かれた街である。
古いだけでなく栄えている。この街は西部で最も大きく重要な場所にある港街で様々な国の船が往来する。従ってその富も莫大なものがある。
長い歴史を持ち栄えている。それだけ聞けば結構なことである。だがだからといってこの街がいい街であるとは限らないのである。
様々な冒険者達がこの街に出入りする。中には柄の悪い者達もいる。そして港には海賊までいる。この街は大陸の大河の河口でもあり河賊まで来る。実に物騒な街でもあるのだ。
しかも統治者のアジード卿は得体の知れない苛烈な統治で知られる人物である。そんな街なので栄えていても周囲の評判は芳しいものではなかった。
とりわけ街の中で寝ている者が朝起きると急にいなくなりベッドにドブネズミの様な嫌な臭いを充満させているという事件が昔から起こっていることはである。誰もが聞いて気分を悪くさせるものがあった。
「街には何かがいるのではないか」
「盗賊にさらわれたのか」
この街では悪質な盗賊ギルドまで存在している。
「それとも地下に何かあるのか」
「街の下に」
その古の都エターデルのことである。大戦により完全に崩壊したその街のことである。
「あの街の廃墟から何か出て来ているのではないのか」
「だとしたらそれは一体」
噂が噂を呼びあまり芳しくない状況になろうとしていた。すると冒険者が出入りするこの街である。命知らずの彼等がその秘密を解こうと考えるのは自然の流れであった。
「アジード卿の宮殿の奥に廃墟に通じる秘密の地下道がある」
誰かが言った。
「そこに入ればいい」
そしてアジード卿に面会に出ると当然ながら無言で追い返された。
ならばと宮殿に忍び込もうとしたら即座に捕まりそうになりほうほうのていで逃げ出すことになった。命があっただけでも満足すべき話であった。
次はだ。
「下水道だ」
「下水道に地下の廃墟につながる道がある」
街のはじまりと共にある下水道に注目する者が出たのである。
「そこを辿れば」
「きっと辿り着く」
こうして何人も入ったが下水道には何もいなかった。精々鼠男や下水に潜む鰐や蛇、それと盗賊ギルドがいた位であった。
「下水道にもそんな奴等がいたのか」
「物騒な話だ」
「全くだ」
それはそれで憂慮すべき問題であったのでこう話されはした。しかしこれで話が終わってしまったのも紛れもない事実であった。
それで一体何処に謎があるのかというのがあらためて議論になった。アジード卿の宮殿ではなく下水道でもないとすれば。何処かであった。
「井戸だ」
不意に誰かが言った。
「誰も使っていない昔から涸れている。街の南の第二門の横の井戸だ」
そこが怪しいというのである。
「あの井戸からは腐臭がいつもする。絶対に何かがある」
こう言われるのである。自然とその井戸が注目されるようになった。
しかし、であった。
その井戸からの腐臭が物凄いものであった。耐えられないまでなのだ。
「動物が腐ったうえに糞尿をこれでもかと入れたような」
「耐えられない腐臭だ」
こう言ってだった。誰も井戸の中に入ろうとしなかった。
しかしであった。ここで。黒い東方のものと思われる装束を身にまとった小柄な男が出て来た。見れば中年のホビットであった。
「ひひひ、じゃあ俺に任せてくれよ」
黄色い顔に吊り上った目を持っている。そしてその頭は東方の島国風の髷である。彼の名はムキハ、この街に来たばかりの忍者であった。
「俺が行って中を確かめて来るからな」
「忍者が行くのか」88
「じゃあおあつらえ向きか?」
忍者という職業については皆知っていた。盗賊の技量を持ち独特の武器を使い驚異的な身体能力を誇る。そのうえ錬金術師の技量も併せ持っている。そうした職業である・
このムキハはその中でも大陸西部屈指の忍者であった。その彼が名乗り出てきたのである。
彼はまず名乗り出てから一同に問うた。
「報酬はあるんだろうな」
「ああアジード卿が出してくれるそうだ」
「十年は遊んで暮らせるだけな」
「ひひひ、じゃあ受けるぜ」
彼はそれを聞いて満足そうに頷いた。なお忍者は戒律が悪でなければなれはしない。そうした意味でも独特の存在であるのだ。
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