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とある緋弾のソードアート・ライブ

作者:常盤赤色
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第八話「色彩の崩壊を告げる悪魔の王」

1,







 上条当麻が目の前に現れた3メートル長の巨狼を相対するよりも前に、彼の首根っこを引っ張った人物がいた。

「ぐえっ!?」

 遠山キンジに引っ張られ首を絞められた鶏のような変な声を出した直後、上条が先ほどまでいた場所に、振りかぶられた小型の斧──といっても氷の巨狼から見たら小型というもので、上条と同じくらいの大きさがあるが──のような物が突き刺さる。小規模なクレーターができていたことから見て、突き刺さるというよりかは叩きつけられたと言った方がいいだろう。氷でできているが、形状は北アメリカのインディアンが使う斧、トマホークに似ていた。

「なんだ、こいつ!?」
「キーくん気をつけて!超能力(ステルス)の可能性がある!」

 白雪は刀を、他の者たちもそれぞれの武器を構えている。キンジも懐からベレッタを取り出した。

 突然の強襲。しかしキンジには心当たりがあった。製薬会社が雇った学園都市の能力者。目の前に立つ巨狼が、その能力者によって作られた可能性が武偵校の一同の頭をよぎる。

 獣人のような体型をとった氷の巨狼は、ゆっくりと振り向き、再度トマホークを構える。その標的は先ほどと同じ上条だ。

「──おい!来るぞ!」

 振り下ろされたトマホークは近くにいるキンジや中空知を巻き込むような勢いで放たれた。

 もう一度、近くにいた上条の首根っこを引っ張り避けようとしたキンジだったが、当の上条がキンジを庇うような形でトマホークの前に踊り出したのには、少なくとも()()()()()()()キンジでは反応できなかった。

「なっ!?」

 瞬時に巨大なトマホークに押し潰される少年という最悪の想像をしてしまう。あの威力だ。人などまるで粘土のように簡単に潰されてしまう。

 が、そんな最悪の予測をする必要は、無かった。

 「幻想殺し(イマジンブレーカー)」。上条の右手に宿るそれは、相対したものが、天使によって放たれた致死量の攻撃だろうと緋弾の力によって放たれた装甲を紙屑のように貫くレーザーだろうと、異能の力であれば全て無効化する。

 結果は単純なものだった。

 降りかぶられた右拳。常人の右腕など簡単に砕くはずの氷のトマホークが、右拳と接触した瞬間、弾け飛ぶ。

「なっ……」

 この場で上条の右手のことを知ってる人間はインデックスやオティヌス、浜面仕上だけである。それ以外の人間にはまるで、「上条の右拳が氷の斧を砕いた」ように見えたのだ。

 ジャンヌは氷の超能力者だ。実力はイ・ウーの中では最弱だったが、裏社会に関わる者としてはそれなりの実力者であることは自負していた。そんな彼女から見ても、あの氷は相当の強度を誇るものだと分かる。「銀氷の魔女」などと呼ばれている自分と同等の氷の超能力……いや、それ以上の可能性の方が高い。

 その氷を、まるで水風船に画鋲をさしたように弾け飛ばした上条にその場のほとんどが絶句していた。もちろんここは超能力開発の先進都市、学園都市だ。上条が何らかの能力を使ったという可能性も考えたが、それにしたって氷を弾け飛ばすなどデタラメだ。

「──むっ!!来るぞ!」

 しかし相手側にとって、それは想定内だったらしい。

 今度は左手に、瞬時に氷のトマホークが形作られ握られる。

 標的は先ほどと同じく上条。そのまま構えられた左腕は、上条が右手を突き出すより前に再び猛攻を開始する。

刃の切れ味は己へ向かう(ISICBI)

 ただし、自分の片腕に、だが。

「な、なんだ!?」

 目の前で繰り広げられる、ありえない、荒唐無稽な光景に唖然とするキリトたち。精霊や超能力というものにある程度精通している他の面々でも驚嘆とするものなので、彼らの衝撃は計り知れなかった。何せ、氷の巨狼などといった、ゲームでしか体験したことがなかった光景が、目の前の現実で繰り広げられているのだから。

両脚を平行に配置し重心を崩せ(MBFPADCOG)

 そんな彼らを置いてく形で、場面はどんどん進んでいく。標的をインデックスに変更した氷の巨狼は、インデックスに手を伸ばそうと身を乗り出す、左腕を振り上げ一撃を加えようとしていた。

 しかし、突如巨狼は自らの両脚を同時に踏み込んだ。もちろんそんなことをすれば重心が崩れるに決まっている。氷の巨狼はそのまま、前に街路樹を押しつぶしながら倒れこんだ。

 「強制詠唱(スキルインターセプト)」。「ノタリコン」という暗号を用いて術式を操る敵の頭に割り込みを掛け、 暴走や発動のキャンセルなどの誤作動を起こさせるという『魔力を必要としない魔術』で、インデックスの必殺技である。これを使ってインデックスは巨狼の行動を狂わしたのだ。

「とうま!こいつはギリシア神話に出てくる「ケルベロス」を概念にして召喚する、一種の使い魔だよ!氷を用いてこの世に現界してる!」

 目の前で起き上がろうとする怪物を前に、インデックスと上条はまるで苦でないような闘い振りを見せていた。悲しいことに、この2人にとっては正体不明の魔術師に襲われるというこの光景も日常の一部なのである。

「ステイルのアレみたいなもんか?じゃあこいつを右手で触れてもまた再生するのか」

 自ら砕いた巨狼の右腕が徐々に再生してるのを見て、上条はステイルが使用する魔術、「魔女狩りの王(イノケンティウス)」を思い出す。炎の塊と氷の塊と対極的だが、突撃してくる時の威圧感や瞬時に再生できる点など、似通ったところが多い。

「いや……「魔女狩りの王」のようにルーンの刻印を使ってるわけじゃないから。多分、とうまの右手を押し切るだけの再生能力はないと思うよ」

 確かに右腕が再生はしているが、インデックスの見立てでは「魔女狩りの王」のように「幻想殺し」の消去能力を上回る再生能力はないとのこと。

「周囲の水分を冷却して氷を修復してるみたいだけど……とうまの右手を押し付け続ければ」「いける……ってわけだな」
「お前ら何言ってんの!?」
「訳がわからん…」

 全く付いていけない他の面々を置いてきぼりにして、上条が駆け出す。狙いは敵の体そのもの。そこに「幻想殺し」を押し付けば、それで終了(チェックメイト)だ。

両脚を交差(BEF)首と腰を逆方向に回転(TTNATWITO)

 ようやく立ち上がった巨狼に再び強制詠唱を仕掛けるインデックス。直後に巨狼の動きが狂い始める。まるで油が切れたブリキのおもちゃのような、何かに操られながら必死に抗うような、不自然な動きを小刻みしながら行おうとする巨狼。動きさえ止めれば、後は氷の巨狼に向かっている上条の右手が、その存在をかんたんに消す。

 「強制詠唱」を使い10万3千冊の魔導書を持つインデックス。対異能に置いてはジョーカーのような強さを持つ「幻想殺し」。この2人がタッグを組んだとして、出し抜ける魔術師はそうそういないだろう。

 しかし。


 今回、上条が相対している魔術師は「そうそういない」の中の一人であった。







2,







「へ…………」
「?どうしたの、四糸乃」

 四糸乃の声にいち早く反応したのは、隣にいた七罪だった。四糸乃が後ろに見ているのに気づき自分も振り返り、四糸乃が絶句した理由が分かった。

 一言で言えば「ガラスのような体を持った狼」。それが今、目の前で上条たちと相対しているものと違う点はあちらが獣人のように二足歩行しているにも限らずこちらは4足歩行であること。サイズが普通の狼ほどのものであること。そしてもう一つ。体の半身はダイアモンドを発生させるほどの冷気を纏っているのにも限らず、その中央を境にして、もう半身は轟々と燃え盛っている。

 まるで、黄泉の冷気と地獄の猛火の両方を纏ったような。その姿はまさに冥界の使い。

 士道たちもその存在に気づいたのだろう。後ろを振り向き目の前に表れた狼に警戒している。七罪は横目で、鏖殺公を天現させようとする十香を抑えつける琴里の姿を伺えた。この場には精霊とは全くの無関係のキリトや上条がいる。後先考えずに力を使うのは得策ではないだろう。

 しかし、十香の意思に関係なく、鏖殺公は天現する。

「なっ……!?」

 動揺する十香。士道も眼を見張る。精霊は精神状態が不安定となれば霊装や天使を一時的に使用できるようになる。現に十香は限定霊装を纏い、その手には鏖殺公が握られていた。

 それだけならば、十香の精神状態が不安定となり、天使と限定霊装が天現してしまったと説明がつく。

 だがそれだけではない。

 異変が起こったのは十香だけでは無かった。四糸乃、耶倶矢、夕弦、美九、七罪。琴里を除く精霊たちが十香と同じ瞬間、限定霊装を纏い、十香と同じ瞬間、天使を天現されたのだ。

「なにぃ……!?」
「困惑。一体どうして……」
「あれー?あれれー?」

 本人たちの反応を見ても、これが意図して起きたものではないことが分かる。明らかに、自分の意思や精神状態とは関係なしに天使が現れたとしか思えない。

 琴里はすぐ様インカムを小突く。クルーからの回答はすぐに来た。

『感情値は安定しています!精神状態は乱れてません!』
「ならどういうことよ……」

 残る可能性は精霊たちが自分で天使を使用可能としたとしか考えられないが、彼女たちの動揺がそれを否定していた。

 では一体何故?

 騒然とする琴里たちの思考は、こちらに向かって走り始めた狼によって強制的に打ち切られてしまう。





 上条は駆ける。

 根元から折れた街路樹を乗り越え向かう目標は倒れ込んだままの巨狼。そいつの巨大な体のどこかに、この右手を押し付ければ、全てが終わる。そう思い突っ込んで行っていた。

 同時に、突如士道たちで出来ていた人垣を飛び越えた狼が上条向かって来る。半身の炎を靡かせ、もう半身の足がついた場所を凍らせながら、上条目掛けて。

 それを見たインデックスが「強制詠唱」を唱えようとする。アレも目の前の狼と同じ使い魔の類と判断しての行動だった。

 それを邪魔するかのように、インデックスの頭上で突如、閃光が弾けた。

「キャッ!?」

 閃光は別に失明するほどの光量ではなく対したものでは無かったが、不意打ちで目の前にフラッシュのような閃光が弾けたことで、インデックスはよろめいて、倒れ込む。

「おい!大丈夫か!?」

 倒れかけたインデックスを間一髪で受け止めたのは浜面だ。頭上にはいつの間にか避難したオティヌスがちょこんと乗っており、いつも乗っている者となんとなく髪型が似ているからか妙なフィット感を見せていた。

「う、うん大丈夫なんだよ」

 別に驚いてよろめいただけであり目がおかしくなっているなどといったことは無かった。となると、やはり先ほどの閃光はインデックスの「強制詠唱」を邪魔するためのものに違いない。

 インデックスがそう考え、上条の安否を確認しようとした時だった。「へ?」という間抜けな声が自分の声から出てくる。

 理由は単純。浜面の手から抜け立ち上がろうとしたインデックスの顔面に背中があったからだ。上条の。

「ぐぇ」

 上条の背中が思い切り倒れ込み、その後ろにいたインデックスもその背中に押し倒される形で地べたに倒れる。今度は浜面も受け止めれなかった。地面のアスファルトと上条の背中とのクッションとなるインデックス。

「あいてててて……ってインデックス!?」

 インデックスをクッションとしたおかげで衝撃が少なくすぐに起き上がった上条だったが、まさか自分(の背中)がインデックスを押し倒していたとは思ってなかったらしく、慌ててインデックスの上から退く。

 鼻を中心に顔を真っ赤にしたインデックスだったが、幸い気は失って無く、そのままムクリと起き上がった。

「とうま」

 底冷えするような声で名前を呼ばれ、思わず背筋を伸ばし「起立」の姿勢となる上条。

「痛いんだけど」
「え、あ、いや。俺もなんか乱入してきた狼に突き飛ばされてね」
「痛いんだけど」
「いや痛みなら俺も十分味わっているわけですよ、は」
「痛いんだけど」
「有無も言わせない気っ!?」

 この現状で夫婦漫才をするな、と思ったのは決してオティヌスだけではあるまい。





 なんとかインデックスを宥めながら上条は横目で巨狼と、自分を突き飛ばした狼を見た。

 体格差は圧倒的な二匹の獣がお互いを威嚇し合っている。膠着状態になっているということだ。

 先ほど、横から乱入してきた狼に上条はまったく反応できなかった。

 あらゆる異能を打ち消す「幻想殺し」や、色々な異形な存在と会ってきた異形の者から「不死者や吸血鬼を超えている打たれ強さ」と言われる頑丈さ、数百億を有に超える数の世界による攻撃を耐え抜く精神力を抜けば、上条当麻は普通の──それでも普通ではないかもしれないが今はそこは言及しないでいただきたい──高校生である。どこぞの武偵のように銃器も使えないし、高い反射神経も持ち合わせていない。

 だからあの狼は、その牙で上条の身体を噛みちぎることも燃え盛る半身で上条に火を浴びせることもできたはずである。上条はまったく狼が近づいてくることに気づかなかったのだから。

 結局、狼がしたことは上条の身体を氷の半身で突き飛ばすことだけだった。そのせいで服の一部が凍っているが、上条自身には何の怪我もない。

 まるで、獲物を横取りするような乱入の仕方だったと、上条は思う。

 そんなことを上条が考えていた内に、膠着状態は解けていた。先に氷と炎を身に纏った狼が巨狼に襲いかかったのだ。

 が、激突は無かった。

 飛び出した狼は2つに別れた巨狼の間を、何も無く通り過ぎただけだったのだから。

「……は?」

 文字通り真っ二つになった巨狼の真ん中を通り抜ける狼。そのままただの氷の塊となった巨狼が、ガラガラと崩れていった。

 そんな中、上条は崩れた巨狼の向こう側──宙を舞い着地した狼の傍に誰かがいることに気づいた。





「……明らかに、おかしいよね」

 最後尾に戦闘が満足にできない平賀や中空知を庇う形でいたワトソンは、怪物が一閃され倒されるという一応の結末を見せたからか少し余裕を取り戻し、周りを見渡しながら呟いた。

 ワトソンの周りにいる武藤や不知火も、それにつられて騒ぎの間には気づかなかったあることに気づいた。

「こんな騒ぎだっていうのに、全く人が駆けつけてこねぇ……」

 現在、十字路の中央にて上条とインデックスが怪物と相対しており、北側の地下通路の方面への道にはキンジたちが、南側の駅へと向かう道にはキリトたちが、そして西側の「ウェスト・ランド」方面への道には士道たち面々が纏まっていた。

 しかし、それぞれの道には見える範囲で全く人通りがない。もう陽は落ちているとはいえ、この十字路に差し掛かるまで何人かにキンジたちはすれ違っている。しかもここは駅周辺だ。それなのに、ここには彼ら以外の人の気配はまったくなかった。これだけの大騒ぎが起こっているにも限らず、だ。今まで気づかなかったが不自然すぎる。

「人払いの結界……もしくはそれに似たものが貼られているのかも」

 その疑問に答えたのは白雪だった。が、貼られているのはただ、特定範囲へと立ち入りを限定するだけの人払い結界ではなかった。

 人払い結界は簡単に言えば認識阻害とも言える術式の一種である。無意識下に干渉しその場所への興味の認識を逸らしたり、その場所への居心地を悪くする認識を意図的に形成することで、人払い結界は完成する。だが、この結界には、もう一つの効果があった。目の前にどんな化け物が出ても、それに立ち向かう者がいても、それを客観的に捉え、「逃げる」という考えを抱かせないという認識阻害結界。こんな光景に巻き込まれたことなどない一般人であるキリトたちが逃げようとしないのは、そういう理屈というわけだ。

 それでも、若き武偵達にはある変化が起こったことは分かった。

「──何か来るな」

 徐々に近づいてくる何かに気づき後ろを振り返るキンジたち。目の前でまたもや新たな怪物が登場しないか気を張りながらも、後ろから近づいてくる存在にも注意を向ける。

 しばらくすると暗闇に一つの光が見え始めた。徐々に街灯が照る場所と近づいていたそれは、街灯の明かりに晒されて、初めて正体を見せた。

「ワゴン車?」

 それはどこにでもあるタイプのワゴン車。それがこちらに向かってきてることを、キンジたちは理解した。

「トヨタのハイエースワゴンか?」

 ベージュメタリック色のワゴン車は、本来なら自転車を除く車輌は走行禁止のはずの歩道を、猛スピードで真っ直ぐとこちらへと向かっていた。そのまま横向きになると、キンジたちの目の前で駐車する。

「緊急事態よ!早く乗りなさい!説明は後!」

 運転席の開けられた窓から聞こえた、聞き覚えのあるアニメ声に、一同は有無を言わずに乗り込むのだった。





「間一髪……かな」

 狼のそばで刀を鞘に収めた少年はそう呟いた。肩の辺りで馬の尻尾のように纏めた滑らかな黒髪と中性的な──いや、もう女性的と言っても差し支えない──顔が特徴的な線の細い少年だ。黒衣・黒袴という服装をしていても、やたらと目立つ雰囲気を持つ少年だった。

「それは間に合わなかった方のだろ。逃げたぞ、あいつら」

 士道たちの後方から声がした。振り返るとそこには男がいつ間にかいた。紅い外套を着た男だ。外套と同じ紅い色をした瞳と髪色はそれだけで印象に残る人物だ。丸眼鏡を掛けているが、猛禽類のような鋭い目付きを緩和することは無かった。何となく上条の脳裏にステイル・マグナスの姿が思い浮かぶ。彼のように喫煙をしている様子はないが。

「ま、いいじゃん。仕方ないよ。俺らの目的はこっからどうやって最悪の事態を回避するかだもーん」

 次に声がしたのは刀を持った少年の側からだった。視点を変えると、そこにはいつの間にか青年が立っていた。一目でただの青年では無いと分かる。黒いスローチハット・ドミノマスク・マントという出で立ちは、まるで怪盗のような姿だった。それも、サマになっている。

「ま、それもそうだが……今、ここで決着を付けるに越したことはないんじゃないか?」
「お前!?」

 続いて出てきた影は上条にも見覚えがある人物の物だった。肩にまである真っ赤な髪に右目の下に入ったバーコードの刺青。ピアスが満載の耳にくわえ煙草。香水臭いと着ている神父服以外神父の要素など全く無い男。上条よりも身長も高い上に大人びているため、これで14歳だなんて言われても目を疑うだろう。大事なことだから二度言っておく。これで14歳なのだ。この未成年なのに喫煙している極悪神父は。

「……なんだ。お前がいるとはな」
「あれーステイル?もしかしてやきもちかにゃー?カミやんに」
「ぶっ殺すぞ、土御門」

 そしてもう1人の知っている影は、上条・青髪ピアスと共にバカ三人組「デルタフォース」の1人として認定されている、上条のクラスメイトにしてお隣さん。そして水と油の関係である科学サイドのトップたる学園都市と魔術サイドの一角たる必要悪の教会を掛け持ちする多重スパイ。サングラス金髪のアロハシャツを着たシスコン軍曹、土御門元春だった。

「土御門!?」
「やーカミやん。しかしまたカミやんは面倒なことに巻き込まれたな。いやー流石はカミやん」

 なんか妙な関心の仕方をされている気がするが、今はそんな場合では無かった。学園都市在住の学生である土御門はともかく、何故ステイルがこの学園都市にいるのか。

「おい!早くそこを離れろ!!上条当麻!」

 そう質問しようとした上条だったが、その質問は新たに現れた声によって掻き消された。

 青年だった。ボサボサの髪は浜面の黒髪バージョンのようだが細身ながらガタイは浜面よりも良く、一目で鍛えていると分かる。軍隊の兵隊というよりも喧嘩慣れしていると感じのガタイの良さだったが。

 いや、待て。離れろ?

「とうま!!」

 インデックスの叫び声がすぐ後ろから聞こえた気がした。思わず振り返るとして、そしてそれが目に付いた。


 まるでゲル状の、スライムのような物体が目に前に広がり、自分を包もうとしており、飲み込まれそうに──


「!!?」

 直後、上条を襲ったのは本日2度目となる首の圧迫。またもや誰かに服の首元を引っ張られ、抱きかかえられたと気づいたのは大分後だった。しかもお姫様抱っこ。圧迫感から解放され落ち着いた脳が、大覇星祭のあの出来事を思い出す。

「大丈夫か?」

 地面に優しく降ろして貰い、初めて自分をお姫様抱っこしたのが女性であると気づいた。同時になんだか微妙な心境になったのはここだけの話だ。まぁ、自分より低い背丈の女性に逆お姫様抱っこされたら、世の中の殆どの男性は微妙な心境になるだろうが。

 黒マスクで口を覆っているからか表情は伺いにくいが、凄い美人であるのは間違いない。上条はタイプでは無かったが、それでも平時であれば見惚れるにはそう時間はかからなかっただろう。

 が、それ以上に目の前の事態に目を見張った。

 辺り中にゲル状のタコやイカの触手のようなものが蠢いている。まるでどこぞのRPGで出てきそうなクラーケンや海魔のような触手だった。

 普通ならここで女性陣の触手シーンなどが出てくるのだろうが、インデックスは先ほどの巨狼を真っ二つにした少年と触手を次々と灰しか残らない勢いで燃やしているステイルがガードしているし、滝壺は彼女の騎士である浜面がガッチリ守る。士道たちの連れに至っては自分の身だけでなく、近くにいた一般人まで守っている始末だ。彼女たちの着ている服がまるでコスプレ衣装みたいな物に変わっていることに、ここで上条は気づいたが、今はそこに言及している暇などない。何故ならこちらにもゲル状の魔の触手は迫ってきている。

「なんだよこの量!?」

 しかも他と比べて圧倒的にこちらによってくる触手の数が多い。上条の触手プレイなど誰得とかそういうレベルの話ではない。ただの汚物だ(一部の人間を除く)。

 その内の一つが上条に真っ直ぐ伸びていく。本能的にその危機を察知し右手を突き出した上条だったが、触手は右手に触れるか否かのところで急に上へと直角に曲がった。右手の上の虚空でまた直角に曲がりそのまま上条の眼前に迫るが、銃声と共に、ゲル状の触手は力なく落ちていった。

「気をつけるぜいカミやん。こいつらの狙いはカミやんにゃー」

 銃声の主は土御門だ。手に握ったチャカを2、3発立て続けに放ち、触手を次々と落としていく。上条を逆お姫様抱っこした少女も、懐に持っていた小太刀を振るい、まるでどっかの無双ゲーのようにバッサバッサと切り裂いていく。

 いや、そんなことはどうでもいい。今、土御門はなんと言った?狙いは自分?

「紅ちゃーん。こいつらなんだにゃー?」
「……分からない。あと、気安く呼ぶな。土御門の青二才」

 「紅」と土御門に呼ばれた少女は、一瞬不愉快そうに眉をひそめたものの、質問に簡潔に答えた。「分からない」。これが土御門に帰ってきた答えだった。

「あの氷のでっかい狼が溶けてこうなったのか……?」

 見れば触手の発生源はあの巨狼の残骸からだ。間違いなくあれが原因には違いない。

「近づければ……」
「やめた方がいい」

 右手を見つめる上条に、釘を刺したのは土御門だった。いつになく真剣な口調の彼に、思わず顔をしかめる上条。それがいつもの土御門らしくない、と思ったから来たものには違いない。

「2度目になるが奴らの狙いはカミやんにゃー。カミやんが突っ込めば敵さんの思う壺だし──それに」

 土御門で目線である場所を示す。無意識にそこへと目線を向ける。何も無い虚空に目を向ける上条だったが、次の瞬間には変化が訪れていた。

 触手の発生源の上空。そこを先ほどの小型の狼の氷と炎の境界線のように、真っ二つになった巨狼の真ん中に出来ていた空間のように、そこを右と左と分けた、ちょうど真ん中の線。

 まず──右で閃光が爆ぜた。爆発した閃光の正体は雷撃だった。雷撃は正確無比に、一つの慈悲もなく、触手たちを撃ち抜いていく。周りにいた士道たちや一般人、インデックスや浜面たちを避け、その周りにいた触手たちは一瞬で灰へと還る。

 そして──左で今度は本物の爆発が起きた。硝煙の臭いを辺りにばら撒きながら、そこには、まさにアメコミさながらのパワードスーツのような物を纏った鋼鉄の戦士が立っていた。子供なら誰もが憧れるようなヒーロー。それが爆煙の中で悠然と伸びをしている。

 そしてもう一人。

 茶色の艶やか(あでやか)、かつ艶やか(つややか)な髪を靡かせ、月をバックに降り立つその姿はこの世のものと思えない。アメシストの瞳とその身に羽織った紫のマント、そして頭に被った麦わら帽子がなんとも幻想的な──

「──へ」

 インデックスの声と共に宙から降り立ったその少女は、ひらりと一回転するとインデックスの顔を見て、くすりと笑った。

 そう。間違いなく見た目の年齢が上がっている。インデックスと同じくらいの身長も今や上条に追いつくほどになっていた。けど。確かに。

「──イブ?」
「案外早い再開になっちゃったね。インデックス」

 笑う様も1つの絵画になりそうな美貌を持った少女は、傍に近寄ってきた紅の召喚士と鋼鉄の戦士の存在を確認しながら──何がなんだか分からない面々に、静かに、告げた。


「──ようこそ」


 今一度言うが、これは定説と理を覆す物語。

 しかし、まずは掘り固まった虚像の真実を、何者かが崩さなくてはいけまい。


「私の名はイブリース。あなた方にお願いと真実を語るためにきました」


 歯車は噛み合い始めた。

 もう、引き返せない。





 色彩が、崩れだした。








第八話「色彩の崩壊を告げる悪魔の王」 完
 
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