魔法少女リリカルなのは~過ちを犯した男の物語~
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六話:ルドガーと骸殻
ルドガー・ウィル・クルスニクという青年は『分史対策エージェント』という職業についていた。『分史対策エージェント』とはその名の通り分史世界への対策の為の職業である。クランスピア社が秘密裏に作り上げた組織であり、目的は増えすぎた分史世界の破壊であった。分史世界の核となる時歪の因子は皮肉なことに骸殻能力以外では壊すことが出来ない。
その為に分史世界を壊すためには自らも骸殻を使用し、時歪の因子化を進めなければならないという矛盾が存在した。しかも、性質の悪い事に分史世界の住民は自らが分史世界の人間だとは思わずに正史世界の人間だと信じて骸殻を使用して他の分史世界を壊していた。その結果、時歪の因子はネズミ算式に増えていき取り返しのつかない事態に陥っていたのだ。
個々の破壊では間に合わなくなった分史世界の消滅の為にルドガーは兄の犠牲の上に辿り着いたカナンの地にて全ての分史世界の消去を大精霊オリジンに願った。……そこに住む全ての人の命諸共に。そして、彼自身も時歪の因子化の進行に侵されていたエルを守る為に自らの命と引き換えにして死んだはずだったのだが、どういうわけかこの世界に生きて日々を過ごしている。だというのに、神の悪戯かもう一人の自分までもがこの世界に生きていた。彼がその事に頭を抱える時間はない。なぜなら―――
「フェイト、アルフ。私がこいつをやる! お前達はそっちを任せた!」
「は、はい」
「わ、わかったよ」
目の前のもう一人の自分が本気で自分を殺しに来ていたからだ。勿論恨まれる理由が思い浮かばないという事は無い。彼を以前に殺したのは間違いなく、自分なのだから恨まれて当然だろう。しかし、だからといってここで殺されるわけにはいけない。自分を助けてくれたなのはのためにも、世話になっている高町家の人の為にも自分は負けるわけにはいかないのだと気合を入れ直して同じ剣の構えで自分を睨みつけて来るヴィクトルを見る。
「……エルは元気か?」
「俺は死んだから分からないけどみんながついてるから大丈夫だ。それに……約束したからな」
「そうか……お前は“嘘つき”にはならなかったのだな」
ルドガーの言葉に戦闘が始まっているにも関わらずに目を閉じて何かを噛みしめるように呟くヴィクトル。ルドガーもそこに攻撃を仕掛けるという野暮なことはせずにただヴィクトルを見つめる。ルドガーはヴィクトルが死ぬ間際にエルを託されていた。だからこそ、エルを守り抜いたことをしっかりと伝えたかったのだ。やがて、ヴィクトルはゆっくりと目を開き穏やかな声で話しかける。
「娘を守ってくれてありがとう」
「……ああ」
告げられた言葉は心からの感謝の言葉。それを聞いてルドガーはやはりヴィクトルは娘を誰よりも愛していたのだと理解する。だが、だからこそ辛かった。エルにパパは偽物のエルはいらなくて本物のエルが欲しかったのだと誤解されていたことが。エルがどうせ自分は偽物だからいなくなっても構わないと思ってしまったことが辛かった。
「君には感謝している……だが、フェイトの邪魔をさせるわけにはいかない!」
「俺もなのはとユーノのために負けるわけにはいかないんだ!」
ヴィクトルは心からルドガーに感謝しているが、相手の存在が認められない事とフェイトの邪魔を許容するかでは話は別だった。それはそれ、これはこれである。両者は一瞬の静寂の後に共に動き出す。唸りをあげる様に地面を力強く蹴り出し、ヴィクトルに接近するルドガー。それに対して風のように素早く動き、最適なポジションに移るヴィクトル。次の瞬間には両者の双剣がぶつかり合い激しい火花を散らす。
「「はあああっ!」」
雄叫びと共に耳障りな金属音が辺りに響き渡り両者が鍔迫り合いを行っていることを伝える。直後、弾かれたように両者共に後ろに飛び去る。そして同時に双銃に持ち替えて銃声を森中に響かせながら超至近距離での撃ち合いを始める。撃ちだされた銃弾は全て相手の銃弾とぶつかりひしゃげて地面へと落ちて行く。僅かにでも軌道がずれれば自分に当たる可能性があるにも関わらずに二人はまるでそうなるのが当然とばかりに少しも怯むことなく行っていく。
「腕を上げたな!」
「ああ、エルを守り抜かないといけなかったからな!」
「ふん。だが―――十年の差は埋められるかな?」
共にハンマーへと持ち替えてその凄まじい破壊力の攻撃を相手のハンマーにぶつけあっていく。ハンマー同士のぶつかり合いにより、強い衝撃波が辺りに撒き散らされ木々は揺れ、森は騒めいていく。一振り、二振り、三振りとぶつけ合っていくうちに徐々にではあるがヴィクトルが押していく。
ルドガーはぶつかり合う衝撃で痺れて感覚の無くなってくる手に危機感を覚えて、打ち合いを止めて一端引き下がる。一方のヴィクトルはそこを機と捉えたのか再び双剣に持ち替えて地を駆ける獣のように低い姿勢のままルドガーに襲い掛かる。ルドガーもこのままやられるわけにはいかないので双剣に持ち替えてヴィクトルと斬り結ぶ。
「力強さはあるが技術はまだまだだな」
「くっ! こんなに強かったのか?」
「当然だ。“俺”は、お前だぞ」
どこか自嘲するような台詞を吐いたかと思うと剣を振るうスピードを徐々に上げて行くヴィクトル。ルドガーもそれに負けじと剣を振るう速度上げていく。その結果、まるで、剣舞を舞っているかのような様になり。二人の斬り合いは剣がぶつかり合うことで散る火花により暗闇の中で一種の幻想ささへ感じさせた。
だが、斬り合っている本人達、特にルドガーは感動する暇などない。まるで、嵐のように荒々しく、それでいて林のように物腰柔らかなヴィクトルの剣撃は拮抗しているように見えても確実にルドガーの体力と精神力を削っていっていた。
「足元が留守だぞ」
「っ! その技はもう見切った」
相手が剣だけに集中している所に足払いを掛けて倒すという簡単ではあるが有効的な技をルドガーは一歩足を下げることで難なく躱す。以前の戦いでは何度も蹴り飛ばされて決定打を打たせるチャンスを与えていたが今回はその経験を踏まえて相手の好きなようにはさせなかった。
「ふっ、流石にあの時と同じ手は食らわないか」
ヴィクトルは避けられたことに僅かに驚くがすぐに余裕のある笑みを浮かべて再び剣を振るい始める。ルドガーもヴィクトルが何をしてこようとしているのかが分かり、同じように剣を振り始める。一切の無駄なく抵抗を極限まで減らしたうえで縦に横に、斜めに容赦なく相手を縦横無尽に斬りさかんとする、どちらもその手で殺した兄から受け継いだ奥義―――
「「双針乱舞!」」
全く同時に使われたその技は相手の剣とぶつかり合う事で雄叫びの様な衝突音を上げ光り輝く。そして、どちらも同時に止めの一撃を相手に叩きこむ。
「終わりだっ!」
「はあああっ!」
衝突により巨大な衝撃波が生み出され、辺りにあった細い木々の中にはへし折れる物も現れる。ぶつかり合っていた張本人たちは眩い閃光が迸ると共に後ろへと吹き飛ばされる。そして、両者が立っていた跡からはもうもうと土煙が舞い上がり姿を隠していた。しばらくして土煙が晴れると一人の人間が蹲り一人の人間が立っているのが見えた。立っている人間は―――ヴィクトルであった。
「どうした、もう終わりか?」
「まだ、出来るさ」
だが、ルドガーも目立った外傷は見受けられず、すぐに立ち上がり戦闘態勢を取る。その事に僅かながらの満足感を覚えながらヴィクトルも双剣を力強く握り直す。再び、戦闘が再開されると両者が理解し、動き出そうとした瞬間―――
「フェイト!」
「なのは!?」
離れて戦っていたアルフとユーノの叫び声が二人の耳に入った。二人は意識だけは相手から切らさないようにしながらも瞬時に自分の大切な者の方に目を向ける。すると、フェイトとなのはが四肢に水色の魔力による輪っか『バインド』によって拘束されているのが見えた。
二人は同時にこの事態を生み出したものを確認するために、この場に現れた新参者を見上げる。暗い夜空を背に、銀色に輝く月の光を受け、そこには黒衣を着た“少年”が宙に浮いていた。年齢としては子供と青年の中間地点に居るような者だった。そして彼はこの場に居る者を強い意志の籠った眼で見据えると小さくも良く通る堂々とした声で名のりを上げた。
「僕は時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。詳しい事情を聞かせてもらう。抵抗しなければ身の安全は保障しよう」
黒い髪、黒い服、そして黒い杖。イメージとしてはヴィクトルに近い物がある少年は事情を聞かせてもらうとこの場にいる全員に話しかける。それを聞いたルドガーは抵抗しなければなのはの安全は保障されると考えて構えを解く。
一方のヴィクトルは時空管理局という名を聞いた瞬間から逃走の経路を考え出して、動いていた。自分達が今やっていることは犯罪なので警察の様な組織である管理局に見つかった場合は逃げ出すことを前もってアルフとフェイトと話し合っていたからである。彼はフェイトの方に走りながらアルフとアイコンタクトを交わす。
彼の意図を察したアルフはクロノに向けてオレンジ色の魔力弾を放つ。咄嗟に反応したクロノは防御魔法を使い、魔力弾を完璧に防いでみせる。そして、状況確認の後に、魔法障壁を消した彼は、持っているデバイスを襲撃者、アルフに向けて構えるが、そこにまたしてもオレンジ色の魔力弾がクロノに襲いかかる。
「くっ…!」
「フェイト! 今のうちに逃げるよ!」
「わかった!」
アルフの放った攻撃は相手にダメージを与えるのが目的ではなく目くらましが目的だったのだ。視界を塞がれたクロノが身動きできない間にフェイトはバインドを解除して逃げ出す。その間にヴィクトルは地上にあったジュエルシードを素早く回収してアルフと共に駆け出す。だが、動けるようになったクロノが彼等の逃走を阻むために最も近くに居て、尚且つ魔導士であるフェイトを狙って攻撃を仕掛ける。
「逃がすか! スティンガーレイ!」
クロノが今まさに放とうしているのは速度とバリアの貫通能力を重視した魔法である。ヴィクトルは魔法を知らないのでそのようなことは分からなかったが長年の戦闘により鍛えられた勘によりフェイトが危機的状況であることを理解した。そこからの彼の判断は早かった。ポケットに入れておいた父の形見でもある黄金の懐中時計に触れ禁忌の力を開放する。
「骸殻……解放!」
ヴィクトルの体から黄金の光が溢れ出し、まるで日の出のように辺り一面を照らす。驚く一同を無視してヴィクトルはその光の中から軽々と数メートル程飛び上がりフェイトに襲い掛かっていた魔法を、手に持った赤と黒で統一された禍々しい巨大な槍で粉砕して、そのままの流れでフェイトを抱きかかえて地面へと降り立つ。
そこで、ついにその姿の全容を一同にさらすことになった。闇に溶ける様な黒を基調とした鎧を思わせる装甲が全身を覆い、血のように赤いラインが身体中に流れ、背中からは黒いひだのようなものが二本生え不気味さを醸し出している。中でも特筆すべき点はかつての激戦により右肩から兜にかけてまでが傷ついてボロボロになっている点だろう。これがクルスニク一族に与えられた力、いや、かけられた呪い―――骸殻だ。
「なんだ…その姿は?」
「不気味なの……」
「骸殻か……」
骸殻が何かを知らないクロノとなのはは分からないまでもその圧倒的な存在感と威圧感に思わず身震いする。ルドガーは見慣れた姿に取り乱すことは無く小さく呟き、自身の真鍮の懐中時計をポケットの中で握りしめてヴィクトルがなのは達に危害を加えるしぐさを見せるようなら自分もすぐに骸殻に変身して止められるように構える。
骸殻には四つの段階があり大別すると『クォーター骸殻』『ハーフ骸殻』『スリークォーター骸殻』『フル骸殻』に分けられる。体を覆う装甲が増えれば力が上がる原理であり、フル骸殻が最も力が強い。ヴィクトルの今の姿は傷ついてパワーダウンをしてはいるものの最高のフル骸殻だ。
因みにだが正史世界には骸殻能力者は四十人程しか存在せず、その中でもハーフ骸殻に至った者はルドガーを含めて四人。スリークォーターが三人。そして、フル骸殻は二人で、クルスニク一族二千年の歴史で見ても記録に残っているのはミラ=クルスニク、ビズリー・カルシ・バクー、ルドガー・ウィル・クルスニクの僅か三人だけが到達した極地である。そのことからも如何にヴィクトルが優れているかが分かるだろう。
「ヴィ、ヴィクトルさん?」
「あんた……ヴィクトルなのかい?」
「ああ、私だ。……君達にはまだこの姿を見せていなかったな。すまないが、話は後だ。今は逃げるのが先だ」
自分を抱きかかえる存在が本当にヴィクトルなのかが分からなくなりおずおずと尋ねて来るフェイトと同じようにヴィクトルなのかと確認を取って来る。ヴィクトルはそんな二人に冷静に返事をしてここから逃げるように急かす。その言葉を聞いたクロノが茫然と見つめていた状態から復活して何としてでも三人を逃がすまいと、自身の最大威力誇る攻撃魔法を使う。
「少々痛いが悪く思うな、ブレイズキャノン!」
放たれたのは水色の光を放つ魔力弾。膨大な熱量を伴いながら直線状にある対象を破壊しつくす凶悪な魔法だった。それを見たアルフは急いでヴィクトルに避ける様に叫ぶがヴィクトルは避けるどころか一切の動揺も見せずに左手にフェイトを抱きかかえたまま右手に持つ槍をクルクルと回転させ、勢いよく槍ごと撃ちだす。
「バドブレイカー!」
瞬間、槍に追尾するように眩い光の波が生み出され、それを率いた槍が縦に高速で回転しながら前方の魔力弾とぶつかり合う。クロノの放った全力の魔力弾はぶつかるや否や霧となって胡散していき、彼を愕然とさせる。そのまま槍は止まることなく容赦なく地を引き裂きながら進み続け、進行方向にある全ての木々を猛獣のように呑み込み、食らい尽して蹂躙していった。
「嘘だろ……デバイスも何もなしに僕のブレイズキャノンを一瞬で破るなんて……」
自らの最強の技を事もなげに破られて衝撃を受けるクロノをよそに、つまらないとばかりに蹂躙をやめた槍は大地と森に大きな爪痕を残してブーメランのように持ち主、ヴィクトルの元に帰って来る。ただの一撃で引き起こした凄惨な光景に茫然として言葉が出ないルドガー以外の一同を尻目にヴィクトルは骸殻を解き、今度こそ帰るために背を向ける。
「帰るぞ、アルフ、フェイト」
「あ…ああ。そうだね」
「は、はい」
どこか、ボーっとしたようなアルフとフェイトに呼びかけてヴィクトルは歩き出す。堂々と自身が殿を務めて去って行くその背中をクロノも、なのはも、ユーノも、止めることが出来なかった。想像してしまったのだ。あれをまともに食らわされ、ひき肉にされる自分の姿を。ようやく姿が見えなくなり地面に降り立ったなのははヘタリと座り込んでしまう。
耐え切れないほどのプレッシャーがかかっていたのだ。ルドガーがそんななのはの元に駆けより支える。ルドガーは何も、ヴィクトルを恐れて逃げたわけではない。ヴィクトルとあのまま戦いを続ければ間違いなくなのはとユーノ、それにクロノが巻き添いを食らうと判断したので戦わなかったのである。彼も骸殻を使えばあれと同等、もしくはそれ以上の力は容易に引き出せるのだ。それ故に本気でぶつかり合う事は出来なかった。
「ヴィクトル……今のお前は何を望んでいるんだ?」
気を取り直したクロノから話を聞かせて貰いたいとなのはとユーノが頼まれるのを見ながらルドガーはかつて生まれ変わりを望んだもう一人の自分にポツリと零すがその言葉は深い闇の中に溶けて消えていくだけだった。
後書き
ゲームみたいにルドガーが話さなかったら。
クロノ「話を聞かせて貰えないだろうか?」
ルドガー「…………」(頷く)
なのは「ルドガーさんもどういうことか聞きたいみたいなの」
クロノ「ジュエルシードを悪用しようとしていたのか?」
ルドガー「……っ!」(首を振る)
ユーノ「違うんです! ルドガーさんとなのはは僕がジュエルシードを回収するのを手伝ってくれただけなんです!」
クロノ「あなたはこの世界の出身じゃないのか?」
ルドガー「…………」(頷く)
なのは「ルドガーさんはいつの間にか行き倒れていたのを私が助けたの」
ルドガー「…………」(頷く)
ヴィクトル(九歳の子どもに通訳させるとは……私も昔はああだったのだと思うと恥ずかしくて仕方がない)
なのはとユーノが通訳になると思われる(笑)
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