化かす相手は
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5部分:第五章
第五章
「それでじゃ」
「何じゃ?」
男は自分の横に来て親しげに声をかけてくるそのぬらりひょんに対して応えた。今度は柿を食っている。見れば柿のへたも随分とある。
「きんきん声のことじゃが」
「その男か」
「ここにはおらぬとなるとじゃ」
彼は怪訝な顔をして述べる。その顔はもう真っ赤だ。
「何処におるのじゃ」
「明日じゃ」
男はふとした感じで言ってきた。
「明日またここに来るのじゃ。そうすればおる」
「おるのか」
「うむ」
ぬらりひょんの言葉に頷いてみせてきた。
「おるぞ。だから明日また来るのじゃ」
「よし、わかった」
「明日か」
ぬらりひょんだけでなく他の妖怪達も男の言葉に対して頷いたのだった。
「明日また来よう」
「そうしてきんきん声を今度こそな」
「驚かせやる」
楽しそうに語り合うのだった。
「是非な」
「やろうぞ」
また言い合う。
「では明日またここにな」
「御主はどうするのじゃ?」
「わしか」
男は妖怪達に言われて声をあげた。
「わしはどうするかか」
「そうじゃ。まあわし等はわし等じゃが」
「それでもな。御主は」
「わしはまああれじゃ」
ここで彼は言葉をはぐらかしてきたのだった。
「あれというと?」
「特にな。何もせん」
こう言うのであった。
「何もせんぞ。別にな」
「そうなのか」
「左様」
今度は頷いてみせてきたのだった。
「おるだけじゃ」
「何じゃ、御主も入ればよいのに」
「まあよい。無理強いはせん」
そもそも妖怪というものは人間の世界は別の存在だ。だから人間の様にここで無理強いをすることはないのだ。だからここでは彼を誘うことはなかったのだ。
「明日またここに来よう」
「それで楽しくやろうぞ」
こういい残して彼等は姿を消した。男はそれを見届けると両手でポンポンと叩いた。するとすぐにまたあの小姓が出て来たのだった。小姓は部屋に入るとまずは驚きの声をあげたのだった。
「何と、これは」
「どうかしたか」
「あれだけあった酒も肴も菓子もなくなるとは」
「客人が来てな」
「客人!?」
「そう、それはまた出て来る」
男はこう告げるのだった。
「明日な」
「明日またですか」
「これだけ言えばわかるな。明日の夜また用意しておけ」
「酒に肴に菓子をですか」
「うむ。わかったな」
「わかりました」
彼の言葉に対して頷くのだった。
「それではそのように」
「頼むぞ。さて」
ここまで伝えると楽しそうに笑ってみせてきた。
「明日もまた楽しみじゃ。思えばじゃ」
「思えば?」
「わしは今まで人と人の世だけを見ておった」
彼はふとした感じで言葉を出してみせた。
「じゃが。他の世界を見るというのも面白いものじゃな」
「はて。その言葉の意味は」
「うむ。それはどうでもいいことじゃ」
これ以上は言おうとしないのだった。
「とにかく明日また持って来い。よいな」
「わかりました。それでは」
「さて、明日じゃな」
男はまた明日のことを言葉に出してみせた。
「楽しみにしておこうぞ」
こう言ってその日は終わった。話が終わると彼はすぐに眠りに入った。眠りに入るとそれはすぐに次の日になった。そしてその夜。二条城の前に姿を消した妖怪達が集まっていた。
「さて、また入るか」
「うむ」
ぬらりひょんがももんじいの言葉に頷いていた。
「ゆうるりとな。楽しませてもらおう」
「それでじゃ」
彼等は話す。
「きんきん声がおるのじゃな」
「いよいよじゃな」
彼等の中で面白い緊張が走る。
「きんきん声がどの様な者かは知らぬが」
「偉そうな者を驚かすのが何よりも楽しみじゃ」
これこそが妖怪だった。彼等は口々に話す。
「ほれ、昔おったじゃろう。あの平とかいう」
「おお、あの入道か」
昔の話を楽しそうにしだした。
「ちょっと庭に出て来たところを驚かしてやったのう」
「左様左様、しかしびくともせんかったが周りの者が逃げさって面白いことじゃった」
「あれはあれで面白かった」
その時のことを思い出してけらけらと笑っている。姿は見えないが声だけ聞こえているので城の前の兵達はかなり焦っている。
「また怪異か」
「都の百鬼夜行か」
「ふむ、小者が驚いておるな」
「これはこれで愉快じゃが」
まずはこのことに喜んでいた。
「しかしな。それでも」
「本命はやはりきんきん声」
やはり狙いはそれであった。
「行くぞ」
「うむ」
こうして彼等は姿を消したまま城の中に入った。道はもう昨日行っていたので充分わかっている。それですぐに昨日の部屋に入るのだった。見れば上のところに簾があってそこの向こうが見えないようになっている。だがそこから声がしてきたのであった。
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