問題児たちが異世界から来るそうですよ? ~無形物を統べるもの~
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一生勝てねえ
「・・・なに、言ってんだ?」
「あー、そうだな。一応、説明くらいはした方がいいか」
一輝は十六夜に睨み付けられているにも関わらず、なんてことないように手を握って開いてと調子を確かめている。
「つっても、本当に大したことはないんだけどな。最近のお前が気に入らなかったからぶん殴りたくてここに招待した。ただそれだけだ」
「あぁ?意味わかんねえ、よ!」
本当に理解できそうにないことを言った一輝に対して、十六夜もまた地を蹴って一輝に肉薄し、その横っ面に殴りかかる。星をも砕くその一撃は、しかし。
「んなっ・・・」
「軽いんだよ、それは」
一輝の左手にあっさりと受け止められ、そのまま上に投げ飛ばされる。
そして一輝はそれを追うように跳び上がり、十六夜の腹に踵落としを決めて叩き落としてから、その腹に飛び降り、後ろに跳んで十六夜から距離をとる。
「ガハッ、ゴホッ・・・」
「ったく・・・どうしたんだよ、その一撃は。その眼は。弱くなった、なんてもんじゃねえぞ」
「何の、ことだよ・・・」
「ふぬけきったお前のことだよ、十六夜」
さも当然のことであるかのようにきっぱりと答えた一輝の言葉は、どうにか地面に手をついて起き上がろうとしていた十六夜の行動を止めるには十分だった。
「お前が何考えてんのかは、まあ何となく察しがついてるけどな。んな下らねえことで自分見失って、何とか自分を装おうとして、それでも相手を真似ようとして・・・そんなやつを弱くなった以外、どう表現しろってんだ?」
「・・・黙れ」
「やなこった、自覚するまで黙る気はねえよ」
「だったら黙れよ!」
そして、十六夜が崩壊するのは早かった。
一輝の抜き手が三頭龍の胸を貫いたのを見た瞬間から今この時まで、ずっと目をそらし続けようとして、それでもそらすことができなかった。少しでも近づこうとして、しかし全くもって近づけなかった存在。それにここまで的確に指摘されてしまえば、崩れるのは容易だろう。
「そんなこと、とっくに自覚してんだよ!ああそうだその通りだ、全部お前の言うとおりだ一輝!」
「ふぅん・・・目は、そらしてなかったのか」
「けどな、何にもわかんねえんだよ!」
一輝のつぶやきが十六夜の耳に入ることはなく、彼の独白は続く。
「勝手に同格だと思ってたお前は実は手も届かないほどに格上で!ほんの少しですら近づけそうにない!ここまで圧倒的に負かされて、どうしろってんだよ!」
「さあ、どうするんだろうな」
「そいつは俺にはできなかったことをやってのけて、俺がやりたかったことも果たした!」
もはや彼には自分の言葉しか聞こえず、自分の弱さしか意識に入らない。
だがしかし、自分の弱さだけは意識に入ったが故に・・・
「なあ、一輝・・・」
自分のもとに近づいてくる気配にすがりたくて、それを見もしないで、訪ねてしまう。
「俺は、どうすりゃいいんだよ・・・」
その問いを。自分ですら答えを出せていないその問いかけを、してしまう。
彼は、なまじ強かったが故に抱いてしまったその問いに、自らよりも強いものならば答えることができるのではないかと、自分ではわからないその答えに導いてくれるのではないかと、期待してしまった。
「俺にはもう、何をすればいいのかも、何をしたいのかも、わからねえんだ」
涙とともに吐き出される、問いかけ。そんなもの・・・
「そんなもん、俺が分かるわけねえだろ」
そんなもの、他人が答えられるわけがないのに。
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もう、立ち上がるだけの気力すらわかない。うずくまるように四肢をついて、頭を地面にこすりつけるこの体勢を、変えられそうにもない。
「俺にはもう、何をすればいいのかも、何をしたいのかも、わからねえんだ」
だから、頼む。その気力を与えてくれ。
俺自身の涙で濡れる地面を見ながら、吐き出したその問いかけは。
「そんなもん、俺が分かるわけねえだろ」
はっきりと、否定された。
あれだけ他者を導いてきたこいつが、アジ=ダカーハにすら神託を与えたこいつにすら、分からないのかと。そう驚愕して顔を上げると・・・目の前には、あいつの足が。そのまま振りぬかれ、蹴飛ばされる。
階段を転げ落ちた。途中、段になっていないところで転がるのが止まり、そのまま四肢を投げ出して、あおむけになる。顔が濡れているのが分かった。涙と、鼻水と・・・鼻血まで出てやがる。そのせいで砂とか砂利までついてんじゃねえか。
ハハ、ホント・・・なさけねえな。
「テメエにすらわかんねえもんが、俺に分かるわけねえだろ」
ああ、確かに言われてみりゃその通りだ。あいつだって分かってたのは、俺にも自覚があったものくらいだしな。
「その上で言ってやるが、その辺りの事すら分かんねえなら、もう拳を握るな。そんな状態で戦いに挑んだところで、何の役にも立たねえよ。むしろ邪魔なだけだ」
ああ、これもその通りだ。あれ以来、どんなゲームに参加してもへましてばっかりだしな。
「だがまあ、そんな状態になってても俺にとっては大切な仲間なんでな。本拠にでも引きこもってろよ。ちゃんとまとめて守ってやる」
ああ、そりゃいい。あいつが守るってんなら、そこまで安全な場所もねえ。さっさとギフト手放して、毎日ガキどもの手伝いでもして過ごすか。
「ああ、それともう一個」
ああ、でも・・・なんか、引っかかるな。
「お前が黒ウサギと交わした約束・・・残りも全部、俺が果たしといてやるよ」
・・・黒ウサギと、交わした約束。何のことだったか。
いや、悩むまでもねえ。名と旗印を取り戻してやる、って。あの星空に俺たちの旗印を飾ろう、って。目指すは箱庭一、って。そんな約束を、あいつとしたんだ。
どうせ、もう一つは一輝にとられてんだ。残りをどうしようと、大差
本当に、そうか?本当に、それでいいのか?それだけは・・・譲って、いいのか?
「・・・ハッ、何だよ・・・未練がましすぎるだろ、俺」
約束を果たせなかった。そんな醜態をさらしておきながら、どうやらまだ諦める気がないらしい。けど・・・ああ、体が動く。立ち上がれる。
全身を包む痛みを無視して、まず上半身を起こす。そのまま手をついて、立ち上がる。
ひざは笑ってるし、今にも倒れそうだが・・・確かに、立てたな。階段を見上げると、もうこっちに背を向けている一輝がいた。
「待て、よ・・・」
「ん?」
億劫そうに首だけひねってこっちを見た一輝の表情は、つまらなさそうだったが・・・すぐに、変わった。笑みを浮かべてやがる。
「ふぅん・・・なんか見えたのか?十六夜」
「ああ、そうだな。見えたよ見えた。ってか、オマエ気付いてて最後にあれ持ってきやがっただろ?」
「さて、何のことだろうな」
ああ、気に入らねえ。こいつは間違いなく、勘なのかもしれねえが、確信があって約束を最後に持ってきやがった。だが・・・ここは、乗せさせてもらうか。
もはや悔しさすら感じられないが、それでも体を動かして階段を上る。
「それなら、聞かせてもらおうか」
おう、何でも聞きやがれ。そう言い返そうとしたが、口が動かない。まあ、下手に動かしたせいでこっちの気持ちを答えられないんじゃ意味ねえし、別にいいか。
「さあ、お前は今後どうしたいんだ?・・・答えろ、逆廻十六夜!」
「んなもん知るかよ!」
お、ちゃんと口が動いた。ついでに、階段を上る勢いも増していく。
「ああ、そんなもん知るかよ!もうごちゃごちゃして、俺がこれまで持ってたもんも全部ぶっ壊されて、明確な答えはわかんねえよ!」
腕で涙を拭って、鼻水も、鼻血も、ついでに今更気づいた口の端の血も拭って、動くのに邪魔だから上着を脱ぎ捨てる。
「けどな、アイツに約束したのは・・・黒ウサギと約束したのは、俺だ!」
これを言霊っていうのかは知らねえが、体中に力が満ちてきた。階段を、駆け上がる。
「確かに一つはお前にとられて、果たせなくなった!けどな、だからって残りまでくれてやる気はねえ!」
右手の拳を握りしめて、血が滲んでもさらに強く握りしめて、階段を上りきる。
「何より、好きなやつと交わした約束を守れないだけじゃなく、守ろうともできねえとか、そんな情けねえマネができるかよ!」
少し驚いた様子の一輝に満足しつつ、アイツの前まで走りながら右拳を引いて、
「だから、俺は最低限約束を守ろうとする!名を取り戻して、あの星空に旗印を刻んで、箱庭一になって、その三つを目指す!」
何ともなさけねえ、約束を守るとも言えないような情けない姿をさらしながら、それでもどこか納得したようで俺の口は自然を笑みを作っていた。相手を威嚇するしか能がなさそうな、笑みを。
「それで、文句あるか!」
そう言いながら一輝の顔に殴りかかる。体中ボロボロで、最初よりも間違いなく弱くなってるはずが・・・さっきよりも、いい音が鳴った。
さっきと変わらず一輝の左手に防がれたが、さっきとは違って衝撃は地面にまで伝わり、一部陥没する。
「・・・いい表情、いい目になったじゃねえか」
だがそれでも、目の前にいる一輝は揺るがない。しっかりとその左手で売れの拳を防ぎ切り、顔は笑みを浮かべていて・・・
「その目で言えるなら、文句はねえよ」
ああ、こりゃ俺一人じゃ一生勝てねえな・・・なんて考えながら、階段の一番下まで殴り飛ばされた。
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