リリカルなのは~優しき狂王~
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2ndA‘s編
第十七話~夜明け~
アースラ・艦橋
「ダメです!防衛プログラムの障壁を削りきれません!」
ブリッジクルーの一人が悲鳴のように声を張り上げる。その報告は焦りと共に他のブリッジクルー達に伝播していく。
艦橋に大写しになっている海上の映像では、未だに戦い続ける魔導師たちの姿が映し出されている。そこに映る彼ら彼女らは確かに善戦している。一般的な魔導師たちからすれば別次元と言っても過言ではないものだ。
しかし、それは防衛プログラムも同じで桁が違う。
まずボロが出始めたのは、管理局側の魔導師たちであった。最初に今できる全力の砲撃を打ち込んでいた彼女たちであったが、それは複数層展開されたナハトヴァールの魔法障壁を数枚抜いた時点で魔力残量の底が見え始めたのだ。
そもそも彼女たちはヴォルケンリッター側からの襲撃から始まり、限られた時間内での回復と戦線復帰を余儀なくされたため、それも当然の帰結であった。
そこからはもう悪循環の開始である。消極的になり始めた魔導師のカバーを別の魔導師が行うと、必然的にカバーに入った魔導師の魔力の消費量が増えその魔導師のカバーをまた別の魔導師が行う、というように。
(あと少し…………あともう少しなのにっ)
艦長席のリンディは唇を噛み締めながらも、アルカンシェルを放つためのセイフティロックを解除する作業をやめない。
(これをあれに放つだけなのに!)
見え始めていたゴールであるからこそもどかしい。最後の手順を踏めば、自身の夫の敵を葬れるからこそ浮き足立つ。
(あまりにも……遠いっ)
唇を噛む力が強くなった。
ブリッジクルーたちも少しでも突破口を見つけ出すために解析の手は止めない。だが、そこに悲壮感が生じるのは時間の問題になってしまっていた。
動かない――――否、動かせない現状に沈黙が降りようとした時、ひとつの報告がその空気を振り払う。
「魔力反応検知!これって……魔力ランク推定Sランク以上!」
海鳴市・海上
時間はほんの少しだけ遡る。
「……マズイな」
「既存の術式を検知。これは私たちと同じものです」
「……」
ライの呟きに応えるように蒼月が報告してくる。
蒼月の報告通りナハトヴァールは魔法の使用に置いて、ライの使用する魔力の圧縮し運用する術式を組み込んでいた。それが攻撃に使われているだけであれば、特に脅威とはならない。もちろん被弾すればただでは済まないが、固定砲台のようなナハトヴァールの攻撃を避けることは今交戦している魔導師たちには難しいことではない。
だが、それが防御術式に組み込まれているのであれば話は別となる。
元来、ライが魔力の運用に置いて圧縮という特異な物を選択したのは、機動六課という平均と比べてレベルの高い魔導師部隊において見劣りのする魔力量で彼女たちに匹敵するための力を得るためである。
この考え方は皇歴の世界においてのナイトメアフレームの運用においてのエネルギー問題が元になっている。少しでも長く、そして少しでも高性能な機体を運用するためには動力であるエナジーフィラーの消費を抑えるため、ハード面の効率化は必須であった。その為、ライは少量の魔力で高出力を出せる魔力の圧縮運用に手を出したのだ。
話を戻すと、少量の魔力で高ランク魔導師と張り合えるだけの運用法を冗談のような量の魔力を内包するナハトヴァールが、潤沢な魔力でそれを使用すればどうなるか。
答えは火を見るより明らかだ。
「ナハトヴァールが展開中の障壁は残り三層。あれを抜く前に恐らくはタイムリミットです」
「……よしんば抜けたとしても、コアを露出させるほどの余力は彼女たちにはない、か」
「肯定します」
内心で、人型の抵抗が消極的だったのは蒐集した魔力圧縮の運用を最適化するためのリソースを確保するためか、と今ではもう意味のなさない分析をしながらも、ライは視線を外さない。
「蒼月、パラディン」
「参加はしないつもりだったのでは?」
「無理はしないさ。でも、今更引く気はない」
相方の気遣いに対してひどい返答だと自覚しつつもライの意思は変わらない。
「無茶に付き合わせるね」
「「今更です」」
二機からの意趣返しのような返事に吹き出しそうになったが、なんとか堪えつつ意識を切り替える。
視線の先では残り少ない魔力と辺りの魔力を収束させ、ブレイカー級の砲撃を行おうと準備するなのは、フェイト、そしてリインフォースとユニゾンしたはやての三人がいた。それを確認した瞬間、ライは口を開く。
「彼女たちが砲撃する前に障壁を削る」
「「イエスマイロード」」
そう言うやいなや、背中側にあったため比較的損傷の少なかったエナジーウイングが展開される。その翼に色は鮮やかな翠ではなく銀。
「アクセルドライブ」
Cの世界との繋がりを感情の流入という痛みを抱えることで確認した彼は、この日一番の加速を見せた。
音を置き去りにし、なのは達の砲撃から退避している人たちも抜き去り、彼の視界にはナハトヴァールの醜悪な肢体と、濃密な魔力で編まれた障壁が広がった。
障壁との彼我距離が数メートルとなった瞬間身体を捻り、遠心力をタップリと含みませながら右足に魔力を収束させる。
すると、先刻行ったヴァリスの砲身を生成したように、脛に展開されていたパラディンの装甲部分を覆うように魔力で編まれた新しい甲冑が生まれる。
そしてそれが編まれるとほぼ同時に、ライの蹴りがナハトヴァールの障壁に叩き込まれた。
魔力で編まれた甲冑はそれにより砕け、轟音が大気を揺らす。
その衝撃と反動により、自身の体内から異音と激痛が生じるが、今は目の前のナハトヴァールの対処についての優先順位が上であると思考が断じる。
蹴りを放ったことにより崩れた姿勢をエナジーウイングの操作で持ち直しながら、再び魔力を収束させていく。
姿勢が整った瞬間、先の一撃と同じように一撃を放つ。
やっていることは単純な作業。しかし、扱っている魔力の量や運用方法が一般的な魔導師からは逸脱しすぎていた。
『迎撃が来ます。数は三』
「――――のっ!」
耳で直接聞いたのか、それとも念話で伝えられたのか認識できなかったが、エナジーウイングで回避行動を行う。
その際に生じた加速を更に蹴りの勢いに上乗せするため、身体を捻る。
身体の内側から更に異音が聞こえてくるが、蹴りが障壁に叩きつけられる音によりすぐに聞こえなくなる。
接触時の爆発するような音から数秒遅れて、一枚目の障壁に亀裂が入り人一人分が入れる程の穴が空く。
「――――」
ほぼ反射的にその中に飛び込み、再び魔力を収束し蹴りを放つ。
既にボロボロであったパラディンの装甲も損傷部から剥離し始めている。だが、それと引き換えに二枚目の障壁にも亀裂が入り始めた。
『接近警報!』
あと少しで抜けそうな二枚目の障壁越しにナハトヴァールの一部であった人型の何かが見える。
それは怪物のようなナハトヴァールから生えるようにして存在して、女性の姿をしている部分である。その姿はナハトヴァールの本体が出てくるまでライが交戦していた人型と酷似していた。
人型が障壁をすり抜けるようにしてライに近づく。間の悪いことにライは姿勢制御の途中であり、対応が遅れてしまった。
排除しようとすると言うよりは、どこか求めるように、若しくは愛おしむように人型が右腕を伸ばしてくる。
体勢が崩れている中、なんとか対応しようとするライは人型の右腕を弾こうと左腕を振るう。
鞭のように振るわれた左腕は振り抜かれるが、ライの望んだ結果をもたらしはしなかった。
「ぅあ?」
口から間の抜けた声が漏れる。何故なら振り抜いた左腕からは脱力感と気味の悪い安らぎを感じてしまったのだから。
心を犯されるようなその感触に嘔吐感を覚える中、視線を元凶となる左腕に向けると疑問が氷解する。
人の腕の形をしていた人型の右腕はいつの間にか木の根を彷彿とさせる触手となり、ライの左腕に張り付いていたのだ。
『三名のチャージが終わります!即刻退避を!』
悲鳴のような勧告が聞こえるが、それが誰の声かを今のライは認識する余裕がなかった。
触手は見た目通り、根を張るようにライの腕に潜り込み、這い登るようにして胴体の方に進行してくる。そこに痛みはなく、逆に安心感を覚え始めていく。それが更なる不快感をライに覚えさせ、焦燥を加速させる。
(ナハトヴァールが僕に拘った?ただの迎撃システムが何故?!)
思考は疑問と共に即時撤退を吐き出し続けている。しかし先程から振りほどこうとするも、既に深くまで潜り込まれている為か左腕がピクリとも動かない。
思考と本能が撤退の為に警鐘を鳴らし続ける中、一つの離脱の手段を思いつく。躊躇は一瞬。ライは自由な右腕にMVS形態の蒼月を呼び出すと迷いなくその刃を振るった。
「あああああああああああああああああああああ!」
自身の肩口近くを迷いなく切り捨てる。
そして、吸収されていく左腕を気にかけることなく、ライはエナジーウイングのから刃状の魔力を飛ばしながら、急速離脱する。
離脱の為に長時間の射出は出来なかったが、それでも数十にも及ぶ魔力の刃はナハトヴァールの人型を捉えた。そして障壁のないむき出しの状態でそれを防ぐ手立てをナハトヴァールは持ち合わせてはいない。
数十の刃が人型の身体に群がり刺し貫く。
「――――――――」
痛みを感じているのか、それとも取り込んだライの肉体の一部を取り込んだことに対する歓喜か、人型は口を開け人には理解のできない咆哮を上げる。
「ッ――――!」
そんな中、ライは確かに見た。
刃が引き裂いた人型の胸の内側。そこにシャマルに蒐集された際に見た、自身のリンカーコアと酷似した球体を。
「座標データの転送を――――」
『既に送信済みです!それよりも離脱を!!』
警告ではなく既に懇願するような声に応じるようにして、ライは即座に自身が開けた障壁の穴を潜る。障壁からでると、先程まで感じていたナハトヴァールの生物としての熱を感じなくなり、どこか清々しさを感じた。
「『アクセルドライブ』」
ライの声とデバイスの機械音声が重なる。
突撃した時と同じように景色が自身の後方に流れていく。しかし、今回はその時とは違った。
治療はしていても血液の補充はされていなかった為、失血がライの意識を奪いにかかる。
「ッ」
ギチリと唇を噛み切り、なんとか意識を繋げようとするが、既に痛みは身体全体で感じられ、今更気付けの役には立たなかった。
「―――――あ」
高度が下がり始める。眼下には先の攻防で使用された氷結魔法によって生み出された氷の大地が広がっている。
『『マスター!!』』
声が聞こえる。それが最後の活力となった。
身体を捻り、背中から墜落する。横滑りしながら冷たい大地を削っていく。既に自身がどうなっているのかすら認識できずにライは目を閉ざしていく。
最後に視界に差し込んだのは、三色の光であった。
後書き
ということで、ナハト戦終了です。
自分の文章力ではこれが限界でした。
次回はまとめというか、エピローグ的な何かで少し長めになるかもしれません。
話は変わりますが、この小説の総合評価が4000を超えていました。
これもここまで読んでくださった読者の方がいてくれたからこそです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いしますm(_ _)m
ご意見・ご感想をお待ちしております。
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