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劇場版・少年少女の戦極時代

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鎧武外伝 斬月編
  不枯なる果実の守り女

 光実は学校とビートライダーズのステージを終えて、いつものように呉島邸に帰宅した。

 ビートライダーズのオールスターステージで、貴虎ももう光実や碧沙がビートライダーズであることを知っているはずだが、何も言ってこない。
 スパイしろと言外に告げているのか、あるいは――光実たちの意思を尊重しているのか。

(後者はないか。うん、絶対ない)

 自分に都合のいい仮定を切り捨て、光実はドアを開けて玄関を通り抜けた。

 すると、数ある部屋の一つから碧沙が飛び出し、光実に駆け寄ってきた。碧沙は小学校の制服から着替えてもいない。

「光兄さんっ」
「碧沙? どうしたの」

 小走りに向かった碧沙を光実はしゃがんで受け止めた。

「タイヘンなの。こっち。来て」

 碧沙に引っ張られるまま光実はその部屋に入り、息を呑んだ。
 部屋の床は、ヘルヘイムの植物で覆い尽くされていた。

「どういうことだよ、これ」

 光実はしゃがんでヘルヘイムの植物の蔓の一本を掴んだ。

「ダンススクールから帰ってきて、玄関に入ったらもう果実の香りがしてた。それで家に入ったらこうなってたの。貴兄さん、まだ帰らないし、どうしていいか……」
「家の中でクラックが開いたのか……? 碧沙。離れないで。インベスも入り込んでるかもしれない」

 光実は碧沙の肩を掴んで自分のほうに抱き寄せた。

 光実はアーマードライダーだからいいが、幼い碧沙には身を守る術がない。インベスの爪にかかればたちどころに命を落としかねない。兄として、この妹がそんなことになる事態だけは避けねばならない。


 その時、空気が動いた。


 光実は碧沙を抱えて飛びのいた。その剣閃は一瞬前まで光実たちがいた場所を薙いだ。

「アーマードライダー!?」

 真紅のリンゴのアームズをまとった女騎士。片手剣にも盾にもリンゴの意匠。それが襲撃者の姿だった。

 真紅のアーマードライダーは間髪入れずに再び片手剣を振り下ろした。刃は今度、光実の右肩を掠めた。
 掠めたと言っても、アーマードライダーの一撃だ。ダメージは深いと光実も自覚していた。その証拠に、抱き上げていた碧沙の下半身を落としてしまった。

「兄さん! 血がっ」
「っ、このくらい、へっちゃらだよ。……誰だ、お前」
『誰か……そうね。仮に、イドゥン、とでも名乗っておきましょうか』

 イドゥン。北欧神話における、神を老いさせないための魔法の林檎の守り()の名だ。

 ユグドラシル・コーポレーションは世界各地に大きな恩恵を与えている。しかし、恩恵(ひかり)が強ければ反響(かげ)も濃くなるもの。どこで誰の恨みを買っていてもおかしくはない。

 イドゥンが()(たび)、片手剣を振り被って踏み出した。
 すると碧沙が庇うように光実の前に出て両手を広げた。

「朱月さん」

 振り下ろされた片手剣が、止まった。





「やっぱりそうなんですね」
『どうして……』
「わたし、鼻はけっこう利くほうなんです。あなたからは朱月さんの香りがしました。だから、朱月さんかなって」

 イドゥンは片手剣を引いた。

「朱月さん。どうしてこんなことを」
『あなたはあなたたち兄妹の父親が裏で何をしていたか知ってますか?』

 イドゥンは滔々と語った。

 ――かつて沢芽市の郊外に、児童養護施設があった。
 呉島天樹が慈善事業として設立した孤児院というのが表向きの姿。しかし裏では、ユグドラシルという組織の将来の指導者、研究者、工作員などの人材育成を目的としていた。
 そして「不適格」の烙印を押されたコドモたちは――


「人体、実験……」

 光実が呆然としたように呟いた。

『あなたたちのお父様もヘルヘイム感染してたんですよ。ヘルヘイム感染から逃れようとして、私の同類(きょうだい)使()()()実験はより過酷に、非道になっていきました。でも間に合わなかった。因果応報だわ』

 碧沙の中に父との思い出は無いに等しい。
 それでも天樹は碧沙の父親だった。

 実の父が藤果たちをそのような目に遭わせていた。自分が助かるためだけに。

 兄たちには「特別な者としての責務を果たせ」と教えてきた父が、誰よりもその責務から遠い行いをしていた。

「目的は復讐ですか。父が死んでも止まらないということは、あなたは」
『ええ、そうですよ。だってユグドラシルは残っている。まだ呉島天樹の血を引くあなたたち、それに……呉島貴虎が、生きている。私の復讐は終わってない』

 碧沙は、倒れてしまいたい弱さを懸命に抑え、口を開いた。

「いいえ。終わってないのは復讐じゃありません」

 訝しむイドゥンを、まっすぐ見上げた。

「あなたの中の悲しみです」
『ッ!!』


 どれくらい見つめ合っていたのか。

 光実が碧沙の肩を掴んで自分の後ろに隠した。

「僕は妹みたいに説得なんてしませんよ。僕が世界で一番許せないことはね、僕の兄妹と仲間を傷つけられることなんです。僕だけならともかく、あなたは妹まで傷つけようとした」

 光実が取り出したのは、戦極ドライバーとブドウのロックシード。光実はブドウの錠前を開錠した。

「変身」
《 ブドウアームズ  龍・砲・ハッハッハッ 》

 ()(すい)の甲冑が光実を鎧い、龍玄へと変えた。

 龍玄は碧沙に下がるように告げ、ブドウ龍砲をイドゥンに向けた。

『……あの人の背中に隠れてたあなたたちが、これほど強くなっていたのね』

 イドゥンが片手剣を構え直した。彼女のまとう空気が変わった。明確な殺気に。
 いざ、戦いが始まる――そんな時だった。

 部屋の外から早い歩調の足音がした。

 するとイドゥンは斜め後ろにふり向かないまま手をかざした。手の向こうに開いたのは、クラック。
 イドゥンがクラックに飛び込むと、クラックはあっというまに閉じた。

「光実! 碧沙!」

 ドアを乱暴に開けて貴虎が部屋に飛び込んで来た。

 龍玄がロックシードを施錠し、変身を解いた。

「襲われたのか」
「うん。でも逃げられた」
「ごめんなさい、貴兄さん」
「お前が謝ることじゃない」

 貴虎は碧沙の頭に手を置いた。

「光実。襲撃者の人相は見たか」
「いいや。変身してたから。ただ、誰かっていうのは分かったよ」

 そこで貴虎は暗い顔をして俯いた。碧沙は反射的に、貴虎の手を両手で包んだ。

「その襲撃者というのは、もしかして――」

 貴虎が口にした名前。碧沙は肯くしかできない我が身の無力さを悔いた。 
 

 
後書き
 あの時点で貴虎は同じ屋敷内にいた。つまり光実をサクッと殺って貴虎を狙うこともできたのに、彼女はそうしなかった。そもそも光実相手にも本気で臨んだかどうか。
 「愛憎入り混じった」という説明をどこかで見ましたが、案外、愛憎の「愛」のが強かったのではないでしょうか。 
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