産女
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6部分:第六章
第六章
「わしは神仏の類は信じぬ」
「はい」
朔太郎は信長のその言葉に応えて頷いた。彼は信長の前に控えている。城内の主の部屋でその信長の謁見を受けているのである。
「それはあやかしの類もじゃ」
「左様ですか」
「今までは信じていなかった」
そうだというのである。
「しかし今御主はこうして牛鬼の首を持って来た」
「この通り倒しました」
「ならば信じるしかあるまい」
こう言うのである。
「わしはこの目で見たのだからな」
「だからですか」
「左様、わしは今鬼の首を見た」
牛鬼の首をだ。それは間違いないのだという。
「だからこそ信じる」
「わかりました」
「そうか。あやかしもまた民を害するか」
そして信長はこうも言ってきたのだった。
「ならばそうしたあやかしは成敗していかねばな」
「成敗ですか」
「そうじゃ、民を害するならばじゃ」
信長の言葉は強いものだった。
「ならば成敗せねばならん」
「民を害するならば」
「左様、わしはただこうして城でふんぞり返っているわけにはいかぬ」
そのかん高い声で語る。そして顔は真剣そのものだった。
「民をおろそかにしては国は成り立つものではないな」
「はい、それは」
朔太郎も信長のその言葉に頷く。
「その通りです」
「そうじゃな。民は国じゃ」
信長はこうも話した。
「だからこそじゃ」
「ではだからこそですか」
「そうじゃ。そうしたあやかしはこれからも成敗する」
その言葉は強い。確かなものであった。
「そして」
「そして?」
「いざとなればわしも行く」
「殿もですか」
「戦場に出るのと同じじゃ」
「同じですか」
「左様、同じじゃ」
そうだという信長だった。
「戦もあやかしを成敗するのもじゃ。戦は天下の為」
「天下のですか」
「わしは天下を統一しこの日の本の国に太平をもたらす」
それが信長の望みだった。確かに天下人になろうという野心はある。だがそれだけではなかった。むしろそれ以上に国、即ち民のことを考えていたのだ。それが織田信長という男であった。
「その民を害するあやかしを成敗するのも当然であろう」
「殿御自らもですか」
「そうじゃ。わしもまた弓に槍を取る」
どちらも信長の得意なものだ。他に馬術と水練も得意としている。
「いざとなれば素手でも戦ってみせようぞ」
「殿はそう仰いますか」
「無論、わしとていくさ人よ」
語るその顔がさらに真剣なものになった。
「それも当然よ」
「わかりました」
朔太郎はその言葉を受けた。それ以外のものも。
そしてそのうえでだ。こう信長に言ったのである。
「では殿」
「うむ」
「この朔太郎、これからもあやかしを」
「成敗していくのだな」
「無論戦の場でも」
そのことも忘れてはいなかった。武士として。
「存分に活躍して見せましょう、殿の為に」
「その言葉二言はないな」
「はい」
しかと返した言葉だった。
「ですから」
「わかった。ではこれからも頼むぞ」
「しかと」
「天下の為にその力思う存分使うがいい」
これが信長の彼への言葉だった。朔太郎は褒美を得たがそれ以上のものも授かったのだった。これ以降も彼は信長、そして天下の為に働いた。あやかしを倒し戦の場を駆け巡った。彼の名は今も古今無双の豪傑として残っている。だが彼が信長に見せた牛鬼の首の行方はわからない。信長はそれを持っていたようであるが本能寺の変の騒動で焼けてしまったらしい。今その首が何処にあるのかは誰も知らない。
産女 完
2010・4・9
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