自分の力で
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第四章
「絶対に持っておくんだよ」
「どうしても?」
「どうしてもだよ、それじゃあ」
「お昼をなの」
「食べに行こう」
「わかったわ、それじゃあね」
「困ったことがあったら僕に何でも言うんだ」
ジョアンはソフィアに必死の顔で言葉を続ける。
「いいね、いじめてくる歌手やおかしなことを言う指揮者や演出家がいれば」
「そういう人がいたら?」
「僕がやっつけてやる」
本気での言葉だった。
「筆誅を加えてやる、雑誌に書くだけじゃなくてブログでもツイッターでも書いてやる」
「ネットでもなの」
「当然だ、どっちでも書いてやる」
ブログやツイッターでもだ、ジョアンはいつもソフィアのことを書いている。それはいつも絶賛でソフィア信者とさえ言われている程だ。
「神様が許しても僕が許さない」
「そういうことはないから」
「あと変なことを言う評論家がいれば」
こうした人は何処にでもいる、イギリスのクラシック界にも。
「同じだ、僕が許さない」
「歌手は批評されるものよ」
「批評にはいい批評とおかしな批評があるんだ」
このこと自体は正論である。
「おかしな批評、ベックメッサーみたいなのは駄目だ」
「ニュルンベルグのマイスターの?」
「そうだ、そういえばソフィアはワーグナーも歌っているね」
「ええ、そのマイスタージンガーのエヴァもね」
この作品のヒロインだ、ワーグナーの作品のヒロインでは極めて数少ない普通の町娘である。ただし歌う時間は相当に長い。
「歌ってるわ」
「それならベックメッサーは嫌いだね」
「ああした批評家は歌手だとね」
「好きな人はいないね」
「それは事実だけれど」
それでもとだ、また言うソフィアだった。
「けれどね」
「けれど?何だい?」
「そんな筆誅とかブログとかで書くことは」
「駄目だっていうのかい」
「普通にあることだから」
オペラ歌手をしていればというのだ。
「だからね」
「いいのかい?書かなくて」
「いいから」
「ソフィアがそう言うのならいいけれど」
ジョアンもだ、しかしまたすぐに言い出すのが彼である。
「僕としても」
「そう、それで今から」
「食べに行こう、パスタを」
「舞台の為に」
「ソフィアなら最高のヴィオレッタになれるよ」
椿姫のそのヒロインにというのだ。
「そしてモンセラ=カバリエみたいになれるよ」
「カバリエさんなのね」
「カバリエは偉大だよ」
スペインのソプラノ歌手だ、その技巧と役のレパートリーの多さで知られている。
「カラスやテバルディにも匹敵する」
「そのカバリエさんみたいに私が」
「なれる、いやすぐになる」
ジョアンは断言させした。
「だからだよ、今宵の舞台の為にも」
「今からなのね」
「行こう、食べに」
このこと自体はソフィアにとってもよかった、そしてだった。
ジョアンと一緒にそのイタリアンレストランに行ってパスタを中心としたイタリア料理を楽しんだ。だが食べた後でだった。
ジョアンはソフィアの分まで払おうとする、しかしソフィアはその彼に言った。
「だからいつも言ってるでしょ」
「君の分はかい?」
「私が払うから」
「そんなことはしない」
ジョアンはここでも意固地に言うのだった、イタリア調の洒落た店の中で。
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