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豹頭王異伝

作者:fw187
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暗雲
  非常警報

『異常無し。
 パスワードをどうぞ』
 澄明な水晶の波紋を連想させる思考が閃き、合成音声が脳裏に響く。
( 命令をどうぞ )
 複雑な事柄を言葉化する手間を省き、思念波入力モードに切り換える。

(搬入した重症患者の治療を頼む。
 未知の黒魔道が作用しており、ベック公ファーンや私とは症状が異なる。
 治療へ入る前に、診察結果を報告せよ。
 適用される治療方法から、所要時間を計算して欲しい)

 公開禁止技術に相当する故セカンド・マスターも出て行け、と言い出すのだろう?
 不貞腐れた思考を読み取られぬ為、サイコ・バリヤーを強化するが。
 アルド・ナリスの些か失礼な予測は、見事に裏切られた。

( 治療請求者には放射能症が確認され、正常な血液が循環していません。
 合成された粗悪品が全身を浸蝕変質させつつあり、人工透析が必要です。
 基礎的な細胞神経の活動が妨げられ、新陳代謝に異常が生じています。
 複製の肉体へ意識内容を移植、或いは改造体への細胞変換が必要となります。

 治療請求者の細胞が発する固有の震動周波数は、ファイナル・マスターと同一。
 両者の直接対面は論理的矛盾、時間矛盾排斥現象《タイム・パラドックス》に該当。
 時空雪崩現象《クラッシュ》、次元なだれ惹起の確率75%。
 四次元時空連続体の崩壊、時震《タイム・クェイク》誘発が懸念されます。

 報告事例に拠れば《時震》発生の際、細胞震動周波数の同一所有者は共存不可。
 エネルギー総量の少ない方が、固有の四次元時空連続体より弾き出されます。
 要治療者が当時空から排斥され、次元放浪者となる確率99.999%。
 当第十三号転送機の内部設備では、想定される事象の回避は不可能。

 複製体の製造及び意識内容の移植、改造体への細胞変換は能力を超えています。
 母船《ランドシアⅶ》の医療室への移動、関連設備の作動許可が必要ですが。
 該当作業の認可は、セカンド・マスターの権限を越えています。
 治療の実施を求める場合には、ファイナル・マスターの許可が必要です )

 最後の常套句を除き、想像を遙かに上回る衝撃的な宣告が下された。
 アルド・ナリスの顔面も蒼白となり、闇色の瞳が宙に彷徨う。
 細胞震動周波数が一致する、との説明を素直に受け取るとすれば。
 スカール、グインは同一人物とも解釈されるのではないか?

 ヴァレリウスも何と言って良いか見当も付かず、おろおろと両手を揉み絞っている。
 狼狽を隠せぬ策謀家2人の耳を、ヨナ・ハンゼの冷静な声が貫いた。

「想定外の事象が確認されたと判断し、ファイナル・マスターへ状況を説明せよ。
 其の様に命令していただくのが妥当ではないか、と思われます。
 我々に判断可能な水準を超えています、グインに決定を委ねる方が良いでしょう。
 ファイナル・マスターの関係する事柄である以上、妥当な判断と推察します」

 咄嗟に良く其処まで推察を巡らし、言葉に出来るものだ。
 灰色の瞳に讃嘆の色が浮かび、ナリスも我に返った。
 ヨナと良く似た黒い瞳が煌き、理解の光が射す。

「ヨナ、礼を言うぞ。
 早速、試してみよう。
 セカンド・マスターより、第十三号転送機へ。
 ファイナル・マスターの判断を仰ぐ必要が有る、連絡を取り状況を説明せよ。
 大至急、許可を得てほしい」

( 了解しました、ファイナル・マスターと連絡を取ります。
 暫く、お待ちください )
 スクリーンに銀色の光が輝き、白い銀河系が再び表示された。

 驚くべき己の秘密について何も知らぬまま、南の鷹は固く眼を閉ざし眠り続ける。
 3人は互いに掌を合わせ、口を使って喋る手間を省き接触心話に入るが。
 数タルザンは余裕があるだろうと踏んだが、ナリスの予想は再び覆された。

( ファイナル・マスターは応答せず、思考波も探知不能。
 意識レベル変更の命令を再試行中ですが、反応無し。
 生命反応、心拍数、共に基準値を超える異常な数値は測定されていません。
 思念波増幅装置の強度を最大に設定後も、状況は変化せず。
 ランドックのグインは睡眠状態と判断されますが、顕在意識の励起不能。
 <セカンド・マスター>アルド・ナリスに、安否確認を要請します )

 一切の弛みを許さぬ鋼鉄の如く論理的な思考が乱れ、音声が震えている様に聞こえる。
 アルド・ナリスも衝撃を受け、初めて体験する事態に声が出ない。
 ヨナも根拠の無い推測を言葉化する事は控え、ヴァレリウスは思考停止状態に陥った。

(ギールは何と言っている、心話は通じるか!?
 水晶球に映像を投影する遠隔視、千里眼の術で確認してくれ!)

(通じません、応答の気配も無し!
 全員、眠っている様に見えます!!
 歩哨は倒れていますが、外傷は見当たりません!
 ギールや他の魔道師に念波を送り込んでいますが、反応無し!!)

(夢の回廊か、或いは新手の黒魔道か?
 上級魔道師6人の意識が奪われている以上、迂闊な接近は危険だ。
 ヴァレリウス、魔道師軍団全員を連れて行け。
 状況を探るに留め、心話の接触を絶やすな)
(ロルカ、ディラン、私の3人で偵察に向かわせてください!
 足手まといの無い方が動き易い、下級魔道師達に遠隔心話を中継させます!!
 本当は私達3人が護衛に残り、他の者を偵察に差し向けるべきなんですよ!)

(私は瞬間移動で逃げ出せる、古代機械を使ってね。
 妖魔や竜の門に襲われても、大丈夫だよ。
 問答無用だ、優先順位を間違えるな。
 ケイロニア王に恩を売り、貸しを作る絶好の機会(チャンス)だ。
 グインは総ての鍵を握り、分岐の先に世界を導く《選ぶ者》。
 《一匹の豹が現れ、世界を守るであろう》と予言された男なのだからな)

(ナリス様の護衛を、カロン大導師に頼む事は構いませんね?
 命令に従い、魔道師軍団全員を連れて偵察に向かいます!
 心話で連絡を入れますから、古代機械から離れないで下さい!!)
(アルド・ナリスの名に懸け、約束は守る。
 ファーンを呼んでおくれ、古代機械も文句は言わないだろう)

 ヴァレリウスは外の魔道師達に向け、心話を飛ばし全員の念波を統合。
 灰色の眼と闇色、漆黒の瞳が瞬時交差し魔道師軍団の指揮官は退出。
 ベック公が緊急事態と聞き、畏怖の感情を懸命に抑え駆け込んで来る。

「急に呼び付けて済まない、ファーン。
 何故か不明ですが、ケイロニア軍と全く連絡が取れないのです。
 或いは新手の黒魔道を操り、奇襲が仕掛けられたのかもしれない。
 古代機械で魔道師を送り大至急、状況を確認しなければなりません。
 誠に申し訳無いが暫くの間だけ、我慢してください」

「何を言ってるんだ、私の事など構う必要は無い!
 他に何か私に出来る事があれば、何でも構わないから言って下さい。
 聖騎士団に命令し全員連れて来い、と言ってくれれば即刻クリスタルへ行く。
 貴方の思う通りにしてくれ、覚悟は出来ているよ」

「ありがとう、ファーン。
 今は此処で待機していただく事が、最も重要です。
 此の部屋に残りスカールが攫われない様に、私と一緒に見張ってください。
 相手は未知の黒魔道を操ります、不意を突いて異次元の蜘蛛が現れるかもしれない」

「わかった!
 太子は生命を賭けても救う、グル族の皆と約束を交わしたのは私だ。
 スカール殿から目を離さず、魔物の類が現れれば切り捨てる。
 それで良いのか、ナリス」

「最高の返事です、貴方は話が早くて助かりますね。
 感謝しますよ、ファーン」
 ベック公は従兄弟を護衛する役割、使命を得て精神的動揺を克服。
 ヨナは冷静に第三王位継承権者を観察、不安を拭い去る精神誘導の効果を測る。

 ヴァレリウスは魔道師軍団の指揮を執り、閉じた空間の術を起動。
 サラミス公の居城を離れ、ケイロニア軍の野営地に急ぐ。

(天幕の中に直行すれば、仕掛けられた罠に落ちるかもしれん!
 野営地の手前で、閉じた空間を出るぞ!!)
 心話が全員の脳裏に響き、イリスの光を浴びる夜景の一角に闇が渦巻いた。

 魔道師達の姿が闇の中から現れ、周囲の空気を撫でる。
 異様な気配は感知されず、異次元の怪物が召喚された痕跡も無い。

(俺1人の方が気配を消して動ける故、罠の有無を探って来る!
 他の者は此の場で待機、ロルカの指揮に従え!!) 
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