| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

豹頭王異伝

作者:fw187
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

黎明
  従者と侍女

「おぬしが、パリスか。
 以前、会った事があるな。
 あれは確か、バルドゥール子爵へ丁重に退去を願った際であったか。
 シルヴィアを何よりも大切に想い、忠誠を捧げる真摯な漢と聞いた。
 本来ならば良人の俺が、シルヴィアを支えてやらねばならぬのだが。
 誠に申し訳無い、心底から礼を言うぞ」

 深々と頭を下げ、苦渋の滲む真摯な声を絞り出す豹頭の戦士。
 大男の背後に隠れ、様子を伺う年若い侍女が眼を丸くする。
 パリスの口から聞き取り難い、潰れた低音の声が漏れた。

「王様、早く帰って来てくれ。
 俺では役不足だ、シルヴィア様には王様でなければ駄目なのだ。
 わからないのか、姫様をお救い出来るのは王様だけだ。
 何故、シルヴィア様を置き去りにしたのだ。

 一刻も早く、帰って来てくれ。
 王様が難儀をしている事は、良くわかっている。
 でも、それは承知の上で、結婚したのではなかったのか。
 頼む、姫様を不幸にしないでくれ」

 忠実な従者は誰よりも深く、シルヴィアを扱う艱難辛苦を理解している。
 果てしなく続く永劫の責苦、迷惑この上も無い困難至極な苦行であるのだ。
 グインの苦悩を理解し、共感し得る者は誰も居らぬ。
 唯一人、パリスを除いては。

「済まぬ、出来る限り早くシルヴィアの許へ戻る。
 約束する、俺が戻るまでの間だけ彼女を護ってくれ」
 豹の表情が歪んだ。
 髑髏の眼が光り、王の苦悶する様子を興味深く観察する。

 鈍重な水牛を連想させる従者の瞼が微かに動き、細い眼が光った。
 豹の丸い円瞳を大胆にも、正面から覗き込む。
 グインは眼を逸らさず、言葉にされぬ疑問を投げ掛ける視線を受け止めた。
 シルヴィアの我儘に根を上げて逃げ出し、帰国を引き延ばしている訳ではない。
 表情は変わらぬが、納得の気配が漂う。
 従者パリスは皇女の夫、グインに深々と一礼した。

 中原に於いて誰一人として知る者の居らぬ、豹頭王の試練。
 グインが中原に現れる遙か以前から、シルヴィアの八当たりを何度も体験している従者。
 共通の経験を持ち、豹頭王の試練を理解し得る唯一の男パリスの顔に同情の色が滲む。
 内心を吐露した所で何ら支障は無く、心底からの共感を得られたであろう。

 竜騎士の大群に包囲され、勝ち目の無い闘いへ身を投じる方が遙かにマシだ。
 グインは思わず閃いた思考を面に表さず、頷くに留めた。
 パロの魔道師達、侍女クララが見ている。
 彼等の前で、愚痴る訳には行かぬ。

「おぬしが、クララか。
 すまぬ、世話を掛ける。
 シルヴィアの相手をする辛さは此の俺自身が、誰よりも良く理解している心算だ。
 誠に心底から申し訳が無い、としか言い様が無い。
 この通りだ」

 豹頭王は両膝を床に付き、土下座した。
 王妃付の侍女が顔色を変え、動転し悲鳴を上げる。
 牛を思わせる大男、パリスも眼を丸くした。

「そんな、王様!
 お顔を上げてください!!
 いいんです、私は慣れてますから!
 素敵なお友達も出来て、本当に感謝しています!!

 パロの魔道師様が来て下さるまでは、誰も助けてくれませんでした。
 何で私だけが貧乏籤を引かなければならないのか、ずっと恨んでいました。
 でも、何もかも良くなりました。
 ディラン様が宰相ハゾス閣下、アキレウス大帝様にお話して下されたお蔭です。

 私も過分なお褒めの御言葉を頂いた上、今までの苦労賃と申し訳無い程の心付けも頂戴しています。
 王妃様の悪口を言触らし辛く当たっていた意地悪な女官達は全員、交代の上罰を受けました。
 シルヴィア様の専任として他の仕事は全て免除され、充分な休憩休息を頂いています。
 ヴァルーサさんに踊りを習い、愚痴を聞いて貰えるので精神状態も良くなりました。
 
 勿体無い程に分不相応な処遇をして頂いて、とても感謝しています。
 御礼を申し上げなくてはいけないのは、私の方です。
 魔道師様が来て下さったのも、王様が、パロをお救いになられた故とお聞きしています。
 本当に、ありがとうございます。

 畏れ多くも大帝アキレウス様から直々に、娘を宜しく頼むと御言葉をいただきました。
 王妃様の姉君オクダヴィア様も、私の代わりに辛い思いをさせたと涙を流して下さいました。
 私も心を入れ替え、出来る限りの事をさせていただきます。
 シルヴィア様にお幸せになっていただく為、お勤めを果たします。

 私の事は、気になさらないでください。
 王様から直接お褒めいただいただけで、身に余る程の光栄でございます!」
 平伏する侍女、クララの頭上に。
 豹頭王の本音、とも思える幻の声が響いた。

「誠に済まぬが宜しく頼む、ハゾスには給付を倍にせよと伝えておく。
 お蔭で多少安心出来た、可及的速やかに決着を付け黒曜宮に戻る心算だ。
 シルヴィアは手強いと思うが、何とか面倒を見てやってくれ。
 他に頼れる者は無い故、当分の間、パロの魔道師に常駐を御願いする。
 俺がサイロンへ戻れば、おぬしらにも交代で休んで貰う余裕が出来るだろう。
 それまでの間は辛いと思うが、相手になってやってくれ」

 グインの目配せを受け、闇の司祭が頷く。
 平伏する従者と侍女の視野から、幻影が消えた。


「もう、良いじゃろ?
 木っ端魔道師も、時には役に立つ。
 売国妃が一旦ケイロニアに破滅を齎すかどうかは、わしの口からは言えぬがね。
 王が付き添っておらずとも、問題はあるまい。
 放っといても構わん、シレノスの貝殻骨は大丈夫だよ。
 そんな事はどうでも良いから、早く、アモンをやっつけてくれ」

 駄々っ子の様に騒ぎ立てる闇の司祭、ドール教団の最高導師グラチウス。
 物騒な光を浮かべ掛けた瞳が煌き、グインは笑いを噛み殺した。

「まあ待て、次だ。
 ゴーラの宰相、カメロン殿と話をせねばならぬ。
 サイロンと同様、パロの魔道師が派遣されている筈だ。
 或いは宰相カメロン殿の許ではなく、アムネリス王妃の許かもしれぬがな。
 本来ならば闇の司祭に聞かれる等、以ての外と言いたい所だが。
 已むを得ぬ、大目に見てやる。
 アルセイス、いや、ゴーラの新都イシュタールと心話を繋いでくれ。
 それとも先刻までの遠距離心話で遂に、魔力を使い果たしてしまったかな?」

 豹頭王は黄金と黒玉の毛並み、髭1本も震わせる事無く鉄面皮で放言。
 闇黒の髑髏が憤怒の表情を昇らせ、深紅に染まる。

「何を言うか!
 グラチウス様が魔力を使い果たす等、ある訳ゃ無いわい!!
 わしの広大無辺なる神の眼、時空を超越する遠隔視の奇蹟《ミラクル》。
 千里眼《クレアボワイヤンス》の秘術を用いれば、造作も無き事よ。

 人使いの荒い豹だ、なんて横暴な奴じゃ!
 特別に披露してやるから、有難く思うが良いぞ。
 ふむ、カメロンの寝室に魔道師の波動は無いな。
 王妃の寝室を覗くのは気が引けるが、わしが見たいと思った訳ではないぞ。
 光の公女から苦情《クレーム》を付けられでもしたら、かなわん。
 王の要望に従った、それだけの事なんじゃからな!」

 黄金に黒玉の戦士、豹頭王グインは鉄面皮を崩さぬ。
 髭が微かに震え、哄笑の衝動を雄弁に語った。
「一々、横言を言うな。
 それでも世界三大魔道師の一人、齢800を越える伝説の大魔道師なのか。
 喧しい。古代生物を名乗る淫魔と同じではないか。
 全く、剽軽な奴だ」

 真紅に染まった髑髏が紫色《パープル》、空青色《スカイ・ブルー》に変化。
 変色龍《カメレオン》の如く顔色を変え、水晶の髑髏《クリスタル・スカル》に変化。

「816歳、だと思ったがね。
 何時も心は十六歳じゃよ、ヒョヒョヒョヒョヒョ。
 あぁ、やっと見つけた。
 あんまり弱い魔力なんで、よう見えなんだ。
 余りに御粗末と言うか緩い結界じゃで、気が付かんかったよ。
 いや、そうでもないか。
 一人前に、気配を消しておるのだな。
 ほら、こやつだよ」

 映像の中には健康な寝息を立てる赤子、添い寝する豪華な金髪の女性が見える。
 寝室の角に闇が渦巻き、魔道師が現れた。
 イーラ湖畔の森に居るグインの眼に視線を合わせ、拝礼。
 滑らかに唇が動き、流暢に言葉を紡ぎ出す。

「初めて御目に掛かります、ケイロニアの豹頭王グイン様。
 パロ魔道師ギルド、魔道師の塔に所属する上級魔道師エルムと申します。
 不束者でありますが拝謁の機会を賜り、光栄至極でございます。
 下級魔道師3名は情報収集等の為、カメロン宰相閣下に御預け致しました。
 1級魔道師レインと交代で誕生直後の王子、王妃の周囲に結界を張っております」
 水晶の髑髏《クリスタル・スカル》が顔を顰め、鋭く舌打ちの音を響かせた。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧