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前書き
面倒なので全ての章をぶちこみました、本当は縦書きです。
プロローグ~木と鉄の国
生けとし生きる者達全てを照らし出す眩い日差しが山の表面を黄金色に照らし、目を覚ました茶色い兎達が楽しげに跳ね回り、その兎を狙って鷹が蒼く白んだ大空を飛び回る頃、一人の旅人がその山の頂上へと辿りつこうとしていた。
「――もうそろそろか・・・」
旅人はこげ茶色に煤けた長いコートについたおだもみの草を軽く払って、腰に巻きつけたポーチから小さな真鍮の双眼鏡を取り出し、頂上へ着いた時に現れるであろう素晴らしい景色に備えた。長く続いた旅路も今日で最期、明日からは自分が永住すると決めたその国で新たな生活を送るのだ。旅人は自身の胸の奥が熱くなり、高揚するのを感じた。
ゆっくりと脚を踏み出して、一歩、そしてまた一歩、旅人は山を登っていく、一度、頂上付近で休憩をとった。重たい荷物を降ろし、鞄から小さな携帯食料を二つ取り出して、それを頬張った。口いっぱいに無機質な味が広がり、こぼれた欠片は足元を這う蟻達が持っていった。旅人は口を動かしながら、水筒の蓋を開けて、一滴も水を溢さぬように気をつけながら飲んだ。
ささやかな食事を終えた後、数十分だけ休み、旅人は再び重たい荷物を背負って立ち上がった。先ほどまで寒々としていた空気がすっかり昇りきった太陽に温められ、とても心地が良くなっていた。
「後少し、後少しだ――」
旅人は自身に言い聞かせるように呟きながら、一歩づつ山を登る。彼が山頂に着いたのは、それから数分後の事だった。
山吹色に輝く大地、そして山々を彩る美しい紅葉に目を奪われる。だが、そんな美しい景色よりも、それを凌駕するほど、その国は綺麗だった。
洗練された白い城壁、そしてその白い城壁を護る為に立ち並んでいる鋼鉄の巨人達。彼らの足元ではせかせかと黒い小さな影が走り回っている。旅人は双眼鏡の丸い視界から、その国をじっと見つめていた。
「--あれか・・・想像以上に綺麗な国だな、流石機械と自然が豊かな国なだけある、俺もあの国で生活するんだ・・・」
旅人は顔をほころばせ、双眼鏡から目を離した、なんとか日没までには国の中に入りたい。旅人は手に持った双眼鏡を再び腰のポーチにしまうと、下山する為にまた歩き始めた。
第一章~鋼鉄の王子
「(王子~、王子!何処にいらっしゃるんですかー!?王子ーっ!)
豪華な装飾品で飾られた鈍色の廊下を、ずんぐりとした体型の男がその小さな脚を懸命にばたつかせて走り回っている。アルはその光景を廊下の真ん中のちょうど部屋と部屋の間にある掃除用具等を入れるような小さな物置の陰に隠れて見つめていた。
「(王子~、早く稽古を終わらせないと、お父上がお怒りになりますぞ~!?)」
ずんぐりとした体型の男は廊下の真ん中まで来ると、両手を膝について息を整え始めた。その男はやがて膝から手を離し、その離した手を自分のかぼちゃパンツの中に突っ込み、すっかり汗でずぶぬれになったハンカチを取り出すと、いそいそと額の汗を拭い、それからまたそのハンカチをパンツの中に突っ込み、またばたばたと走り始めた。
(よし、今の内だ!)
その男の姿がすっかり遠くへと無くなってしまってから、アルは万が一にでも男に気づかれないよう、そろりそろりと足を進め、非常にゆっくりとした動作で物置から顔を出した。辺りは猫の鳴き声一つ聞こえない、静寂に包まれていて、人の気配はまるで無い。それもそのはず、今日はこの国の設立記念日、この国の王、そしてその従者、国民、誰もがこの国の誕生日に浮かれ、城内は殆ど人が居なかったのだから、大きな国の城の中に人が居ないのは当たり前の事だった。
(うん、これなら大丈夫、誰にも気づかれずに城の外へと出られる!)
アルは嬉しそうに固く結んでいた口を解き、にやっと笑ってそのまま鈍色の廊下を走り出した、廊下は一人の少年が走りぬける足音と、時折響く歯車の音だけがこだました。
城内の造りは比較的シンプルだ、長く全てが金属で作られた廊下に沿って様々な部屋が設置されている。それ以外はというと、城の上層部へ向かう為の螺旋階段が廊下の延長線上に二つ、それぞれ対になるように有って、後はただただ、大きな正門が一つ螺旋階段の間にあるだけ。
アルはその長い廊下を風のように走り抜けて、正門まで辿りついていた。
「(――はぁ、はあ、王子、王子はここに居らぬか~)」
アルが長い廊下の角を曲がろうとしていた時、あのずんぐりとした体型の男の声が角の向こう側から響いてきて、アルは角にさっと背中をくっつけ、身を隠した。ずんぐりとした男の声に、正門の見張り番とおぼしき男の声がめんどくさそうに答える。
「(大臣殿、今日も王子と追いかけっこですか?今日も王子はここには来ていませんよ。ああ、それとも、兵士長の私が悪戯小僧を一人でも通すとでもお思いですか?)」
兵士長の言葉を聴いた大臣が早口で兵士長にまくし立てる。
「(追いかけっこなんて優しい事じゃないわっ!今日は大事な国設立記念日だぞっ!?国民全員が王子の新たな魔法と剣術を楽しみにしているというのに、王子ときたら『そんな堅苦しい事は嫌だ!』と言って稽古部屋を飛び出してしまったんだ!ああ、もう、どうすれば良いんだ!?これじゃあ私の立場が危ういうじゃないか!なあ?おい!本当に王子がどこに居るのか知らないのか?)」
金属を擦り合わせたような大臣の声に、兵士長はうんざりしたような声で
「(そいじゃあ早いところ探した方が良いんじゃないですか?少なくとも王子はここを通っていませんし、私は王子が居る場所を知りません、こんな所で油を売っていると王子にまた城の外へと出て行かれますよ?)」
大臣は兵士長にそう言われると、声を鎮めて、
「(ふぅむ、そうか、ならば引き続きここの門番を頼んだぞ、もし王子がここを通ったら捕まえておいてくれ)」
と言い、何やらぶつぶつ呟きながらアルが隠れている角とは反対方向の螺旋階段に向かって歩いていった。
アルは良し!と拳をぐっと握って内心喜んだ。あのうざったい大臣さえ居なくなってしまえばこっちの物だ。兵士長とは仲が良い、きっと通してもらえるだろう。アルは角から大臣の背中が螺旋階段の上へと消えるのを待ってから、角を飛び出した。
「(兵士長っ!)」
声をかけられた兵士長はにやりと口の端を歪めて笑い、
「(おやおや、王子ではありませんか、今日も大臣と追いかけっこをして、楽しいですか?)」
「(楽しくなんかないよっ!ううん、それよりも、ここを通しておくれ、今日は設立記念日なんかより大切な日なんだ)」
王子がそういうと、兵士長はふふっと笑う。
「(王子、すいませんが、わたくしめはあのずんぐりむっくりな大臣に王子を見つけ次第捕まえてくれと申し付けられてるんです、ですので、王子を見つけ次第、私は王子を捕まえなくては鳴りません)」
「(えぇ!?じゃあどうすれば良いのさ!)」
「(ところが王子、私は今とても目が痛くてですね、王子をまだ見つけられていないのです、残念ですけど、私はまだ王子を見つけていないので、王子が今の内にここを通っても私は気づくことが出来ません、王子を見つけられないのです、ああ、大臣に申し訳無い、鉄の国の最終兵器とも呼ばれたこの私は小さな国の王子一人見つける事が出来ないのですから)」
兵士長は王子が嬉しそうに顔をほころばせるのと同時に、両腕で目を隠した。
「(ああ、目が痛い痛い、とてもこれでは猫が通っても気づくことが出来ない、誰か目薬をくれないだろうか?早くしないと誰かがこの正門を通り抜けてしまう!)」
「(ありがとう!兵士長!これであのお堅い祭りに参加しなくても済むよ!)」
アルは兵士長の脇をさっと駆け抜け、正門の橋を渡った。アルが駆けて行った後、兵士長はアルが居た場所を見つめ、そっと囁くように、そしてどこか楽しげに呟いた。
「(おやぁ?先ほど王子が目の前に居たような気がしたのだが、私が目を擦ると消えてしまったぞ?おお、そうか、先ほどの声と姿は気のせいだったか!)」
兵士長の独り言が終わると同時に、螺旋階段をばたばたと走って降りてくる音が聞こえ、大臣が足をもたつかせながら走ってきた。兵士長は大臣が走って来たのを見て、少しだけ吹き出しそうになりながら、声をかけた。
「(おおう、大臣、そんなに慌てて走ると転んでしまいますぞ?)」
兵士長のおちょくるような言葉を聞いた大臣は顔を真っ赤にして、
「(見張り番!先ほど王子が外に出て行ったように見えたが、もしや貴様、王子を通しておるまいなっ!)」
王子を自ら逃がした事を思い出しながら、兵士長は出来る限り嘘がばれないように、そして大臣の真っ赤な顔と慌てように、思わず笑い出しそうな声を必死に押さえつけ、壊れたパイプオルガンのような低い声で言った。
「(いいえ、王子はここを通っておりません、ひょっとすると王族だけが使えるという抜け道から出て行ったのでは?)」
「(なんと!では王子はもう・・・)」
大臣が目を丸くするのを見て、更に吹き出しそうになりながら、兵士長は答えた。
「(ええ――おそらくはもう、外へ出てしまったでしょうね、大臣が私とおしゃべりを楽しんでいる間に)」
「はあっ、はあっ、はあっ・・(良し!あと少しであの森だ!!)」
アルは灰色の城を背に、大きな草原を走っていた、少し黄色がかかった草わらがそよ風を受けて靡く、とても美しい草原だった。群青色のズボンから突き出した、きらきらと眩い銀色の脚が足首ほどの長さの草を踏み潰し、体中から聞こえてくる小さな歯車が動く音が聞こえる。耳を澄ませば、その機械の音以外にも、秋の虫達が羽ばたく天然の楽器の音や、小さな草食動物たちが大地を跳ね回る音が聞こえてくる。
草原を駆け抜けながら、アルは思う、あの陰気臭く、全てが鋼鉄で出来た非自然的な造りの城を出て、こんな広くて綺麗な場所に住めたらどれほど良いだろうか、毎朝、黄金の太陽と共に目覚め、朝食の準備をしに外に出て、小動物たちと戯れ、昼はゆっくり読書をしながら木苺の葉で作った紅茶を楽しみ、夜は暖かな炎で作られた質素な夕食をとり、木で作った楽器を虫達と共に奏で、歌を歌い、疲れたら柔らかな闇に抱かれて眠る。勿論、小さな窓を天井にでもこしらえて、表情を毎日変える月を仰ぎながら。
しかし、現実とは残酷なもので、この小さな少年のささやかな願いは叶うはずもなく、ただただ、現実をより苦しいものに変えているだけだ。少年がいくら願っても、毎朝の魔法の訓練や剣術の稽古は続くし、ゆくゆくはかつて存在していた他の四つの国を全て焦土と化した鉄の国の王とならなければならないのだから。
しかし、それがまたこの少年を突き動かしているのも真実であり、それは恐らく、必要な事なのだ。そう、この少年が自分の身の振り方を決める為に。
アルは遠くの方に見える緑一色の森を目指して、更に走る速度を上げた。きっと今アルが走っている姿を普通の人間が見れば驚いたであろう、アルは人間ではとても追いつけないような速さで草原を駆けていたのだから。
ビュウビュウと風が耳元で唸り、体中から聞こえてくる機械の動く音もせわしなくなってきた頃、アルはその森まで後少しというところまで来ていた。
「(早く!早くあの森に行きたい!)」
走りながらアルは想像する、穏やかな小川が流れ、小さな命が沢山動いている景色、色とりどりの花々が暖かく、優しい日差しを浴びて佇んでいる景色、そして、小鳥達が楽しげに歌っているその森の景色を。想像をするだけでアルの心はとても高揚した、年に一度しか無い自分の誕生会よりもずっと。半身が機械の体を持つアルにとって、その森は天国のように思えていた。一年ほど前に城を抜け出してその森を見つけてから、アルは時々城の大臣や小うるさい執事達の目を盗んではここに来て、小さな生命の営みや花の美しさ、りんごの木の実の甘酸っぱくも美味しいその味を楽しんだ。そしてその度、どれほどアルの心が勇気付けられた事か。その森は半身が機械の少年に、自らの境遇に抗う力や、生きる力、優しく穏やかな心を与えた。機械の四肢は鉄の表面に同じく冷たくとも、少年の心は太陽の如く温かく存れた。
そして、アルだけでなく、もう一人、この森を愛している者があった。
第二章~森の国の少年
アルは息を潜めて森の茂みに身を潜めていた、いつもは静かな森の広場には三人、一人はとてもか弱そうな美しい少年、その顔立ちはどこか少女のようにも見え、冬の日の兎を思わせられるような風貌をしていた。そして後の二人は背が高く、乱暴そうな表情をした機械の国の若者と、陰気な顔をした青年だった、彼らは少年の細い両腕を掴んでいて、しかもどうやらその少年に乱暴する気のようだった。
「(なあ?カワイコちゃん、俺達とちょっと楽しい事しようぜ?)」
乱暴そうな男が鼻息を荒立て、少年の体をまさぐる。
「(・・・止めてください)」
今にも泣き出しそうな表情をして、少年がぼそりと何かを呟いた。
「(ここここ、こいつ、な、ななな何か喋ったぞ、ま、まあ良いか、俺ら今気持ちよくなりたくて仕方ねえし、さっさとやっちまおうぜ、兄貴)」
陰気顔の男が言う、どうやら、男達二人には少年の喋った事が理解できないらしい。
「(ああっ、ダメ、ダメです、僕は男ですよ?それでも良いんですか?)」
「(何言ってるのかさっぱりわかんねえけど、こいつ、女みたいな体つきだぞ、弟よ)」
乱暴そうな男が少年の服の中に手を突っ込み、動かしながら言った。
「(じゃ、じゃあイケルね、兄貴、兄貴から先で良いよ、俺、体を舐めたいし)」
陰気な男がそう呟いた途端、少年がとても大きな声を上げた。
「(ううダメです、やめて・・・)」
「(この餓鬼、俺にいじられるのが気持ち良いみたいだ、本当に女みたいな奴だな、こいつ)」
乱暴そうな男が突っ込んだその手をもう一度動かそうとした瞬間、アルは反射的に立ち上がっていた。茂みが激しく揺れ、男達がビクッと体を震わしてこちらを振り向く。アルは自らが出せる最大の声量を使って、男達に言い放った。
「(お前達!一体ここで何をやってるんだ!今日は我が王国の設立記念日だというのに、嘆かわしい!ここで一人の少年を乱暴して、国の恥さらしも良い所、即刻その少年を置いて立ち去れ!)」
広場の入り口近くの茂みからいきなり現れた鉄の国の王子に、男達二人は目を丸くして驚いた。
「(お、王子?何故こんなところに、い、いや、今俺達がしているのは乱暴ではなくですね、ちゃんと金で買ったんですよ・・・)」
「(そうだそうだ、この餓鬼は俺らが買った奴隷の餓鬼なんですよ?我等が王子様は一国民の楽しみを邪魔するんですかい?)」
男達二人の言葉を、アルは一言で返した。
「(早くその少年から離れないと今すぐにお前達を処刑してやる!)」
乱暴そうな男はアルの精一杯の剣幕を受けてもへらへらと笑うだけで、その少年から離れようとはしなかった。
「(王子、俺らがどんな風に国呼ばれているかご存知でしょう?早くお国へお帰りにならないと、痛い目見ても知りませんぜ?)」
男達だけでなく、鉄の国では誰もが知っている有名な話だった。鉄の国の王子は滅多に城の中から出てこないという事、外へ出たくて堪らなかったアルにとっては出られないの間違いだったが、国民には国の上層部の事情など知るわけも無し、乱暴そうな男はアルが唯の世間知らずのお坊ちゃまだと思えたのだろう、ちょっと声を荒げて脅せば逃げていくだろう、と。しかし、世間知らずのお坊ちゃまにしか見えない鋼鉄の王子は一歩もその場から退こうとはしなかった、それどころか、アルは鋼鉄の拳をぎゅうっと握り締めて、その小さな体で自分の背の何倍もある男達に向かって歩いてきたのだ。
「(良いよ、お前達がその気なら相手になる!丁度今日は国の設立記念日、本当は国民全員の前で見せる筈だった魔法をお前らにだけ特別に見せてやるよ!)」
男達は少年を放り出してアルに飛び掛かった。一人は黒い鉄で出来た腕を振り上げ、もう一人は足を大きく振りかぶった。
「(―――!)」
アルがそう叫び、鉄の拳を突き出した瞬間、アルの鉄の拳は何倍にも膨れ上がった、いや、肥大化した、そういう方が表現としてはしっくり来るだろう、アルが放った巨大な鉄拳は男達が振り上げた手と振りかぶった足をやすやすと砕き、男達を広場の奥に佇んでいる巨木まで一気に吹き飛ばした。鉄拳が元に戻ったのと同時に、アルが左腕の二の腕にに付いていた鍵を引き抜きながら駆け出した。鍵が引き抜かれた直後、アルの左手の拳が二つに分かれ、その間から刃渡り五十センチ程の刃が飛び出してきた、刃は熱せられており、赤熱している。どんな固い鋼鉄でもバターのように引き裂いてしまいそうなその刃を、アルは巨木で倒れている男達に突き出し、囁くように言った。
「(お前達、次はこの刃を肥大化させるぞ?今すぐに立ち去るのなら見逃してやる、もし向かって来るのであれば・・・分かってるよな?)」
「(ご、ごごめんなさい、王子様!今すぐに立ち去ります、ですから命だけは!全部俺が悪いんだ、兄貴はな、なな、何も、な、な、なな何も悪くねえんです)」
アルは黙って外した鍵を元の場所へ差し込んだ、がちゃん、と鈍い機械の音が聞こえ、赤熱した刃は鞘に納まる、陰気顔の男は倒れたまま動かないもう一人の男を連れ、慌てて森の広場から立ち去った。アルは男達が去っていった後、すぐに広場の中央で倒れている少年の元へ駆け寄り、声をかけた。
「(大丈夫?君!体は痛くないかい?怪我は?)」
少年の容姿は近くで見れば見るほど美しかった、肩に届くか届かないかくらいの短い金髪、碧眼、そして何より、そのみにまとっているぼろぼろの外套が彼の美しさを荒野に咲いた一輪の花のように引き立てていた。少年はゆっくりと上半身を起こし、心配そうに自分の顔を覗き込んでいるアルに笑いかけた。
「(うん、ありがとう、僕は大丈夫、って、言っても分からないかな?)」
少年の言葉はこの国の物ではなく、とても理解しづらかったが、王子として普段から様々な勉強をしているアルには少年の言葉が理解できた。アルは少年に理解できるように言葉を合わせ、たどたどしい言葉使いで返事をした。
「(だ、だいじょうぶ、俺、一応キミノくにのことば、わかるから)」
少年は驚いたように目を丸くして、
「(そっか、なら大丈夫だね、さっきはどうも有難う、僕の名前はフェル、君の名前は?)」
「(にっくねーむはある!なまえはあ、あるふれっど!)」
「(アルフレッドか、良い名前だね、王族らしい名前だ)」
少年は最期の言葉を濁した、どうやら彼は高い身分の人間があまり好きでは無いらしい、アルはその事を理解すると、誤解を解く為にこう提案した。
「(ふぇ、ふぇる!よかたらちょっと話さない?おれ、たしかに鉄の国の王子だけど、そこまでいやなやつじゃない、とおもうけど・・・)」
アルのたとたどしく素直な言葉を聴いて、フェルは可愛らしくふふっと笑う。
「(勿論さ、君が嫌な奴だったら僕を助けなんかしないと思うし、なんだか君には親近感を感じるからね)」
「(ほ、ほんと?)」
フェルはさっと広場のすぐ横を流れている小川を指差して、アルの輝く視線を誘導した。
「(あそこで話そうか、あそこは森の中でも特別な場所だからね、きっと話していても気持ちいいよ)」
森の広場の横を流れる細い小川の中は、小さな魚が沢山泳いでいて、アルとフェルが小川の中に足を入れると、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。小さな魚達の他にも、様々な生き物たちが小川の周辺に集まっていて、上流では鹿の親子が水を飲んでいたり、また下流の方では水に集まる羽虫を狙って鳥が二羽飛び回っている。アルのすぐ隣で、フェルが楽しげに笑った。
「(あはは、今日は皆とても楽しそうだ、君もこの森に好かれてるんだね)」
血も涙も無い軍事国家である鉄の国に生まれ、半身が機械として活きてきたアルにとって、フェルが言っている事は理解できず、アルはフェルに尋ねた。
「(すかれてる?って、もりがひとをすきになるの?)」
アルの問いかけに、フェルはそうだよ、と頷いた。
「(鉄の国に生まれた君には理解できないと思うけれど、自然にもちゃんと心があるんだ、僕達森の国の人達は皆、毎日森の気持ちを理解して暮らしているんだよ)」
「(森の国、かあ、おれにはあまりよくわからないよ、もりのきもちなんてさ、きかいのきもちならわかるんだけど・・・)」
アルの不思議そうな声に、フェルはまた少し笑って、
「(それこそ、僕には機械に気持ちがあるとは思えないよ、その前に、僕は機械を見た事が無いんだ)」
アルはフェルの話に強く興味を持った、自分の年とそう変わらない子供達の中で、機械を知らない子供なんて居ないのがアルにとっての常識だった、世界だった、しかし、フェルとであった事でアルの世界は広がった、世界には機械を知らない子供だって居るんだ、と。
「(きかいをみたことがないの?)」
「(うん、無い)」
フェルは頷いて、アルの両腕と藍色の半ズボンから突き出ている両足を見つめ、
「(ねえ、アル、君の両手両足って・・・)」
アルは笑顔で答えた。
「そうだよ、きかいさ、うまれたときからなんだ、鉄の国のじゅうに・・・ひとたちはみんなうまれたときに魔法をうけるんだ、からだのはんぶんをきかいにしてもうごけるようになる魔法!)」
アルの話を聞いたフェルは悲しげな目をして、アルの両目に視線を合わせる。
「(ねえ、それって本当?ご両親から与えられた大切な体の半分を機械にするって・・・)」
「(両親からもらったからだが・・なに?)」
「(ごめん、君が僕の国の言葉に不慣れなのを忘れてたよ、だいじなからだのはんぶんをきかいにするって本当?)」
「(え?なんでからだがだいじなの?)」
フェルはアルの屈託の無い笑顔を見て、思った。この少年だけでなく、鉄の国の人たちは皆、人間である自分の体が機械になるという事に抵抗を覚えないのだろうか、人間ではなくなるという事が怖いと思わないのだろうか。
「(ねえ、アル、見てごらんよ、こんなにも自然は綺麗で暖かい、これってとても素敵な事だと思わない?)」
フェルは小川の周辺を手で指し、アルに言った、フェルは気づいて欲しかったのだ、自分達もこの美しい自然の一部であると、自分の身をもっと大切にして欲しかったのだ。ところがアルは、周辺をざっと見渡した後、こう言ったのだ。
「(たしかにきれいだね、おれもすてきなことだとおもう、でも、それとおれのからだがきかいであるのとなにがかんけいあるの?)」
フェルの目から少しだけ綺麗な水が零れ落ちた、先ほど怖い思いをしたというのもあったのかもしれないが、それだけではなく、目の前に居る純粋な少年が自分の身をなんとも思っていないという事が悲しかったのだ、他人の体は良くて、自分の体はどうでも良いのかと思ったら、フェルは悲しくてしょうがなくなった。
フェルの目から零れ落ちる綺麗な水を見つめ、アルが不思議そうな顔をする。
「(ねぇ、フェル、きみのそのめからこぼれているものは何?)」
アルの言葉はフェルの目から零れ落ちる綺麗な水の量を増やした。
「(ううん、何でもないよ、アル、僕はただ君がもっと自分の尊さに気づいて欲しいと思っただけさ)」
「(とうとさ?)」
「(今は分からなくても良いから、いずれ分かってくれれば良いから、だけどアル?)」
「(なに?フェル)」
「(絶対に自分を傷つけないって約束して、ね?)」
「(うん、あたりまえだよ!だれもすきでじぶんをきずつけるひとなんていないよ!)」
「(そっか、分かった、なら良いんだ)」
フェルは小川の中を泳ぐ魚達へと視線を移した。ちょっとだけ二人の間に沈黙が走った後、アルが唐突に言った。
「(ねえっ!フェル?)」
小魚から視線を外さずに、フェルが答える。
「(何?アル)」
「(きみのその服!ぼろぼろだけどあたらしい服はいらない?)」
「(え?あ、これ?)」
フェルはぼろぼろの外套のすそを摘んで見せた。
「(そうさ!おれのしろのなかをさがせばそれよりもっといいふくがあるんだけど、もしよかったらしろまであそびに来ない?いっしょにふくをさがそうよ!おれのしろにはいっぱいきかいもあるし!みせてあげる!)」
フェルはアルのきらきらと輝く目を見て、頷いた。
「(うん、そうだね、僕もそろそろ新しい服が欲しかったんだ、行くよ)」
これをきっかけに、二人は親睦を深めて行った、ある時は一緒に森の広場で昼寝をし、またある時は真っ暗な洞窟を探検したりもした。一緒に一晩森の広場に泊まったりもした、一緒に甘酸っぱいりんごの実で空腹を満たし、命に感謝を捧げ、小川の魚をアルの機械を使った魔法でとて食べたりもした。こうして、二人の日々は過ぎていく、季節も変わり行き、やがて冬を越して、春が訪れた。
第三章~旅人ごっこ
「(おーい!フェルー!)」
「(何か良い物でも見つけたかい?アル!)
二人はあの森の広場より少し奥へ行ったところにある、大きなヒノキの木の下で宝探しをしていた。
「(うん!何か黒い箱みつけた!)」
アルは元気良くそう言って、フェルの元へ煤けた小さな木箱を持っていった。フェルはアルが黒い木箱を手にしているのを見て、フェルはくすっと含み笑いをした。
「(そっか、その黒い箱、開けてみたら?ひょっとしたらそれが良い物かもしれないし)」
アルはフェルに言われるがまま、地面に黒い木箱を置いて、木箱の蓋を開けた。木箱は思ったよりも簡単に開き、中からは何か透き通る虹色の石と、綺麗な装飾が施された小さなナイフが出てきた。
「(・・・?、ねえ、フェル、これって・・・)」
アルが不思議そうに呟いた。綺麗な虹色の石はアルの手の中で静かに光を放っている。アルの不思議そうな顔を見て、フェルがくすくすと笑いながら言った。
「(今度は僕からプレゼントだよ、アル、君がくれたこの白い服のお返し)」
フェルは自分の金色の刺繍が入っている修道服のような服の裾を摘みながらそう言う。アルは嬉しいのと、驚きとが混じったような表情をしてフェルを見上げる。
「(フェル、これ、何?うれしい、ありがとう!)」
「(――僕の家に生えていた幻想花(※木の国で珍しいとされる植物の名称)に祈りを捧げて作ったんだ、ちょっと多いけど僕の魔法の力がいっぱい詰まってる、きっと君の役に立つよ、それと、そのナイフは僕の家にあったものなんだ、君、冒険好きだろう?冒険者には良いナイフが無いとね!)
フェルの純真な笑顔はアルの心を更に高揚させた。
「(ねえフェル!今からこのナイフを持っていってさ、旅人ごっこしようよ!)」
旅人ごっこ?とフェルは小首を傾げ、
「(良いけど、何をするの?)」
アルはフェルから貰った美しいナイフを天に掲げて言った。
「(――旅をしている人の真似をするのさっ!勿論、目一杯の食料と水を持って!)」
アルはそう言って、りんごの木と小川を一瞥する。
「(うん、りんごはまだ成ってないけど、小川の水はある、あれを汲んで行こう、食料は魚を燻製にしたのを持っていけば腐らない!)」
フェルはくすっと声を漏らした。
「(魚だけじゃ栄養不足になる、僕が休憩の度に魔法で野菜を作ろう)」
アルは爛々と輝く瞳をしながらフェルの手を握って、
「(それじゃあおれが魔法で水筒と獣を相手にするときの武器を作るよ!)」
と意気揚々言葉を投げかけた。フェルはアルの手をそっと握り返し、
「(うん、でも、どこまでごっこを続ける?あまりここから離れると僕達帰れなくなっちゃうよ?)」
と、疑問を投げかける。フェルの疑問に対し、暫く悩んでいたアルだったが、やがて、思いついたように叫ぶ。
「(ヴォワルル丘(※この世界で最も星が綺麗に眺める丘、鉄の国と木の国の境目にある場所)!あそこまでだったら子供達だけでも行けるくらい近いし、きっとフェルの国からも近いだろう?)」
フェルはうんと頷いて、それから、少しだけ考えた後に、
「(今からあそこに行くんだったら一日泊まるくらいで帰ってこれるね、良いよ、あそこまで位だったら大丈夫、早速準備を始めよう!)」
それから、アルとフェルは旅をする準備を始めた、たった一日だけ旅人気分を味わう為だけの旅でも、その準備は子供心をわくわくさせたことだろう。アルは一生懸命、苦手だった武器作成や道具作成の魔法を使って作業を行い、フェルは汗水を流しながら泊まる為の寝具や武器を作るのに使う木の部分を作った。何時間とかかったかしれない、子供にとっては膨大な作業の後、二人はようやく自分の背丈の半分の半分ほどの荷物を背負って歩き始めた。
この世界にはかつて六つの国があったとされる。しかし、その国々は木の国をのぞいて、自分達の魔法を使い、お互いの国を侵略しあった。幾度と無く起きた戦争で、数多くの国の兵士達の血がこの世界の大地に流れ、そして吸い込まれていった。何百年と続いた戦争の後、残ったのはたった二つの国だけだった。さて、そんな血生臭い世界でも、子供達の純粋な心は変わらないものなのだ、そう、アルとフェルが今まさにそれを証明しているように。
「(フェル!こっちこっち!)」
「(待ってよ!アル~)」
二人はルヴォワルル丘に向かって着々と進んでいた。元々ヴォワルル丘は観光地として有名なため、街道はきちんと整備されていて、歩き易くなっている。人が頻繁に通る為か、凶暴な獣達もおいそれと近づいて来ないので、子供達でも安全な道なのだ。
「(早くしないと置いていくぞ~?)」
アルの急かすような言葉に、フェルは叫んだ。
「(そんなに急がなくてもヴォワルル丘はなくならないよ!)」
フェルは遠くの小さな人影目指してなるべく急いで向かった。アルの事だから本当においていくかもしれない、と考えたのかもしれない。
旅は順調だった、アルはフェルが疲れきった顔をしているのを見て、歩く速度を落とし、ゆっくり、じっくりと旅人の気分を味わった。春の爽やかな風に頬を撫ぜられながら二人の少年達は足を運んだ、途中で何度も細かく休憩を取り、その度軽く食事を取った。そして、二人はようやく、ヴォワルル丘の側にたどり着いた。
「(アル、もう少しでヴォワルル丘に着くと思うけど、実はヴォワルル丘って行った事無いんだ)」
フェルは背中に背負った荷物から水の入った水筒を一本取り出しながら、隣を歩いているアルに言った。アルは本当?とこちらを振り向いて、
「(すっごく綺麗だよ!まるで空一杯に宝石が浮かんでるみたいなんだ)」
フェルは口の形を緩めた。空一杯に宝石が浮かんでいるとは、一体どれほど星の形がくっきり見えたらそうなるのだろう。
「(ねえ、アルはいつヴォワルル丘の星空を見に行ったの?)」
「(んー、そうだな、まだうんと小さい頃、大臣に連れられて一回だけ。普通さ、小さい頃の思い出とかって結構忘れるだろ?)」
「(うん、僕も小さい頃の思い出ってあんまり覚えてないよ)」
「(でも、俺はその時の景色をしっかり覚えてるんだ)」
「(へえ、そうなんだ、そんなに綺麗なんだ、僕も早くみたいな)」
「(えへへ、実はもっと早くに行きたかったんだけど、大臣がさ、設立記念日の時に魔法を見せなかったからって俺に監視役をつけたんだ、だからこんなにかかっちゃったけど・・・やっと見せて上げられる、ううん、俺フェルがもう星空を見た事があると思ってたから、一緒に見れる、か)」
「(ふふ、本当にアルは優しい人だ、鉄の国の人ってもっと乱暴なのかと思ってたから・・・)」
「(仕方ないさ、あいつらみたいなのが結構うろちょろしてる国だからね、一応、国の中では大人しいのが多いんだけど、奴ら、他の国の人をあまり見た事が無いから、つい興奮しちゃうんだよ、きっと)」
「(でも鉄の国に入った時は皆優しい人ばかりだったけど・・・)」
「(国の中ではね、外で統治してる町なんかは結構酷いって聞くよ、大臣が良く嘆いているから)」
「(ふーん、そうなんだ、それじゃあ僕の国は凄く安全なんだね)」
「(そういえばあまり俺フェルから自分の国の話聞かないけど、どんな国なの?)
「(綺麗な所だよ、食べ物はあまさないし、余ったらちゃんと木々に肥料として与えてるし、それに、自然が一杯さ、友人になってくれる獣も居るし、僕は大好きだよ、あ、後食べ物は食べ放題だし、しかも美味しい、いつかアルを招待したいなあ)」
「(美味しい食べ物食べ放題、しかも自然が綺麗!行きたい!)」
「(ふふ、アルは食いしん坊だからね、いつか必ず招待するよ、僕の国、木の国へ!)」
二人は話し込んでいる内に、ヴォワルル丘のふもとまで着いていた。二人はその後も国についての話や好きな人がいるかどうか、なんて会話もしながら前へ前へと進んでいった。
「(見て!アル!看板だ!ヴォワルル丘へようこそだって!早く上まで行って星を見に行こう!)」
フェルの上ずった声はアルの声のトーンも高くする。
「(うん!行こう!フェル!)」
二人は丘の頂上へと続いている道を駆け上がった。二人は初めて一緒に見る宝石が浮かんでいるような星空を本当に楽しみにしていた。だがしかし、ここで予想外の出来事が起きてしまう。アルが頂上付近まで足を運び進めた瞬間、それは起こった。
「(アルッ!駄目!止まって!お願いっ!)」
フェルが叫んだが、それはもう始まっていた。
「(こっ、これ!何だよ!?)」
アルは足元で目も眩む強烈な光を放っている円を見つめた。円の中をぐるぐると何かが走り回っている。
「(強制転移の魔法がかけられた円だよ!待って!アル・・・・)」
フェルは背中の荷物を服を脱ぐように捨て、アルの元へと駆け寄った。フェルが円の中に入ったと同時、魔法円が輝いて、二人の姿は虚空へと消えてしまった。後にはフェルが捨てた荷物だけ残り、その上空では夜空一杯に、宝石のような星だけが静かに瞬いていた。
第四章~ラカレコ村
朝を告げる鳥の獣(※鶏のような鳥、主に食用として知られているが、小さな村では朝を告げる鐘の代わりとして飼育されている事もある)が甲高い声を衝く。村人達は次々に自分達の家から出てきて、それぞれ顔を洗ったり、歯を手製の歯磨きで磨き出す。この村はとても小さな集落から成り立っていて、ここは鉄の国の支配を受けていない、珍しい村だった、そしてその真ん中、人々が集まる集会所の真ん中に、二人の少年が倒れていた。一人は金色の短髪の少年、白い修道服のような美しい服を着ていて、その端正な顔立ちから、かなり育ちが良い貴族の少年に見える。そしてもう一人は黒髪のこちらも短髪の少年、一方こちらはぼろぼろの青染めの麻で出来た短パンと一張羅を着ており、貧乏な家庭に生まれ育ったように見える、何よりその黒髪の少年の特徴は、銀色の四肢だった。
フェルが目覚めたのは見知らぬ部屋のベッドの上だった、その部屋はとても暖かく、どこか懐かしい雰囲気があった。
「(――やっと目が覚めたのかい?)」
フェルが上半身を起こそうとした時、声がどこからともなく聞こえてきて、フェルは咄嗟に身構えた。
「(そう怖がらなくても、とって喰ったりなんかしないよ、ここだよ、ここ、窓の外さ)」
フェルは部屋の中を見渡して、窓を探した。窓は大きく、木で出来ていて、まるで扉のようだった。窓は自分が寝ていたベッドの左手にあり、そこに、気丈そうな女性が立っていた。
「(あ、こ、こんにちわ)」
フェルがおどおどしながら挨拶をすると、女性はフェルに優しく微笑んだ。
「(はい、こんにちわ)」
「(あ、あの、ここはどこですか?それと、僕の近くに僕と同じくらいの男の子居ませんでしたか?)」
フェルの問いかけに、女性は部屋の片隅を指差した。つられるようにフェルが女性が指差した方向に顔を動かすと、そこにアルの姿があった。アルは穴だらけの小さなソファに寝かせられていて、鋼鉄の四肢を除く体中が青い痣だらけで、少し苦しそうな顔をしていた。
「(アルッ!)」
フェルが心配そうな声を上げると、女性が慌ててフェルを制した。
「(まだ駄目だよ、まだその子の怪我は治ってない、暫く寝かせてあげな!)」
女性が制しても、フェルはもうベッドから降りてしまっていて、アルの傍らにしゃがみこんでいた。
「(――)」
フェルは目を閉じて祈るように両手を組んだ、そして、空気が澄み渡っている時に響く鈴のような美しい声で歌い始めた。
「(――)」
フェルが歌い始めると同時に、アルの周辺に白く透き通る不思議な花びらが大量に舞い始めた。それは幼子を包む毛布のようにアルとフェルを包み込んでいった。冬の日の日光にも似た真っ白な光が部屋中を満たし、やがて光が消え去ると、アルの青い痣は跡形も無く全て綺麗に無くなっていた。その一部始終を傍で見ていた女性が呟く。
「(こりゃあ驚いた、アンタ魔法使いだったのかい?それもその魔法は木の国の王族の、という事は・・・アンタ、男の子じゃなくて・・・)」
フェルは両手を解いて、アルの額に手を当てると、ほっとしたように溜息をつき、立ち上がって女性の方を振り返った。
「(ええ、僕、いや、私は木の国の王の一人娘、フィオナ・フェルナンド・バルクルススです、少年の振りをしているのは用心の為、一国の姫ともあろうものがふらふらと外を出歩いていると知られるのは危険ですから)」
女性はフェルの凛とした目を見つめ、それから、納得したような表情に変わる。
「(――道理で、男の子にしては随分と可愛らしい顔をしてると思ったんだ、そしたらあれかい?一緒に居た男の子は恋人か何かかい?)」
女性の言葉に、フェルはいいえ、と首を振った。
「(残念ながらそうではありません、彼は友人で、二人でヴォワルル丘に向かう途中に誰かが設置した転移魔方円でここまで飛ばされてきました、ちなみに、ここはどこですか?)」
フェルがついでに尋ねると、女性はそうだったんだねえ、と頷いてから、
「(ここはラカレコ村だよ、国にも統治されないような小さな村さ、ちなみにここは村長の家、私は家政婦のレレ、もう少ししたら食事の用意が出来ると思うから待ってな)」
家政婦はそう言うと、窓から離れ、どこかへ立ち去ったフェルは家政婦の後ろ姿がなくなるまでその背中を見つめ続け、家政婦がとうとう見えなくなってからようやく、アルの治した怪我の具合をまだ確かめてない事に気づいた。
「(アル、アル!大丈夫?どこか痛いところは無い?)」
フェルはアルの腹にそっと手を当てた。
ラカレコ村の人々は皆とても親切だった。アルがフェルに起こされて目を覚ました後、二人は村長宅でのささやかながらも豪華な食事の後、村長に事情を話してから、村のあちこちを見て回り、その村がどんな場所なのかを知った。村は時折獣達に襲われる事もあるため、小さな村ながらも優秀な腕の鍛冶が居るという事。二人が旅立つ前に用意した鉄の剣と杖はあまりに使い物にならないからとその鍛冶が鍛えなおしてくれた。アルの剣は黒い鉄の刀身に木製の柄、そしてその中央にはフェルから貰った不思議な光を放つ石を埋め込んだ、騎士が使っているな長剣よりも少し短い剣となり、良くアルの手に馴染んだ。一方、フェルの杖は先端に鋼鉄の棘のついたメイスとなり、それはフェルの腰の丈くらいの長さ、フェルの力でも容易く振り回せる上質な武器となった。
また、その村に三機ほど佇んでいた機械の国の統治する町で作られたらしい機械の馬をアルとフェルは譲り受けた。二人は村の人々から機械の国が戦争の準備をしている事と、木の国のお姫様が行方不明らしい事を教えられた後、旅の再開をする為の準備に取り掛かった。
「(旅人ごっこのつもりが本当の旅になっちゃったね、アル)」
フェルが魔法で糸を紡ぎ、編みながら傍らで、鍛冶から貰った鉄くずを溶かして水筒を造りなおしているアルに向かって言った。
「(うん、俺のせいだ、ごめん、フェル、一刻も早く君を国まで送り届けるよ)」
アルは造り終えたばかりの水筒を水が入った木の桶の中に浸けた、ジュッと鉄が冷える音と共に、水蒸気が上がる。
「(ううん、いいんだよ、そんな事、それより僕は君が怪我した事の方が怖かった)」
そう言ってフェルは肩をすくめる。
「(もしかしたら死んじゃったのかと思った)」
フェルの方を振り向きながら、アルが笑うように言った。
「(まさか!俺の半身は機械だよ?修理さえすればどんな怪我をしたって平気だよ!)」
アルはまだ自分の身を軽んじている。その事にフェルは少しがっかりした、出会ってからずっとアルには自分の身がどれほど大切なのかを言い聞かせてきたが、それでもまたアルは自分が大事な存在であるか、理解していない。フェルは呆れ半分、自分が思いつく限りの存分な皮肉を込めて、冗談めかして、
「(それじゃあ僕も怪我を治せる魔法があるからどんな怪我をしても良いね)」
フェルは出来立ての鞄をアルに手渡しながらそう言った。アルはフェルから鞄を受け取りながら、すかさず反論する。
「(何言ってるのさ!俺は体が機械で出来てるからそう言ったんだ!体が生身で出来ているフェルは傷ついちゃ駄目だよ!俺のは機械が勝手に体の傷を治してくれるから放っといても平気なんだ!)」
フェルはうん、そうだね、ごめん、と謝り、もう一つの鞄を造り始めた。
本当ならば、フェルはアルに自分の気持ちをちゃんと理解してからこの旅を始めたかった。何故なら、フェルは旅がどれほど過酷なものかを知っていたからだ。木の国はとても深い森の中にある為、良く旅人がそこに迷い込んでは行き倒れ、獣達に食われているのを良く見かけていたのだ。それだけではない、フェルはとても心優しい少女だった為に、目の前で小さな少年が傷つくのがとても嫌だった。
フェルが黙ったまま鞄を造っているのを見て、アルが言った。
「(フェル、これから先の旅で俺が傷ついた時は助けてくれる?)」
フェルはうん、と頷いてからはにかんで言った。
「(傷つかないのが一番だけど、もし君が傷つく事があったら真っ先に駆けつける)」
「(えへへ、それじゃあ、俺はフェルが傷つきそうになったら真っ先に助けに行くよ、お互い、約束だ)」
アルとフェルは手を固く結んだ。この時、アルが少年と思い込んでいるフェルの手が予想以上に柔らかく、小さかった事にアルは気付かない。
「(そうだね、約束、もし破ったら許さないから)」
「(ああ、俺だってフェルが約束破ったりしたらあの森の広場にある栗の木の下にフェルを縛り付けるから)」
言い合って、二人は口元をにやりと緩めた。なんだかんだ言っても二人はまだまだ子供、本の中にしか出てこないようなこういうやりとりもしてみたい年頃。
「(アル、一応鞄は準備出来たけど・・・どうする?もう少し用意して食料多めにつける?機械馬もあるし、僕は馬で移動するんだからどっちでも大丈夫だと思うけど・・・)」
フェルはいかにも自分が旅慣れているかのような口ぶりで言ったが、これは村に停泊していた旅人の受け売りで、実はフェルは一度も旅に出た事は無く、内心でとても緊張していた、フェルの歳はアルよりも一つ上、その為彼女は自分がしっかりしなきゃ、と思ったのかもしれない。アルはちょっと考えるようにして腕を組み、難しい顔をしながら、
「(多分大丈夫じゃないかな?早いところ出た方が街道に獣が来ないうちに次の場所にいけるかも)」
「(そっか、それじゃあもう大丈夫だね、村の人たちにお礼を言って出発しよっか、機械馬の運転はアルがしてよ、僕機械に慣れてないし)」
「(うん、そうしよう!フェル、俺のごっこ遊びのせいでこんな事になっちゃってゴメン!」
アルは両手を合わせてフェルに頭を下げる、フェルはアルの頭をなでながら、優しく笑みをたたえた。
「(アル、僕だって悪いんだ、転移魔法は僕の国の魔法、早く気付いていればこんな事にはならなかった、だからお互い様だよ)」
アルは頭を上げた、フェルが手を離す。
「(うん!ありがとう!フェルっ!)」
二人は村人達にお礼を言って回ってから、荷物を機械馬の腹の中に格納し、アルが機械馬の手綱を取った。アルの冷たい機械の手を借りて、フェルも続いて乗馬する。村の入り口付近では村人達全員が二人の少年を見送ろうと集まっている。その中の一番先頭で、村長の家の家政婦のレレが二人の少年に話しかけた。
「(あんたら!気をつけて行きなよ、村を出たらまず最初に優しい泉を目指すといい、それから真っ直ぐ進んでソラカレ町まで行きなさい、そうすれば近くにまた村がある、ソラカレ町の人たちは冷たいけど、その村の人たちは優しいから、きっとあんたらが国に変える手伝いをしてくれるはずさ)」
「(うん、ありがとう!家政婦のおばちゃん!また今度来たら今度はいっぱいお礼するね!それじゃあ!)」
アルに続き、フェルも、
「(ありがとうございました、家政婦のレレさん、またお会いしましょう、皆さんもお元気で・・・アル、出よう!)」
「(うん!それじゃあっ!」)」
アルが馬の腹を軽く蹴飛ばすと、馬は木の枝を軋ませたような音を立てながら前に進み始めた。馬の体内で何らかの動力が動く音と振動が聞こえる。機械馬は普通の馬同様に駆け出した。
「(さようならーっ!)」
手綱を放せないアルの代わりにフェルが大きく背後の村人達に手を振った。村人達も遠くで手を振り返しているのが見える。フェルは村人達の影が一つも見えなくなるまで、懸命に手を振っていた。すっかり村人達の影が見えなくなってから、フェルが口を開いた。
「(ねえ、アル、僕、本当に良かったかもしれない)」
アルは手綱を繰るのに無我夢中で、いっぱいいっぱいになりながらも返事を返した。
「(――っ!何が?)」
ふふ、と笑って、フェルが答える。
「(旅ごっこがごっこじゃなくなった事がさ)」
二人の少年と少女は機械馬に乗って、真っ直ぐ平坦な道を走っていった。歩くよりも走るよりも断然早いその速度に、二人は目を輝かせてはしゃいだ。そして、機械馬の扱いにも慣れた頃、二人は旅人になっていた。不安と期待と胸一杯の幼心を持ち、風と戯れ、時には神に祈り、悪魔にもなり、そして、沢山の死と生を見た。
第五章~ソラカレ町
一人の少年がきらきらと不可思議な光を放つ泉の中央で水浴びをしていた。水をすくうその両手は重々しい鉄で出来ているようだ、そして、泉に浸けている両足もまた厳つい鋼鉄の棒、さらに肩から腹にかけて鋼鉄のその少年は泉の向こう側、木々が密集している辺りからがさがさと音が立っているのに気がつくと、泉から上がって、首にかけたタオルで全身をくまなく拭くと、急いで折りたたんであった藍色の麻で出来た短パンと一張羅を羽織った。
「(アル~、もう水浴び終わった~???)」
がさがさと音が聞こえてきた辺りから声が飛び出してくる。
「(うんっ!次フェルが浴びて良いよ!今度は俺が見張ってるから!)」
アルが言い返すと、木々の中から一人の少年のような格好をした子供が出てきた。
「(それじゃあ、後よろしく!)」
「(うん!分かった!任せて、俺の目はどんな遠くでも見れるようになってるから!)」
アルは自信満々に腕を上げて、フェルと交代した。アルは木々を越えて、機械馬が停まっている場所へと向かい、乗馬してから辺りの見張りを始めた。
優しい泉はとても静かで居心地が良い場所だった。湧き出ている水は甘く、軟らかかった。とても美味しい水なのにも関わらず、獣達が一匹も居ないところを見ると、泉の水には不思議な魔法の力が沢山詰まっているらしい、自然に関する魔法にとても詳しいフェルが水を魔法で調べても、その魔法の正体は分からなかった。この辺には昔水の国が統治していた村があったとラカレコ村の人が言っていたので、多分その魔法なのだろう。話ではこの不思議な泉は人の心を癒す効能があるらしい。
見張りの作業はフェルも言っていた通り退屈だ、この泉の力なのか、それともここら辺がただ単に平和なのかどうかはわからないが、獣一匹も通らない。
(フェルは何であんな事を言ったんだろう?)
アルはあまりにも退屈なので、先ほどフェルが言った事を考え始めた。
この泉で一泊し、朝を迎えた時、アルはフェルに水浴びをしていこうと提案した。最初、フェルは賛成したが、アルが二人で水浴びしよう!遊ぼう!と言った時、何故か目をガラス球と同じくらい丸くして、嫌だと言ったのだ。アルは否定されるとは思っていなかったので、最初はびっくりしたのだが、考えてすぐに理由を理解した、二人で服を脱いでいたら獣に襲われた時や、山賊なんかが襲ってきた時に対応できないじゃないか、と。アルはその考えに基づき、ならば一人が見張りをしよう、と提案した。すると今度はフェルは良いよ、と快活に返事をしてきた。アルにはこの事が今、不思議でならない。
(こんなにも安全な場所なのにどうしてフェルは二人では嫌だと言ったのだろうか?)
アルはうーんと暫く悩んでいたが、もし万が一何かあった時のために見張りをしているんだ!と無理やり自分を納得させた。
暫くして、アルが鉄の馬の上でうたた寝をしそうになる頃、フェルが水浴びを終えたらしく木々の間から顔を出した。
「(ごめんごめん、それじゃあ、もうちょっとしたら行こうか)」
二人は焚き火を挟んで向かい合わせに座った。
「(ねえ、フェル)」
アルが焚き火を木の枝でいじっているフェルに向かって話しかける。
「(何?アル)」
「(あのさ、俺達いつ国に帰れると思う?)」
フェルはすっかり燃えてしまった細い木の枝を横合いに放り投げて、
「(きっとすぐだよ。だって後二つ町と村を経由すればヴォワルル丘の近くまで戻れるじゃないか、それに丘の近くの村の人たちは親切だってラカレコ村の家政婦さんも言ってたじゃないか)」
フェルは退屈そうに言って、自分の鞄から水筒を取り出した。
「(そっか、でも俺はなんだか不安だよ)」
アルは自分の腰に差している黒い剣を撫でた。
「(大丈夫、約束したろ?僕が危ない目にあったらアルが護ってくれる、そしてアルが怪我したら僕はどんな時でも駆けつける)」
そう言って、フェルは水筒から水をがぶ飲みする。
「(うん、そっか、そうだよね、俺らなら大丈夫だよね)」
アルは立ち上がる。
「(フェル、そろそろ行こうか、日もだんだん昇り始めた)」
「(ああ、うん、そうしようか、泉の水もたっぷりと汲んだし、食べ物ももまだまだ底をついてない)」
フェルもまたそう言うと立ち上がって、鞄を肩にかけた。
二人は火を泉の水で消して、泉の入り口付近に停めておいた機械馬に跨り、平坦に整備された道を真っ直ぐに進みだした。
「(アル、途中で眠くなったらいつでも言ってよ?休憩をしっかりとってから進むから)」
フェルがアルの胸に両腕を回しながら言った。
「(うん!ありがとうフェル君も気持ち悪くなったら言ってね)」
アルは機械馬の手綱をしっかりと握り締め、胴を蹴る足に力を込めた。同時に、機械馬の体内で動く動力の振動が強まる。二人の小さな旅人はそれなりに整備された平坦な街道を風のような速度で進む。
がっしょん、がっしょん、機械馬の機動する音が遠くに見える町に向かって響いていく。時刻は既に夕刻を回っていて、見るだけで目が焼けつくような橙色の夕日が二人の小さな影と機械馬の姿を照らし出す。街道の周りは草がバランス良く生えた小奇麗な草原で、時折、茶色い野うさぎが草の間から姿を現しては、再び草の中に消えていくのが見える。二人の少年は眠たそうにしていたが、遠くに見える都会風の町が目に映った途端、目を見開いた。
「(ねえっ!アル、あれがソラカレ町かなあ?)」
黒髪の少年の後ろに跨っていた、金髪の、少年のような少女が叫んだ。
「(多分そうだと思う!凄く賑やかそうな町だねえ)」
黒髪の少年が楽しそうに笑う、つられて金髪の少年もクスッと声を漏らし、
「(アルが好きな食べ物が沢山ありそうだね)」
「(えへへ、そうかもしれないね、ああ、楽しみだ)」
二人の影は町一直線に走っていった。
「(はい、こんにちは、今日はどのような要件で街に?)」
青と白の制服を着た恰幅の良い中年男性が機械馬の隣に立っている二人を見ながら言った。
「(えぇと、旅の休憩と衣食や水、その他必要なものの補給がしたいんです)」
アルが聞くだけで鳥肌が立ちそうな金属質の声を出した。恰幅の良い中年男性は朗らかに、アルと同じような声で、
「(よーし、なら大丈夫だな、君達はまだ子供のようだし、町で何か問題を起こすという事も無いだろう、通りなさい、機械馬はすぐそこの駐車場に停めておいてね)」
そう言って、アルに滞在許可証と書かれた紙を手渡した。
「(ありがとうございます、それじゃあね)」
「(ああ、町の中は賑やかだから、楽しんでおいでよ)」
中年男性が会釈した後、そそくさと近くの建物の中に姿を消した。アルとフェルは機械馬をその建物の隣にある車や自動二輪車が停まっている場所に進ませ、停めてから、町の中に入った。
「(うわぁ、凄いね~アル、見た事の無いものばっかり!)」
「(うん、そうだね、フェル)」
目を爛々と輝かせるフェルとは反対に、アルは少し苦い顔をした。
町の中は綺麗に整備されたコンクリートの道が広がっていて、今二人が居るところの周辺には沢山の土産屋が立ち並んでいる。町の中央には大きな噴水があり、その周りを人々が行き交い、噴水の淵に座ってギターを弾いて歌っている人、ピエロの格好をして芸を披露して見物人を集めている者、また、じぶんの腰丈ほどの大きさのワゴンを押して、飲み物を売り歩いている者と、とても賑やかだ。そして、町の中央の広場の横を大量の自動車が走っていて、その自動車達が走っている道路の先にはこれもまた沢山のビルや店が並んでいる。近代的な町だった。土産屋を横目で見ながら、アルはフェルに話しかけた。
「(――フェル、一応言っておくけど、この町は鉄の国の管理下だから、あまり目立った行動はしないでね、下手すれば敵国のスパイが来たとか思われるから)」
アルがそっと警告する。鉄の国は自分以外の国は滅ぼそうとしてきた国、木の国は知られてはいるものの、その場所がまるで鉄の国には分からないから無視されていたが、もしその居場所が分かるかもしれないとなれば話は別、今すぐにでも戦争が始まる可能性がある。アルの警告を聞いて、フェルが真面目な顔で頷いた。
「(分かった、僕あまり騒がないようにするね)」
二人は沢山荷物が詰まった鞄を置く為、ひとまず今夜泊まる宿を探す事にした。近くを通りがかった若い青年に宿の場所を尋ねる。
「(あの、すいません)」
「(はい?何でしょうか?)」
話しかけられたこの町の住人は怪しむような目で振り返る、あまりよそ者になれていないのだろうか。
「(この町で休める宿を探しているんですけど、どこかいい場所はありませんか?出来るだけ安く泊まれて、出来ればシャワーがあれば良いんですけど・・・)」
アルが注文を告げると、青年は安心したのか、すぐに笑顔になって答えた。
「(それだったら噴水のある広場から続く道を真っ直ぐ行ったところにあるブラブラクションというホテルがオススメですよ、ひょっとして旅でもしていらっしゃるんですか?)」
「(ありがとうございます、ええ、まあ、そうですね、えっと、ちょっとだけ、この子と一緒に、少しだけ)」
アルが隣でおすまし顔をして大人しくしているフェルを差しながら途切れ途切れに言うと、住人は朗らかに笑い声を出して、
「(そうですか、でしたら是非この町を出る際には土産屋バルドヘクトをよろしく御願いしますね)」
と言って立ち去ってしまった。アルとフェルはそのホテルを目指してまた歩き出す。
「(良い人だった、のかな?)」
フェルが首を捻って呟く。
「(ああ、うん、そこそこ、鉄の国の住人の一人としてはまあまあってとこかな、ホテルは広場の道を真っ直ぐ道なりに行ったところだってさ)」
そっか、とフェルは下をうつむいた。
「(ねえ、アル)」
「(ん?)」
「(鉄の国の王様と話をして、一緒に仲良く生活できたら良いのにね、そうすれば僕ももっと楽しくこの町を歩けるのに、アルだって僕の紹介なしでも木の国に来れるしさ)」
「(そうだね、出来れば良いのにね)」
二人はホテルに着くと、中に入って、気づく。
「(あ、アル、僕らお金持って無いよ?どうするの?)」
ホテルのロビーはそこそこに広く、まあまあ豪華に飾られていたが、とても高級ホテルには見えない感じで、田舎では高級と騒がれる雰囲気を持っていた。
「(大丈夫さ、僕が誰だと思っているんだい?)」
アルはそう言って、自分の右腕を左手でこつんこつんと叩いた。
「(確かにアルの腕は機械で出来てるかもしれないけど、それがどうしたの?)」
「(こんなかっこわるい格好をしているけど、僕は一国の王子、もし何かあったら困るからとお金は沢山この腕に詰まってるんだ、旅に必要な物の買い物と安いホテル代なんてちょろいものさ、下手すればこの町にあるお店の品物全部買い占めれるかも)」
アルがウインクをしながら言って、ホテルのフロントに言いつけた。
「(すいません、このホテルで一番良い部屋を御願いします)」
「(流石、アル・・・やる事がど派手だ・・・)」
フェルが虫の羽音にも満たないほどの小さな声でぽそりと呟いた。
こんな小さな子供が一番良い部屋?と言いたげな顔をして返事をしたフロントはアルの右腕から飛び出した大量の金貨を見て、態度をひっくり返して、二人をそのホテルで一番上等な部屋へ案内してくれた。
「(ここが一番上等な部屋でございます)」
左足と右目が鋼鉄になっているフロントが手で部屋の扉を開け放ち、二人を部屋に招きいれた。
「(うわあ、おっきい!)」
開口一番、フェルは大きな声ではしゃぎ、ふかふかしてそうなベッドの上に飛び乗った。
「(では、私はこれで、何かございましたらお呼びください、夕食の時間は夜六時からとなりますので、時間になりましたら一階にございます食堂までお越しください、では、失礼します)」
フロントは今も尚ベッドの上ではしゃぎ続けるフェルを見て呆れながらそう言って、部屋を出て行った。
「(フェル、ちょっと今のは恥ずかしかったかな?)」
とアルが言うと、フェルはベッドの上で跳ねながら、
「(ええ?だってこんなにふかふかでおっきいんだよ?アルも一緒にどう?楽しいし気持ちいいよ!今日は僕達ここで寝るんだ!)」
アルはフェルのはしゃいでいる姿を横目に眺めつつ、自分の鞄をベッドの脇に置いて、何も言わずにフェルの隣のベッドに飛び乗った。
「(本当にふっかふかだ!俺の部屋のベッドよりもずっとずっと柔らかい!)」
二人は落ち着いてから、鞄の中を整理して、買い物にでかけた。夕刻を下回る時刻になり、広場に居たピエロは居なくなり、広場を歩く人たちもまばらで、少なかった。二人は広場の反対側、ホテルに続く道とは反対の道を歩いていた。
「(フェル、どんなものが必要になると思う?)」
アルがフェルに太く豊かな声で話しかける、アルが喋った言葉が珍しかったのか、通りがかった子供が驚いて振り返った。フェルは子供に手を振りながら、
「(うーんと、そうだな・・・まずは食べ物と飲み水は基本だよね、出来ればあった方が良いとすれば、頑丈なロープと、ナイフはあるから、武器の整備、それから出来れば紅茶と甘いお菓子があれば心に余裕も出来るかな?)」
最期に自分の欲しいものをさりげなく混ぜたフェルの言葉を、アルは何の疑いも無く聞き入れる。フェルが前を向くと、子供は立ち去っていった。
「(うん、だね、それから簡易シャワーと暖かい毛布をもう一式、泉に向かう途中で野宿してた時結構寒かったもんね、春とはいえ、冬の空気が残ってる、あ、それから俺の体の燃料と整備をやっておきたいな、グラインドソード(※アルの左腕に内臓されている機械の剣、動力炉と直接繋がっている)も獣を払ってたら錆びてきたし、それから、服も綺麗なの欲しいね)」
アルは思いつく限りの事を言ったが、それが一日で手に入るとは思えなかったフェルはこう提案した。
「(ねえ、アル、それらは確かに必要かもしれないけど、とてもじゃないけど今日一日で全部の買い物は出来ないんじゃない?もう夜になるし、店もしまっちゃうよ、今は買い物じゃなくて観光でもしない?)」
アルはフェルの言葉を吟味するように指を口に当てて、
「(――確かに、言われてみれば)」
と言った後、続けて、
「(良し!それじゃ今日は一通り町を見て回って寝ちゃおっか!)」
とフェルに微笑みかけた。
「(うん、それが良いよ、そうしよう)」
二人は道を真っ直ぐ進みながら、辺りにある巨大なビル群を下から眺め、凄いね、本当だ、なんて呟いたりしながら町を見て歩いた。途中の屋台で売られていたメロンパンを山ほど買い込み、それを口一杯に頬張りながら夜のこの街の風景を見ながらぶらぶらと歩いている内に、夕食の時間が来た事をアルはフェルに告げて、二人はホテルへと戻った。
「(――何か、寂しい町だね)」
フェルは大きなベッドに寝転がりながら小さく言う。アルはフェルの意見に同意した。
「(最初は楽しいって思う、でも、居るうちにだんだんとここは寂しくなっていくんだ)」
アルの言葉に、フェルは何でだろうね、と呟いて、ベッドの脇に置いてあったメロンパンの袋から一つだけメロンパンを取り出し、噛み付いた。
「(きっと、この町が寂しいって思ってるからだよ、この町は賑やかに見えるけど、人が少ない、昼間は沢山居るように見えたけど、実際はそうでもないのさ、ここは鉄の国が統治している村と町の中でも一番に小さいところって聞いてるし、車だってそうさ、実際の中身は鋼鉄馬と同じような仕組みで出来てるはずさ、本当はここには珍しいものなんて無いんだよ、きっと)」
アルが寂しそうにそう言う。
「(そっか、でも、このメロンパンは珍しいって言ってもおかしくないくらい美味しいね)」
「(そうだね、また今度ここに来ようか、今度はもっと楽しめるようになってからさ、そうすればこの町でも楽しいよ、今の俺達の状況もこの町が寂しいって思うことに関係してるんだよ)」
夕食はそれほど美味しくもなかったが、かといって不味いわけでもなかった。不可もなく可も無い至って普通の食事を終えた後、二人はシャワーを浴びて、ベッドにまた飛び乗った後、すぐに寝てしまった。一瞬のように感じる睡眠はやはり一瞬で終わり、寂しいこの町に朝が訪れた。
眩しい日光の中、アルが目を覚ますと、隣で眠っていた筈のフェルの姿が無い、気づくと、ベッド脇の小さな棚の上に、置手紙があった。アルは寝ぼけ顔で字を読む。どうやら、フェルは一足先に町に繰り出しているようで、紙にはアルが買ってくる分の必要な物リストが書かれていた。アルが置手紙をもう一度棚に戻そうとしたとき、アルはその手紙があった場所の隣に皿に乗ったサンドイッチがあるのに気づき、それを口に咥えてからベッドを降り、外出する為の準備を始めた。
一方、フェルは人がそこそこ通り始めた商店街の中央にある、小さな掲示板に貼られた紙を見つめていた。周りにはフェルと同じように通りがかった人々が何か面白い話は無いかと立っている。掲示板中央の紙には、でかでかと真っ赤な字で『わが本国の王子が行方不明!何か詳しい話を知っている者が居たら町入り口の警官の所まで来ること!』と書かれていて、それを遠目から読んだ人が口々にアルの本名と特徴を語りだす。フェルは少し焦って、掲示板から離れ、歩き出した。
フェルの足はホテルへと一直線に進む、やがてホテルの前まで来たとき、昨日出会った子供がこちらに走ってきて話しかけてきた。
「(ねえねえ、君、この町の人じゃないでしょ?どこから来たの?)」
フェルは対応に困り、子供に手を振って向こうへ行くように促したが、子供はしつこく追ってきた。
「(ねえってば!僕の家のパスタ美味しいから寄ってってよ!ねえ!)」
子供は散々きんきん耳に響くような言葉を喋りながら、後をついてくる。フェルはどこまでも追ってくる子供を、自分達が泊まっている部屋まで無視し続けた。
「(もしかして、お兄さん、この国の言葉が分からないの?)」
と子供が言った時、勢い良く部屋のドアが開いて、アルが出てきた。アルはフェルが目の前に居る事に気づいて目を丸くした。
「(あれっ?フェル、もう買い物は済んだの?ゴメン、俺寝ボスケだから)」
アルが太く豊かな声で笑いながらで話すと、フェルは至って真剣な顔をして、
「(アル、君の国が君を探している、君が入り口のおじさんの所に行けば君は国へ帰れる)」
アルはフェルの言葉を聞いて、とても悲しそうな表情をした。
「(父上が俺を探してる?そんな!何度も城を抜け出して帰らなかった事があるのに!?そんなの絶対おかしいよ!父上はいつも言ってたのに!俺が何日も帰らなくても心配なんてしてないって!むしろ優秀な兵士達の目を盗んで城を抜け出すなんて凄い!外の世界を勉強する為にも、たまにならやってもいいって言ってくれてたのに!)」
アルは見えない誰かを説得するように言って、フェルの手を掴んだ。
「(――俺は嫌だ!今この場所でフェルが見つかったらこの町の人たちだってフェルを追いかける!それに丸太の一本も持ち上げられない非力なフェルを一人外に放って行くなんて俺が許さない!約束した、俺はフェルがピンチになったらいつでも駆けつけるって!今は俺がピンチなんかじゃないんだ!むしろ一人になってしまいそうなフェルが大ピンチなんだ!俺が駆けつけるのは今!今はもう駆けつけてるから、今から俺はフェルを連れて逃げる!)」
アルがまくし立てる。まるで火山の噴火のような剣幕だった。
「(アル・・・)」
フェルは何も言えずに黙り込んでしまった。本当は護らなくちゃいけない事を蹴って、自分の為に動ける人なんてこの世に何人居るだろうか?
「(フェル、俺今すぐに準備してくるから!)」
そう言ってアルは部屋の中に飛び込んでいった。そして、数十秒としない内に部屋を飛び出してくる。
「(ホテル代金を払って、さっさと出よう)」
部屋から出てすぐ近くのエレベーターに乗り込みながら、アルが呟いた。先ほどからついてきていた子供はまだ着いてきていて、二人の緊迫した空気に飲まれ、押し黙っていた。
「(――ごめんね、お兄ちゃん達、もう行かなくちゃ行けないんだ)」
フェルが申し訳無さそうに子供の頭をなでる。子供は子供ながらに思うところがあるのか、黙ったまま頷いた。エレベーターの扉がさっと左右に開いて、二人はフロントロビーに出た。近くに通りがかったホテルの従業員に、一番高い部屋のホテル代はいくらか尋ねると、従業員はとびきりの営業スマイルで料金を言った後、尋ねてくる。
「(あ、もしかしてお帰りですか?)」
「(はい、そうです、それと、チェックイン時の名前はアル・フェルラントです、これで良いよね?)」
アルが右腕からお金を渡しながら言った。従業員は嬉しそうに頷いて、恭しく例をした。
「(――これで御代は結構でございます、当ホテルのご利用、真に有難うございました!)」
またお越しくださいませーという従業員の声を背中にしながら、二人はホテルを出て、町の入り口まで歩いていった、まだ朝が早いのにも関わらず、土産屋は開いていて、人がちらほらと広場までの通りを行き交っていた。
「(ねえアル?君の腕の剣と体の整備しなくて良いの?)」
とフェルが歩きながらアルに聞くと、
「(ああ、それだったら大丈夫、自分で出来るから、本当はお金を払うことじゃないんだけど、マッサージとかと似たようなものでさ、他の人に治してもらうのはとても心地が良いんだ)」
アルはウインクをしながら言う。
「(そっか、なら良いんだ)」
フェルはまだ後を追ってきている子供に目をやった。子供は何も言わずについてくる。
「(お兄ちゃん達、僕のおうちの店に寄ってくれないの?)」
子供がもう喋っていいと思ったのだろう、口を開く。
「(――お店?ああ、うん、本当は俺達も行きたかったんだけど、ゴメン、都合のせいで行けないんだ、また今度来たときは必ず行くからね)」
アルが子供を諭すように言って、右腕から二枚の金貨を取り出し、子供に手渡した。
「(これで好きなものでも買ってお食べ、お母さんとお父さんに何かお土産でも買って行っても良いかも知れない)」
子供は嬉しそうにお礼を言うと、すぐ近くの土産屋に走って行き、表に並べられている品物を一瞥した後、すぐに店内に姿を消した。
その様子を見ていたフェルがアルに話しかける。
「(ねえ、アル、昨日この辺で道を尋ねた人が言ってたお土産屋さんに寄らない?)」
「(ああ、『バルドヘクト』だっけ?寄ってみる?)」
「(せっかく来たんだし、ちょっとだけなら大丈夫だよ、きっと)」
その土産屋は町の入り口から広場に繋がる通りの裏の通りにあった。深緑色の字で『バルドヘクト』と書いてある看板が目立つ、主に装飾品を売っている土産屋だった、二人はその土産屋は大きなテントの入り口を切って広げたような造りで、その建物の前には売り物を陳列している小さな棚があり、その上には沢山の数珠や、獣の牙がついたネックレスが置かれていて、その建物の中には黒いマットの上に一人、昨日ホテルを教えてくれた若者が座っていた。若者は二人の姿を見つけると嬉しそうな顔をして、
「(いらっさい、小さな旅人さん方、今あるのはそこに並んでる物と、今出来たばかりのこの宝石細工のネックレスだけだけど、どうします?)」
と、手に二つ、青い石が連なっている物と赤い石が連なっている物を揺らした。
「(そうだな、フェル、何か欲しいのは無いのかい?無いのなら出来立ての物を貰おう)」
アルが言って、目の前に並んでいる装飾品を眺める。どれもこれも到底お土産としては売れなさそうな物ばかりだった。
「(うーん、そうだな、うん、それが良いかな?)」
と言って青年が手にしている物を指差した。青年は待ってましたといわんばかりに値段を告げる。
「(一つ金貨十枚だよ、どれもお値打ち価格だと思うけど、どうだい?)」
アルはフェルの顔を見、青年の顔を見、それから、右腕の財布を開けて、金貨二十枚を青年に差し出した。青年は金貨を数えてから、
「(おお、二十枚ぴったり毎度!)」
と言ってから、ネックレスを茶色い小袋に包んでくれた。アルがそれを受け取り、フェルに手渡す。アルはフェルがネックレスをしまうのを見届けてから、青年に向き直った。
「(どうもありがとうございました、今度また来るね)」
アルはフェルに行こうと合図して、二人一緒に歩き出す。その後を追いかけるように青年の声が背中に響いてきた。
「(ありがとうね!また今度この町に立ち寄ることがあったらよろしく!)」
入り口から伸びる通りに戻った二人は真っ直ぐ入り口を目指す、通りを歩く人々はすれ違う黒髪の少年を一国の王子だとは全く気づいていないようで、二人の姿を見かけると、もう帰るのかい?寂しいなあ、また今度ゆっくりおいで、などと声をかけてきた。その度、二人は立ち止まって頭を下げながら、二人がようやく町の入り口まで辿り着いた時、入り口付近で倒れている人影を見つけた。
その人影は年老いた男性だった、男性はとても苦しそうに喘いでいて、二人の姿を見ると、片方の手を伸ばし、非常にか細い、今にも枯れ果ててしまいそうな声でぼそぼそと喋った。
「(そ、そこの人、助けを呼んでてきてくれないか?)」
アルは急いで入り口近くの建物に向かって走り、フェルは手に持っていた薄茶色の買い物袋を置いて、倒れている人の傍らにしゃがんだ。
「(大丈夫ですか?)」
フェルが話しかける。
「(? 君、この国の、人じゃないな?もしかして木の国の人かい?)」
男性がきりきりと甲高い声を出す、フェルは彼の言葉が分からなかったが、この男性が酷い怪我を負っているという事は分かっていたので、両手を組んで、目を閉じた。
「(フェル!大変だ!警官のおじさんどこにも居ないよ)」
アルが急いで戻ってきた時、倒れていた男性を不思議な光が包み込んでいた。その光は虹色で、ゆらゆらと炎のように揺れていて、良く見るとその炎のような光は白く美しい花びらのような光の粒子で出来ている事が分かる。その光はとても眩しく、町の人たちにもはっきりとわかるくらい大きい光だった。フェルと男性の周りにどこからともなく、町の人たちが集まりだし、口々に男性の安否とフェルの魔法について語りだす。
「(これは木の国の魔法だ!白い花びら、虹色の光、間違いない、これは木の国に伝わる王族だけに伝えられる癒しの魔法『祈り花』だ!この子供、この木の国の王族だぞ!)」
野次馬の中の一人が言った。続いて、
「(――今すぐに本国へ通達しろ!木の国の手がかりがあると!)」
もう一人、男性の声が言って、ばたばたと野次馬の中から誰かが走り去っていった、っして、遠巻きに見ていた野次馬達がじりじりとにじり寄ってくる。アルは野次馬達をよけて、まだ祈りを続けているフェルの元へ向かい、
「(フェ、フェルッ!急いで町から出るぞ、じゃないと君が・・・)」
フェルのしゃがみこんでいるフェルの肩を叩いて、アルはフェルに祈りをやめさせた。
「(ア、アルッ、でもこの人が・・・)」
倒れている男性はまだ苦しそうな顔をしているが、先ほどより幾らかマシになったようで、荒くも確かに、胸を動かしているのが分かった。アルはそれを見て、
「(早く!フェル!この人さっきよりはマシになったみたいだから!)」
無理矢理フェルの手を握って走り出す、フェルはアルに引きずられながら買い物袋をなんとか引っつかんだ。何時の間にかフェルを捕まえようと迫っていた野次馬達の間をすり抜け、アルとフェルは足を揃えて駆ける。背後で野次馬達の誰かが
「(おい、逃げたぞっ!追えー!)」
と言ったのが聞こえた。
「(――アル、僕・・・)」
走りながらフェルがぼそっと声を漏らした、アルは聞かなかった事にして、まっすぐ機械馬を止めている駐車場まで走り抜け、機械馬が見えてくると、アルは突然振り返り、フェルをいきなりお姫様抱っこして、思い切りジャンプした。五メートルほど地面から離れたアルは、空中で右脚を突き出して空を蹴り飛ばした、見えない壁を蹴ったように、二人は真っ直ぐ機械馬の元まで飛んでいく、宙でフェルの持っていた買い物袋から沢山の林檎が零れ落ちた、しかし、二人はそんな事も気にせず機械馬の上に綺麗に着地すると、すぐに機械馬に跨り、機械馬を発進させた。
「(フェル!このまま飛ばすよ!目指すはレアラカ村だ!)」
「(うんっ!行こう!)」
アルとフェルが目で合図し、機械馬を出せる限りの速度で走らせた、フェルは少し軽くなった買い物袋を自分の足の間に挟み、アルの胴体に両腕を絡ませた。
もう二人は止まれない、止まる事が出来なくなってしまった。平坦だった道はレアラカ村を目指すにつれだんだんと無くなっていき、景色は険しくなっていき、やがて乾いた風と砂塵だけが舞う、寂しい荒野だけになった。機械馬は途中でギシギシと軋んだが、それも気に留めず、二人は逃げ続けた。
その日の夜、二人はすっかりぼろぼろになってしまった布のテントを背の高い岩に結び付けて屋根を作り、野宿をしていた。ラカレコ村の村人から貰った最後の食料を機械馬の胴から取り出して、火で調理して食べた。とても甘く、実がぎっちり詰まっているとうもろこしと、鳥の獣の肉の干物だった。すっかり食べ終わってしまってから、テントの間から覗ける、何も無い荒野ならではの満点の星空を眺めながら、二人は暖かい紅茶と、野いちごのクッキーをつまみながら、見る事が出来なかったあの日のヴォワルル丘の星空について語り合い、それから、柔らかな毛布に包まれて眠った。追っ手は来る気配を微塵も無く、二人は安心してその夜を過ごした。
次の日から、二人はテントを片付け、焚き火を消してから、再び機械馬を酷使して、村を目指した。荒野の風はとても激しく、時には目に砂が入り、暫く動けなかったりもした。しかし、二人の旅人は少しも弱音を吐かないで、前を向き続けた。
第五章~レアラカ村
「(アル、どうしようか)」
「(うーん、困ったね)」
二人の小さな旅人は静かに主人の命令を待っている機械馬の隣で目の前にある瓦礫の山を前に悩んでいた。
「(これじゃ使える物なんて見つかりそうにも無いね)」
レアラカ村に辿り着いた時、二人の小さな旅人は村の少し手前に看板がある事に気づいて立ち止まったのだった。看板には大きな字で『レアラカ村を訪れる人へ』と書いてあり、村が機械の事故で崩壊したという事と、何か用があるのならこの先の宿屋に来るようにとの旨が詳細に書き込まれており、それを目にした二人はとりあえず使える物もあるかもしれないし、村の跡を見に行ってみようか、と考えて、今に至るのであった。
アルと呼ばれた少年が、自身の鋼鉄の右腕の二の腕あたりについているボタンを押した。ガシュン!という音と一緒に古びた地図が飛び出してくる、少年はそれを左手で掴んで、開いた。
「(さっき看板に書いてあった宿屋へはすぐに行けるみたいだけど、どうする?)」
アルは地図をフェルに渡して、すっかり何も無くなってしまった村を見渡した。プレハブ小屋を形作っていたらしい、ニスが塗られて綺麗な木目をした木材がバラバラに散らばっていて、何に使っていたのか、コンクリートの残骸も沢山詰まれていた。時々見える金属の破片は機械の部品だろう、流石に鉄ともなると、頑丈だ、木やコンクリートと比べ、一つも壊れていない、しっかりとした形が残っていた。
「(――アル、やっぱり駄目そうだね、引き返して宿屋に行こっか?)」
フェルがそう言った時だった、村の入り口近くから村中に響き渡るくらい大きく下品な笑い声が二人の耳に届いた。
「(誰だろう?村の人かな?)」
フェルが暢気に言って、アルが即座に否定する。
「(まさか、こんなところに来る下品な笑い声の人なんて決まってるよ)」
アルが言って、フェルが首を傾げた。アルが続けさまに言う。
「(――きっと、盗賊だ)」
「(何だ!何にもねえじゃねえか!)」
金属を擦り合わせるような声で叫んだのは大柄の男、山のような厳つい手を振り回して、背後に十人ほど居る全員ひょろっとして貧弱そうな手下達に文句を言っていた。
「(親分、でもひょっとしたら村の中にまだ生き残ってる女が居るかもしれませんぜ?)」
手下の中の一人がそう言って、周りに居る手下達全員が頷く。
「(――もしそれで居なかったら?お前はどうするつもりだ?)」
大柄な男はモップのように広がっている口髭を触りながら、腰につけていた大きな棘つきの金棒に手をかける。
「(ヒッ、親分、もし女が居なかったら俺が近くの村から女を盗んできますから、どうかお気をお鎮め下さい)」
手下の男が脅えた声でそういうと、大柄な男は鼻をフンッとならして、
「(まあ良い。お前ら、とっとと中に入って女と酒、食いモンがねえか探すぞ!)」
「(はい!親分!)」
手下全員が叫んだ。
一方、村の瓦礫の陰に隠れていたアルとフェルは、盗賊達がその場から立ち去る盗賊達を見て、二人は顔を見合わせた。
「(アル、どうしよう・・・このままじゃ僕達、あいつらに捕まって奴隷商人に売られてしまう)」
フェルの不安げな声に、アルは、大丈夫さ、とフェルの背中を叩いた。
「(俺があの時みたいに全員やっつけるよ)」
「(アル、それってかなり無謀だよ、だってあいつらの人数・・・)」
「(大丈夫、奴ら魔法も機械も使えなさそうだったから、俺の機械の体と魔法があれば絶対に勝てるよ、フェル、だからさ、俺を置いてとりあえず宿屋に向かって欲しいんだ、すぐに追いかけるから)」
フェルが止める間も無く、アルは瓦礫の陰から飛び出した。アルは左腕の紐を引いて、機械の剣を抜いた。そして、すぐ近くでうろちょろと瓦礫の山を覗いている貧相な盗賊の首を一文字に切りつけた。ジュッと何かが焼ける音と共に、男の首がごろりと落ちる。首が落ちてから、アルは体を低くして、その反対の瓦礫の山に身を潜めた。異変に気づいた貧相な男の仲間が近づいてくる。
「(おい、何か見つけたか~?)」
貧相な男が倒れている場所へ、二人の男が姿を現した。一人は毛むくじゃらの顔をした小柄な男、もう一人はがりがりに痩せていて背が高い、アルは右肘にある小さなボタンを押した。かちゃかちゃと少し大きめの音を立てて、アルの右腕が銃に変形していく、人差し指と中指は銃口になり、親指は標準をあわせるスコープになった、二の腕から真上に伸びた引き金を、アルは右手の中指で触れる。男達が倒れている仲間の状態に気づきそうになった瞬間、アルは照準をしっかりと合わせて小柄な男に狙いを定め、引き金を引いた。空気が裂ける音が小さく響き、小柄な男は倒れた、隣に居た男がいきなり倒れたのを見て、背が高い男の横顔がみるみる青くなる。アルは間髪入れず、、もう一人の男に狙いを定めて、男が逃げ出す前に撃ち抜いた。
「(へへ、ちょろいちょろい)」
アルは背が高い男が血を吹きながら青い顔で倒れていくのを見て、笑い声を出すと、その瓦礫からもう一度飛び出して、辺りに盗賊が居ないか確認しながら、次に目をつけた瓦礫の陰に飛び込む。瓦礫の陰から顔を出すと、アルが隠れている瓦礫の隣で瓦礫を漁っていた大柄な盗賊と目が合った。
「(ん?おま・・)」
盗賊が何か言うよりも先に、アルは先に白熱する鋼鉄の剣を盗賊の喉笛に突き立てていた。貫かれた喉の真っ赤な肉壁は一瞬で焼かれて、血すら出てこない。周囲には肉が焼ける香ばしい匂いだけが残った。重々しい鈍重な音と共に倒れた男の骸を踏み越えて、アルは男が漁っていた瓦礫の陰に背中をくっつけ、瓦礫と瓦礫の間にかろうじてん残っていた通路を覗く、誰も居ない。アルはゆっくりと足音を立てないように通路を進み、角から顔を出し、その先に盗賊が三人居る事を確認すると、左腿についていた鍵を回す。中には丸いパイナップルのような形状をした、頭に輪がついた丸い玉が六個、揃って収納されていた。アルはそれを三つ取り出して、全部丸い輪を引き抜いて、三人が集まっているところに投げた。直後、耳が裂けそうな程の轟音の中に、瓦礫が吹き飛ぶ音と人間三人の悲鳴が混じる。アルは爆発が収まってから、集まってくるであろう盗賊を待った。
盗賊達は数分でやってきた、あたり一面が真っ黒焦げなのと、瓦礫が吹き飛んでいるのを見て、男達は不思議そうな顔をした。
「(ねえ親分、一体今この村跡で何が起こってるんでしょうねえ)」
盗賊が間抜けな声を上げた後、頭から血を吹き出して倒れた。
「(おい!敵だ!敵がこの辺にいやがる!何かは知らんが遠距離武器を持ってる!お前ら、聞こえてるか?気をつけろよ!)」
親分と呼ばれた熊のような大柄な男が金棒を抜きながら、村中に聞こえるように叫んだ。と同時、隣に居た貧弱そうな男も倒れる。
「(糞ッ!何だ?畜生!)」
大柄な男は金棒で思い切り近くの瓦礫を殴った。瓦礫が音を立てて崩れ、男の前に壁を作り出す。
「(壁が出来たな、くそう、後少しで誰にも気づかれずに全員倒せたのに・・・)」
アルは悔しそうに歯を噛み締める、右腕の銃は後残り一発しかない、途中で造った弾丸は鉄の馬の中、一発だけしか無い銃弾はもしもの為に取っておくとして、手榴弾はまだあるが、これも出来ればとっておきたい。
となれば。とアルは右腕を元の形状に戻し、左足の格納庫を閉め、左腕の剣を撫でた。
(直接対決だ!)
アルは瓦礫の壁ひ踵を返して、通路に戻った。真っ直ぐ走っていくと、通路の反対側から何かが壊れる音と足音が一緒になって地面に響いてくる。そして、大きな体が通路の奥から現れた。
「(お前かーっ!わしの部下を殺してくれた奴は!)」
男はアルの姿を見つけるなり、きんきんと甲高い怒鳴り声をわめきながら、男が金棒を振り上げて襲い掛かってきた。
「(お前らは最低の生き物だ!一生懸命活きている人達から大切な物を奪って、それで暮らす!)」
最初の一撃を、アルは地面に伏せて回避した、後ろで金棒が通路の壁となっている瓦礫を破壊する音が聞こえる。アルはその後すぐに男の脇をくぐりぬけ、すれ違いざまに右のわき腹を切りつけた。男のわき腹を削った傷はとても浅く、男は吼えるように、
「(ふん!そんなモンでわしを倒せるとでも思ってるのか、コンのガキがあっ!)」
金棒を振り下ろした。土が沈む鈍い音、アルは金棒の上に乗っかり、男の下へと走った。
「(ウリャアァーッ!)」
白熱する剣を男の頭に叩きつける、しかし、これは金属製の兜によって防がれた。男はアルの小さな体を金棒を握っている手とは反対の手でアルの体を鷲掴みにして、地面に勢い良く叩きつけた。
「(!?)」
アルの声無き悲鳴が空に吐き出される、男はまたしても鼻を鳴らして、金棒を振り上げ、降ろそうとした。その瞬間、倒れていたアルは苦し紛れに、何かを唱えながら左手の剣を地面に突き刺した。瞬間、周囲の瓦礫の中に沢山混じっていた金属の欠片や部品が男の空を覆った。何だ何だ?と驚く男に、宙に舞った金属の部品が形を変えて襲い掛かる。小さな物は全て尖って釘のようになり、金属片は全て弾丸のような形状になった。その中でも特に大きな欠片は短剣やナイフとなり、男に降り注いだ。
第六章~ブランコ・ブコラン
穏やかな日が差し、獣の小鳥達(獣の鳥の別な種類、この世界では最も見かける)がどこまでも澄み渡る青い空の下を横断する。
アルはそこで目を覚ました。そこは古そうな木材で出来た部屋で、中央にはこれもまた木製の質素なテーブルと椅子が置かれ、少し奥には大きな本棚があった。中には色々な本が詰まっている。アルは上半身を動かそうとして、爽やかな声に止められた。
「(まだ動いちゃ駄目だ、君はあんなに重傷を負っていたんだから)」
爽やかな声の主は青いベストにネクタイを締めた、三十台半ば程の男性だった、アルは、男性に尋ねる。
「(ねえ、ここはどこ?)」
男性は静かに微笑んで、
「(ここは宿屋さ、ブランコ・ブコラン、素敵な名前だろう?)」
「(フェルは?フェルはどこ?)」
男性はそうだなあ、と窓の外に目を向けて、
「(もうすぐで帰ってくると思うよ)」
と言った。
ブランコ・ブコランはベレと名乗る爽やかな男性とネイサと名乗る綺麗な女性が夫婦二人で経営する宿屋だった。盗賊との一騎打ちで最期に振り下ろされた金棒の一撃を食らって負傷したアルは、一度村を出た後宿屋夫婦を連れて戻ってきたフェルに見つけられ、ここで手当てを受けたらしい。宿屋の主人は機械の国出身で、奥さんはなんと、木の国出身らしい、機械の国出身である主人の手当ては完璧だったが、アルの機械に使われている部品が足りず、アルは体の機械で記憶していた木の国の言葉を話せなくってしまった。しかし、そんな事でアルとフェルが培ってきた絆は壊れはしなかった。二人は言葉の壁を越えて、意思を表して、今まで以上に仲良くなっていった。宿屋夫婦は子供が居なく、二人を自分達の子供のようにかわいがってくれた。また、二人が国の王子でめんどくさい内部事情に追われていると伝えると、このまま後を継いで一生ここで隠居して暮らせば良いと熱心に勧めてくれた、アルとフェルは喜んで頷いた。
宿屋に着いて暫く、のどかで非常に豊かな日々が流れていった。アルは時折来る客の荷物を部屋まで運んだり、客の為の食事を毎日主人と共に狩りに行ったりし、フェルは旅で鍛えた料理の腕前とお上さんに教わった料理で毎日客と宿屋のみんなの舌を楽しませた、時々、フェルが歌を歌うと、客も宿屋のみんなも聞き入った。アルは聞くたびに割れんばかりの拍手をフェルに送り、宿屋夫婦もそれに負けないくらいの大きな拍手を送った。
鉄の国と木の国の事を二人は忘れかけていた。それくらい幸せな日々だった。しかし、そんな幸せな日々に水を差す者がやってくるまで、そう時間はかからない。鉄の国の兵士達がアルの情報を嗅ぎつけてきたのはそれから数週間後の事だった。
「(アルッ!フェルを連れて逃げるんだ!裏口が開いてる!急げっ!)」
ベレが宿の玄関から飛んできて、厨房の掃除をしているアルとフェルに言った。
「(どうしたの?ベレ、凄い顔をして)」
緑のカーディガンに白いエプロン姿のフェルが厨房の入り口に立っているベレを振り返る。同時に、アルがフェルの陰から訝しそうな顔を出す。
「(――鉄の国の兵士達だ!アルとフェルを引き渡すように要求している!)」
ベレの言葉を聞いた途端、アルはフェルの手を握り締めた。フェルはアルを振り返り、
「hhdai?madakodagnkbiaje!!」
と言って、アルの手を振り払った。しかし、アルはもう一度フェルの手を握り締め、
「(フェル!)」
一言だけ叫んだ。ベルが悲しそうな瞳をして言う。
「(――気をつけて行くんだよ)」
ベレの言葉と同時に、アルはフェルを連れて宿の裏口から弾丸のように飛び出した。二人は足並みを揃えてかつて自分達が旅に使っていた機械馬に走る。二人に気づいた鉄の国の兵士が指を差す。
「(王子!王子を発見しました!木の国の姫と一緒です!)」
アルは機械馬を起動し、鋼鉄の疾風となって鉄の国の兵士達を蹴散らしながら、宿から最も近い場所『ヴォワルル丘』を目指して馬を走らせた、後部座席ではフェルがアルに抱きついて、アルの背中に頬を寄せている。
一面荒野だった景色はだんだんと走るうちに平坦な街道へと変化し、冷たく激しい風は穏やかな日差しと共に吹く風となった。二人は夢中になって丘を目指した。久しぶりに動いたからか、ぎしぎしと機械馬が軋む。
それでも、二人は機械馬を走らせ続けた。日が暮れても、ずっと。夜空が蒼、赤、橙、桃色のグラデーションを描いても、ずっと、ずっと。空がやがて藍色の絵の具で塗りつぶされても、二人は止まらなかった。
最終章~ヴォワルルと名のついた丘の上で~La Colline Au Rveoir
赤い大地のように紅く、太陽に透かした宝石のように輝く星を指差しながら、一人の少女がとても嬉しそうに何かを言った。それに続いて、隣に座っている四肢が鋼鉄で出来ている少年が小声で優しく何かを囁いて、少女の指差した星の隣を指差す。少年が指差したのは海のように碧く、神秘的な光を放っている、水の中に浸した宝石のような星だった。
「sjsjghdaihidabxznzmbka[]ejtianfjgh!」
少女がとても綺麗!と少年が指差した星を指差してはしゃぐ。
「jsjskaoelrituejgiahnnngjaidbAAA」
少年は僕もそう思う、と呟いて、少女の肩をそっと抱き寄せる。
二人の少年少女はまるで羽毛布団のような丘の軽やかな風に包まれていた。二人は、暖かい紅茶をすすり、暖かく薄い赤茶色の液体が入った鉄のマグカップを自分達の隣に置き、そして、焚き火の上から暖めていた獣の怪鳥と獣の魚、そして自分達と宿屋夫婦が栽培した野菜をふんだんに用いたホワイトシチューを木の皿に盛り付け、今朝焼いたばかりのパンと一緒に頬張った。
少年と少女はささやかな食事を終えた後、各自の鞄から、山葡萄と野生の林檎で作った大きなパイを取り出して、紅茶をすすりながら食べた。そしてそれも食べ終わると、二人は一緒に並んで毛布に包まった。宝石の様な空を仰ぎ、二人の少年と少女は幸せな夢を見た。
深夜、少年と少女が寝ていると、遠く、丘の下の方から鉄の国の兵士達の声が聞こえてくる。ここら辺だぞ、探せ、王子は無事か?兵士達の声はやかましく、それは少年と少女達にとってとても怖かっただろう、だが、二人は怯むことなく身を寄せ合った。
朝が来て、少年と少女は目を覚ました。そして、焚き火の後始末、食事の片付けをして、
「(さあ、フェル、行こうか?君の国まで――あのぼろぼろの機械馬に乗ってさ!)」
少年が言うと、少女は頷いて、馬の手綱を握る少年の手を握った。
「――これで終わりじゃ」
大きな噴水の前に座っていたみすぼらしい老人は言い放った。
「はあ、そうですか、ではその後、彼らはどうなったんですか?」
こげ茶色に煤けたコートを身に纏った若い旅人がみすぼらしい老人の隣から尋ねる。老人はふぉっふぉっふぉ、ともっともらしい笑い方で笑ってから、
「少年、アルはその後、自分の国に戻ってすぐ、王と対面し、王を倒したのじゃ」
「倒したんですか?王を?自分の父を?」
「そうじゃ、だからこの国が存在しており、木の国の風習であった魔法の授業が行われているのだ、ま、最も、形だけじゃがの」
老人は広場で走り回っている子供達を見つめ、穏やかに微笑んだ。
「それじゃあ、少女は?フェルはどうなったんですか?」
「ん、おお、フェルは木の国に行く寸前で鉄の国の兵士の凶弾に倒れてしまった、アルは無論激怒した、それで王を、自分の国の全てを消し去る事を決意したのじゃ」
「へえ、だからあの銅像が建ったんですか」
旅人は国の中心にそびえる大きな二体の石像を見つめる。一体の石像は修道服のような服を纏っており、腰に棘のついたメイスを差している、顔立ちはとても美しく、少年にも、少女のようにも見えた。もう一体は、パッと見で機械仕掛けだと分かる四肢を持っていて、しわしわの、触るとざらざらしそうな短パンと一張羅を着ていた。顔立ちは凛々しい、腰には長剣よりも少しだけ短いが、確かな剣が差してある。
旅人が感心して頷いていると、老人が付け加えるように言った。
「――おお、そうじゃ、少女、フェルがいつ少年に自らの性別を明かしたか言ってなかったのう」
「それはいつですか?」
「事切れる瞬間じゃ、きっとアル様はさぞ悲しかった事じゃろうて」
旅人は老人の言葉を聞いて、老人に礼を言いながら立ち上がった。老人が驚いたような声を上げる。
「お前さん、この国に住むんじゃなかったのか?」
若い旅人は機械の右腕からお金を取り出しながら笑って答えた。
「――もう一度僕も旅をしてみたくなったんですよ、あの英雄達のようにね」
深い森の中を、二つの小さな子供の影が並んで疾走している、やがて、一つ分の影が転んだ。もう一つの影が振り返って叫ぶ。
「――なにやってんの!アルフェッ!早くしないと置いていくよーっ!」
叫んだ影は小さな女の子だった、みるからに活発そうな女の子で、Tシャツに短パン姿だ、藍色の短パンから突き出ている左足は重々しい黒い鋼鉄の棒だった、先端が右脚と同じような形状になっている。少女は足踏みをしながら、自分より少し離れたところで倒れている少年が立ち上がるのを待った。アルフェと呼ばれた少年は弱弱しく時間をかけて立ち上がり、情け無い声を出した。
「待ってよー、フェルア、置いていかないで~」
アルフェと呼ばれた少年は白いマントを纏っていて、髪は短い金髪だった。アルフェは泣きそうになりながらも、なんとかまた走り出す。
「――あんた!分かってるでしょっ!今日は国設立記念日でお祭りなんだから!しかも今日はお母さんの人工心臓の部品を取り替える日!その為の部品を買いに行くんだよっ!」
「うっ、うん!分かってるよ!だから早くしないと!部品売り切れちゃうもんね!」
安売りがチャンスだよ!とフェルアがぼそっと付け足し、ようやく追いついてきたアルフェと脚を並べて走り始めた。
二人の子供が走り去っていった後、森が女神の微笑みのように優しく暖かいそよ風でざわつき、森の中でも一際大きな木から、一枚の葉が落ちた。根元には虹色の光を放つとても綺麗な花に鋼鉄の残骸だけが包まれていた。
後書き
あとがき
この『AlFe』ですが、
特に語る事はありません。
ええと、これはあくまでも修行の一環という事で、あくまで表現力と型を作るための修行となりますので、内容はどれもこれも対して凝っていないもの。なので語れるほど深い部分が無い作品です。ハイ、まあ、どれもこれも作品とは言い難い駄文しかありません。だから読んでくれて本当にありがとうございました。
うん。特に他に話すことは無いですね。あ、お気づきになりましたか?この何も凝っていない『AlFe』ですが、一応、出てくる町や村の名前を反対にするなり字を組みかえるなりすれば全て意味ある言葉に変わるんですよ。ヴォワルル丘は『ルヴォワル』となります、これはフランスの言葉で『ル・ヴォワール』となり、さようならという意味の単語になります。他にも、ブコランはブランコですし、ソラカレはそれから、アラカレはあれから、ラカレコはこれから、となります。それでは、つまらないあとがきまでお読みいただき、本当に感謝です。ありがとうございました。
二千十二年十一月十六日
ペンネーム 西宮 竹時(素人)
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