赤子の声
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1部分:第一章
第一章
赤子の声
中国宋代の話である。河南の山の麓にある村でだ。不気味な噂が広まっていた。
「山に入った者が戻って来ない」
「どういうことなんだ、これは」
「旅人が戻って来ない」
「それに猟師が入ってもだ」
「いなくなった」
村人達も不吉な顔をしてだ。そのうえで話をするのであった。
「何がどうなってるんだ」
「それにだ」
「ああ、それに?」
「何かあったのか?」
「俺聞いたんだけれどな」
ここでだ。村人の一人が言ったのである。
「夜に山の方から聞こえるんだよ」
「何がだ?」
「何が聞こえるんだ?」
「赤ん坊の泣き声がだよ」
それが聞こえるというのである。
「それがな。聞こえるんだよ」
「赤ん坊のか」
「それがか」
「ああ、聞こえる」
また言うのだった。
「今にも餓えそうな。そんな感じなんだよ」
「馬鹿言え、赤ん坊なんている筈がないだろ」
それはすぐに否定された。
「山の中にな」
「何でいるんだ?そんなの」
「赤ん坊なんているか」
「いるものか」
村人達はそれを何とか否定しようとする。絶対にだ。
だがそれでもだ。赤子が餓えそうと聞いてだ。そうしてだった。
「助けに行くか?」
「そうするか?」
「赤ん坊が餓えそうなら」
こう話してだ。どうするべきか迷いもした。山の中に入るべきか入るべきでないか。しかし今山に入って帰って来た者はいない。それが彼等を止めていた。
そんな中でだ。噂を聞いてか村にある男が来た。
かなりの大柄で頬髯が黒々としている。筋骨隆々としておりその背には二本の銅の棒の様なもの、所謂鞭を持っていた。その彼が来たのである。
彼は村に来るとだ。すぐに村人達に問うた。
「この山で怪異があると聞いたが」
「人が消えることでしょうか」
「それとも赤子の泣き声のことでしょうか」
「両方だ」
彼は険しい顔で村人達に答えた。その眉は太く目の光も強い。如何にも武人といった面持ちである。その彼がここで村人達に名乗った。
「我が名は呼延賛という」
「呼延賛様というと」
「確か将軍の」
「私の名前は知っているようだな」
その男呼延賛は彼等の言葉を聞いてだ。まずは頷いた。
「そうか、それなら話が早い」
「それでその呼延賛将軍が何の御用でこちらに」
「どうして来られたのですか?」
「話は他でもない」
こう村人達に答えたのだった。
「この山のことだ」
「山っていいますと」
「やっぱりあれですか」
「赤子の声のことですね」
「その通りだ。もうわかっている」
こう話すのだった。
「既にだ」
「わかっているといいますと」
「解決できるのですか」
「このことを」
「解決する為に来たのだ」
呼延賛は胸を張って言った。
「この村のことは皇帝陛下のお耳にも届いている」
「皇帝陛下にもですか」
「聖上にも」
「左様、既に届いておられる」
こう話すのだった。この時の皇帝は宋の太宗である。その即位には色々と噂がありそしてその他にも血縁者に対してよからぬ話もある。しかしそれでも彼は名君として有名ではある。
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